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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
59/112

15.あてつけのデート(夏海)

ころころ視点変わってすみません(汗

夏海視点です!GW前半

15.あてつけのデート


「夏海ちゃん、日曜日デートしない?」


 と言ってきたのは、この春から新たに大学オーケストラに入団した留学生のハンスさん。

 あたしは耳を疑ってしまった。


 金曜日の夜、いつもと同じように夕方から大学オケのパート練習があり、その後は新歓飲み。ただ、この日は4月最後の金曜日なので、新歓も今回で終わりだ。

 練習後、新歓飲みのいつもの居酒屋に向かうときに、徐にハンスさんが近づいてきてあたしにそう言った。


「どこか……行きたいところでもあるんですか?」


 とあたしは聞くが、ハンスさんは真意の見えないいつもの微笑みで頷いた。



「東京ディズニーシーってところに行ってみたいんだ」





 そんなわけで、4月30日日曜日。

 ゴールデンウィーク前半の真ん中という、これ絶対混むに決まってるじゃないというような日に、あたしとハンスさんは二人して東京ディズニーシーにやってきた。


現在12時過ぎ。

 もう既にタワーオブテラーとインディージョーンズには乗って、チュロスの列の最後尾に並んだところ。


 東京ディズニーシーは朝8時に開園で、こんな日に行けばその1時間前にはすでに入り口前で行列ができているくらいなのだが、そこまで早い時間に行くのは色々とつらい面もあったので、あたし達は9時半に入園した。

 そもそも、あたし達が住んでるところから舞浜までは軽く2時間くらいかかるので、これでも早い方だった。



「あんな乗り物初めてで楽しかったよ。もう一度乗りたいな」


 と、横に一緒に並んでいるハンスさんが言う。

 その発言に、そういえば、と違和感を感じた。


「忘れてましたけど、ああいう乗り物は大丈夫なんですか? っていうか今朝も電車で来ましたけど」


 そう、ハンスさんと言えば電車酔いするというのがあたしの第一印象だった。

 なのに突然のデートで戸惑いと興奮にすっかり忘れてしまっていた。

 ハンスさんはにっこりと笑って答える。


「うん、今朝は酔い止め薬飲んできたし、こういう乗り物は酔うというには勢いが良すぎて酔えないな。爽快感があってとても楽しいよ」


 そう答えたハンスさんは、普段のサークルの時では見れないほど、楽しそうにしていた。


「そうなんですね。ディズニーランドってパリにもありますけど、初めてってことはそっちも行ったことないんですね」

「そうだね、行ったことない。夏海ちゃんは行ったことある? パリの方の」

「はい、中学生の時に1回だけ。あそこはここに比べれば全然混んでないんですよ」


 東京ディズニーシーもランドも、呆れるくらいに人がいて、どのアトラクションも2時間待ちというのがザラにある。東京ディズニーランドの方は絶叫系もそうじゃないのも色々あるし、パレードもショーも充実してるから、ベビーカーに乗る赤ちゃんからおばあちゃん世代まで人で溢れかえっているが、一方で東京ディズニーシーは絶叫系が多いため身長が満たない子供は少なく、中学生以上のカップルが多い。まぁどちらにせよ、人で溢れかえっているのだ。

 一方でディズニーランドパリも、フロリダにあるウォルトディズニーワールドも、日本ほど人で溢れかえることはない。2時間待ちのあるアトラクションはそんなになく、ディズニーランドパリの方は、夕方までで全部乗り切れてしまうほどのすき具合だ。

 それもこれも、日本人が一カ所に固まる習性があるかららしいけれど。


 それにしても、ハンスさんと二人でカップルの多いところに来ているのか。

 そもそもディズニーリゾートに彼氏と一緒に来るなんて経験がないあたしは、未だにこの状況が夢のようなのだ。

 彼の真意は分からないけど、こんなにかっこいい外人さんと二人きりでデートというのは、それだけであたしを浮き立たせる。



「すみませーん。一緒に写真撮ってもらってもいいですかー?」


 と声をかけるのは、インディージョーンズのアトラクションに乗り終わって出てきた女の子二人組。

 しかしハンスさんはというと。


「ごめんね。そういうの困るんだ」


 と申し訳なさそうに笑って断る。

 その姿はさながらお忍びで遊びに来た芸能人のようだった。


 女の子たちが残念そうにして去っていくと、ハンスさんは困ったように息を吐いた。


「これで何人目だろう」

「さぁ、軽く50人は超えてそうですよね」


 普段から人目を引くハンスさんは、今日のような人が多い日にはなおさらたくさんの人に注目され、まさに「誰もが振り向く」イケメンさんだった。私服姿でこんな風に多くの人に紛れていても、パーク内で王子様の格好をしたキャストの人よりも王子様のような外見なので、さっきのような女の子たちは入園時からかなりいた。そういうのを喜んで受けるかと思っていたけれど、ハンスさんは案外よく知らない人と接するのは好まないみたい。



