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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
37/112

36.蓋をする(恭介)

恭介視点です。

36.蓋をする



 これは果たして喜ぶべきか悲しむべきか――――。


 どちらにせよ、とりあえず言いたいことは一つだ。



 男をちゃんと意識しろ。



 今腕の中にいる酔っぱらいは、平衡感覚を完全に失い、俺の胸に寄りかかりながら歩いている。

 その荒い息つかいが、服越しに伝わってくる。


 相手が泥酔状態だから、何を言っても感じても無駄なことだと分かってはいるが、こちらもほろ酔い状態で女にこんなことをされると、落ち着かなくなる。色々とまずい。



 これが、自分の好きな女となれば、なおさらだ。



「――うっ吐きそう」

「あ、ほら、コンビニ袋あるから」


 梅乃は先ほどもらってきたコンビニ袋に顔を突っ伏す。

 その中に胃から込み上げてきたものを吐き出した。

 それを支えながら、梅乃の背中をさする。


「出したか? ほら、水あるから飲め」

「っはぁ、ありがとう」


 先ほど袋をもらうときに買ったミネラルウォーターを梅乃に飲ませる。

 水を飲み終わったら、ついでに買ったウコンの力を渡す。

 

 まったく色気の欠片もない。

 まぁそのお陰で、こっちも変な気を起こさなくて済むのだが。


「はぁ……大分楽になってきたぁ。ありがとう」

「どういたしまして」


 梅乃が飲み終わったウコンの力を受け取ると、梅乃の嘔吐物の入った袋にその缶を入れる。

 いくら好きな女と言えども、その嘔吐物をいつまでも持ってはいたくない。

 はやくこれもどこかのコンビニに捨てよう。


 少し楽になったらしい梅乃は、それでも平衡感覚を失った状態でいるため、再び俺にもたれかかりながら歩く。

 そしてまたさっきと同じことを考えてしまう。


 梅乃は良くも悪くも、”男女”というものに区別を付けない。

 本人はこれでもちゃんと警戒することには警戒する、と言い張るのだが、俺はそれを疑っている。

 普段は夏海といることが多いが、遊びに行くときはそれこそ相手が男子であろうと女子であろうとどこへでも行くし、女一人という状況でも男友達と飲みに行ったりもする。その上、男友達の家に遊びに行くときも、その場で寝ることもよくするし、自分の家に男を入れるときも何も気を遣わない。梅乃の家に行くとブラジャーとかがそのまま干しっぱでいることなんてしょっちゅうだ。

