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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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24.クリスの話

梅乃視点に戻ります

24.クリスの話



 楠葉のことがあった日から翌々日の夜。

 あの日から私はお兄ちゃんと楠葉が住むマンションに泊まっていたのだけれど、バイト終わりのクリスから珍しく電話が来た。


 「今からお邪魔してもいいかな?」と。


 クリスはずっと楠葉の様子を気にかけていたし、楠葉だってクリスが来れば少しは気持ちが晴れるかもしれな。

 そもそもクリスを断る理由なんかどこにもないので、私はそれを了承した。



 連絡から30分ほどでクリスはやって来た。

 しかし、私はあんまり気にしなさ過ぎていた。

 ちょうど今、お母さんが様子を見に来ていることに。



 来客を出迎えたお母さんと来たばかりのクリスが玄関先で鉢合う。

 お母さんは瞬きをいくつもしながらきょとんとしている。

 クリスもクリスで目を瞠ったまま黙っている


 お互いに見つめ合ったまま沈黙……って、私が悪いのか?


「あ、あのお母さん。この人さっき言ってたうちのおと――――」

「梅乃」

「うあっはっはい」


 固まっているお母さんにとりあえずクリスの紹介でもしようと思ったら、それを遮ってお母さんが低い声で私を呼ぶ。


 え、何でいつもよりトーン低めなの? 男連れこんでって私怒られちゃうの?


 すると、お母さんは徐にこちらに顔を向ける。

 そしてがばっと私の両手を握ってきた。


「梅乃ったら、あんたも隅に置けないわね。この前まで彼氏いなかったっけ? なのにこんなにかっこいい外人さん連れて来ちゃって! さすが私の子だわ!」

「え、あ……ぇえ?」


 お母さんはやたらとにこにこしながら私にまくし立ててくる。

 ちょっと待ったちょっと待った。何から突っ込めばいいんだ!?

 私が頭の中で一人混乱していると、お母さんは今度はクリスに詰め寄った。


「ごめんなさいね、梅乃ったら恥ずかしがって私に何も言ってくれないの。それで? あなたは梅乃の彼氏でいいのかしら? あぁもうどうしてこんな素敵な人教えてくれなかったのかしら!」

「え……は、はぁ……」


 と、お母さんの勢いに押されてクリスは反応に困ってしまっている。

 しかしそんな様子は構わず、お母さんは一人きゃっきゃきゃっきゃうふふうふふ盛り上がっている。

 これがうちの母なのかと、端で見ていて非常に恥ずかしくなってくる。

 様子を見に来たお兄ちゃんも呆れた顔でそれを眺めている。


「いや、あの、お母さん? その人彼氏じゃな――」

「あぁでも今日楠葉が言ってたかしら。梅乃色んな外人さんに言い寄られてるって。もしかして本命は別にいるのかしら」

「おい、母さん」

「まったくもう、モテるからって調子乗ってるわよね? そんなことしてるとすぐに男は逃げちゃうっていうのに!」

「い、いや、そ……そんなことは」

「ねぇ梅乃! 一人くらいお母さんに分けて――」

「いいから話を聞けっ」

「あだっ」


 一度盛り上がり始めたら止まらないうちの母。

 そうなると他の声が入らなくなるという、まぁめんどくさい感じ。

 お兄ちゃんの声もクリスの声もまったく聞こえていない様子で暴走していたので、頭にチョップを落として黙らせる。

 

