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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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21.悔しい、悲しい、情けない(楠葉)

楠葉視点です

21.悔しい、悲しい、情けない



 どうしてこうなってるんだろう。


 とにかく足が痛い。

 いや、足だけじゃない。全身が痛い。

 体のあちこちが痛くて起き上がれない。


 私はぼんやりと仰向けになったまま視界に入った建物を見上げる。


 学校の西棟の2階。その北棟側から3番目の窓。

あそこから私は落ちてきた。


 何で落ちてきたかって?


 別に自殺しようなんて微塵も思ってない。


 ただ、あの外側の窓台って言うの?

あそこに置かれたぬいぐるみのキーホルダーを取ろうとして足を踏み外してしまった。


私のお気に入りの前から持っているやつと、クリスさんに新しく縫ってもらったもの。


クリスさんにもらった方は、この前クラスの子に破かれてしまったけれど、だけど大事にしていたんだ。


 だけどあのぬいぐるみのキーホルダーは、両方ともどっかに飛んでいっちゃった。

 探しに行きたいけれど立ち上がれない。

 せめてどこにあるのか確認したいけれど、起き上がれない。


 本当に、どうしてこうなったのか。


 私は1年生の年度末からのことを思い出す――――。





 1年生の1月までは何事もなく平和だった。

 友達も沢山いたし、色々と行事もあったけれど、本当に何も起こらなかった。他のクラスのことはよく分からないけれど、私のいたクラスではあからさまなイジメはなかったしとにかく平和だった。


 だけど2月に入ったばかりのとき。

 節分の翌日にそれまで一度も話したことのなかった雲雀透子ひばりとうこに何故か呼び出された。


 その前日の節分の日は毎年家族で豆まきをするのだけど、今年もお兄ちゃんもお姉ちゃんも一緒に実家に帰って、家族5人とおじいちゃんおばあちゃんの7人で楽しく豆まきをした。

 そんなとっても穏やかで平和な日の翌日から何かがおかしくなっていったんだ。


 行った先は瀬佐美学園内でも人気があまりいない西棟の裏。

 行った先にいたのは透子とその取り巻きの女の子。

 何故か壁際に立たされて私は彼女たちから豆をぶつけられた。


 「クズはー外!」と言われて――。


 最初は何かの冗談だと思ってどうしてこんな事をするのか尋ねた。

 すると真ん中に立っていた透子は、その場で頬杖を付きながら小首を傾げていった。


「私たち、節分ってやったことないの。だけど佐倉さんっていつも家でやるんでしょう? だから私たちの節分の鬼役になってよ」


 なんて、当たり前の様子で言ってきた。

 正直よく言っている意味が分からなくて、何とか必死で飛んでくる豆を避けていたけれど、その次に透子が言ってきた言葉に愕然とした。


「それに――――あなた、目障りだから」


 その言葉を引き金に、女の子達は豆よりもずっと固い小石をぶつけてきた。

 ますます意味が分からなくて私は必死に避けるしかなかった。

 だけど避けきれなくて、何発かは身体に当たった。さすがに頭は狙ってこなかったけれど。



 そのあと教室に戻ればみんな心配して駆け寄ってくれた。

 聞けば透子絡みのこういうことは中等部から度々起きていたらしく、今日はたまたま私が目を付けられてしまっただけに過ぎないと、色んな子に慰めてもらった。


 透子はいかにもお金持ちのお嬢様といった感じで、自分の思い通りに物事が進まないと気が済まないタイプでプライドが高い。その上、お父さんがその辺の中小企業なんかすぐに倒産に追い込めるほどの大企業の社長であるため、少しでも透子に逆らえば親の仕事を人質に取られる。更に瀬佐美女子にも教育委員会にも多大な寄付を寄せているから、彼女が目に見えてひどいことをしていたとしても先生たちは注意しない。

 そういうわけで、透子は瀬佐美女子の特に私の学年を牛耳っていた。


 でも1年の時は透子とクラスが違ったし、彼女の取り巻きも同じクラスにはあまりいなかったから、本当にそのときは単なるとばっちりを食らってしまったと軽視していた。



 だけど一度狂った歯車は、元に戻るどころか、どんどんどんどん狂っていく。



 あのあとも私は何度か透子達に呼び出され、節分の翌日の時みたいに何かを投げられたりすることもあれば、まったく別のクラスだというのに彼女たちの掃除を任されたり、ひどいときには寄ってたかってジュースを奢らされるなんて事もよくあった。