「でも本当にハンスさんが王子様の衣装着たら、本物のように見えるでしょうね」


 ふふふと笑いながらあたしは言った。

 するとハンスさんは目を丸くしてあたしを見下ろしたあと、目を和らげて言う。


「じゃあそのお姫様は夏海ちゃんだね」


 その言葉に今度はあたしが目を丸くした。

 そして顔が赤くなるのが自分でも分かった。だってほっぺが熱いもの。


 ハンスさんはにこにこ笑ってあたしのほっぺをつついてきた。


「ふふふ、赤くしちゃって可愛いね」

「は、ハンスさんに言われるのは嬉しいですけど、お世辞にしか聞こえないです」

「そんなことないのになぁ」


 とくすくす笑うけれども、こっちはこの状況ですら胸がはち切れんばかりに鼓動を鳴らしている。冗談でもそんな喜ばせるようなことを簡単に言うのはずるい。



「ほら、こっち見て」

「?」



 ――――カシャッ。



 ハンスさんが腕を上げた先を見れば、先日買ったばかりだというデジカメのファインダーをこちらに向けて、シャッターを切られた。

 撮ったハンスさんはにこにこ楽しそうだ。


「こんな何もないところで撮らなくても……」

「ふふふ、いいんだよ、楽しければ」


 と言って、今度はまだ買ったばかりの新しいスマートフォンを出してきた。

 そしてさっきと同じようにツーショットを撮られる。


「夏海ちゃん、また赤くなったよ」


 そして再びほっぺをつついてからかってきた。


 カップルの多いテーマパークで、誰もが振り向く王子様のような外人イケメンと、一緒に並んでツーショット。


 これはあたし明日死ねるわぁ。などと下らんことを考えてしまう。


 しかし、相変わらずハンスさんがどうしてあたしを東京ディズニーシーに誘ったのかが不明だ。


「ハンスさん、そろそろ教えてくださいよ。今日あたしを誘ったワケ」


 スマートフォンを愉快そうにいじっていたハンスさんは、「ん?」と顔を上げると、くすっといたずらっぽく笑った。


「そうだね、そろそろ教えようか。ここまで付き合ってもらったしね」


 と言うと、いじっていたスマホをポケットにしまい、両手であたしを抱き寄せた。

え、え、え?ナニコレ。

 どうして自然な仕草で、こんな不特定多数過ぎる人前で、誰もが振り返るイケメンに、あたし抱き寄せられてるの!?


「本当に夏海ちゃんは、可愛いし優しいし良い子だよね」


 見ればハンスさんはとろけるような甘い笑顔で、その若草色の切れ長の瞳には、あたしの顔がどあっぷだった。

 そのまま何故か顔を近づけてきて、あたしの頭の中は完全ショート。

 思わずぎゅっと目を瞑る。

 彼の息使いが左耳の方まで降りてきて――――。



「だから最後まで付き合ってね。梅ちゃんへのあてつけのために」



 …………え?


 あたしはぎゅっと閉じていた目をゆっくり開ける。

 さっきはとろけるような笑顔だったハンスさんは、切れ長の目を細めて、いたずら気に笑った。


「梅ちゃんね、ゴールデンウィーク?に何も予定が入ってないんだって。普段からあまりに失礼なこと言ってくるから、楽しい写真たくさん撮って自慢してやろうと思って」


 と、顔の横でスマホを振っている。

 見れば梅宛にさっき撮った写真を添付したメールが送信済みになっている。

 添えられている文は「ひとりで哀れだね」。



 ここまで来て一人浮かんでいたのが、一気に目が覚めた。

 重い何かで頭をガツンと殴られたような衝撃だった。



 そうだよ。当然と言えば当然じゃないか。

 ハンスさんが何にもなしにあたしをデートに誘うわけがない。

 それがたまたま東京ディズニーシーで、二人だっただけ。

 すっかりそれに乗せられてしまっていた。



 始めからこの人の瞳は、あたしを映していなかった――――――。






 今年初めのオケの新歓飲みの時、つまり梅がハンスさんを殴ったあの夜に、あたしはハンスさんに「梅のことを色々と教えてほしい」と頼まれた。ハンスさんは殴られた復讐をするために言ってきたけれど、そのために梅を売ることなんか出来ないとすぐに思った。だけどオケ以外で接点のない彼と接するにはいいのかもしれないと、その週末はかなり悩んでいた。別に教えるのは梅の好きなことでもいいわけだしね。


