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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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6.テオの見た幻(テオデリック)

テオ視点です。

6.テオの見た幻


 俺は非常に困っている。


 何に困っているかと言えば、金だ。


 金がなくて困っている。


 確かに梅乃と魔神二人がいる以上寝る場所には困らないし、クリスがいてくれる以上食にも困らないし、いざとなれば服もあいつは繕ってくれる。(実際に王時代に着ていたものをいくつか持ってきたら、こっちの世界仕様にリメイクしてくれた。)

 だから今のままでも最低限の生活は出来る。


 だがしかし、大学生活とは最低限の生活費だけでは過ごせないのだ。


 というのも、まず日々の付き合いというものがある。

 授業のない時間を研究室で過ごす以上、そのメンバーと昼食や夕食を食べに出かけることもよくあれば、4月の終わりには新しい研究室生を歓迎する新歓というものがある。

 新歓自体は、当然新参者の俺は払わなくていいのだが、それはあくまで1次会だけらしい。2次会以降は自腹だというが、俺にそんな経済力があるか心配だった。

 それに昼食・夕食がほとんど学食で済まされるとしても、それも塵となれば山となり、いつの間にか財布に入っていた残金が少なくなっているのだ。



 それから大学の講義の中に、金を払わなくてはいけないものもあるらしい。

 というのも、俺が専門授業よりも何よりも楽しみにしていた火曜日の第1時限目「バレエ芸術に楽しむ」では、実際にバレエを劇場で観に行く回が3回あるのだが、その観劇料は自腹らしい。しかも次回、3回目の講義で集めるというものだった。


 俺が今日の授業でそれを憤っていたら、講義終了後に梅乃に「シラバス読めよ」と言われてしまった。一体”シラバス”とは何だ?と質問したら、講義一覧が記載されている冊子を持って俺の頭を叩いてきた。


 しかし、梅乃に言わせれば、15回あるうちの3回までは休んでも構わないらしいのだが、その3回の観劇の内容が、「ジゼル」「白鳥の湖」「ロメオとジュリエット」と非常に興味深いもの。それを見逃すなど言語道断であるため、梅乃に頭を下げてその分を立て替えてもらうことになった。

 特に「白鳥の湖」はこっちの世界に来る前にジークフリートと約束したからな。何が何でも観なくてはいけない。

 バレエ作品の中でも「白鳥の湖」は有名中の有名らしく、チャイコフスキーというロシア作曲家の三大バレエの一つらしい。他は「眠れる森の美女」と「くるみ割り人形」らしい。それ二つもかなり興味深いが、「白鳥の湖」の解説の回で観れるらしい。



 おっと、金がない話から脱線しそうになった。



 とにかくそんなこんなで留学生活2週間目に突入したわけだが、とにかく梅乃に金を借りたままの今の状態でいつまでもいるわけにもいかない。


 どうにかして金を貯める方法を考えなくてはいけないのだが、如何せん一国(一領地?)の王だった俺は、些末な金の貯め方を知らない。

 王位を退けられたと言っても、その後は親族の侯爵が持つ田舎の別邸に厄介になっていたからな。今から考えれば贅沢に暮らしていたというわけだ。


 とまぁ、こんな時こそ家庭的なクリスだ、と思って今日の夜、バイトから帰宅したクリスに聞いてみた。



「――――こういうわけで、どうにかして金を貯めたいのだが、副業以外にどうすればいいか俺は分からない」



 突然のことだったのだろう。クリスは少し目を見開いている。

 ちなみに言っておくが、今はクリスの部屋でその相談に乗ってもらっている。

 リビングでそんな相談をすれば、赤色の魔神とぐりぐり頭の小僧(←カール)が二人して笑ってきたり、カエル野郎が呆れた眼差しで罵倒してくるだろう。だからこれは内密な相談だ。


「テオくん、副業以外って言うけど、アルバイトはどうなったの? また落ちたとか……?」


 そうなのだ。

 この日本に来てからというもの、副業あるばいとの雑誌をいくらか読んで、何件か応募したのだが、まず”連絡先”というものが何か分からなかった俺は、とりあえずその場しのぎで滞在していたホテルの電話番号を書いていたのだが、それが理由で面接も無しに落とされた。

 梅乃に会ってからも、しばらくは梅乃の電話番号を書かせてもらっていたが、それも良くなかったらしく採用不可。

 一体クリスはどうやってアルバイトが採用されたのかと問うてみれば、アサドに言われた番号を書いただけらしい。なんという世の中の不条理さだ。あの赤髪は俺が落ち続けているのを愉快そうに見ているだけだというのに。


