26.最後に来たのに
ようやく白雪姫の彼を出せます!
ようやく王子が出そろいました
26.最後に来たのに
アサドに宥められながらも、まだハンスさんに対するイライラが残っていたため、最後の一人との対面が、無愛想なものになってしまった。
そしてその彼は、リビングルームの窓側のソファでフリードリヒを膝に据えて拗ねていた。フリードは当然カエル姿。
「なんだよーせっかく驚かせようと思って待ってたのにさー。初対面であんな無愛想なのないよー。正直された方は凹むよなー」
「だからカール、僕で遊ばないでくれる?」
悪いのは私なのだけれども、これはこれで鬱陶しいのが来た、と思ったことは黙っておこう。
ハンスさんたちよりも少し歩く速度を落として家に帰ると、玄関先で「わあっ」と横からテンション高めに知らない男の子が脅かしてきたので、正直そんな気分じゃなかった私は思わず、「ごめん、鬱陶しい」と言葉を選ばずにストレートを食らわせてしまった。その結果、目の前で拗ねている。
最後の一人、「白雪姫」の王子、グリム地方白雪姫領から来たカールハインツ・ヨーゼフ・フォン・ハッセンプフルーク。18歳なので、留学というよりも外国生枠で工学部に入学したんだって。明後日金曜日が入学式で、明日オリエンテーションがあるらしく、それで今日からここに来たらしい。正直疑問なのが、この人たちって留学手続きや入学試験は一体どうなっているんだ。
現在、リビングルームにいるのは、魔神二人にクリスにハインさん、そして拗ねているカールとフリードだ。さっきのやりとりで気を悪くしたハンスさんは部屋にこもり、それを宥めるためにテオがついている。
まったく、気を悪くしたのはこっちの方だ。
「梅乃、気持ちは分からなくはないが、カールはこれでも傷心中なんだ。あんまりいじめてやんなよ」
昨日と同じ位置に座ったカリムが、私の肩をポンポンと叩く。反対側でアサドが相変わらず愉快そうにしている。
「というか、八つ当たりだよ。俺全く悪くないのに、八つ当たりとかひどいよ」
「だからって僕で遊ぶないでよ。関節が痛い」
そして相変わらずカールは拗ねている。手の中のフリードは、腕を伸ばされたり手をいじくられている。口ではああ言っているが、正直くすぐったくて声を上げそうなのを何とか抑えているようだ。
てかこの王子、やたらとネチネチ拗ねているなぁ。いつまで拗ねているんだ。根に持つタイプか。年下なので正直痛くもかゆくもないのだが、やっぱり鬱陶しい。クリスがネガティブ王子なら、カールはネチネチ王子だ。どっちもカビが生えそうだ。
カールについてもう少し説明を加えると、やはり他のおとぎメンバーと同じく、綺麗な顔をしている。だが18歳と、こっちの世界で言うなら高校を卒業して大学に入る歳なので、まだどこかあどけなさが残っていて、美青年と言うよりも美少年と言った方がしっくりくるかもしれない。かなり癖のあるショコラ色の髪は、クリスのような(外見だけ)完璧な王子様というよりも、何処か不器用さが混じっているように思える。若干猫眼っぽいにコバルトブルーの瞳も、少年ならではの勝ち気さがにじみ出ている。
そんな子どもっぽさが結構残っているカールだが、さすがに18歳ともなると図体だけはでかい。と言っても、クリスほど高くはなく、どちらかというとフリードと同じくらいの身長だ。本人に言わせれば、フリードよりは高いらしい。
「はいはい、当たって悪かったね」
「うわーいかにも口だけな言い方」
「うるさい」
「まぁまぁ、お二人とも、その辺にしよう?」
あまりにも鬱陶しかったので、ぶっきらぼうに謝罪だけ口にする。だが少年カールはそれに対してまた不満をこぼす。最終的にクリスが仲裁に入るというのが、さっきから繰り返されている。
