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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第2章 落とし物はこれですか
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1.お花見 in 農学部資源生物学科

1.お花見 in 農学部資源生物学科


 4月の第二日曜日。

 今日はかねてより予定してた農学部資源生物学科3年生でお花見バーベキューである。


 そう、私とフリードリヒはお花見バーベキューが二日目なのであるが、二日目であるのはお花見バーベキューだけではなかった。

 なんと、今日も河童公園でのお花見バーベキューだった。

 昨日の夜になってやっと幹事の大沢から場所と時間が送られてきて、私とフリードはまたかという気分になった。


 まぁ、昨日と今日とでメンバーが違うし、そもそも無駄に人が群がるとかそういう心配がない分ある意味気楽である。フリードからしたら、再び同じ女の子の群れに遭遇する危険があったのかもしれないが、彼も彼で同級生の友達と外で気兼ねなく遊べると言うことに、楽しみでいたようだ。


 実際、昨日そのことを聞いてみたわけだが――――。






「フリード、実は明日のお花見楽しみでしょ?」


 夜になると魔法が発動するフリードは、カエル姿のまま私を一瞥すると、ぷいっと顔をそらした。


「ふん、なんであんたにそんなこと言わなくちゃいけないのさ」

「えーだって今日だってなんだかんだ言って楽しんでたし? でも今日はいつものメンバーでしょ? 明日は学科のメンバーだけど、フリードからしたら新鮮味溢れていいのかなって」


 すると、フリードは目をちらと私に向けると、再びそらす。

 ん? どうやら若干頬(カエルのほっぺってよく分からないけど)が赤いようだ。


「まっまあ? 僕はおとぎの国にいたときはほとんどカエルだったわけだし? こうして同じ世代のヤツらと遊んだことなんかないし?」


 と、器用に腕を組みながら右肩上がりに返してきた。

 どうやら、長くカエル生活をしていたため、同級生と外で遊ぶとか飲むとかしたことがなかったようで、それが明日ようやく叶うから嬉しいみたいだ。

 これ、人の姿だったらきっと耳が赤くなっていただろう。

 まったく、素直じゃないヤツめ。





 と、まぁフリードもわくわくしていたみたいだ。


 そういうわけで、今日も河童公園でお花見バーベキューである。




「おー火が回ってきた。何か焼くか」

「肉だ肉!」

「みんなー女子が肉とかてきとーに焼いてくれるから、男は酒の用意だ!」

「「「「ええええ~何それ~~~」」」」


 と、大沢は無駄に女子に仕事をやらせて、男子の手にビール缶を配り始めた。

 ちなみに今日のメンバーは、資源生物学科51人のうち男子が16人、女子が4人の20人。これでも集まった方らしい。


「ほら、梅吉もビールでいい?」


 金網に豚肉と野菜をいくつか並べたところで、神崎こうざきがビールを渡してくる。


「うーん、缶チューハイあるならそっちでいい?」

「なんだよギャルだなぁ」


 と、茶化しながら神崎はクーラーボックスの中を漁ってくれる。

 だってコップ一杯ならまだしも、一缶だとビールは飲みきれないんだもの。しゃーない。

 

「あ、良いのがあったよ。梅サワー――――あ」


 神崎が「梅吉は梅酒」と言ったようなしたり顔で、クーラーボックスから出した梅サワーを渡してくれようとしたが、横から伸びた手がそれを遮った。

 恭介だ。


「ちょっと恭介、何で奪うのさ。お前ビールあるじゃん」


 神崎は自分よりも背の高い恭介を見上げる。

 確かに恭介は右手にビールを持っていたが、片方の手でビールと梅サワーの二つの缶を持つと、私にスマートフォンを突きつけてきた。

 そこには夏海からのメールがあった。


「えーと? オケの先輩から梅にお酒謹慎令が出ているから、あまり飲ませないことぉおおお?」


 私は読みながら思わずスマホに食いついてしまった。

 お酒謹慎令ってお酒謹慎令って……!?

