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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
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閑話.銀髪王子と50過ぎのオバサン

新章に入る前に、挟みます。

また、今後の更新について後書きに書きましたので、ご確認下さい。

閑話.銀髪王子と50過ぎのオバサン



 時は少しさかのぼり、6月はじめ。

 ちょうど大学では大学祭の2日目をやっているときで、そこから徒歩で40分離れたここ、おどけたサンチョでも、その盛況ぷりは聞こえてきて、いつもに比べて客足が少ない。


 しかし、お客が少ないからこそ出来ることがあるというものだ。


「いやぁ、同じメニューなのにこうまで違うとは。手際も早いし流石だね」


 その様子を見ていた店長が少し離れた位置からしみじみと言ってきた。

 褒められたクリスは照れくさそうに肩をすくめた。

 

 本来であればホールスタッフとしてオーダー取りと料理運びをするはずのクリスは、今はキッチンで料理していた。その内容はホールの店員がこちらに持ってきたオーダーの料理だが、いつもは出来合いの具材に軽く火を通して皿に盛るだけのそれを、クリスは一から作っているのだ。

 本来であればこんなことは許されないのだが、今日はいつもよりも客が少ない。そして今は午後3時と客足が一際少ない時間帯であるため、店長に頼み込んで実現させたのだ。



「ビュシエール君、今の料理が出来たら今日は上がっていいよ」


 そんな状態が2時間ほど続いたとき、店長が言ってきた。


「え、でもまだ上がる時間まで1時間以上も……」

「いや、沢山作ってもらったし、ほら」


 店長はそう言いながらホールの奥の方を指差した。

 そこにはよくおどけたサンチョに現れる梅乃の妹・楠葉と兄の桐夜、そして以前一度会ったきりの梅乃たちの母が仲良くおしゃべりしていた。


「ほら、今作ってるのが彼らのだから、それをホールの子に渡したらもう今日はいいよ」


 店長にそう言われれば、クリスは嬉しそうに笑ってお礼を言った。そしてすぐにクリスはおろしジャコバーグを仕上げてしまった。

 ここまでの行程にほとんど10分もかかっていない。その手さばきたるや見事なものだった。







「あ、来たわ! クリスティアン君、こっちこっちぃ~!」


 奥の席から梅乃の母がクリスに向かって手を振った。その仕草にコーヒーを飲んでいただけの桐夜が眉を上げつつクリスの方へ視線をよこし、その向かいでオムライスを食べていた楠葉が肩を盛大に揺らしながら振り向いてきた。


「こっこんにちは、クリスさん!」


 楠葉が赤い顔をして挨拶してくる。


「こんにちはって、今はもう『こんばんは』の時間だろ?」

「もう、桐夜ったら細かいことはよしこちゃんよ。さ、クリスティアン君こちらにどうぞ」


 桐夜のツッコミも押しのけるほどの強引さで梅乃の母はクリスに楠葉の隣の席を勧めた。

 楠葉自身、その展開を予測していなかったためか、更に赤い顔になって「お母さん!」と声を上げるが。


「はい、みなさんこんばんは。ありがとうございます」


 と、それはそれはとても完璧すぎる王子様スマイルで挨拶をして席に座った。

 その素敵な甘い笑顔に梅乃の母は真っ赤な顔になって悩殺されてしまう。


 梅乃の母は軽くめまいを起こしたかのように天を見上げると、勢いよくテーブルに乗り出した。


「それでクリスティアン君、ウチにはいつ来てくれるの?」


 梅乃の母は非常に真剣な目で問いかけてくる。

 その気迫に気圧されそうになるが、その前に母の言ったことにクリスは疑問符を浮かべた。


「お……っお母さん! 何言ってるの!」

「はぁやれやれ……」


 母の発言に楠葉が身を乗り出しながら声を上げる。もはや頭から湯気が立ちそうなくらいに楠葉は真っ赤な状態である。

 それに対して桐夜は至って冷静に、そしてかなり呆れた様子で母と楠葉、そしてクリスを眺めていた。


 母はテーブルの上で両手を組みながら上目遣いにクリスを見た。


「だって今日の料理ってクリスティアン君の手料理だって言うじゃなぁい? こんなにも絶品な料理を作るのが、こんなにも素敵な美青年で、しかも梅乃たちと仲良くしていただいているだなんて、なかなかいないわよそんな人。ちゃんと捕まえておかないとね」


 まるで30年ほど年月が巻き戻ったかのように可愛らしい仕草をしながら言う。

 正直その正体をよく知る兄妹はうげっと引くような光景だ。


「そう言っていただけてとても嬉しいです。料理だけでなく、炊事洗濯掃除には自信があるのです」


 しかし話題の中心のクリス本人は、今日の料理を褒めてもらったことにとても嬉しそうに笑っていた。そもそも母の言葉を正確に理解していたのかは謎である。というかしていない。

