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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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20.サクラクズ

梅乃視点

2話連続投下

20.サクラクズ



 だけど妹に突っぱねられたと落ち込んでいる場合でもなかった。


 また事が起きたのがその3日後。

 あの後特に何もないまま無駄なゴールデンウィークが明けた5月7日の火曜日。

 その日は私もクリスもおどけたサンチョのシフトで、いつも通りホールの仕事をしていた。

 いつもなら夕方5時前にはここに来る楠葉の姿が、一向に見えなかった。

 きっとこの前のことが後引いているのだろうと、私は思っていた。

 早いところ楠葉と仲直りしないといけないなぁと、内心で凹みながら仕事をする。



 するとそこへお客が3人やってきた。


 この前、楠葉が連れてきた瀬佐美女子の女の子3人組だった。



「いらっしゃいま――――――あれ? 透子じゃん」

「あ、みなみ、ここでバイトしてたのね」



 応対に出たのは同じホールスタッフの戸田ちゃん。

 3人のうちの一番大人っぽい子が戸田ちゃんに挨拶する。

 私は平生を装って戸田ちゃんに尋ねる。


「戸田ちゃん、知ってるんだ?」

「はい、昔美術教室で一緒だったので」

「あ、お姉さんこんにちは。この前は名乗っていなくて申し遅れました。雲雀透子ひばりとうこです」


 その子はにっこりと完璧な笑顔を浮かべて、恭しく私に向かって綺麗にお辞儀をする。

 本当に完璧なお嬢様のようだ。

 というか、この辺で”雲雀”っていうと、かなり大手企業の雲雀グループのことじゃないだろうか。

 瀬佐美女子だと普通にいても納得してしまうけれど、この前のやりとりから考えると、楠葉はそんな大企業の令嬢の子を相手にしているのだろうか。


「今日、楠葉は来ないの?」


 私はもう一つ質問すると、後ろの二人は一瞬肩を上がらせるが、雲雀透子と名乗った一番大人っぽい子は少しも表情を変えることなく答えてきた。


「あ、彼女調子が悪いみたいで、今日は帰ってしまいました」

「そっか」

「じゃああたしが案内しますね。こっちだよ」


 と、当たり障りのない様な返事をして、3人の女の子達は戸田ちゃんに席まで案内された。

 戸田ちゃんは普段会わない友達にここで会えたのが嬉しいらしく、にこやかにしながら彼女たちのオーダーを取りに行っている。


 だけど私は彼女たちが楠葉に何かしていると考えているので、仕事をしながら彼女たち会話に耳をとぎすませていた。それはおそらくクリスも同じだと思う。



「透子2月ぶりじゃない?」

「そうね。しばらく会っていなかったわね」

「最近、あの楠葉って子がよく来てるから透子どうしてるのかなって思ってたんだ」


 私はそのときちょうど戸田ちゃんと透子って子のやりとりに目を向けていたのだけれど、戸田ちゃんが何故か私にちらっと目配せしてきた。それに意図的なものを感じたけれど、まだその正体がつかめない。実は戸田ちゃんは楠葉たちの事情を知っているのではないかと憶測してしまう。

 まだしばらくは様子見かと思って、黙々と仕事を続ける。



「あぁ、サクラクズのことね」



 だけど私は聞こえてきた声に、すべての神経がそちらに向く。


「あ、あの注文いいですか?」

「え、あ、はい、すみません」


 思わずオーダーをとる手を止めてしまったため、お客さんに促される。

 私は神経を透子たちに向けながら、仕事を続ける。


「ちょっと透子、ここでそれを言わなくたって……っ」

「どうして? 何か問題でもあった?」


 透子と一緒に来た女の子の片方がこっそりと彼女に耳打ちするが、その声は私がオーダーをとっている席まで聞こえてきた。

 でも透子は悪びれる様子も全くなく、姉がいるというのに当たり前のように返す。


「あぁ、そういえばここにはサクラクズの好きな店員さんがいるんだったかしら? あ、ねぇクリスティアンさん」


 彼女は通る声で楠葉が恥じらいながらも隠そうとしていることを普通に話す。

 そして近くを通りかかったクリスに声をかける。

 私の場所からクリスの横顔がちらっと見えたけれど、見えた横顔はいつもの接客王子様スマイルだ。


「ん? 呼んだかな? 仕事中だからあまり話せないけれど」


 聞こえてきたクリスの声も、いつもどおり優しげだった。


「クリスティアンさん、この前楠葉のぬいぐるみ見たそうですね。今日彼女来てないの、クリスティアンさんに合わせる顔がないからだそうですよ。まず謝らなくてはいけないのに、困った子ですよね」


