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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
34/112

33.非常に不愉快(ハンス)

ハンス視点です。

33.非常に不愉快


 おとぎの国からこちらの世界に来てまず思ったことは、とにかく女の品がないことだ。


 駅に行けば、制服を着たハイスクール生の女の子たちが足を開いて座っている。

 話声も大きく、豪快に笑う。まったく慎ましくない。


 目の前に座ったこの女もそうだ。


 佐倉梅乃。

 こっちの世界での俺達の世話役。

 そして初対面の日に、よく知りもしないくせに知っているような口調で口を聞いてきた女。

 更には初対面の男に殴りかかろうとした女。


 まったく品の欠片も感じない。


 今だってそうだ。

 仲直りした日から俺にだけ見せる偽りの笑顔を向けて、手に酒の入った陶器とそのカップを持って、俺の前にやってきたが、テーブルに片肘ついて、片膝を立てている。

 いくらパンツスタイルだからといって、それは品がなさ過ぎだ。


 そして俺にだけ分かる睨みを向けて、言った。


「私と勝負しませんか?」


 勝負?

 左手に日本酒の入った陶器、右手にカップ―お猪口というらしい―を持ってのその言葉。

 それの意味するところが分からないほど、俺は鈍くない。

 だけど俺はあえてその意味を尋ねる。勿論いつものような笑顔で。


「勝負? それって一体何のことかな?」


 少し小首をかしげてやれば、女の子たちはそれに見とれてくれる。

 しかし梅乃は俺に睨みを向けたままだ。

 その目が「何のことか分かっているくせに」と言っている。


「どれほど飲めるかの勝負です」


 再び梅乃がにっこりと笑って答えた。

 それに対して周りの女の子たちが梅乃を止めにかかった。


「ちょっと梅乃、何考えてんのよ」

「ホントですよ~」

「てかあんた酔ってるの?」


 女の子たちは俺の味方だ。

 当然とも言えば当然か。初めて宴会に現れた新入団員に向かって飲み比べを仕掛ける団員は、悪絡みもいいところだ。

 俺も笑顔を保ったまま、彼女に尋ねる。


「どうしてそんなことをしなくちゃいけないんだい?」


 その質問も当然の質問。何故酒を飲むのに比べなくてはいけないんだ。

 確かに昔、マーメイド領で船によく乗っていた頃は、船乗りたちと飲み比べをしたものだ。

 そしてそこで学んだ。酒は美味しく飲むものだと。

 日本酒だろうが焼酎だろうがワインだろうがウィスキーだろうが、気持ち悪くなるために飲むものではない。

 どれもちゃんと味わって美味しく飲み、気分を良くするためのものだというのに。


「きっとハンスさんてお酒に強いんでしょ? 船の上でスコッチとかよく飲んでそうじゃないですか。でも私、これでもお酒強い方なんです。だからどっちが強いか知りたくって」


 と、普段は使わない猫撫で声で話してくる。

 しかし今言った彼女の発言は、まったく俺の質問の答えになっていない気もするが。

 どちらが酒が強いかなんて勝負するのは、彼女もまだまだ子供だな。


「俺は遠慮しておくよ。お酒は美味しく飲みたいものだしね」


 と、にっこり笑顔を返すと、周りの女の子たちが同意してくれた。


「そうですよね。ほら、梅乃、やめなよ」

「梅、悪酔いだって」


 女の子たちが梅乃を窘める。

 だが、そんなことで引くような梅乃ではなかった。


 梅乃は日本酒とお猪口をテーブルに置くと、手を口元にやり上目遣いの顔をしてくる。

 どこか媚びているような顔だ。本人もそのつもりだろう。


「そうですよね。バツイチのハンスさんはなんと言ってももう22歳。普通じゃサラリーマンしてる歳ですけど、だんだん胃と肝臓が衰え始めている年齢でもありますよね? それじゃあぴちぴち20歳の私の肝臓には勝てないですよね」