 当然抵抗はした。

 だけど、お兄ちゃんの仕事を、お父さんの仕事を、人質にされた。


 本当のところ、透子にどれだけの権限があるのか分からないけれど、でも彼女ならやりかねないと思ったら、大人しく従った方が良いんだと思った。

 それに彼女たちにパシリにされていれば痛い目に遭わずにも済んだから、ジュースだろうとお菓子だろうと私のお金で買えるものなら何でも買ったし、掃除でも宿題でもやれることなら何でもやってやろうと思った。


 透子達は理不尽でとても嫌だったけれど、クラスの中にいれば友達は優しいし慰めてくれるから、1年の間はまだそれで平和な日々が保たれていた。



 だけどそれが一気に崩れたのは学年が上がった4月。



 不幸なことに、透子と同じクラスになってしまった。

 当然透子もその取り巻きの子も私に目を向ける。

 私は今まで通りに彼女たちに従って、その場を凌ごうと思っていた。


 だけど状況は1年の時よりもはるかに悪化。


 何故ならいつも味方してくれていた友達が、みんな私を避け始めたから。


 話しかけても硬い表情でどこかに行ってしまうし、いつもは目で色々と察してくれた友達は目も合わそうとしない。挨拶すら出来なくなってしまった。


 しかも口を聞いてくれないだけじゃなかった。

 その子たちが私の陰口を言っているのを聞いてしまった。



 「サクラクズって何かあるとお兄ちゃんお兄ちゃん。正直鬱陶しいよねー」って。



 いつしか私は小学生の頃のように”サクラクズ”なんて言われて陰口叩かれて。

 その一方で透子達の行動はエスカレートしていった。


 忘れもしない、新学期が始まったばかりの最初の金曜日。

 放課後、私は西棟の裏に呼び出された。

 その日は透子の虫の居所が悪かったのか、色んなものを投げられた。

 だけどそれだけで収まらなかった透子は、私の鞄に付けているジャックオランタンの頭をしたぬいぐるみのキーホルダーに目を付けた。


 それは私が瀬佐美学園に来る前に中学の友達からもらったものだった。

 大事な大事な餞別で、友情の証。


 透子はそれを鞄から引きちぎると、取り巻きの子に渡して焼却炉に入れろと命令した。

 その命令にさすがの取り巻きの子も戸惑いを感じたようだけれど、透子は有無を言わさず顎で焼却炉の方を差した。

 その子たちは言われたままに焼却炉を目指して歩き始め、少しためらいながらもそのキーホルダーを焼却炉に放り込んだ。

 透子は高笑いしながらその場を去っていったけれど、私は無我夢中で焼却炉からそれを奪還した。

 入れた子が手前に置いてくれたお陰で、本格的に火が回る前に取り出せて、私もそんなに火傷を負わずに済んだけれど、カボチャ頭の左半分には既に痛々しい焼き焦げが付いてしまっていた。


 焼却炉の件で透子も少し気が済んだのか、そのあとはまたパシられるだけの日々に戻った。



 だけどそれもまた、クリスさんにもらった新しいぬいぐるみを下げたことで、同じ事が起きた。



 お姉ちゃんのところに行った日の翌週の金曜日。

 その日はおどけたサンチョでクリスさん本人にもぬいぐるみが下がってないことを指摘された。かなり汚したとか嘘を言ったけれど、あれも透子が取り巻きの子に命令してはさみでズタズタにされた。


 そんなもの見せられるわけがなかった。

 だけどこの前見られてしまった。


 それでもとても気に入っていたし、もらったときとても嬉しかったから、ずっと大事に持ち続けていたんだ。例えそれが原形を止めていなくても。



 だけど透子は更に追い打ちをかける。



 今日また放課後に呼び出されたと思ったら、あの二つのぬいぐるみを窓台に置かれた。

 「そんなに大事なら取ってみなさいよ」と言われて。

 透子はまた高笑いしながら早々に帰って行ったけれど、私にしてみれば大事な二つのぬいぐるみ。

 迷わず窓から出て取ろうとしたんだ。

 


 ――――そうして今に至る。



 私は改めて2階の窓台を眺めた。

 あんな高いところから落ちてきて、よく自分は生きていられたなと、しみじみ思う。

 多分足は捻挫か骨折かしていると思うけれど、せめてもの救いは垣根に落ちたところだろうか。


 だけどこれからどうすれば良いんだろう。


 落ちる瞬間、それを見ていた子たちは悲鳴を上げるばかりで私の様子を一向に見に来ようとしない。

 誰かに連絡するにもスマホも取られている。

 靴もどこかに飛んでいって、それどころかこの通り私は動けない。


 気がついたらもう辺りは真っ暗で、おそらく誰も残っていないだろう。唯一残っているとすれば、学校の守衛さんくらいだろうか。

 でもこんな人気の少ない西棟の垣根に人が転がっているなんて、誰が思う?