 テーブルに頬杖をついて嘲笑しながら透子は上目遣いでクリスを見上げながら言った。

 通る声で平然とした顔で言う様子に、私は沸々と怒りが湧いてくる。

 一緒に来た子たちはそのそばで青ざめている。


「いや、僕は別に気にしてないよ」


 と、クリスはにっこり王子様スマイルのまま返す。

 私はもはやいらいらが頂点まで昇ってきているというのに、平然とした様子のクリスにある意味感心する。


「まあ、優しいんですね。でも私、見てしまったんです。彼女があれをはさみで切ってるのを」

「え――」


 透子は内緒話をするようにクリスに言う。

 だけどその声はかなり通っていて、やはり私のところまで届く。

 そしてその言葉にクリスはにこやかだった表情をなくす。


「彼女、クリスティアンさんにいち早くそれのことを謝らなくてはいけないのに、ずっと隠して会いに来ていたみたいで、本当に困った――」

「ねぇ待って。それ本気で言ってるの?」


 私は応対していたお客のオーダーだけ取ると、透子やクリスのいるテーブルに向かった。

 もう我慢が出来なかった。


「さ、佐倉さん、仕事中……」

「そうだけどでも――」

「お姉さん、それは姉の欲目ってものではありませんか?」


 戸田ちゃんが私を窘めようとしていたが、それよりも聞こえてきた透子の言葉に、私は目を見開いて彼女を見遣る。


「やっぱり妹さんがそういうことをしているって、お姉さんは信じたくないものですしね」


 と、頬杖を付きながらしれっとした顔で言ってくる。

 こちらを見る目つきはどこか挑発的だ。


「ねぇ、透子やめなよ」

「そうだよ、こんなことしても」

「少し黙っててくれる?」


 他の二人が不安そうに再び透子を窘めるが、透子は笑顔のまま二人に目配せをしただけだった。だけどその目は笑っていなかった。


「うちの妹があんなことしてるって?」

「佐倉さん、やめましょうよ。仕事中……」

「梅乃さん、気持ちは分かるけど抑えて」


 こちらも再び後ろから戸田ちゃんとクリスが制してくる。私だって仕事中であることくらい分かってる。頭では分かってるんだけど、止まらない。


 透子はさらに挑発的に小首を傾げて言ってくる。


「ほら、今こそお姉さんも妹さんの本性を――」


 ――――カランカラン。


 透子が更に私を怒らせるような言葉を言おうとしたとき、新しいお客がやってきた。


 いや、お客というか、お兄ちゃんだった。

 お兄ちゃんは店内を見渡すように入ってきた。


「お、梅乃、楠葉来てないか?」


 お兄ちゃんは私に気がつくと、楠葉のことを聞いてきた。


「いや、今日は先に家に帰ったみたいだけど」

「おかしいな。メールではそう来てたんだが、家に帰ってもいないからここかと思って……」


 お兄ちゃんは顔をしかめながらスーツのポケットからスマホを取り出し、楠葉に電話をかける。

 その横で私ははっとして透子達に目をやる。

 透子は相変わらずしれっとした顔を向けていたが、他の二人はやはり青ざめている。誤魔化そうにも誤魔化せないくらいに。


 何か知っているんじゃないかと尋ねようとしたそのとき――――。




 ブーブーブーブー……――――。




 彼女たちのうちの誰かの鞄から、携帯電話のバイブ音が聞こえる。

 私はそちらに目を向ける。

 一人が慌ててビクッとなるけれど、鞄に手を伸ばそうとはしなかった。不自然だと分かるからか。


「お兄ちゃん、もう一回かけ直して」


 私はお兄ちゃんに小声で耳打ちする。

 その耳打ちは彼女たちには聞こえていたみたいで、透子がさりげなさを装って他の二人を睨むのを見てしまった。


 お兄ちゃんはもう一度かけ直した。



 ブーブーブーブー……――――。



 これは黒だと思った。

