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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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19.姉心

梅乃視点。

19.姉心


 AVコーナーで映画を見終わった後、私とフリードは一般書架のクリスのもとへと向かった。

 だけどクリスはそこにいなくて少し探して回ったら、図書館から少し出たところにいた。


 そして、クリスから楠葉のぬいぐるみを見せられたとき、私は愕然とした。



 ここまでひどかったのかと――――。



 それから後悔もした。

 どうして早く聞いてやらなかったのかと。



 この前の火曜日のときにはもう気づいていたじゃないか。

 決定打とも言えるあの子たちの会話を聞いていたじゃないか。


 いや、楠葉はそれよりも前からサインを送ってきていたんだ。



 あの雨の日の土曜日には――――。



 クリスに聞けばおかしいことは色々とあったみたい。

 その話を聞いて、いつぞやクリスが私に「キモイ」の意味を聞いてきたのを思い出した。

 その翌日も街中で一人待ちぼうけ食らっている楠葉に会ったみたい。


 私は気づいていながら聞けなかった。

 迷っていて聞けないなんて情けない話だ。



 その日、私たちはそのまま図書館から電車で15分ほどのところにある兄のマンションに向かった。




 欧米系の男二人を連れて現れた私にお兄ちゃんは驚愕の目を向けてきたけれど、どうやら楠葉の異変にはお兄ちゃんも気づいていたようで、すんなりと上げてくれた。


「悪いな、わざわざみんなで来てもらって。だけどあいつ帰ってきてからずっと部屋に籠もりっきりでさぁ」


 お兄ちゃんは居間のテーブルにお茶を並べながら言った。


「ていうか梅乃、俺本気で兄ちゃん失格かもしれない」

「え、どうしてまたそんなことを」


 お兄ちゃんはもう一度盛大にため息を吐くと、今日までの経緯をかいつまんで話してくれた。


 お兄ちゃんは実は前々から薄々楠葉に起こってることについて感じていたみたいで、そのことについて何度もさりげなく聞こうとしていたみたいだ。でも全部誤魔化されてしまって真相まで語ってくれなかった。今日も私たちが来るまでにどうしたのか理由を聞こうとしたらしいけど、「どうせお兄ちゃんには年頃の女の子の気持ちなんて分かんない」なんて言われてしまってそのあともう何も言い出せなかったらしい。


 そんなところに私たちが訪れたわけだ。

 クリスが持ってきた楠葉のぬいぐるみを見て、お兄ちゃんも確信を得たらしい。


「おかしいと思ってたんだよ、ぬいぐるみが焦げるなんてさ。あいつは調理実習でやったと言ってたが、調理実習にこんなの持って行かないだろ普通。4月に入ってから色々と行動がおかしかったんだよな……。クリス君、申し訳ないな。これ、あいつめちゃくちゃ気に入ってたのにこんなことになって」


 ため息混じりにお兄ちゃんがクリスに向かって頭を下げると、クリスは手の前で両手を振った。


「いえ、それに関しては彼女に非はありませんのでお気になさらず。というか僕の方こそこういうことはいち早くお兄さんにお伝えするべきでした」

「それは気にすんな。しかしこういうのってどうすればいいんだ? とりあえず学校に連絡すればいいのか?」

「それが一番だとは思うけど、瀬佐美女子でそれ通用するのかなぁ。ていうかちょっと私、楠葉に話聞いてこようと思うんだけど」

「お、任せていいか? 確かにここはお前の方が適任な気がする」


 私はテーブルの上に並べられた二つのぬいぐるみのキーホルダーを持つと、居間の奥にある二つの扉のうち左側をノックした。


「楠葉、入るよ?」


 後ろから男3人が見守る中、楠葉の返事はなかった。だけど私はそのまま楠葉の部屋に入って扉を閉める。


 中に入ると、楠葉は壁に沿って置かれたベッドに布団をかぶった状態でうずくまっていた。昼下がりとはいえ電気もつけずのその空間は、遮光カーテンも相まってかかなり暗く感じた。


