18.一番まとも
18.一番まとも
「――――で、何でこんなことになってるの?」
「仕方ないじゃない、あのままだとフリード外にほっぽり出されてたし」
あの後、フリードが私の部屋で寝ないと本気で外の池に放り出す、と笑顔で主張してきたハインさんに、さすがにそれはフリードが可哀想なのとどうせカエルだしと思って渋々それを了承した。
だがそれをみすみす魔神どもが見逃すはずがない。
「カエルだといいの?」なんて口々に言ってきたアサドは魔法で自分もカエル姿になり、「これならいいでしょ?」ときらきらした顔で言ってきた。「要は人間じゃなけりゃあいいんだな」と、同じようにカリムも魔法でミニチュアシュナイザーになる。
もうこれじゃあキリがないと私は少しあきらめかけたが、効果があるのかないのやら、試しに「言うこと聞かないとランプにも指輪にも戻ってもらうよ」と言うと、二人はおとなしく元の姿に戻った。なるほど、これは効果があるのね。
「はぁ、僕があんたなんかと」
「言っても仕方ないじゃない。ハインさんも呪いを解くために必死なんだよ。と言っても、同じ布団じゃ寝かさないけど」
「当たり前――ってあんた何やってんの?」
私の部屋の扉を背に、床に腰掛けて脱力している金緑色のカエルフリードは、押し入れから布団を出している私を見て訝しむ。
「何って、布団出してんだけど?」
「何で? あんたベッドあるじゃん」
「何でって、フリード今カエルでしょ? カエルってどう扱えばいいのか分からないけど、変温動物だし、あまり体冷やさない方がいいのかなって」
「………」
他の人らと比べるとあまり広くはない8畳部屋。だけど一人暮らしをしている私にとっては広く、アサドが私の部屋はそのままここに移してくれたから、キッチンもバスルームもそのままで使い勝手がいい。
とは言え、ベッドを壁際に置いた横にはローテーブルを置いた状態だったので、これをどけないと布団を敷けない。そんな初歩的なことを、布団を出してから気づく。
とりあえず布団をベッドの上に置いてから、ローテーブルを動かす。足が折れるタイプのテーブルなので、端っこに収納できるのだ。
そんな作業を眺めていたフリードが、再び声をかけてくる。
「……てか、僕が寝たら布団が粘液臭くなるんじゃないの?」
「だからわざわざそこまでしなくてもいい」なんてちっちゃい声で続いたのが聞こえてしまった。なんだ、フリードは女嫌いとは言えども、一応こっちの気を遣ってるのかな? 自分がどう思われているかもよく分かっている、と言った口ぶりだ。
「そんなの洗えば済むことじゃない? それよりも朝になってフリードが人間に戻ったときに何も着てないと風邪引くでしょ?」
「…………」
ローテーブルをベッドの下サイドと壁の間の隙間に入れる。あ、ここ少し埃溜まってるな。今後綺麗にしないと。
そしてベッドから出した布団を下ろす。
まずは敷き布団。客用に置いてあったと言っても、自分のマットレスの上に敷いている敷き布団よりも少し安いもので、厚みも物足りない。だけどフリードにはこれで我慢してもらおう。さすがにいつも使っている快適な方を貸してあげるほど優しくはない。それにシーツをくるんでいく。
次に掛け布団。これも自分用に使っている羽毛100%よりは少しグレードが落ちる。まぁでも布団があるだけ違うでしょ、と思い掛け布団にシーツをくるむ。が、ドアでこの光景を眺めていただけのフリードがやってきて、掛け布団の端っこを持つ。
「手伝う」
なんて、素っ気なく言ってくるものの、器用にカエルの手で掛け布団にシーツをくるんでくれた。やっぱりツンデレだ。
最後に枕にカバーを掛ける。これでフリードの寝仕度は完成だ。
「よし、じゃあ私はとりあえずお風呂入るけど、フリードどうする?」
「――っえ!? あんた何言ってんの?」
フリードがばっと目を見開いて顔をこちらに向けてくる。カエルの顔で目を見開いたら目がこぼれ落ちそうだ。
「だからお風呂。まさかカエルの姿じゃ入らないでしょ? 熱すぎて大変。人間に戻ったらここで入るの? 下で入るの?」
この洋館には1階の奥に大きなバスルームがある。入ると大きなドレッサーの付いた脱衣所があり、更に中に進むと広い洗い場と、それに負けないくらい大きな浴槽がある。なんとなくギリシア神話やローマの話に出てきそうなデザインのお風呂だった。
とは言え、私はそのお風呂には入らず、自分の部屋で入ることにした。当然クリスには涙目になられたが。
私の部屋にある元々の備え付けのお風呂は、トイレとお風呂が別で、お風呂場に行くまでに一つ部屋が挟まれており、そこがユーティリティーとなる。なので、部屋に男友達が泊まりに来るときも、別段気にせずお風呂を貸していたわけだが。
フリードは目を細めて言ってくる。
「……あんた、それ本気で言ってる?」
「え? 何か問題あった?」
「はぁ」
フリードは盛大にため息をつく。あれ? 私何かやらかした?