 だけど休日が明けた次の月曜日。

 練習後の新歓飲みでハンスさんは言った。


「俺の手となり足となり俺の言うこと何でもしてくれるんだって」


 結局はあたしが週末悩んでいたことは無駄だったんじゃないのかと思った。

 だって何があったのか知らないけれど、ハンスさんと梅に主従関係が出来たのなら、わざわざあたしが梅のことを教えなくても、本人から聞き出すことくらい出来るだろうし、近くで見ていればあの子は分かりやすいからすぐに色々と知ることが出来る。


 ハンスさんは何から何まで梅に頼み、梅が持ってきたものにケチつけて、梅を怒らせていた。梅は毎回のごとく「あいつは本当にサイテー!」「むかつく!」「みんな顔で騙されてんのよ!」と愚痴っては、更に嫌味を言われていた。

 端から見たら仲が悪いようで仲の良い二人。



 完全にあたしは蚊帳の外だった。

 だから突然デートなんて誘われて、一人舞い上がってしまったんだ。



 ハンスさんはおそらく気がついていない。

 自分では殴られた仕返しのように嫌がらせをしているつもりだけど、さっきからスマフォをいじる時の目が楽しそうに笑っていることを。

 「あてつけ」と言っているけれど、本当は梅と一緒に来たかったんじゃないかと思ってしまう。



 大嫌いで嫌がらせをされるくせに、本当はハンスさんに好かれている梅。

 抜け出せないほど好きになってしまっているのに、ただ利用されるだけのあたし。



 とても惨めで空しい恋。

 やっぱりあたしはここらでこの人を諦めた方がいいのかもしれない。

 しかし、そうは思うのに、当のハンスさんはどんどんあたしをはまらせた。


 ハンスさんはスマホを再びポケットにしまうと、腕の中にあたしを囲ったまま顎をとらえ上を向かせてくる。



「もちろん、お礼はするよ」



 そう言うと、あたしのおでこにキスを落とした。

 あたしは再び赤面で完全ショート。

見上げると、ハンスさんはにっこり笑顔。


「それに俺も日本でたくさん思い出作りたいしね。だから5月の連休も色んなところに行こうね」


 と、あたしのほっぺをやわやわと撫でながら言った。

 きっとこれが梅だったら相手を殴り飛ばしているんだろうけれど、あたしはこれで喜んでしまうから、簡単なエサなんだと思う。

 だけど、たとえ梅へのあてつけになるのだとしても、それで同じ時間を多く共有できて、彼の思い出の中に少しでも残れるなら、利用されるだけ利用されようと思った。





 「次、あれ観たい」


 と、チュロスを受け取った後にハンスさんが指差したのは、マーメイドラグーン。

 どうやら東京ディズニーシーに来た理由はもう一つあったみたいで、人魚を見たかったらしい。梅曰く、人魚の存在を信じない彼は(てか、そんなの当たり前じゃない?)、研究室の人にやたらと唆されて気になったようだ。


 そういうわけでマーメイドラグーンシアターで、人魚のショーを観たわけだが。



「なーんだ、やっぱり人がやっているだけの偽物だ。良くできていたけど、あれで存在を信じるなんて夢見がちもいいところだな」


 と、期待はずれと呆れの混じった様子で言ったので、あたしは思わず言ってしまった。



「じゃ、じゃあ本物の人魚見ますか?」



 それまで柔らかな雰囲気だったハンスさんが、一瞬冷たくなった気がした。

 でもにっこり笑って尋ねてきた。


「夏海ちゃんも信じてるの? 人魚」

「いや、本当にいるんですよ、人魚」

「ふぅん。どこに?」


 段々と雰囲気が固くなってきている気がしたが、迷わずあたしは続けた。



「三重県です! 信じられないなら5月の連休にでも行きましょう!」



 はっきりとあたしが答えると、ハンスさんは少し目を丸くしてあたしを見下ろしてきた。

 すると再びにっこりと笑い、雰囲気を和らげた。


「それが本当かどうかは信じられないけど、いっぱい遊びたいしね。是非ともご一緒させてもらうね」


 と、あたしのほっぺにキスをした。

 それにまた赤面してハンスさんにからかわれる。




 梅へのあてつけのために利用されるだけのあたし。

だけどそのたびにこうして夢を見ていられるなら、このままでいたいと思ってしまった。







「世界的超人気アニメ映画」とか言って「ディズニー」というワードを今まで伏せてたわけですが、地名ならいいかなと思って出した次第です。

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