「楠葉? 寝てるの?」


 楠葉の返事はなかった。

 私はベッドに近寄って、頭にかぶっている布団を少退けようとした。



 ――――ばっ。



 だけど楠葉は勢いよくその手を振り払ってきた。

 そして私を睨んできた。


「何? 何の用?」


 楠葉は声のトーンを低くして言ってきた。

 私を睨み上げる目は、少し赤い気もした。


「何ってあんた、さっき図書館でクリスに――」


 「会ったんでしょ」という言葉を紡ぐ前に、それを楠葉が遮った。

 私の手にあるぬいぐるみに気がついて、それをひったくってきたからだ。


「ちょっと楠葉……っ」

「これ届けに来たんでしょ? だったら早く帰ってよ」


 楠葉は再び布団をかぶってベッドに潜り込む。

 こちらに背を向けて、もう触れないで欲しいという拒絶反応だ。


「ねぇ楠葉。学校で嫌なこと、あるんでしょ? 私でよければ聞くからさ」


 私は布団の上から楠葉を揺らして言う。

 だけど楠葉は布団をきつくかぶるばかりで、こっちを向こうともしなかった。


「別に何にもないからほっといてよ」

「いや、何もないことないよね、さすがに」

「本当に何もないから」


 頑なに喋ろうとしない妹に、私は一つため息を吐く。

 何もないことはないなんて、そんな言い訳が無理のあるものだというのは楠葉も分かっているだろうに。

 それにお気に入りのものまでひどい目に遭うような状態なのに、まだ一人で抱え込もうとするのだろうか。


 だけど楠葉の次の言葉に、私はまたもや言葉に窮する。



「お姉ちゃんなんかに絶対分からない。みんなに愛されて人気者のお姉ちゃんにはどうせそんな経験もないだろうし。だからほっといてよ……っ」



 楠葉は壁際へと身を寄せて私から少しでも距離を離そうとする。

 

 お兄ちゃんには「年頃の女心なんて分からない」で私には「人気者だったから分からない」。

 具体的に何があったか知らないけれど、このままこうして兄姉まで突っぱね続けるつもりだろうか。

 確かにこういう問題を家族に話したところですぐに解決できるものではないし、そういうのを家族に知られたくない心境は分からなくはないけれど、もはやそれの根幹あたりまでこっちは知ってしまっているのだ。それを心配する姉心や兄心をどうして理解してくれないのか。


 そんなことを考えていたら、沸々と楠葉に対して苛立ちが湧いてきた。



 私は勢いよく楠葉の布団をめくった。



「!? 何するのお姉ちゃん!」

「あんたね、言いたくない気持ちは分かるけど、こっちはあんたの4年は生きてんの! 経験がないから何も言えないわけじゃないんだからね!」

「わぁっもうほっといてよ! いいじゃん私のことなんか!」

「よくないっ」


 私が剥ぎ取った布団を楠葉は戻そうとする。


「兄妹でしょ! 姉妹でしょ! 家族だから力になろうとしてんの!」

「うるさいな。いいじゃん、ほっといてよ何にもないんだから!」

「何にもないことないんでしょ! だから言ってごらんなって!」

「もうめんどくさいな。だからお姉ちゃんお節介だって言われるんだよ!」

「なんだって!」

「お、おい、お前ら何してるんだよっ」


 楠葉の学校の話を聞きに来たはずが一転、布団を引っ張り合っての姉妹ゲンカになり始め、様子を見に来たお兄ちゃんが仲裁に入る。


 結局このままだとケンカになるばかりで意味がないと、楠葉はそのままに私は強制退場。



 そのあと20歳も過ぎて大人気ないとお兄ちゃんに叱られて、今日のところは大人しく帰ることになった。






 「はぁー。相変わらず何やってんだろ私」


 その晩、家に帰ってからリビングのソファで横になりながらうなだれる。

 

 まったく、どうしてこうも私はこういう話に失敗するのだろう。

 ただ楠葉の悩みを聞こうとしていただけなのにケンカになるとは、私もまだまだ子供だな。情けない話。


「あんたって本当にそういうところ気が短いよね」


 と横から余計なことを言うのはカエル姿のフリード。


「はぁ、もう言わないでよー。自分でもそこが短所だとは分かってるから」


 私は両手で顔を覆い隠す。

 自分でも本当に情けない。話を聞いて解決どころか、聞くところから自分で失敗しているなんて。お兄ちゃんが兄失格なら、私は完全に姉失格だな。


 そんなことを思ってうなだれていると、横からフリードのため息が聞こえてくる。


「あんたってそういうところ器用そうに見えて案外――」

「お、まだこんなところにいたのか……って梅乃、どうした?」


 フリードが何か言おうとしたとき、ちょうど出かけていたカリムがリビングに入ってくる。そして私が寝そべっているソファのところまで来て、顔を覗き込んできた。


「カリム帰ったんだね。アサドは?」

「あぁあいつは帰って来るなりクリスに呼ばれてたぞ」

「ふぅん」


 正直楠葉のことがままならなすぎて、さっきのことが情けなさ過ぎて、カリムへの相づちも適当になる。

 さすがにいつもと様子の違う私なので、カリムもふぅと鼻で息を吐いて私が寝そべっているソファの手すりに腰掛ける。


「どうしたんだよ、柄にもなく落ち込んで」

「妹の件で項垂れてるんだよ、この人」


 私が一人項垂れている間に、フリードが今日のことを色々とカリムに説明する。

 カリムはそれを聞きながら、私の頭をぽんぽんと叩いてくれていた。


「まぁ、確かにお前は少し頭に血が上りやすいところはあるが、ちゃんあの子を想ってのことだろう? 大丈夫だ。きっとお前の気持ちも理解してくれるだろうし、本当に解決の糸口が見つからないようなら、俺らが助けてやるからさ」


 途中からカリムは私の髪を撫でながら、優しくあやしてくれた。

 魔神にそう言われるとかなり頼もしいような気もするけど、一方で姉一人の力じゃどうにもならない無力さに、この上なくやるせなさを感じてしまった。



本当はもう少し先まで書きたかったのですが、とてつもなく長くなりそうだったのでここで切ります。

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