 それが割と強めだったためか、お母さんは玄関でしゃがみ込みながら悶絶していた。





「改めまして、クリスティアン・ビュシエールです。梅乃さんとは家が隣同士で、いつもお世話になっています」


 落ち着いたところで、改めてクリスをお母さんに紹介する。

 何事もやっぱり丁寧なクリスは、テイクアウトして持ってきたおどけたサンチョのケーキを4種類、ローテーブルの上に乗せる。

 その向かいで相変わらずお母さんはニマニマ嬉しそうにしている。


「そうなのね、突然イケメンさんが来ちゃったから梅乃の彼氏かと思っちゃったわー」

「違うから」


 しつこいくらいにお母さんが彼氏彼氏と連呼するけれど、もうスルーしておこう。

 この人は娘の彼氏が誰かで妄想したいだけに決まっているのだから。


 すると、見かねたお兄ちゃんが一つため息吐いてお母さんに言う。


「クリス君は梅乃と同じところでバイトしてて、俺が遅くなる日はよく楠葉を見ててくれてたんだ」

「あらあら、そうなの? とっても優しいのね。娘が二人ともお世話になっています」

「いえ、楠葉ちゃんが寂しくならないならと思ってやってるだけです。梅乃さんも、僕の方がとてもお世話になりすぎていますし……」


 と、お母さんに褒められてクリスはどこか気恥ずかしげにしている。

 さっきまで悠然とお母さんの向かいに座っていたのに、ローテーブルの下で手をもじもじさせている。

 せっかく誰もが見惚れるような完璧王子様の風貌なのに、気弱なところはついつい態度に出てしまうようだ。

 ……まぁ、うちのお母さんはそんなことも気にならないくらいクリスに見惚れているだろうけれど。



「そう、クリスは楠葉の様子を見に来たんだったよね」


 お母さんがはしゃいだことで若干忘れかけていたけれど、クリスはちゃんと目的があって来たんだ。忘れちゃいけない。


「あ、うん。そうだけれど……」


 しかしクリスが何か言いかけたところで、お母さんが盛大にため息を吐いた。

 それが何を表しているのか察知したお兄ちゃんが、ぽんとお母さんの肩に手を置く。


「楠葉ね。今日お昼一緒に買い物したけれど、やっぱり中学の頃に比べると元気がないのよね。あんなことがあった後なら無理もないけれど」

「父さんはなんて言ってるんだ? 転校した方がいいって?」

「お父さんはね、楠葉が辛いならその方がいいんじゃないかって言ってるの。だけど肝心の楠葉がどうなのか、分からないのよねぇ」


 と、お母さんは頬に手を当てながら首を傾げる。


 確かにこのまま楠葉を瀬佐美女子に通わせてもよくないと思った。

 雲雀さんが筆頭で楠葉をいじめていたけれど、雲雀さんだけじゃなく他の子たちも楠葉を庇おうとしなかったらしいし、教頭もあんなにいい加減なら平穏な高校生活を送れないのではないかと思ってしまう。

 思わず私もお兄ちゃんも声を荒げてしまったほどだった。


 楠葉がしたいようにすればいいとは思うけれど、でもやっぱり大事な妹には楽しい高校生活を送ってほしいものだ。



「まぁまだそんなに色々と整理がついていないしね。ちょっと明日から週末、気晴らしに楠葉をうちに帰らせようと思ってるところなの。だから今日様子見に来て正解だったかもしれないわね、クリスさん」


