35.酔っぱらいの回収
第3者視点です。
35.酔っぱらいの回収
(――――はぁはぁはぁ…………。)
由希の腕の中で、荒い息が聞こえる。
そう、泥酔状態の梅乃だ。
酔いすぎで呼吸がままならず、吐きそうで吐けない何かが喉につっかえた状態で、もはや誰かの腕を借りないと動けない状態だった。
「梅乃、今夏海が水取りに行ってくれてるからね」
「……はぁはぁ……ありがとぉ……」
「大丈夫だよ。水飲んだら家に帰ろうね?」
「あぁぁ……由希ぃ……ごめぇぇん」
お店の外に出たときはまだ飲めると言って暴れていたが、急に気持ちを悪くしてしゃがみこみ、さらにそれでも力が入らなくなって、梅乃は迷惑にも居酒屋の店先で地べたにへたり込んでしまっていた。
そんな梅乃の背中を由希がさするが、完全に酔っぱらいの梅乃は体が前後に揺れていたため、前に倒して由希に抱きついていた。
(あぁ……由希、あったかくておちつくー……)
(さすがに飲み過ぎたと自分でも思う。
いやでも、あれはあいつが早くギブアップしないからであって……。)
先ほど夏海に叱られたというのに、酔っぱらいは救いようがない。
泥酔状態の梅乃は、とりあえずすべての責任をハンスになすりつけようと考えていた。
と言っても、考えるだけで、それ以外の思考は今の状態の梅乃には不可能だった。
「由希ぃなぁんで私こうなってるの~?」
「それは梅乃が飲み過ぎたからだよ。てか梅乃、ついこの間20歳になったばかりなのに」
「何だい由希ちゃん。お酒は20歳からなんて殊勝なことを言っちゃうのか~い?」
「あぁもう、梅乃めんどくさい」
由希は梅乃を心配して叱っているのだが、この酔っぱらい状態の友人と来たらいちいちぼけるからめんどくさい。
梅乃がしらふになったときにでもなにか迷惑料を返してもらおうか、と由希は思う。
泥酔状態の梅乃はとことん悪絡みをしていた。
「由希ちゃぁん」
「なーに?」
「柳さんとどうなのぉ?」
「酔っぱらいに教えるつもりはありませーん」
「えー……けちぃ」
「そーいう梅乃こそどうなのよー?」
「私はないよぉそんなの」
酔っぱらいの梅乃の体を支えながら由希が梅乃の背中をぽんぽん叩く。
こうされているととりあえず梅乃は落ち着くらしい。
と同時に、酔っぱらい状態に乗じて由希は梅乃に近況を聞こうとしたのだが、そういうところは上手く回避される。
回避しやがったか、と由希は内心で舌打ちをする。
「でも梅乃男の子から人気じゃん。あ、さっきはあんなことしちゃったけど、ハンスさんなんてどう?」
由希は何気なくからかい半分で聞いてみた。
するとそれまで抱きついてきていた梅乃は、ばっと由希から体を離した。
そして何故か由希を睨み付けるかのような鋭い目つきをした。
「あいつは絶対ない! ないない!」
「梅乃、声大きいよ」
だが由希の制止の声はこの酔っぱらいには聞こえない。
「みんなが好きかもしれないけど、私だけは絶対絶対ずぇっっったいないんだからね!!」
「――――こら、あんたうるさい」
由希が顔をしかめて梅乃を止めようとすると、戻ってきた夏海が梅乃の頭をはたく。
それによって再び梅乃の体が由希に倒れ込む。
「ほら梅、ウーロン茶。全部飲みなよ。それから鞄持ってきたから、飲んだら帰るんだよ」
「うぁい」
夏海によって由希から引きはがされ、梅乃はウーロン茶を飲まされる。梅乃のグラスを持つ手がすべらないようにと、夏海がそれを支えていた。
本当に手のかかる酔っぱらいである。
由希がそんな梅乃を見てため息を一つ。当然呆れのため息だ。
「梅乃、これ一人じゃ帰れないんじゃない? どうしよう、あたし送っていったら電車間に合わない」