 いや、自業自得なのは分かってるけど。


「梅吉、相変わらずだね」


 と、私と恭介の間で神崎が笑う。

 私は恭介の顔を見上げた。


「……お前、一昨日店の前で座り込むほどだったじゃん」


 私は目をぱちくりさせた。

 あれ? そうなの? 私ってばお店の前で座り込むほど酔っていたの?

 なんて迷惑な客だったんだー!?

 いや、待て。どうしてそれを恭介が知っているんだ?


 そんな私の様子を見た恭介は、あからさまに蔑む様な目をして私を見下ろしてきた。


「お前、相変わらずだな。覚えてないだろ」

「え、え、え?」


 とため息。

 えーと、まったく覚えてないから何で恭介が知ってるのか謎なんだけど、もしかしてあの現場にいたとか?


「まぁまぁまぁ、今日せっかく花見なんだし、『あまり飲ませるな』であって『絶対飲ませるな』じゃないから、ちょっとくらい大丈夫だって」


 と、間にいた神崎が笑いながら恭介の手から梅サワーを奪い取り、私に渡してくれた。

 恭介は相変わらず呆れ顔だが、確かに今日はお花見。今日だけは許してもらおう。

 別の方向向いたらフリードが呆れ顔だったのは言うまでもない。



「よーし、じゃあみんな、酒持ったか? 幹事の大沢、あとよろしくー」

「おっけい。それでは皆様、遠路はるばる――――」

「なげーよ早くしろー」

「うるせー。じゃあかんぱーい!」

「「「乾杯!」」」



 乾杯したところで、ちょうど肉や野菜が焼け上がる。それをそれぞれ手に持った紙皿に取って食べ始める。

 昨日は食材を選ぶ人があの3人だったばかりに、かなり高価な食材を焼いていたわけだが、今日はあくまで学生飲み。昨日男子数名がスーパーで買ってくれていた食材だ。これに対して、良いものしか食べてこなかったフリードがぺって吐き出すんじゃないかと危惧したが、カエル生活が長かったためか、それとも単に常識人なだけか、顔色変えることなく普通に食べていたので杞憂だった。



「それにしても梅吉、酒自重令が出るほどの何かをやらかしちゃったの?」

「えーと、あはは」


 さすがにこれは言えないな。と思ってぼかしていたら、これまた思わぬところから攻撃を食らった。


「人殴ったそうだぞ」

「「「えええええ~~~~」」」


 恭介がしたり顔で言うと、他のみんながわざとらしく非難してくる。

 あぁ、そんな展開になると予想していたけどさ。

 恭介のそれは夏海情報だろうか。


「梅吉それダメじゃん。酒乱だ酒乱」

「佐倉相変わらず酒癖わりーな」

「佐倉……」

「梅乃、ダメだよー人殴っちゃ」


 と、みんな口々に言いたいことをそれぞれ言う。

 いや、悪いのは私ですし、そう言われても私は反論できませんね。

 みんなの非難に恭介がうんうんと頷いている。

 

 しかし、そんな私を知っているのは一部だけで。


「俺、佐倉が酔っぱらってるところ見たことねー」

「俺も。でも人殴るんでしょ? こえーこえー」

「べっ別に毎回人殴ってるわけじゃないからっ」


 完全にその場の空気は私を非難する空気、言い換えると私を非難して遊ぶ会になってしまった。

 いかんいかん、このままだとひたすら私が一昨日の件でいじられてしまう。


 そんなとき、相変わらず呆れ顔のフリードと目があった。

 フリードはビール缶を手に飲んでいたが、そんなフリードを見ていいこと思いついた。


「そっそういえば、ヴィルト君はどれくらい飲めるのっ?」


 苦し紛れの回避だった。だが、周りはすぐに移ってくれなかった。


「なんだよ佐倉ー。留学生飲ませてつぶす気か? タチわりーな」

「案外梅吉お持ち帰りするんだったりして」

「いや、しないからっ」

「――――ぶほっ」


 うちにお持ち帰り、というのは実は間違いじゃないけど、普通にそんなことを指摘されてこっちが動揺してしまった。と思ったら、フリードもむせたらしい。

 いつぞやもあったけど、フリード日本語分からない設定なんだからそこでむせちゃダメでしょ!