 だがしかし、留学生活も2週間目にもなれば、さすがの俺でも勝手が分かってくる。元々素材は悪くないからな。



「ふふふ、これを見ろ」



 俺がクリスに向かって高々に掲げたのは”携帯電話”というものだ。

 今日の授業の後、梅乃に付き合ってもらって買ってきたのだ。


「ん? それは携帯電話という機械かな? あれ? でも、梅乃ちゃんが持っているような機械とは見た目も形も違うね」


 そう、俺の買った携帯電話は、梅乃や他の研究室の学生が持っているような画面しかないもの(スマートフォン)ではなく、梅乃に薦められて買った”かんたんケータイ”というものだ。

 正直なところ、俺も梅乃が持っているようなタイプの携帯電話が良かったのだが、「あんたは機械音痴で説明読まないんだから、メールと電話さえ出来ればいい。ヒモ男だし」などと丸め込まれてしまった。ちなみに機械代というものがかかるそうだが、新規であったためゼロ円。毎月基本料金というものがかかるらしいが、それも梅乃が一番安いのを指定してくれたため、その料金は390円。

 こう言っては失礼だが、意外と梅乃がそう言うところで倹約家だと思った。



「これでさっそく今日、アルバイトの応募をしたぜ。明日面接だ」



 俺がしたり顔で言うと、クリスはにっこり笑って手を叩いてくれる。


「次はうまくいくといいね」


 などと言ってくれた。

 まったく、この屋敷でお前は一番良いヤツだと思うぞ。その次に梅乃だな(なんだかんだで金貸してくれるし)。


「じゃあ、少しでもテオくんのお金が節約されるように、明日から僕がお弁当作るよ」


 なんだと。弁当だと。その手があったか!

 クリスが良いやつ過ぎて俺は心から泣きそうになったぞ。

 本当にお前は良いやつだ。






 しかし、そんな良いやつのクリスも、やはりどこか抜けていた。

 何のために俺が昨日内密に相談したかを分かっていなかったのだ。


 その証拠に翌朝の食卓に布に包まれた弁当を出してきやがった。

 当然皆の目の前で。



「あーはははっはっははっはははは。何、テオくん。クリスに愛妻弁当なんて作ってもらっちゃってー!!」



 案の定、あの赤色の魔神はそれを見て笑ってきやがった。

 当然それにぐりぐり小僧も加わる。


「ぷぷーぷぷー!! 何だよーそのランチョンマット! クマさん柄じゃねーか! テオ兄ミスマッチすぎー!!」


 そう、クリスが包んだ弁当箱の布は、クリスがいつも着けているクマ柄のエプロンと同じく、大きなクマがプリントされてあった。よく食堂にいる弁当男子の持つような黒とかストライプだけの布ではなくクマのプリント。これを俺が持つというのは、多少なりとも恥ずかしいものがある。


 アサドとカールに笑わればつが悪くなり視線をさまよわせれば、カリムやハイン・ハンスは別段気にした様子はなかったが、予想通りカエル野郎は軽蔑するような目で俺を見てきた。梅乃に至っては「あんた今更じゃない?」とため息。


 少し悔しくなってクリスを見やれば、俺の眼光が鋭すぎたのか、


「あああぁぁああぁ、ごめん、ごめんね? 僕が考え無しだったのが良くなかったんだよね? ごめんね? 明日までにはちゃんとしたランチョンマット用意するからぁあああああ」


と、こっちの方が手が付けられなくなりそうになっていた。

 そんなネガティブを発していたクリスは隣のフリードに「鬱陶しい」と言われ、更に落胆する。それを梅乃がめんどくさそうにしながらも宥めていた。






 そんなことがあった朝だったが、研究室に行けば意外とクリスの弁当は好評。

 一口研究室の修士の学生に譲ったが、「なんて美味しいんだ!!」と涙目で言っていた。

 正直アサドとクリスレベルの料理を口にしたことがないから、涙が出る気持ちがよく分からなかったが。

 ちなみにクリスの作ってくれた弁当は、よく日本で作られるものと同じらしく、卵を巻いて焼いたやつとかアスパラガスをベーコンで巻いたものとか、ブロッコリーを蒸したものなどが、長方形の弁当箱の中に綺麗に彩られて入っていた。