 私は3人に向かって手を差し出した。



「ねぇ、楠葉のスマホ持って――――」



 ――――カランカラン。



 私が楠葉のスマホについて3人に問いただそうとしたとき、また新たな客がやってきた。

 見れば瀬佐美女子の制服を着た女の子。

 その子は透子達のいる場所を探し当てると、勢いよくこちらまでやってきた。

 その子の顔色は蒼白だった。



「透子っやばいよ……っサクラクズが……っ」


 その子は私やお兄ちゃんには構わず、うわずった様子で透子に何かを訴えていた。

 だけど透子はその子をにらみ返し、他の二人は私たちの手前、慌ててその子を黙らせようとした。


 だけどその先をお兄ちゃんが促した。


「楠葉がどうしたんだ?」


 お兄ちゃんが少しトーンを低くしてその子に尋ねる。

 その子はお兄ちゃんの様子に気がつくと、はっとして更に顔を青くする。そして透子とお兄ちゃんを交互に見遣る。

 透子はひたすらその子を睨み続け、他の二人は不安げな様子で見守っている。


「あぁサクラクズは悪いことしているからお家にも帰れないんですね。困った子です。あ、私はそろそろ行かないと」


 と、突然透子は鞄を持って立ち上がる。

 相変わらずしれっとした様子だ。


「ちょっと待ちなよ、何か知っているんじゃないの?」


 私はそそくさと去ろうとしている透子の腕を取るも、彼女は鋭い目つきのまま小首を傾げて微笑み返してきた。


「いいえ。私は何にも知りませんから。それでは皆さん、お先に失礼」


 と、恭しく礼をすると、私の腕を振り払ってその場を離れていった。

 残された3人はこの上なく蒼白な顔をしていた。



「楠葉が一体どうしたんだ?」



 お兄ちゃんがもう一度後から来た子に問いかける。


 その子は透子が出て行った入り口や他の二人に目を配らせて言うか言うまいか悩んでいる様子だったが、一度ぎゅっと目を瞑ると、言う方を選択してくれた。




「楠葉が学校の2階から……――――っっ」





 ―――――――え?




「梅乃!」

「佐倉さん!!」




 私は気がついたら仕事をほって走り出していた。





 楠葉が2階から飛び降りた――――!?





 どうして? 何があったの? ねぇどういうこと!?




「梅乃さん……っ」




 混乱した頭のまま走っていたら、後ろからクリスに肩を掴まれた。

 クリスもおどけたサンチョの制服のまま抜け出してきたようだ。

 だけど止められている場合ではない。


 私は思いっきり身を捩る。



「クリス放し――――」

「僕も行くよ」

「――――――え?」



 思わずクリスを見上げる。

 そこにあったクリスの顔は、よく見る優しげな王子様スマイルでも、ヘタレネガティブな情けない顔でもなく、少し眉を引き寄せた真剣な顔をしていた。


 男の人特有の頼もしさが、そこにはあった。



「こういうの、僕も放っておけない。だから僕も行くよ」



 こういう言葉がクリスから出てくるとは思っていなかったので、私はとても驚いた。

 だけど驚いている場合じゃない。

 私はクリスを見据えてしっかりと首を縦に振った。



「事は一刻を争う。梅乃さん、今着けてないけれど指輪持ってるかい?」


 クリスは私の左手を捕らえると、いつも指輪を着けている中指を触った。

 今はバイト中なので外していた。


 いつもちゃんと着けているのに存在感のない指輪。

 だけどクリスのその言葉に彼が何を言いたいのか私はすぐに察した。



 私はクリスを見据えると、制服のポケットに入れておいた指輪を取り出し、それに付いているサファイアの石をこすった。



ようやくここまで来ました。

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