流石に私も大人気ない気もするので、これでやめることにする。
「まぁいいけどね、とりあえずこれからお世話になります」
さっきまでは子供のように拗ねていたカールだが、姿勢を正して丁寧な口調で丁寧にお辞儀する。これだけ見ると、ちゃんと洗練された王子だ。膝にカエルさえ抱えていなければ。カールの胸に押されてフリードがグエッて声を上げる。
「それで? カールはどうして捨てられたの? やっぱり通りがかりに過ぎないから?」
先程までと同じノリで軽く聞くと、カールは再び拗ねたような顔を向ける。その下でフリードが眼を細めて呆れた顔をしている。クリスとカリムは困った顔をしていたが、アサドは相変わらずのニヤニヤ顔、ハインさんは涼しげにやりとりを眺めている。
フリードが盛大にため息を吐く。
「あんたってホント遠慮もなくそういうこと聞くんだね。女ってよく男にデリカシーを求めるけど、女の方がよっぽど必要だと僕は思うね」
「失礼な。私にもちゃんとあるよ、デリカシー」
「デリカシーのデも感じない」
「まぁまぁ」
カールとの口論がいつの間にかフリード相手になってしまうところを、クリスが再び止める。このネガティブ王子、ネガティブさが無ければ空気の読める大人でいいのにな、と全く関係ないことを考える。
「それで? 結局どうなの?」
「お前全く反省してないだろ」
「こら、おねーさんに向かってお前はないでしょ」
「そうでしたね。歳ばかり食っちゃったオバサン」
「もっかい言ってみな、殴るよ?」
「オバサン」
「きーっ」
「あーもうお前ら」
この失礼な生意気少年に本気で殴りかかりそうになったところをカリムが止める。
確かに、無遠慮に野暮なことを聞いたのは私が悪いけれども、まったくこの子は口が悪い。目上の人に対する態度がなっていない。まぁ、身分から言えばこの子の方が目上なのかもしれないけれど。
「あぁもう、耳元でうるさい」
と、フリードは器用に両手を耳に当てる。正直カエルの耳ってどこにあるのか分からないけれど。
それとは反対に、アサドは終始にこにこしている。
「うんうん、二人とも、仲良く出来そうで良かった」
「「どこが!?」」
アサドがぱんぱんと手を叩きながら言うので、思わず声を上げてしまうと、カールとハモってしまった。
あぁ、頭ではくだらないことしているってのは分かるんだけど、今の気分はどうにもならない。
私ってこんなに後引くタイプだったのかなぁと、我ながら自己嫌悪になるが、このままここにいてもきっとカールとケンカになるので、早々に退散することになった。
というか、早々に退散させられた。
自分の部屋に帰ってシャワーを浴びたらすっかり頭が冷えた。と同時にすっごく下らないことでカールハインツにケンカを売ってしまったと後悔。明日の朝、謝ろうと思った。
それもこれも、全部ハンスさん……いや、もう敬称も敬語もつけなくていいか。ハンスのせいだ。あの人の無責任さに不快さを覚えた。
だが、言ってしまえば私には関係ないことだ。というより、周りに迷惑を掛けないのであれば、極力関わらないでいただきたい。
あぁ、でもあの人オケに入ったんだよな。美麗にハンスか。オケでの悩みの種が増えたことにげんなり。
なんて思っていると、廊下からこっちに向かう足音が聞こえた。
コンコン。
ドアを開けるとハインさんがいた。右手にはフリードを鷲掴みしている。
ハインさんはいつものように完璧な笑顔でさらりと毒を吐く。
「梅乃お嬢様、お休みのところ失礼します。このカエルが性懲りもなくうちの部屋やリビングで寝ようとしていたため、持ってきて参りました。どうかお預かり下さいませ」
いや、性懲りもないのは貴方の方ではないでしょうか?