 だが母のせいで頭が混乱している楠葉は、クリスの返答がまるで佐倉家の一員になってくれるのではと真に受けてしまう。


「え……っくっクリスさん、それどういう……!」

「いつも梅乃さんにはお世話になっていますし、桐夜さんにも楠葉ちゃんにも良くしていただいていますから、そんなことで恩返しが出来るのなら進んで行いたいと思います」


 やはりどこか抜けているクリス。今の話がそういうことではないのに、一人だけ違う方向を向いていた。

 そんなクリスに一瞬でも変な期待を抱いてしまった楠葉は、少なからず落胆する。しかも梅乃たちのついでのような言い方だ、相変わらずの妹扱いにため息が漏れるのは仕方ないだろう。


 だが、そんな楠葉の想いはよそに、母は更に暴走していく。


「まあまあ! なんって優しい人なのかしら。あぁ、こんな彼をあんたたちにあげるのはもったいないわね……ねえクリスティアン君、40過ぎのオバサンってどう思う~?」

「おい、10歳も若返ってん――いでっ」


 母はうっとりとクリスを見上げて小首を傾げて尋ねた。その痛すぎる様子に見かねた桐夜がツッコミを挟もうとしたが、テーブルの下で鋭いヒールに足を踏まれて遮られた。

 なかなかに強烈な母である。


 対するクリスは至って真面目に母の言葉を受け止めて、そしてにこっと笑顔を返した。



「女性に年齢なんて関係ないと思いますよ」



 再び母は悩殺されてしまった。王子の素敵笑顔の威力に、母はくらりと頭を揺らして桐夜にもたれかかった。しかし、それすらも気持ち悪いと思った桐夜が逆の方へ身体を傾けたため、母はさらによろけた。


 そんな様子を楠葉は段々冷めてきた頭で見る。

 そして一つため息を吐くと、申し訳なさそうにクリスを見上げた。


「なんかすみません、お母さんが変なこと言って……」

「うん? ううん、とても賑やかで楽しいよ」


 と今までの光景を本当に見ていたのか疑いたくなるほどにクリスはにっこり笑った。

 どこか天然なんだけど、でもやっぱりその優しさに楠葉は心がときめいた。

 すると、そんな楠葉のときめきに追い打ちをかけるような言葉を吐いてきた。


「それに、さっき言ったことは本当だよ」

「え?」

「楠葉ちゃんに恩返しがしたいってこと」


 クリスはそう言うと、ぽんと楠葉の頭を撫でた。

 その手の感触に楠葉の心はうるさいほどに音を立てるが、その前に確認しなければならないことがある。


「恩返しって……」

「うん、まぁ恩返しというのは違うかな? だけどいつもこうしてこのお店に来てくれるし、楠葉ちゃんが美味しそうに食べてる姿を見るとなんだか嬉しくなるんだ」


 そこで言葉を一旦切ると、「それに」とクリスは言葉を続けた。



「それ、毎日付けてきてくれるのもなんだか嬉しいんだ」



 そう言いながらクリスは自分の首を指差した。

 それは楠葉の首元にあるネックレスを差していた。

 ハイヒール型のチャームの付いたそれは、2週間ほど前にクリスが楠葉に贈ったものだった。


 クリスの言葉がとても甘く耳に響いて、楠葉はどう答えていいか分からずに真っ赤な顔のまま俯いてしまった。

 そんな様子をいつの間にか黙ってみていた母と桐夜は、目を丸くしていた。



「うん! クリスティアン君はやっぱりウチに来るべきね!」



 母は割り込むように言った。

 再び何を言い出すのかとすっかり照れていた楠葉が弾けるように顔を上げるが。


「とにかくうちの子たちがお世話になっているみたいだから、一度ウチにいらっしゃい。クリスティアン君の料理には敵わないけれど、それなりにご馳走させていただくわね」


 母がそうにっこりと言えば、それにつられてクリスもにっこりと笑って言った。


「はい、是非」



 一連の流れを見ていた桐夜は、やれやれといった調子で母とクリスを眺めていた。まったく、この母は何を考えているのやら、一体どうなる事やら。



 しかしその次に視界に入ったものを見て、桐夜は母への呆れを改めた。



 テーブルの下で楠葉の靴をつつく母のつま先が、まるで楠葉の背中を後押ししているように見えたから。






母は強烈(笑)


さて、「捨てられた王子たち」をいつもお読みいただいてありがとうございます!

いよいよ本日(6/10)から次章「遥かな銀河の彼方から」がスタートですが、新たにページを変えてシリーズとして投稿していこうと思います。


今まで読んでくださった方、新たに読んでくださった方、ぜひ下のバナーからお跳び下さい。

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