 所々何のことを言っているのかよく分からないが、どうやら年齢を引き合いに出して挑発をかけてきた。

 自分を若いと思うなら、この勝負に乗れ、というようなものだ。

 俺は内心で笑ってしまった。

 というのも、そんな挑発に俺が乗るとでも思っているのかと言うところが些か疑問だ。

 同時に安直なような気もするが。


 だが彼女の挑発はそれでは終わらなかったらしい。


「それに最近の男の人は本当に軟弱になっちゃったんですねぇ? 女相手にお酒で負けると思っているのかしら。あ、というよりも、顔が良いとその分醜態を晒したくないと思ってるのかな? 女の子の評価を気にするなんて、みみっちい男ですよね」


 どうやら今度は男らしさを引き合いに出してきた。

 だが、俺を卑下する単語に、周りの女の子たちが梅乃にブーイング。

 ぽかぽか叩かれている。


「ほら、梅乃やめなって。ハンスさんはそんなことしないんだから」

「てか酔わせてもいいことないでしょー?」


 俺は正直呆れかけていたが、梅乃は顎をしゃくって女の子たちに言う。


「いいことならあるよ? だってハンスが酔ったら誰かがお持ち帰りすればいいじゃない」


 ”お持ち帰り”? それは一体何のことだ?


 俺が聞き慣れないワードに疑問符を浮かべていると、それまで味方についていた女の子たちは一気にざわざわし始めた。


 「確かに」「梅乃の言うとおり」「そっか、持ち帰ればいいのか」などと呟いている。


 これは少々まずい展開ではないのか?



「おー、やれやれ。飲み比べるなら早くやってくれよ」



 俺がどう切り抜けようか考えていると、トロンボーンの4年生―柳くんだったかな? ―が声を上げて俺達を催促した。

 すると、それまでただ見ているだけだった右側テーブルの人たちが、楽しそうに手拍子を叩き始める。


 どういうことかと俺は周りの女子たちを見回すが、彼女たちは梅乃の言うことに踊らされたのか、すっかり「飲め飲め」空気になってしまっていた。


 梅乃は俺を見てニヤリと挑発的に笑う。


 俺は一瞬だけ梅乃を睨む。

 この女、本当に俺を酔わせて何がしたいんだ?

 とにかく俺を陥れたいのだな?


 俺は少し考える素振りを見せると、梅乃がするように挑発的に笑う。



「――――仕方ない、付き合おう」











 ――――――――ダンッ。




 もはや何杯目になるか分からないお猪口を飲み干してテーブルに置く。

 向かいを見ると梅乃も同時にお猪口をテーブルに置いた。真っ赤な顔で。


 それまで様々な料理の並んでいたテーブルは、団員たちの飲むグラスとたばこを吸う団員たちの灰皿、そして3本の徳利が転がっていた。

 徳利はお店の方で交換性なので、実際に飲んだ日本酒の数は当然3本以上ある。


 周りの女の子たちは若干引き気味になりつつも、俺達の周りに水を用意してくれる。

 だが梅乃がギラギラする目つきで俺を終始睨み付けてくるため、その水には一度も手を触れていない。当然梅乃もだ。

 梅乃の俺を睨む目は、酒を増すごとにだんだん露骨になってきている。もはや俺以外の子にもその様子は分かったようだ。目の色もだんだん赤くなってきている。

 呼吸も若干荒くなっているのは分かるが、彼女はまだまだ飲むつもりでいるだろう。


 と、そんな観察をしている俺の方も、少々気分下降し始めている。あくまで俺は涼しい目と笑顔を絶やさないが、だんだんきつくなり始めている。

 これは頃合いを見て自分から脱落した方がいい気もしてくる。


 梅乃の後ろに回った女子二人が、本気で梅乃を窘める。


「梅乃、ほら、そこまでにしておきなよ。大分赤いよ?」


 と、森山由希ちゃん。


「梅、あんた帰れなくなるよ?」

 