 目ざとくそれに気がついた阿部くんが、ビール片手にフリードの肩に手を回した。


「おー、どうしたんだよフリード。実は持ち帰られたかったとか? Do you want to go to bed with Sakura?」


 阿部くんは私の方を指差しながら聞いてきた。

 するとフリードは誰が見ても分かるほど眉間にしわを寄せて顔をぶんぶん横に振った。

 心なしか、顔が赤い。


「No! No! Never!!」

「あははー。こいつおもしれー」


 どうやらいじりの矛先は私からフリードへと代わったようだ。心の中でほっと安心する。


「ねー、実際フリード君は恋人いるのー?」

「ねー気になるよね」

「えーと、Do you have a girl friend?」


 私以外の女子が少し前のめりになりながら、バーベキューコンロの向こう側にいるフリードに質問する。

 阿部くんに腕を回されていたフリードは、若干身動きが出来ない状態でいるというのに、女の子が前のめりになった分一瞬だけ仰け反った。


「俺もそれ気になるー」

「ほらほら言えよー」


 阿部くんを筆頭に、女子に続いてフリードの恋バナを聞こうとみんなが唆す。フリードはちらっと私を見ると、何故か顔をどんどん赤くしながら顔の前で手を交差する。


「あ、分かったぞ。フリード酒が足りねーんだよ」

「お前日本人より恥ずかしがり屋だな。ほらほら、もっと飲めば話せるぜ?」

「みんな明日になったら忘れてるし、言っちゃいなよ」


 と、見る間にフリードはどんどんみんなに唆されてしまい、ビールを飲む羽目になった。

 ビールを飲まされているフリードはすっごく憎悪の眼差しで私を睨んできた。


 えーと、これは私が悪いのかな?






 5~6人がフリードを囲って飲んでいたが、私はその輪から離れて恭介含む5人と池の周りをぐるりと一周していた。

 今日も休日で、人は相変わらず賑わっていた。昨日は小道に水泡を置いていたため、人は知らず知らずのうちにそこを回避して通行していたのだが、今は普通に小道をまっすぐ進めている。

 不思議なもんだ。

 この池には本当に河童が住んでしまってるんだもんな。もうすっかりそれが当たり前のように感じてしまうほど、私はおとぎメンバーに毒されてしまってるわけだ。


 と、思っていたら一緒に歩いていた一人が喋り始めた。

 大沢だ。


「なあ、ここの池の河童って見たことあるか?」


 だが、みんな「何を言っているんだこいつは」という顔を向けている。

 当然だ。だってそれは逸話だと思われているのだから。

 私だって昨日まで迷信だと思ってた。

 しかし大沢は違ったようだ。


「俺、実は見たことあるんだぜ」


 大沢はどや顔で言ってきた。

 しかし、やはりみんなは大沢をバカにしたような顔をする。


「お前ー何言ってんだよ。いつ見たんだよ」

「ほらー大沢のほら吹き。よくないとこだぜ」

「いや、本当だって。佐倉はそう思うだろー?」


 何故そこで私に話を振る。つい昨日一緒にお花見したなんて、言えるわけがないじゃないか。しかもそれを話すにしても、おとぎメンバーとかフリードの話とか、いやいや、ここは誤魔化しておこう。


「えーといるんじゃない? 恭介はどう思う?」


 大沢が追究するような目を向けてきたので、居たたまれなくなった私は無理矢理恭介に話を振る。


「どうだろうな」

「なんだよそれー」


 恭介も恭介でぼやかした。

 同意してくれる者が結局いない大沢は、他の二人に「じゃあ呼べよー」と言われる。

 躍起になった大沢は、「よーし、わかったぞ」と池の柵に乗り出した。


 え、マジで呼ぶのか?