 だが何が残念かというと、ランチョンマットがクマ柄であれば、弁当箱もクマ柄だったというところだった。

 ……あいつ、一体どれだけクマ押しなんだ、と思ってしまうほどだ。





 アルバイトの面接は夕方からで、それまでは時間に余裕がある。

 研究室で論文でも読めばよいのだが、少しばかりそわそわしてしまい、俺は少し大学構内を散歩することにした。


 とにかく面接でどんなことを聞かれるか、少しばかり緊張していたのだろう。研究室の教授と話す以外、こうして職を探すための面接など、今までしたことないからな。

 梅乃やクリスには普通にすればよいと言われたのだが、普通とは一体どういう状態なのかがいまいち分かりかねる。

 とりあえず気持ちを落ち着けるため、大きく息を吸いゆっくり吐いた。


 こんなに緊張するというのも、久々だな。

 よくこんな小心で王などが務まってたものだ、と我ながら昔のことを思いやる。


 今頃、エリサはどうしているだろうか――――。


 スワン領で幸せに暮らしているだろうか。

 幸せにしてもらっているだろうか。

 今頃子供を身ごもっているだろうか――――。


 どれを思っても、俺にはもはや無駄なことだ。俺は彼女を苦しめたのだから。

 兄王子たちの後の判断は正しかったと思う。そうでなければ俺はそのままあの座に胡座をかいていただろう。実に良い罰をくれたと感謝している。



 願わくば、彼女が幸せに生きん事を――――。



 そんなことを考えていたからか、いつの間にか大学構内の裏側へと出ていた。

 正面にはサークル会館と書かれた建物が建っていた。

 そういえばここに来る前も大きな芝生のグラウンドも目にしたな、と当たりを見渡しながら再びサークル会館へと目を向けた。





 ――――――そのとき、俺は天使を見た。





 その天使は、サークル会館の3階の窓に映っていた。


 天使というと語弊があるかもしれないが、背の中程まで伸びた艶やかな黒髪を揺らして踊っているようだった。

 残念ながら窓から下の部分は見えないが、上げた手足やくるくる回る様子から、件のバレエというものを踊っているように見えた。

 顔もこちらに背を向けているため、回るときに一瞬見えるだけで良くは分からない。

 しかし細い手足をしなやかに動かす姿は優雅さを思わせ、ピンと伸びたつま先や背筋は凛とした何かを感じさせた。




 ―――――一体彼女は誰だ?




 気がついたらどことなく知りたいという気持ちがせり上がり、俺はサークル会館へ足を踏み出そうとする。




 ――――ピリリリリ。




 しかし、ちょうどそのとき、俺が覚えたばかりで使ってみたアラームが鳴った。そしてその時刻が少し面接に迫ってきていたので、ここは急がなくてはいけなくなった。



 俺はもう一度サークル会館の3階へと視線を移す。

 だが、たった数秒のことなのに、さっきまで窓に映っていた彼女は、いなくなっていた。

 



 彼女は本当に天使だったのだろうか――――――?



 一瞬だけしか見えなかった存在。

 だけどとても美しかった。

 もしかするとサークル会館へと入れば会えるのかもしれない――。




 ――――ピリリリリ。




 しかし、再びアラームが鳴った。いや、この場合はスヌーズというのか。

 どちらにせよ、俺はもう戻らなくてはいけなかった。

 名残惜しいが、また会えるかもしれない。

 そう思い、俺は踵を返した。






 それまでの緊張はどこへ行ったのか、その後の面接はすんなりと答えることが出来、後日採用の封筒が届いた。

 俺は嬉しくなってクリスと梅乃に報告した。


「……え? コールセンター……?」

「あぁそうだ。何せ、夕方からで良いと言うし時給がいいじゃないか」


 と、俺は鼻高々に二人に自慢したが、クリスはそもそもどういうものか分かっていない様子、梅乃はどこか心配そうな目で俺を見上げてきた。


 何をそんなに心配することがあるのかと、俺はその場を気にせずに部屋に入った。




 …………まさか、本当に採用になるなどとは思いもしなかった。

 俺はその頼りを眺めながら、面接の日に見た天使を思い浮かべる。




 まるで幸せを運ぶ天使のようだ。




 面接の翌日の昼下がりに同じ場所へ向かったが、彼女の姿は見えなかった。

 その翌々日も行ったが、会えなかった。

 その日帰れば採用通知が来ていた。




 彼女は本当に天使だったのだろうか――――――――。




おそらくテオもコールセンターが何とは分かってないです(笑)


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