 と夏海ちゃん。


 だが、そんな心配してくれる二人に対し、梅乃は「うがーっ」と両手を挙げる。


「大丈夫! 大丈夫よ! まだ私いける! いけるもんっ」

「いや、いけるってあんた、もう無理でしょ。てか何でそんなにハンスさんを……」

「大丈夫だって! とにかくこいつに一発噛ましてやんないと私気が済まないのっっ」

「あーもう梅っ」


 本気で止めようとする二人を振り切り、梅乃は再び自分のと俺のお猪口に日本酒を注ぐ。

 周りの女子たちの制止の声は、もはや梅乃には届かない。

 いや、最初から届いてはいなかったが。


「ほらハンス、飲みなっ。せーのっ」


 お互いに再びお猪口を呷る。

 正直俺はそろそろやめにしたい。こんな辛い飲み比べ、昔の船の上と一緒だ。


 だが未だに梅乃の目は血走ったまま。

 俺は一体どうして梅乃が俺を陥れたいのか、尋ねることにした。


「――君は俺を酔わせてどうしたいの? 何で一発噛ましたいの?」


 俺が表情を変えないまま聞いてやると、梅乃はただでさえ恐ろしい形相なのに、更に眉間にしわを寄せて睨みをいっそう強くした。


「何で? 何でですって? あんたがむかつくからよっ」

「むかつく? 一体何に?」

「白々しいわね。それとも無自覚? 奥さんの話よっ」


 まったく意味が分からない。

 何故梅乃が俺の元妻の話で怒るというのか? まったく関わりのない話ではないか。


 すっかり酔った梅乃は、酔いに任せて続ける。


「あんた、自分が人魚の呪いの原因だってことも知らないで、奥さんが病んで手に負えないとか、さいってーよっ」

「ちょっと梅、何のことか知らないけど、あんたもうやめな」

「止めないでよっ。人魚だってロマンとか言っておきながら、信じてもいないくせにっ」

「もう、梅乃飲み過ぎ」


 彼女は一体何のことを話している? 人魚? 呪い?

 一昨日も同じことを言ったはずだ。俺はそんなもの信じないと。

 百歩譲って呪いは信じたとしても、それが人魚に出来るはずがない。そもそも存在していないのだから。

 それに妻に呪いがかかると言うことも、妻に何か問題があったからなのだ。

 つまりそういうことだ。

 


「ふん、妻の呪いは俺には関係ない。あれは勝手に病んでいっただけだ」



 そんなことは口に出さなければ良かったのだが、俺も随分酔いが回っていたらしい。言わなくて良いことをつい口に出してしまった。










 ――――ゴンッ。



「梅、ちょっと!」

「おい、佐倉を離せ!」

「ハンスさん大丈夫ですか!?」




 気がついたら、俺は左頬を殴られ後ろの壁に激突してしまった。


 ――――梅乃に殴られた。


 身に覚えのないことで殴られて、さすがに笑顔ではいられない。

 俺は背中を壁にぶつけた状態のまま、俺を殴った女を見据えた。


 梅乃は夏海ちゃんに両腕を押さえられつつ、俺を睨み下ろしていた。



「あんたこそ呪いに苛まれればいいわっ」



 静まり返った居酒屋の和室で、梅乃は俺に対して声高々と張り上げて言った。

 一同は梅乃が一体何を言っているのか、ただただぽかんとしてしまっていた。



 だがその直後、梅乃は夏海ちゃんと由希ちゃんによって強制退場。

 柳くんの取り計らいにより、気まずくなった部屋の空気は元に戻る。


 店員に言って氷を持ってきてもらうと、女の子たちは梅乃の愚痴を言いながら甲斐甲斐しく俺の左頬を氷で冷やす。





 女に殴られたのは初めてだ。

 そして殴られた原因もまったく不明。

 最後に残した言葉の意味もまったく不明で不愉快。

 もし本当に呪いというものが存在してそれを俺が使えるのなら、あの女を呪ってやろうとさえ思った。




お酒の一気飲みは危険です。

絶対にやらないようにしましょう。

特に日本酒とか自殺行為…………(汗

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