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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
70/112

26.夏海の見た怪奇現象(夏海)

夏海視点です。GWの話

++++++の中は夏海の回想シーン

26.夏海の見た怪奇現象



 だいぶ暖かくなった5月の第二金曜日。ゴールデンウィーク明けの週末だ。


 新入生たちもだんだん大学に慣れてきたようで、そわそわしていたような独特の雰囲気も少しずつ薄れ始めてきている。

 とは言ってもまだまだフレッシュさに溢れているので、ぱっと見で新入生だと分かるけれども。


 そんな新入生が多く歩いているのがよく見えるいつものカフェテラスの一角で、あたしは一人コーヒーを飲みながらカメラを眺めていた。

 ゴールデンウィークにハンスさんと一緒に遊びに行った写真を見ながら、あれからもう一週間経ったんだなぁとしみじみ思う。



「なーつみっ、待たせた?」

「うわっ」



 いきなり後ろから話しかけられてあたしはびくっと身体を揺らす。

 誰が来たのかなんて明瞭だけれど、あたしは後ろを振り返る。

 案の定、梅だった。


「あんた、いきなり後ろから来るのはやめなさいよ」

「いやぁ、どれだけ驚いてくれるかなっと思って」


 と、小首を傾げて片目を瞑る。

 その顔が無性に憎たらしかったので、あたしはすかさず梅の頭を叩いた。それが結構な強度あったので、梅乃は頭を抱えて呻く。

 まぁ、少し調子に乗り気味だったので、これくらい強くてちょうどいい。



「それにしても夏海、また写真見てたの?」

「え、あ、べっ別にいいじゃん!」

「はぁ、いつまでハンスとの思い出にふけってることだか」


 と梅はため息混じりにそう揶揄してくる。

 あたしはそれを見られて少し気恥ずかしくなり、カメラを少し自分の胸に引き寄せる。

 梅はそれを見てまたため息を吐く。



「まったく、夏海たちが帰ってきた後のハンスって本当に嫌味ったらしいから、素直に感心できないわ」


 またまた梅は際どい発言する。

 いつの間にハンスさんにそんな嫌味を言われていたのか、そんなことを考え出すともやもやとしたものが心を占めていく。

 あぁ、だめだな。

 ハンスさんと一緒にいると楽しくて時間は過ぎていくのに、話の中で梅が出てくると一気に心が沈んでしまうな。別にハンスさんも梅のことも好きだけど、こんなことを感じる自分に嫌気が差してしまう。



「でも見せてくれたジュゴンの写真は可愛いよね。マナティも可愛かった!」

「え、あ、うん」

「ああいう写真は目が癒されるからいいんだけどなぁ」


 それだけ言い残して梅は鞄を置いて何かを注文しに行った。

 梅がカウンターの方に行ってから、あたしはもう一度カメラの写真を見た。

 カメラの中のジュゴンやマナティを見る。

 そこにあたしは違和感を感じながら、改めて先週のことを思い出す。





++++++++++++++++++++++++++++++



 5月のゴールデンウィーク。

 4月のゴールデンウィークで東京ディズニーシーに行ったあたしとハンスさんは、今度は三重県にある鳥羽水族館に行った。

 何故鳥羽水族館かというと、ディズニーシーで本物の人魚に会えなかったハンスさんの願望を叶えるためだ。


 まぁ、「本物の人魚」と言ってもアレなんだけどね。





「夏海ちゃん、これ、何の冗談?」



 と、聞いてくるのはハンスさん。

 彼はうっすらと緑色に染まった水槽を眺めて微笑みながら聞いてきた。

 若干顔が引きつっているようにも見えるが。



「これ、人魚ですよ、人魚」

「人らしさの欠片もないね」



 と呆れた口調で言ってきた。


 それも当然。

 あたしたちが今目にしているのは、ジュゴン。

 顔が大きくて海草をもしゃもしゃ食べて、口に食べ物含んでいるのに泳ぎながらフンをするジュゴン。

 人魚伝説のモデルとなった海棲哺乳類である。



 ハンスさんに「人魚がいる」なんて言って、最初からその魂胆だったわけだけれど、あの伝説にあるような人魚を想像していたのか、予想通りハンスさんはがっかり拍子抜けの反応を示した。