本当にこの側近は主人の扱いが雑だな。初対面の時にあんなに丁重に扱っていたのが嘘のようだ。
ハインさんの手の中で、フリードがあきらめのため息を吐いていた。
フリードを受け取ると、ハインさんは自分の部屋に帰っていった。どうやらハインさんの部屋は2階の右から2番目の部屋、ちょうどカリムのとなりの部屋だ。そこには一応フリードが人間になったときのためにベッドが二つ用意されているみたいだけど、この通りフリードは夜はカエル姿のため、ほとんど用無しのようだ。
私は部屋に戻ると、昨日と同じくフリードの布団を用意し始めた。
「そういえば今朝見たら布団使っていた形跡ないけど、使わなかったの?」
作業しながらフリードに聞く。布団を敷くために昨日と同じでローテーブルを片付ける。シーツは昨日掛けていたのが汚れていなかったので、昨日のまま。だから押し入れから布団を出すだけでいい。
「…………」
「あれ? なんでだんまりなの?」
「…………」
何にも言葉が返ってこないのでフリードを見やると、眉を寄せて(あくまでそう見えるだけ)不機嫌な顔をしつつも、どこか顔が赤い。
「何その顔」
「うるさい」
「うるさいじゃないよ。どうしたの?」
「ほっといてくれる? 人には知らなくて良いこともあるんだよ」
なんて言うと、ぷいと顔を横に向ける。
何で布団使わなかったのかを聞いているだけなのに、何でそんな反応になるんだ?
変なの。
布団を敷き終わり、寝る前の日課になっているストレッチを始めると、フリードは盛大なため息を吐く。
フリードってため息多い。ため息ツンデレキャラだな。
「聞いたよ。あんた、ハンスに殴りかかったんだって?」
「それ言ったのアサドでしょ? あいつ、そういうことを楽しむからタチが悪い」
「いや、アサドじゃないけど……」
「ふーん。まぁいいわ。なるべく関わらないようにするから」
そうは言うものの、頭に悩みの種がよぎる。
私は胡座をかいた姿勢で膝に頬杖をつきながらため息を吐く。
「はぁ。それにしても夏海になんて言おう」
「ナツミ?」
「あ、ほら、昨日実験で同じ席だった子。あの子があいつを好きになっちゃったのよね。その気をなくさせたいけど、結構そういうのって難しいよね」
もう一度はぁとため息を吐くと、フリードは目を丸く―カエルなので丸い目なのだが―した。
「ふーん。あんたそういうの協力しそうなのに意外」
「そりゃあ誰でも協力するわけじゃないよ。そもそもあんな最低なヤツじゃなくても、協力なんてしないけど」
「ますます意外。あんたもそういうお節介女だと思ってた」
「本当にフリードも口悪いよね。だってそんなの第三者が出るようなことじゃなくない? 恋が実ろうと実らなかろうとその人次第なんだから」
「じゃああきらめさせようって言うのも違うんじゃないの?」
「それは……確かにそうだけど……」
フリードの言う通りかもしれない。人の色恋沙汰って第三者が口出しすることじゃないことなのは確かだと思うけど、初めからそれをあきらめさせるのも違う気がする。
そもそも人の感情なんてそう簡単に動かない。何が何だかよく分からないうちに傷つかないようにとあきらめさせようとしても、その人自身は根底ではあきらめきれてないかもしれないし、相手の人柄を知ってやっと心が動くこともある。そればかりは第三者の出る幕ではない。
「まぁ、確かにハンスは僕も関わりたくないけどね」
「そういえば今朝もそんなこと言ってたね」
「だってあいつ、ただでさえ何考えているか分からないのに、カエルになった僕を汚いものを見るような目で見るんだ。ある意味浮いてるよね」
なるほど。人魚とかそういう話の前に、”呪い”とか”魔法”とかをひどく見下しているのだろうか。自分は魔神の薬でちゃっかり助かってるっていうのにね。
人魚姫さんよ、あんなやつのために死んでしまったとは、なんて惨めなんだろう。そりゃあ他の海洋生物が怒るのも無理はない。
「あーもう、あいつの話はやめやめ。まったく、お陰でカールにひどいことしちゃった」
「あんたちゃんとカールに謝っておきなよ。あいつ、生意気だけど悪いヤツじゃないから」
「生意気が年下を生意気というのね」
「あんたもね」