 気になった男に対しては、緊張のためか不用意にスキンシップを取るのをためらうらしいが、その他の男友達に対しては何も気を遣わずスキンシップを取る。


 そんな梅乃だから、女特有の気遣いをしなくて済む分気楽で良いし、文字通り男女関係なく接するため、実は資源生物学科の男からの受けはいい。

 その反面、梅乃にスキンシップを取られると言うことは、梅乃に男扱いされていないということだ。

 今、梅乃に寄りかかられている状況も、梅乃にとって見れば、そんな変なことが起こる心配のない仲のいい男友達、としか思っていないだろう。



 俺にしてみれば、複雑な心境なんだがな。



 そんな何とも言えない気持ちでいると、腕の中の梅乃が徐に肩を揺らした。


「? どうした梅乃。寒いのか?」

「……え? あ、違うよ。なんか恭介にこんなことされるの、久々だなぁって思って」


 何のんきなことを言ってるんだ、こいつは。こっちは半分生殺し状態だというのに。

 だが、確かに言われてみれば、梅乃がこうして人の手が必要になるくらい酔っぱらうのも、そしてそれを俺が介抱するのも、実は1年近くしていない。





 梅乃はもともとそんなに酒は強くはなかった。

 1年生の夏、学部飲みで初めて梅乃と飲んだときは、梅乃はビール3杯くらいで立てなくなっていた。

 反対に俺は昔から酒が強くて、その頃普通に焼酎を飲んでいたので、後日梅乃に酒を鍛えてくれと言われ、差し飲みする仲になった。

 梅乃と差し飲みを始めて最初の方は梅乃はすぐにダウンして、そのたびに同じように家に送っていった。

 だが最初はビール3杯だったのが、途中から梅酒2リットルになり、ワイン1ボトルになり、2年の6月頃には日本酒1升瓶へと成長し、すっかり飲んべえに変わった。

 最後に俺の前で梅乃がダウンしたのも、そのあたり。


 梅乃が昴さんと付き合う1週間前だった。





「なぁ梅乃」

「んー? なに?」

「お前、昴さんと何があったんだ?」


 3月に俺がちょうど剣道部の合宿に言っている間に、梅乃は昴さんと別れた。

 それは昨日初めて知ったことだ。

 そのときに理由を聞いたが、男は恋人の前じゃ人間が変わるから言わないでおく、などとぼやかしてきたが、本当はそんな理由ではないだろう。

 もっと、人には言えない何かがあったに違いない。

 多分こいつは、昴さんを紹介したのが俺だから気を遣っている。

 きっとしらふの状態じゃ俺には言ってくれないだろうから、べろんべろんに酔っている状態の時に聞いてみる。


 だが、ふらふらでそういう制御も出来ないはずなのに、そこだけは頑なに避けてきた。


「じゃあ恭介はなんで彼女作らないの?」


 梅乃は顔を上げて俺を見てきた。

 それが上目遣いになっているときっと意識していないその瞳は、暗に昴さんのことを聞くな、ということと、今してきた質問の答えを期待している。



 本当に鈍いもんだよ。

 その理由が自分だとは知らずに。




 俺と梅乃の差し飲み会が始まって、梅乃が飲んべえに変わっていくと共に、俺の気持ちも変わっていった。


 初めて梅乃と飲んだ1年生の夏は、俺が高校から付き合っていた彼女と別れた直後だった。理由は色々あるが、とにかく酒で流そうと焼酎を飲んでいた。そんな時に梅乃に差し飲みを持ちかけられ、何でも良いから酒を沢山飲んで忘れたかった俺は、すぐにそれに乗ることにした。

 差し飲み会は定期的に行われたが、最初は手のかかるヤツだと思った。すぐダウンするし、悪酔いするしと、そのたびに夏海に愚痴っていた気がする。お互いまだ未成年で、梅乃がダウンするたびにハラハラしたものだった。

 だけどそれが、気を遣わなくて楽なヤツになり、いつの間にか一緒に飲んでいて楽しいヤツになっていった。

 差し飲み会するときは、いつも学部の同期のヤツらの話とか、サークルの話とか、漫画とか、とにかく他愛もない話ばかりしていた。


 そんなある日の差し飲み会で、梅乃は俺に紹介してほしい人がいると言ってきた。

 誰かと聞けば、俺の剣道部の3つ上の先輩、星合昴さんだった。

 剣道も強く、聞けば学業も優秀、おまけにイケメンの先輩だ。

 梅乃が博物館学の授業を取ったときに、当時4年生の昴さんが担当教員の手伝いをしていたとかで気になったらしい。

 正直本人の女関係の話はよく知らなかったが、ファンがいるほどのイケメンなので、オススメしないし難しいと一応忠告したのだが、梅乃は執拗に聞いてきたので、渋々セッティングすることになった。

 