そんな由希に夏海もあぁ、と声を上げる。
「あたしもだ。上はあと少しで終わるっぽいけど、どうしようか」
「私帰れるぅぅぅ」
「はいはい、あんたは黙ってな」
新入生歓迎会の飲み放題のラストオーダーは実はもう過ぎている。だからそろそろ飲み会も終わりなのだが、後に待っているお客さんもいないため、まだまだ上で話し込んでいるだろう。降りてくるにはおそらく時間がかかる。
果たしてこの酔っぱらいをどうしようか、と二人は本気で悩む。
実はハンスに任せればその問題を解決できる、ということは二人が知るはずもない。
そもそも梅乃が殴るほどの仲なのだ。二人きりにするなんて考えが浮かぶわけがない。
「――――夏海?」
そんな時に声を掛けられた。
その方へ夏海が顔を上げると、こちらも飲み会帰りなのか、恭介が立っていた。
由希からは背中側にいたので、それを確認することは叶わなかったが。
「恭介、今帰り?」
「おー、新歓のな。そっちも新歓か――――ってあれ? これ梅乃か?」
ほろ酔い状態の恭介は手を挙げながら夏海たちの元へ近づいてきたのだが、地べたに座り込んでいる泥酔女に目をやると、それが梅乃であることに気がついた。
その光景を見て、とりあえず梅乃が飲み過ぎてこうなった、ということは分かった。
「夏海、友達?」
「あ、うん。学部が一緒だから梅ともね」
「あ、農学の鬼塚恭介です」
「教育学部の森山由希です」
などと初対面の恭介と由希はお互いに自己紹介するが、夏海からしたらそんな場合ではなかった。
「恭介、これ見たらなんとなく状況は分かるよね? この子送ってくとあたしも由希も帰れなくなるの。だから恭介、お願いしていい?」
夏海は恭介の前に立つと、その両肩をぱんぱんと叩いた。
恭介と梅乃の家は、学校を挟んで反対側に位置するのだが、電車通学の夏海や由希よりも一人暮らしの恭介は時間に制限がないため問題がない。
また、送るのが恭介の場合、それだけではない。
夏海は意味深に笑いながら言う。
「ほら、お近づきになるチャンスだよ?」
「えっ彼、そうなの?」
「おい夏海、黙れ」
夏海の冷やかしに由希が反応する。
仮にも本人目の前にして言うことじゃないだろうと恭介は若干焦るが、その当の本人は泥酔していて気にする様子もない。
恭介は仕方がないとため息をつくと、梅乃に抱きつかれている由希の前にしゃがみ込み、梅乃を引きはがす。
「ほら、梅乃。帰るぞ」
「ふぇ? あ、恭介だ。きょうちゃーん」
「え? あ、おいっ」
梅乃は突然何かの力によって由希から引きはがされたと一瞬焦るが、その何かの正体が恭介だったことに安堵。いや、安堵どころではなく、そのまま抱きつく相手を由希から恭介へ変えただけだった。
抱きつかれた恭介は固化。まさかこんな展開になるとは予想もしていなかった。
それを見ていた夏海と由希は、一瞬目を丸くしたが、すぐにニヤニヤ顔をしていた。
「恭介、気持ちは分かるけど、送り狼にはなっちゃダメだよ」
「お持ち帰りもダメだからね」
「うるせえ。ほら、梅乃、立つぞ?」
二人の冷やかしを一喝すると、恭介は自分から梅乃を引きはがし、脇を掴んで梅乃を立たせた。
が、この酔っぱらいは足もふらふらしているため、結果として恭介に寄りかかってしまう。
恭介としては複雑な心境だが、相手は酔っぱらい。もう自分も気にしてはいけないと言い聞かす。
「ほら、梅。恭介が送ってくれるから家に帰ったらすぐに寝るんだよ」
「ふぁああぁ。わかったぁ。恭介悪いねぇ」
「…………お前、まったく思ってないだろ」
と、何とか言いつつも、恭介はふらふら手のかかる酔っぱらいを支えながら去っていった。
次は恭介の話




