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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第1章 おとぎの国からこんにちは
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25.好きになれないタイプ

25.好きになれないタイプ


「それにしても、さっきのあの子は良い子だね」


 ハンスさんの話を聞いて反応できずに固まっていると、その空気を変えるかのように彼が話を変えてきた。


「夏海のこと?」

「そ、夏海ちゃん。一昨日、電車で吐きそうなくらいに酔ってしまってね。途中の駅に無理矢理引っ張り下ろされたと思ったら、近くのベンチに座らされて。そして近くの飲み物が売っている機械で水を買ってきてくれたんだ。なんて気がつく子だろうと思ったよ」


 ハンスさんはおとぎの国での話を始める前の、柔らかな表情で話し出す。

 そう言えば昨日の夏美の話では、香水とお酒の匂いが電車の中を充満していたとか言ってたっけ? 普段乗らない乗り物で、不快な匂いをぷんぷん出されたら、それはかなり気持ち悪いものだろう。


「そのときは大分気持ち悪かったから、夏海ちゃんの顔をよく見ていなかったんだけどね」

「それでよく次の日に夏海だと分かりましたね」

「あぁ、その話、夏海ちゃんから聞いたのか。何で分かったと思う?」


 顔をよく見ていなくて人を特定するのは、仮に美麗のような完璧な美女であっても難しいだろう。その上夏海は平凡顔だ。

 こんなことを言うと、ひどい友達だと思われるかもしれないが、夏海も私と同じで平凡顔である。私の場合、すっぴんだと垢抜けないので少し化粧することでそこら辺にいる普通に可愛い系になるのだが、夏海の場合化粧しなくてもそこら辺にいる普通に綺麗な顔だ。だが誰かが振り向くほどではないと思う。

 とすると、夏海の特徴的な部分とは何だろう。身長も確か163cmで私よりは高いけど、人からずば抜けているわけではない。


 友達なのに特徴的な部分はどこかと分からないでいると、ハンスさんが答えを明かしてくる。


「声だよ」

「声?」

「そう、彼女の声、とても涼しげで聞いていて心地が良いんだ」


 そういえば、すっかり耳に馴染みすぎてもはや気にすることはなかったのだが、実は夏海は声がいい。ハンスさんは涼しげだと言っていたが、涼しげで連想されるのは高い声だろう。だが夏海の場合はどちらかというとメゾソプラノより低い方だが、低すぎず高すぎない心地よい声色で、しゃべり方もあるんだろうけど彼女の声質はどこか涼しげな感じだ。

 おまけに歌が超上手い。夏海と出会ったばかりの頃は、夏海が歌が上手すぎて一緒にカラオケ行きたくなかったくらいだ。当然今では一緒に行くけれど。


「昨日鼻歌歌いながら歩いているのを聞いてね、それで分かったんだ。彼女の声、魅力的だね」

「夏海は声だけじゃなくても魅力的ですよ」

「くすくす、そうだね」


 こんな会話をしているけれど、正直私にはハンスさんの感情が伝わってこない。夏海が魅力的だという言葉も空中を浮いているかのような表面的な感じだ。

 ただでさえ得体の知れなさが感じられるのに、さっきの「人魚の呪い」の話を聞いたらもっとこの人の底知れない恐ろしさを感じる。

 恐ろしい夢にさいなまれる人たちを”精神病”と片付けて、人間以下のような見方をする。果たして本当に精神病だったのかどうかは分からないけれど、人を見下したような人だ。

 少し話せばあまり関わりたくない人だと思うのに、どうしてみんなはちやほやしてしまうのだろう。顔がいいからか?

 いくら夏海でも、そういう人柄を見抜く力はある方だと思うのに……。


 そこまで考えて、「人魚の呪い」の話と夏海をつなげる。

 「人魚の呪い」はハンスさんの身の回りで起きたらしいが、それはこっちの世界ではどうなんだろうか。

 もしそれがこっちの世界でもありうるなら、夏海は一体どうなってしまうのだろう――。


「ハンスさん、その”人魚の呪い”というのは、ハンスさんの周りで起きたんですよね? それってこっちでも起きたりしますか?」


 すると、わずかに眉間にしわを寄せる。どこか機嫌を悪くしたような顔つきだ。


「今の話を聞いて、君まで人魚の仕業だと思うのかい? いいよ。仮に人魚がいたとしても、それはこっちの世界ではありえない話なんだろう。だから大丈夫だと思うよ」


 と、さらりと答える。答えがあまりにもさらりとしすぎていて、「人魚」と言うワードに気を悪くしただけで、他には何もこもっていない。「大丈夫」という言葉さえ、表面的すぎる。