 1年生の1月。そのときから俺の心の奥底にもやもやが広がり始めていた。


 昴さんと知り合った梅乃は、どんどん昴さんに嵌っていき、アプローチもかけていった。

 差し飲み会での話も、昴さんの話が多くなっていった。

 あるときは嬉々として昴さんと仲良くなれたこと、あるときは昴さんに女扱いされないと、不満と不安をこぼしてダウンしていく。

 そのどちらの話も、俺をいらいらさせていた。

 だから学年が上がったときに夏海に愚痴った。

 しかしそのとき、夏海に気づかされた。


 それは俺が梅乃のことを好きだからと――――。


 確かに、俺とただ差し飲みするだけでは見せない女らしさを昴さんには見せていると思ったら、かなりもやもやするものを感じた。

 俺の前で昴さんの話をする梅乃に苛立ちも感じた。

 それらすべては俺の嫉妬だったのかと、ようやくそのときになって気がついた。


 だが、この気持ちは飲み込もうと思った。

 俺が言うことで、差し飲み会がなくなるのならば、この関係がなくなるのならば、梅乃に嫌われてしまうのならば、このままでいいと。

 だからそんな気持ちを飲み込んで、梅乃に協力してやろうと思った。


 そして、梅乃は昴さんに告白した。

 それが2年生の6月だった。

 それと同時に差し飲み会もなくなった。






「――――お前には教えない」


 俺は酔っぱらいの額にデコピンを食らわす。さすがにいつもよりは手加減をしたが。

 梅乃は額をさすりながら俺を見上げる。


「じゃあ私も教えない」


 梅乃は俺を見上げながら不敵な笑みを作るが、それには「気にするな」と書かれていた。

 相変わらず気を遣われていると思うが、俺も梅乃から話してもらえる日まで待つことにする。


 だが、その不敵な笑みが若干腹が立ったので、もう一度デコピンを食らわしてやった。







「――――――――梅乃」



 梅乃とそんなやりとりをしていたから、前から人が近づいてくるのに気がつかなかった。

 見上げれば、夜の暗がりに紛れるような浅黒い背の高いアラブ人が立っていた。


 この男、火曜の夜に梅乃といたアラブ人だ。



「あ、カリム」


 梅乃は呼ばれた方を見ると、その男の名を呼んだ。

 男は近くまで寄ってくると、俺の前に手を差し出した。


「そいつを迎えに来た。あとは俺が連れて行く」


 そして当然のように梅乃の肩に触れてきたので、俺は体をねじってアラブ人から梅乃を離した。


 「迎えに来た」とは一体どういうことだ。

 ついこの間知り合ったばかりのワーキングホリデーの男じゃなかったのか?

 まるで一緒に住んでいるかのような口ぶりだ。


 思わずそいつを睨み上げてしまった。


「こんな酔った女連れて行ってどうするつもりだ?」


 そのアラブ人は一瞬目を丸くすると、やれやれと言ったようにため息をつく。

 そしてニッと笑って俺を見下ろしてくる。


「その言葉はお前にも言えるんじゃないのか?」


 そう言うと、俺の腕の中から梅乃を奪い、梅乃の膝の間に手を入れ抱き上げた。

 梅乃はいきなりの浮遊感からか「わわ……っ」と声を上げる。

 そしてそいつの腕の上に収まると、俺に顔だけ向けてきた。


「あ、恭介大丈夫だよ。送ってくれてありがとう」


 なんて酔った明るい声で言ってきたが、俺が警戒心むき出しで梅乃に何か言おうとすると、そいつは挑発でも見下しでもなく、普通に俺に笑って言ってきた。


「同じ建物なんだ。大丈夫、何もしないしちゃんと送り届けるから安心しろ」


 そう言うと、梅乃を抱えたまま踵を返し、俺の前から――――消えた。


 そう、消えたのだ。文字通り。


 火曜日に見たときと同じように。



 俺は消えたことに対する焦りと、謎の男に対するもやもやで、どうすればいいか分からずその場に立ちつくしていたが、前回消えた翌日もちゃんと梅乃は学校に来ていたし、あの消える前のアラブ人とのやりとりを思い出せば、俺が口出しするような仲ではないのかもしれない。


 もやもやは消えないが、そう思うことにして自分の気持ちに蓋をする。





「恭介はなんで彼女を作らないの?」




 本当は喉から手が出るほど梅乃がほしい。



 去年、昴さんが振り向かないと嘆いていた梅乃に、どれだけ諦めさせようかと思ったものだ。その気持ちを無理矢理にでも自分に向かせようとさえ思った。


 だができなかった。


 理由は差し飲み会をなくしたくない、梅乃との関係を壊したくない、嫌われたくないと思っていた。


 しかし本当の理由はそんなことじゃない。




 どれだけ好きでも欲していても、俺は梅乃と結ばれることはできないんだ――――。



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