 お母さんは少し困り気味に笑いながらクリスに言う。

 対するクリスも困ったように笑いながら言葉を返す。


「そうだったんですね。ご実家で楠葉ちゃんの心が癒されることを願います」


 それだけ言うと、お母さんはにっこり笑って一つ頷く。





「ねぇ梅乃さん、ちょっと今、様子見てきてもいいかな?」


 クリスはお母さんとの話が一段落ついたところで私に尋ねてくる。

 もう既に楠葉の分のケーキとお茶をお盆に載せて行く準備はできているといった様子だ。


「多分大丈夫だと思うけど、私も一緒に行くね」


 そう言って私は楠葉の部屋をノックする。

 すると中から「はい」と小さく返事が返ってくる。

 私はドアノブをひねって楠葉の部屋の中に入る。


「お姉ちゃん、どうしたの? あ」


 勉強机に座って何かしていた楠葉は、扉の方から入ってくる私に目を向けると、その後ろから入ってくるクリスに気がつく。

 そして少し気恥ずかしげにした。


「ちょっお姉ちゃん、クリスさんがいるなら言ってよ。完全に私、部屋着なんだけど」

「部屋着とかどうでもいいでしょー。せっかくクリスが様子見に来てくれたんだから」

「あぁ、ご、ごめんね。僕もそういうところもう少し考えておくべきだったよね。ごめんね……はぁ」

「え、あ、そういうことじゃなくて……」


 なんだかんだでクリスに恋心を抱いている楠葉は、お風呂も入って寝る準備万端の部屋着姿を見られるのが恥ずかしいらしく、クリスの姿を見たとたん私を睨んだ。

 だけどクリスもクリスで相変わらずのネガティブだから、楠葉の言葉に思わず自分を責めてしまっている。

 これじゃ無限ループだよ、全く。


 楠葉は勉強机から部屋の真ん中に置かれているローテーブルに場所を移した。

 私とクリスもローテーブルを囲んで座る。


「怪我の具合、どう?」


 クリスがテーブルの上に持ってきたケーキを差し出しつつ楠葉に尋ねた。

 すると楠葉が膝を立てて動かしながら答える。


「もうすっかり大丈夫です。すごいんですね、アサドさんの薬」

「まぁ、でもすっかり大丈夫なら安心した」


 一昨日の夜、瀬佐美女子学園で楠葉を見つけたときには楠葉は右足を骨折、左足をねんざしていて、一緒にいたカリムに魔法ですぐに応急処置をしてもらった。

 その後、昨日の昼にアサドが作った薬を渡したら、普通は全治一ヶ月くらいかかったであろう怪我がみるみるうちに治っていき、今日の朝にはすっかり元通りに治っていたのだった。

 そして一昨日の夜には骨折していたのが嘘かのように、今日お母さんと一緒に買い物に出かけていったそうだ。


 これにはさすがアサド、としか言いようがない。

 けれどもこの現象をどう説明したらよいかも全く分からず、楠葉とお兄ちゃんはただひたすらクエスチョンマークを頭の上に浮かばせていたのだった。



「楠葉ちゃん、明日からしばらく実家に帰るんだってね」


 少し会話が途切れたところで、クリスがそう切り出した。

 楠葉はクリスが持ってきたケーキにフォークを刺しながら、気恥ずかしげに首だけ縦に振る。

 相変わらず楠葉はクリスに対しておどおどしているけれど、別にクリス相手にそんなに緊張しなくたっていいのに、と私は内心で思う。


「どれくらい帰るの?」

「と、とりあえずは今週末……? 明日明後日明明後日と帰っておいでって、お母さんとお父さんが言ってるので……」

「そっか」


 そしてそこで会話が止まる。

 なんとなくこの場の空気が居心地悪く感じる。

 楠葉は楠葉で緊張の真っ直中にいてあんまり話さないし、こういうときに色々と話題を振ってくれるクリスもクリスで何か思案げだ。

 ここに私が来たのは間違いだったかも、という気さえしてくる。


 しかし沈黙はそんなにかからず、ほどなくしてクリスが再び楠葉に尋ねる。



「ねぇ、楠葉ちゃん。楠葉ちゃんはもう学校には行きたくない?」



 だがクリスの問いかけは、今の楠葉に答えさせるのは酷なほどストレートすぎるものだった。

 それまで頬を赤らめていた楠葉は、お皿の上のケーキに目を止めたまま、顔から表情をなくした。


「はぁ、クリス。あんた今の状況分かってその質問してるの?」

「そ、そうだよね。今聞くべき質問ではなかったよね。そういうところ、あんまり考えてなくてダメだよね、僕……ごめん」


 私がため息混じりにクリスを窘めると、それを理解してか、クリスはネガティブモードに入りながら声を小さくし楠葉に謝る。

 まったく、一昨日のことからまだ2日も経っていないというのに、なんて傷口抉るような質問するんだ。そんなの「行きたくない」に決まってるじゃないの。


 いつもならネガティブモードに入ったクリスをネガティブの淵に落ちる前に止めるけれど、今のやりとりに対して発動したネガティブはもう放っておくことにした。


 そうして再び沈黙になる。


 はぁ、この状況どうすればいいんだろうか。

 クリスのおかげでより空気が重くなってしまった気がする。

 楠葉はケーキに視線を落としたまま喋ろうとしないし、クリスはネガティブが発動しているのかだんまりだ。

 