 少なくとも今夜はこのまま私はここにいるのだろうか。


 と、そんなことを考えていたら、空からぽつりぽつりと雨が降ってきた。


 まるで私の心を表しているようだ。



 悔しい――――私はまったく何もしていないのにどうしてこんな目に遭うの。

 悲しい――――ねぇどうしてみんな私を避けるの? こっちを向いてよ。

 情けない――――こんなことなら早く打ち明ければよかった…………。



 本当は分かってる。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんもずっと心配してくれていたこと。

 お兄ちゃんはあの家出の前後くらいから何かを察し始めていて、それとなく聞いてきた。

 お姉ちゃんも本当のことは分かっていなかったけれど、最初から親身に相談に乗ろうとしてくれていた。


 だけど打ち明けられなかった。


 お兄ちゃんはいつだって私とお姉ちゃんの面倒をよく見てくれる自慢のお兄ちゃん。

 昔から人気者でとっても頼りになるの。

 私なんか一緒に住んでいなかったら、きっと今頃彼女作って結婚していただろうな。


 お姉ちゃんもそう。少しばかりお節介で空回っているところが沢山あるけれど、私のこと、すんごく大事にしてくれているっていうのはとてもよく伝わってくるの。

 あぁいう性格だから、だからきっとお姉ちゃんはみんなから人気があるんだろうな。


 でも私は?

 少なくとも高1の1月までは楽しく過ごせていたし、友達だっていっぱいいた。

 だけどもうみんないない。

 兄妹3人の中で、とっても頼りになる兄・姉を持って、私ひとり学校ではいじめられている。



 そんなの恥ずかしくて打ち明けられるわけがなかった。



 私は少し手を動かしてみる。

 大丈夫、手は打ち付けただけで折れてはいないみたい。


「――――?」


 するとちょうどそのとき手に何かが当たった。

 垣根じゃない何か。

 少し痛む首を回してそちらに目を向けた。



 そこにあったのはジャックオランタンの頭をしたぬいぐるみのキーホルダー。

 クリスさんにもらった方のズタズタにされてしまったやつだ。



 お姉ちゃんに会いに行ったら現れたとってもかっこいい王子様。

 話せばとても優しくて家庭的で、あんな焦げたぬいぐるみを大事に洗ってくれていた。

 おどけたサンチョに行けばいつだって微笑んで出迎えてくれて、頭を撫でてくれる。

 透子の取り巻きに書かれた教科書の文字だって、確実に見ていたはずなのに何も言わないでいてくれた。

 昭和の日のハブられだって、何も言わずに慰めてくれた。おまけに一緒に遊んでくれた。

 

 きっとクリスさんにだって私に何が起こってるかくらい分かってるはず。

 だって大人の男の人だもんね。


 だけど知られたくなくて恥ずかしくて、結局この前お姉ちゃんが来たときに一緒に突っぱねてしまった。

 


 ――――だけど。



 本当は助けて欲しくて仕方ないんだ。

 お兄ちゃんにもお姉ちゃんにもクリスさんにも、助けてって言いたくて仕方がなかった。

 でもあれだけ心配してくれたみんなを突っぱねておいて、今更何て言えばいいのか分からない。


 

 私は情けなすぎて涙が溢れ出てきた。



「お兄ちゃん……お姉ちゃん……クリスさん……助けてよぉ……」



 今まで言いたくて仕方なかった言葉をぼそっと声にする。

 口に出せば簡単で、でも出すまでに時間がかかって、もはや遅い。

 ずっと言えないでいた言葉をただ口にしただけなのに、今まで堰きとめていたものが溢れ出てきてしまう。



「ごめんなさい本当に……だから助けて……っ」



 誰もいない校舎のはじっこ。

 こんなことを叫んでも誰も来ないのは分かっている。

 だけど叫ばずにはいられない。



「お願い……っお願いだから助けて…………!!」







「――――楠葉ちゃん!!」




 でも誰かが言っていた気がする。



 信じていれば願いは叶うだっけ?




 校舎の影から懐中電灯片手にやってきた王子さまは、私のところまで駆け寄ってくると、優しく私を抱き起こし、そして優しくその腕に私を包んでくれた。



すみません、更新まであとしばらくかかりそうです><

本当に亀スピードで申し訳ないです

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