 これはあたしからの悪戯。

 彼はあたしを梅への”あてつけ”のために利用して、あたしもそれにまんまと乗っかかっている。けれどやっぱりそれだけのために利用されるのも、どこか釈然としないものがあるため、あたしも期待させるように言って、ハンスさんをここまで連れ出した。そしてまんまと騙してやった。


「はぁ、夏海ちゃんにしてやられたな。こんなのが人魚だなんて、船乗りたちは一体なのを見たんだ」


 とハンスさんが立ち見用の手すりに頬杖を付きながら言ってきた。


「ジュゴンって、前鰭で子供抱いて立った状態で海上に浮くんですよ。それを昔インド洋で見つけた西洋人が人魚だと勘違いしたそうですよ。そこから人魚伝説が生まれたらしいですよ」

「昔の人っていうのはマヌケなもんなんだね」


 と相変わらずの調子でハンスさんが言ってきた。



「ほらほら、ハンスさん、あれ見てくださいよ。あのふくよかな身体。あれ絶対抱かれたら気持ちいいと思うんですよね」



 あたしもあたしでジュゴンが見たかったから、少し興奮気味に水槽の中のジュゴンを指差す。水槽の底に置かれた海草をもぐもぐ食べている姿は、まさに海牛類という名の通りだと思う。

 海牛類って言うと、同じ鳥羽水族館にはマナティーもいるけれど、断然ジュゴンの方が可愛い。


 などと、ジュゴンに夢中になって癒されてたから、隣の人の動向をすっかり気にしていなかった。



「――――!?」



 気がつけばあたしは後ろからハンスさんに抱きしめられてた。

 例の如くあたしの思考回路はショート。


 耳元でハンスさんの息使いが聞こえてくる。



「ふぅん? あれと俺、どっちが包容力あるかな?」



 と耳にふぅっと息を吹きかけながら喋ってきた。

 あたしは一気に心臓が破裂しそうで目をぎゅっと瞑る。


 

「えっちょっちょっとこんなところ――――」





 ――――――――カシャっ。




 …………え。


 うっすらと目を開けばスマホのカメラが目の前に。



「くすくす。ほら、これ。よく撮れてるよ。まるで恋人みたいだ」



 などと言って、画面をひっくり返し、撮った写真を見せてきた。

 そこにはにっこり爽やか笑顔のハンスさんと、その腕に抱かれてぎゅっと目を瞑ったあたし。確かにそれだけ見ると、どこからどう見ても恋人同士のように見えた。


 それだけであたしは顔から火が出るくらいに顔が熱くなった。


 ナニコレナニコレ。

 先週のディズニーよりだいぶ寄り添ってるじゃんあたし。

 今日だってそれなりに人は沢山いる。そんな不特定多数過ぎる人前で超恥ずかしい。



「くすくす、本当に夏海ちゃんはいつも真っ赤になるね」

「もう、からかわないでくださいよ。まったく」


 ハンスさんはかなり余裕そうにくすくす笑ってあたしの頬を突く。だけど、こんな人前でこんな恋人っぽいことをしていることにあたしの恥ずかしさは限界。

 そんなやりとりをしていたら、ほどなくしてハンスさんはあたしから腕を外してジュゴンを眺める。

 それを横目で見ながらあたしもジュゴンに向かって自分のカメラを付きだした。

 やっぱりもぐもぐ海草を食べているジュゴンは可愛い。あたしはちょうどいいタイミングでカメラのシャッターを押す。



 ちょうどそのとき―――。





<……キエロ……キエロ…………ワレラノテキ……>





 どこからか、そんな声が聞こえてきた。

 何今のは、空耳?