「本当に大丈夫なんですか? そういうのにかかった人たちに詳しく話を聞いたりしましたか?」


 もしそれが本当に起こりうるなら、きっと夏海は危ない。何故なら彼女は海が大好きだからだ。長期休暇になるごとにスキューバダイビングに行っている。海だけでなくても、彼女はたびたび山登りもする。川と隣り合わせだ。

 それに夏海だけじゃない。そもそもハンスさんだって海洋系の研究するなら船に乗る。何か事故が起こらなければいいのだけれど。


 だが彼は再び眉間にしわを刻むと、今度は露骨に嫌そうな顔をした。


「本当にやめてくれ。人魚なんていないし、呪いなんて本当はないんだ。みんながいきなり変なものを食って勝手におかしくなっていったんだ。もうこの話はよしてくれ」


 その発言があまりにも無責任で―無責任と言っても彼自身は人魚姫のことなど微塵も知らないのだが―危機感の欠片もなく、私は少しいらっとした。


「よしてくれって、そりゃあハンスさんにはアサドの薬があるから何とかなっているのかもしれませんけど、それって自分さえ良ければいいってことですか?」


 少しケンカ腰に話すと、ハンスさんは嫌そうな顔を隠すこともなく返してくる。


「君は今聞いたばかりの話をまるで知っているように話すね。不愉快だ」

「不愉快って、それでも王――」

「はいはいストーップ!」


 私がつかみかかりそうな勢いで言っていたら、間にアサドが入ってきて止められた。

 アサドはいつものように笑顔を貼り付けて私とハンスさんを引き剥がず。


「二人とも、ここ道のど真ん中だから。それに夜だし近所迷惑だよ?」


 アサドは至って軽い感じで、だがしっかりと言うべきことを言って叱る。

 それに対して私はむっとしたままハンスさんをアサド越しに睨む。だがハンスさんはそれに気づいているのかいないのか、不愉快そうな顔を涼しげな顔に戻して佇まいを正す。


「ほら、遅いから迎えに来たぞ」


 と、アサドの後ろからテオが姿を出す。テオはこっちに寄ると、「ほら、行くぞ」と言ってハンスさんの腕を引っ張って先に歩いていく。


 その後ろ姿をにらみつけたまま、私はその場を動けないでいた。


「…………あんなヤツが王子様だったなんて信じられない」


 そんな私の呟きを聞いてか、アサドは私の頭を撫でながら返してくる。


「だからだよ。今のやりとりで、なんとなくハンスがどんな男か分かったでしょ?」

「とにかく私は好きになれないタイプだ」


 そんなことを言うと、アサドは困ったようにくすくす笑いながら私の眉間のしわを伸ばしてくる。

 そしてアサドに聞かなくてはいけないことを思い出した。


「ねえ、”人魚の呪い”の話を聞いたんだけど、あれってこっちの世界にも起こりうるの?」


 するとアサドは少し眉を寄せて考え込む。


「うーん、どうだろうね。実際に起こっているのをまだ見ていないけど、そもそもおとぎの国からこっちの世界に来るには魔法が必要だから限られた人しか来られないんだ。だから人魚たちがこっちの世界に来るっていうのは可能性としては低いけれど」


 可能性が低いというのはゼロではないのだろう。それなりにリスクはあるのだろうが、ハンスさんが「大丈夫」と言ったときよりも、大分信頼できる言葉だ。

 やっぱりあの王子、何も考えずに「大丈夫」と言ったに違いない。責任感も問題意識も危機感もない。そもそも人を見下しているような態度だったが、どこか無関心な感じも垣間見えた。


 アサドは未だに難しい顔をしている私を見てふっと笑うと、顎を掬い上げてくる。


「大丈夫だよ。もし何かあったらボクが解決するからね、ご主人様」


 そう言って、アサドは私の目を覗き込んでくる。

 それでも不安げな表情を向けていたら、アサドは目元だけ形を変えた。

 どこか真剣な金色の瞳だ。


「ボクたち魔神は、そこいらの魔法使いとはワケが違うから安心して」


 アサドはそう言って私の頭をぽんぽんと叩く。

 まだもやもやは残るけれど、その言葉はじわじわと私に浸透してくる。


 そうだった。私には心強い魔神が二人もいるのだと――。




 だけど、同時に心の中で思う。



 ごめん夏海、私、彼との恋を応援したくない。


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