「ほら楠葉、ケーキ食べなよ。あんたこれ好きでしょ?」


 あまりにも二人とも固まり過ぎなので、私は楠葉にケーキを食べるのを促した。

 その催促に楠葉は我に返ったかの様子で目を一瞬瞠ると、少しずつケーキにフォークを刺す。


 すると、再びクリスが楠葉に尋ねた。



「じゃあ、質問を変えるけど、楠葉ちゃんはどうして今の学校に入ったの?」



 またまたクリスがグレーゾーンに引っかかるような質問をする。

 まったく、落ち込んでいたと思ったらまた瀬佐美女子学園の話かよ、と私は眉間にしわを寄せてクリスを睨み付ける。

 しかし、すっかりネガティブモードになって落ち込んでいたと思っていたクリスは、ネガティブ発動中の気弱な表情ではなく、どことなく芯のあるものを感じた。

 一体どうしたというのだろうか。


 楠葉はそんな様子のクリスに一度視線を合わせると、再びうつむく。

 かと思えば、ケーキ皿にフォークを置き、両膝を抱えて丸くなる。

 それを見て楠葉はそのままだんまりを決め込むのだろうと、私はすっかり思ってしまった。


 しかし私の予想に反して、楠葉はぽつりぽつりと言葉を出した。



「何のためって……難しい大学に入るため……です」

「どうして難しい大学に入りたいの?」

「え……えっとそれは……」


 と、クリスが次々に繰り出す質問に対して、楠葉は言葉に詰まってしまう。


 難関な大学に入りたいからって瀬佐美女子学園を選んでいたのは、受けるときに相談されたからなんとなく覚えている。

 それが将来につながると、以前は言っていたけれど、恥ずかしいのか将来何になるとまでは教えてくれなかった。

 だから今もそれで言葉に詰まっているんだと思うけれど、一体こんな質問で楠葉を困らせてクリスは何をしたいんだと思ってしまう。


 しかし、そんな困り気味の様子の楠葉には気づいているはずなのに、クリスは話を先に進める。


「言いたくないのなら、それで構わない。だけど、少なくとも将来の夢とか目標を叶えたいから、今のところに入ったんだよね? それも難しい試験を乗り越えて。だけど辛いことばかりで、もう今のところに通うのは嫌かな?」


 先ほどと同じように、クリスは次から次へと楠葉に質問を繰り出す。

 そしてそのどれもが今回のことの核心を突いていて、少なくとも今聞くべき内容ではないものばかりだった。

 楠葉は膝を抱えたままずっと黙り込んでいる。


「ちょっとクリス、あんた何また言ってるの? 今はその話じゃ――」

「うん、分かってる。とても考えなしな質問だよね。だけど、本当に申し訳ないんだけど、僕の話を少し聞いて欲しい」


 再びクリスを窘めようとすると、今度はそれを遮られた。

 本当に今日のクリスはどうしたというのだろうか。

 いつもは人の話を途中で遮ったりなんかしないし叱られたらすぐに落ち込むようなヘタレのくせに、いつもの気弱な感じのクリスは、今はなんだか毅然とした様子だ。


「もし……もし、まだ少しでも今の学校のままでいたい気持ちがあるなら、もちろん気が落ち着いた後でいいから、また学校に通い始めてほしい。きっともう、楠葉ちゃんがいじめられるなんてことはなくなっているから」


 そんな、先ほどのお母さんたちとの会話と真逆のことをクリスは話す。

 楠葉がもういじめられないなんて一体何を根拠に言っているのか分からないし、そもそもクリスがどういう意図でそのことを楠葉に諭しているのかがさっぱりだ。

 いや、確かに簡単に夢を諦めてはいけないと言いたいのは分かるけど、それと高校生活は別じゃないのか?


 ちらと楠葉の様子を見るも、楠葉は先ほどと同じ位置に視線を向けたままじっとしている。



 クリスは更に話を続けた。


「そしてね、きっと楠葉ちゃんは見ると思うんだ。楠葉ちゃんに今までひどいことをしてきた子が今度は楠葉ちゃんと同じ目に遭っていることに。だけどね、決して見て見ぬふりはしないでほしい。できれば手を差し伸べてあげて欲しいんだ」

「ちょっとクリス、今までさんざん嫌なことをしてきた子を助けろと言いたいわけ?」


 さすがにクリスの話の方向がおかしいような気がして、私は思わず途中で割り込んだ。

 そもそもクリスの話によれば、寄ってたかって楠葉をいじめていた子の一人が標的に成り代わったということで、今まで同じ目に遭わされていた楠葉が助ける義理もない。


 しかし、クリスはそこでにっこりと優しく微笑むと、楠葉のたまに手を乗せる。

 その手に気がついて楠葉はクリスを見上げる。


「そう、楠葉ちゃんは人の痛みが分かる子だ。沢山嫌なことをされたからこそ、その子の気持ちが理解できるだろう。だからこそ、そういう子を見たら助けてあげて欲しいんだ。これは僕からのお願い」


 そう言いながら、クリスは楠葉の頭を撫でていた。

 楠葉は少し眉間にしわを寄せ唇を引き結びながら、クリスの様子を伺っていた。

 どうしてそんなこと言うのか分からない、といった表情だ。


 正直私も楠葉と同じような気持ちで、本当に一体どうしてクリスがこんなことを言い出したのか全く分からない。



 だけど、何の根拠もなさそうな話ばかりなのに、クリスは何か確信を得ているかのようだった。



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