「なんだかんだアサドやカリムに嫌々言いながらも、あんたもまんざらじゃないよね」
「あれれ、ばれた?」
フリードはカエル座りした膝に頬杖をついて呆れ顔を向ける。
「だって仕方ないじゃん。普段お目にかかれないような美形なんだもの。それに囲まれるってなかなかない経験だよね」
「何それ。じゃあ別にここで一緒に寝てたって良かったんじゃないの?」
「それとこれとは別。ああいうのはちょっとちやほやされる程度が良くって、あいつらのはただでさえ顔がいいからその先までとなると刺激が強すぎるの」
「はぁ、意味分かんない」
押し入れのチェストからタオルと下着を出しながらフリードの質問に返すと、フリードは理解が出来ないというように眉間にしわを寄せる。……カエルに眉間なんてないのだけども、そう見えた。
「結局あんたも顔で男選んでるんじゃないの?」
「やたらとつっかかるね。確かに顔がいい男ってのはそれだけで魅力かもしれないけど、やっぱり男も女も中身だよ中身」
と、ぽふっとフリードにタオルを投げかける。「どこで入るのか知らないけど、タオル貸したげる」と言うが、眉間にしわを寄せたままだ。
私はお風呂に入る前に小鉢にお茶を淹れてフリードに出す。
「顔が良くても中身が最悪な人にさっきのようなことされても、ドキドキはしても本質的なところでは惹かれないし、ドキドキするような人でなくても惹かれる人には惹かれたりするもんだよ」
「ふーん。そんなもんなの」
「そんなものなの。さて、私はお風呂に入るけど、それ、飲んだらそのままにしといていいよ。寝たけりゃさきに寝て」
両膝をぱんと叩くと、私はお風呂セットを持ってお風呂に行く。
フリードは私がお風呂に行く前も変な顔をしていた。
私は普段、お風呂入る時間は20分程度。浴槽にお湯を張るときは、その倍くらいはかかるのだが、一応今はお客さんが部屋にいるわけだから、洗うだけに済ませる。
お風呂から出ると、フリードは布団の上で学校の資料を開いていた。あ、今日実験で配られた資料だ。明日から始まる実験の資料。ちゃんと読んでいるとは、フリードは真面目だな。
がしがし髪をタオルで拭いていると、お風呂から出てきたこちらに気がついたのか、顔を向けてくる。
相変わらずこっちに向ける顔は仏頂面だ。
「……あんた、風呂から上がるの早くない?」
「そう? こんなもんだと思うけど……」
「それにがさつ」
「うるさい」
私はベッドの上でストレッチをする。
私は言うほど柔らかくはないけど、日々の健康を保つため、スタイルを保つため、あと安眠できるために寝る前のストレッチは日々の日課。最近じゃ、骨盤クッションを使ってストレッチをしていたりもする。
「……あんた、僕がいるって忘れてない?」
「え?忘れてないけど」
フリードは再び盛大にため息をつくと、もう一度言う。
「あんた他の男の前でもそうなの?」
「え? あー……ごめん。なんかフリードその姿だと、男って感じがしなくって」
「何それ」
「心外なんだけど」とぷいっと顔を横に向ける。うーん、やっぱりカエル姿だとどうにもそういう感覚が薄れるなぁ。普通の男友達泊めるときよりも気を遣わなくて私は楽なんだけど。
「そういや何で今日、ドイツ語だったの?」
私はクッションを胸の下に置くと、ベッドの上で寝転がりながらフリードに聞く。
「だって僕たちって留学生なわけだし、僕たちの姿は欧米系なわけでしょ?いきなり日本語話せてたらおかしいよね」
ということはつまり、そういう違和感を隠すためのカモフラージュということか。
「なんだかんだいって、フリードが一番まともだよね。カエルだけど」
「一言余計。というか、あの人らと一緒にしないでほしいんだけど」
あとの二人にまだ会ってないからどんな人か分からないけど、それにしてもフリードは今いる人たちの中では一番まともだ。
アサドは真剣な話してるときも終始ニヤニヤ愉快そうにして、真っ向からセクハラしてくる。
カリムは面倒見はいいのに、ここぞと言うときにエロモードを発動してくる。それにしても今朝のカリムのまどろみ姿はえろかった。あれで害がなければずっと見てたいたかった気もする。
テオデリックはこの世界にあるあらゆるものに目を輝かせては、使い方を間違えたりして色々恥ずかしいことをしでかしている。オマケにヒモ男だし。
ハインリヒさんは、話を聞いただけの時はフリードに忠実な家来なのだと思っていたが、フリードに対しても横暴で、それに人を巻き込むのにも躊躇しない、笑顔で腹黒な人。
クリスティアンは完璧な甘い王子顔だというのに、あのネガティブな部分がすべてを下げている。
こう考えると、確かにフリードリヒはカエルで女嫌いに難があるけれど、それ以外の部分はいたってまともだ。なんだかんだで一番一緒にいて安全なタイプだな。
「大体、まともじゃないと言えばあんたもそうなんだけど――」
しかし、今日も色々あったなぁ。なんだかんだで瞼がくっつきそうだ。
「…………なんだよ、寝てるんじゃないか」