「かっぱさーん! あーそーぼー!」


 結構大きい声で大沢が叫びだしたので、周りを歩いていた人が訝しげにこちらを見た。ちっちゃい子が指差して「あれなあに?」ってお母さんに尋ね、「こら、見ちゃダメよ」なんてお母さんがその子を引っ張る光景を見てしまった。

 実際にあるのね。激しく他人のフリをしたい。


 結局沼男さんは出てこなかったというのに、酔った大沢は周りのことなど気にせずもう一度叫ぶ。


「おーい、かっぱさーん! あーそーぼー!」


 だが、2回目も沼男さんは出てこなかった。

 やっぱり普通の人相手じゃ沼男さんも出てこないのかな?

 私がそう結論づけたとき、恭介が大沢の頭を掴んだ。


「ほら、出てこないんだよ。諦めろ諦めろ」


 と、無理矢理柵から大沢を剥がし、再び池の小道を進んでいった。

 

 ……………………。


 こういうとき、恭介は基本的に放置して先に行くのだが、何だか不自然な気がした。

 ま、気のせいか。


 私も後に続いて小道を進んだ。





 みんながいるブルーシートに戻ると、フリードがいなくなっていた。

 聞けばトイレに行ったらしい。

 私もちょうど行きたかったし、きっと行く道でフリードは女の子に群がられてるから助けてやろうかと思って、私もさりげなさを装ってトイレに向かった。


 案外フリードはすぐに見つかったけど、予想外にも女の子の群れは出来ていなかった。

 それどころか。


「あ、あんた。いた……」

「どうしたの? トイレ行ってたんじゃないの? だいぶ顔赤いけど」


 そう、フリードはだいぶ飲まされたのか顔が真っ赤になっていた。

 足もおぼついていない様子。

 それだけじゃない。

 いつも私に呆れ顔か睨み顔しか見せないフリードのアーモンド型のエメラルド色の瞳は、今はかなりとろんとしていて、これが女の子だったら既にどっかの野郎に食われていそうなほどだった。本当に女の子の群れがなかったのが意外なくらいに。


 そんなフリードを観察していると、普段は自分から寄ってこないツンデレの女嫌いが、何故か今は私に寄りかかってきた。


「僕、まともに酒飲んだの今日が初めてなんだ」

「え――――」





 ――――――――ぽふっ





 私より身長の高いはずのフリードが、いきなり消えた――!?


 と思ったら、足下に何かが転がる感触。

 見れば金色に近い緑色のリンゴ大のカエル。



 ……………………。



 私は周りを見渡す。

 この光景を見てしまったのか、周りにいた人たちはみんな目を丸くして固まっている。



「じゃ、じゃーん!! 人がカエルになりましたー!! スペシャルイリュージョンマジックでしたー!!」



 と、私が足下のカエルを両手で差して言うと、固まっていた人たちから少しずつ拍手が起こった。

 ふぅー。これでなんとか誤魔化せただろうか。


 ていうか、酔いすぎて弱っちゃったのか、このカエル!?

 みんなになんて言おう――――!?



「さっ佐倉梅乃!?」



 私がカエルになったフリードを回収しようとしゃがみ込んでいると、後ろから声を掛けられる。

 あ、すごーく嫌な予感。


 振り返れば農学の修士の先輩、浅虫天道あさむしてんとうさんだ。


「そ、そ、それはいつぞやの……!!」


 浅虫さんは私の手の中にあるフリードに向かって出した片手をふるわせている。


「あーははははは…………」



 私はフリードを抱えると、脱兎の如くその場から逃げた。

 しかし、無類のカエル好きである浅虫天道がそれを逃すはずがなく、彼も彼ですごい勢いで私を追いかけてくるのだった。




浅虫天道については第1章の3話を参照してください。

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