 あんまり深刻に考えないで、あたしはもう一度カメラのシャッターを切って写真を撮る。



 すると――。




<ココニソイツヲツレテクルナ……ハヤクキエウセロ……>





 それは再び聞こえてきた。

 聞こえてきた方角はよく分からなかったけれど、あたしは徐にジュゴン水槽の方へ目を向けた。



 すると、ジュゴンと目が合った。

 ……というか睨まれた?



 ジュゴンのつぶらな黒の瞳が、何故かこっちに向けられている気がする。

 どこか眼光が鋭く、ここが水槽の外じゃなかったら襲ってきそうなくらいガン見してきた。



 なにこれは……何でそんな目でこっちを…………?



 さきほどカメラを向けたときはそんな目をしていなかったし、カメラの中のジュゴンも無垢な瞳をしているというのに、どうしてそんな瞳をしているの?



「――――夏海ちゃん?」



 そこではっとあたし我に返る。ハンスさんがあたしを覗き込んできた。


「どうしたの?」


 ハンスさんはきょとんとした顔であたしを見てきた。

 彼には多分今のが聞こえていない。

 というか、今のは気のせい――――?


「い、いや、何でもないです」

「そっか」


 と、ハンスさんはあたしの手をつないでジュゴンフロアから離れようとする。


 あたしはそこから出る前にもう一度ジュゴンを見た。


 そこにいたのは、カメラを向けたときと同じ、つぶらな瞳で海草をもしゃもしゃ食べる無害なジュゴンだった。



 きっとさっきのはあたしの見間違いだったのかな?





 しかし、同じ事は他の水槽に行っても起こった



 ジュゴンを見た後、あたしたちは外にあるセイウチやオットセイなどのコーナーに行った。だけどセイウチはこっちを睨んで水槽に体当たりしてくるし、オットセイはやたらとこっちに向かって吠えてきた。

 そのあともスナメリ水槽に行けば、他の客には正面向いて可愛い顔を向けてくるのに、何故かこっちには悪魔のような顔を向けてきたし、マナティーもウミガメも、他の大型動物はみんな鋭い眼光を送ってきた。

 しかもどれもさっきと同じことを言ってくる。


 

 キエロ、ウセロ、サッサトカエレ、メザワリ、ハヤクシネ――――。



 しかしカメラに写る動物たちはそんなおかしな様子はない。

 隣のハンスさんを見れば、まったく違和感を感じた素振りはないし、いつものように淡々と爽やかな笑顔を浮かべていただけだった。

 これはあたしがおかしいのかと思って最初は誤魔化していたけれど、どの水槽でもそんなことが起きたらさすがに気分が悪い。



 ハンスさんもあたしの様子がおかしいのに気がついたのか、そのまま水族館は昼過ぎで出ることになった。


++++++++++++++++++++++++++++++



「それにしてもいいなぁ、私も鳥羽行きたい」


 カフェラテを買って持ってきた梅がそんなことを言いながら席に着く。

 それまでカメラの写真を見ながら先週の怪奇現象を思い出していたあたしは、梅にどういう反応を返したらいいか困った。


「まぁ、あたしは当分はいいかな」


 すると梅は不思議そうな目を向けてくる。


「え? 夏海にしては珍しい。前までは鳥羽一押しだったのに」

「ま、まぁ他のところにも行きたいしね」

「まぁ、そっか」


 そう言って梅はあたしの手からカメラを取って鳥羽水族館の写真を見る。

 それを端から見ながら、どうして写真の中の動物たちと実際に見た動物たちの目つきが違うのかを考える。


 だけどいくら考えても考えても答えは出なかった。


 あのときのあたしが本当に疲れていたのかな?



 何も確認できる材料がないから、あたしは自分にそう言い聞かせることにした。


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