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捨てられた王子たち  作者: ふたぎ おっと
第3章 アヒルもきれいな白色
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24.失恋、そして

少し長いかもです。

24.失恋、そして



 ピーンポーン。



 朝。

 普段宅配便とかが来たときくらいしか鳴らないインターホンが鳴る。

 日中みんながいないときはアサドかハインさんに任せるのだけれど、幸いまだ8時。


 っていうか、こんな朝っぱらから一体誰なんだ。

 私はダイニングの壁に備え付けられた玄関モニターを見る。


 ちなみに玄関モニターっていうか玄関ホン自体は本来は私の部屋にしかないのだけれど、ここ数ヶ月の間に気がついたらダイニングとリビングと玄関ホールに一台ずつ備え付けられていたのだ。しかも玄関ホンが玄関モニターに変形して。

 どうなっているのかまったく分からないけれど、すべてアサドとカリムによる魔法らしい。


『おはよーございます! ○△交番ですー!』

「は……? 交番……?」


 モニターに映ったのは何故か青色制服のお巡りさん。

 普段まったく用もない彼らの姿に、頭の中が真っ白になる。

 ダイニングに集まった面々も一部の人を除きみんな訝しげにモニターを見ている。


『はい! お連れ様をお連れしたのですが、テオデリック・ニールセンさんはこちらのお宅でよろしかったでしょうか?』

「!!」


 よく見たらお巡りさんの後ろに、別のお巡りさんに抱えられている長身のゲルマン人が。

 ってか、無駄にガタイもいいもんだから、お巡りさんが支えきれなくなっているよー!


 私はカリムを連れてマンションの一階に向かった。





「テオ君、大丈夫!?」

「まったくもってひどい有様ですね。それにお酒くさいです」


 戻って来るなりクリスが心配そうに駆け寄ってきた。ハインさんもちょうど玄関先にいたのに、あの側近は顔をしかめてそう言うだけで、颯爽と出かけていった。

 まったく、マイペースで使えない側近だな。


 私たちはそのままリビングにテオを運び入れる。


「ハインじゃないけど、本当にひどいね」

「ってかケーサツ来るってテオ兄、一体何があったんだ?」


 ソファにそのまま横にさせると、リビングの入り口から汚いものを見るような顔のハンスと少し野次馬っぽい調子のカールが尋ねてくる。

 テオはクリスに水を飲まされているが、ぐったりしたままで起き上がれそうにもない。


「警察の話によれば、こいつ、酒飲んで道端で酔いつぶれてたんだってよ。しかも車道に」

「はぁ? 車道に? バカじゃないの?」

「クスクス、とうとうテオも頭がいかれちゃったのかな?」


 と、同じくフリードとアサド。

 こいつら完全に野次馬じゃないか。


「っていうかあんたたち、手伝うなりさっさと学校行くなりしなさいよ」


 クリスとカリム以外、言うだけ言って突っ立っているだけだったので、一括してやる。

 するとフリードはため息混じりにキッチンに水を取りに行き、アサドは2階から毛布と飛ばしてきた。カールは朝一で授業があるとのことだったので渋々出かけていったけれど、ハンスは至って涼しげな顔で「何で俺が動かないといけないの?」なんてリビングのソファでくつろいでいた。なんて空気の読めないヤツなんだ。

 クリスも教授との話し合いがあるとかで、心配そうにしながらもカールと一緒に出かけていった。



「それにしても、道端で酔いつぶれるほど何でお酒なんて飲んでたの、この人。今日も朝までアルバイトだったんじゃないの?」

「うーん、何でなのかなぁ? 別に今日、平日だしねぇ?」


 さっきハインさんやハンスが言っていたように、今リビングでぐったりしているテオは、本当にお酒臭い。確かそんなにお酒に弱くないはずだけれど、車道で倒れて警察に連れられる程だから、相当飲んだのだろう。

 どうやら意識はあるようだけれど、相当ふらふら状態だ。


「ほらテオ。味噌スープだよ。ついでに二日酔いにならない薬も持ってきたから」


 アサドがキッチンの方からお味噌汁と飲み薬を持ってきた。今朝は洋風な朝ご飯だったのに、わざわざ作ってきたのだろうか。きちんとシジミが入っている。

 テオはカリムに支えられて上体を起こすと、それを受け取り少しずつ飲んだ。それまで気持ち悪そうにしかめていた顔が、少しだけ穏やかにほぐれる。


「ふ……っ酒に飲まれて運ばれるなんて、誰かさんを彷彿とさせるよね」


 なんて、その様子をただ見ているだけのハンスが、わざわざこちらをチラ見して言ってくる。私はむっとしてヤツを睨み返すが、ここで怒っては思うつぼ。

 抑えろ抑えろ。

 っていうか、それよりも私は気になったことがあった。


「テオ、その、どれだけお酒飲んだのか知らないけれど、そのお金って一体……?」

「……今日の分の給金だ」

「やっぱり!」


 普通に考えて、金銭的にも時間的にも今のテオにはお酒を飲むなんて余裕はないはずだ。

 っていうかあれ? 今日の分の給金?

 飲んだのはバイト後っていうこと?


 テオはアサドにお味噌汁のおかわりをお願いすると、長く息を吐いてカバンから茶封筒を出した。

 それをカリムが受け取り中を見る。


「何だこれ……? 金が入ってるぞ?」

「うん? 今日の給金の残りなの?」


 私はカリムのそばによって一緒に中を覗く。

 いや、この封筒はもしかして。


「それ、返された。あいつ、婚約者がいたようだ」


 吐き出すようにそう言うと、テオは勢いよくソファに倒れ込んだ。

 やっぱりこれは昨日の朝、テオが空に渡した5万円の茶封筒だ。

 でも、返されたって、婚約者ってどういうこと?


 テオは呆然と天井を見上げながら続ける。


「あいつ、従兄と婚約していたみたいだ。そしてこんな金は塵同然だからと突き返された」

「従兄と婚約……?」


 それに一つ頷くと、テオは両手で顔を覆い隠して唸るように言う。


「今度こそ好いた女に何かしてやれると思っていたが、どうやらそれは思い上がりだったようだ。俺がしていたことは、無駄だったんだ」


 なるほど。

 それで自暴自棄になって酔いつぶれていたってわけか。


 ここんところのテオは、本当に本気で空を助けるために無理な生活を送っていた。それほど空のことを本気で好きだったんだろうけれど、それ以外にもおとぎの国で健気なエリサ姫に何もしてやれなかったことを後悔しているのかもしれない。

 そんなにも強い思いでここ一週間近く頑張り続けてきたっていうのに、肝心の空に婚約者がいるっていうのは、報われない。


 それにしても、空に婚約者がいただなんて話、初耳だ。それも従兄と。

 まぁ、そんなに頻繁に空に会っていたわけじゃないし、空の性格上あんまりそういう話を自分からはしなかっただけかもしれないけれど。

 でもまぁ、一緒に住んでるって言ってたし、ありえない話じゃないのかなぁ。


 なんて、ぼんやりと考えていたら、横からハンスが涼しげに割り込んできた。



「だったら奪えばいい」



 その一言に、その場にいた一同固まってしまった。お味噌汁のおかわりを運んできたアサドも目を丸くするくらいだから、よっぽどだろう。


「あ……あんた、意味分かって言ってるの?」


 っていうか魔神二人はともかく、この冷徹男はまったく話が見えてないんじゃないの? そういうのにも興味なさそうだし、そもそも先週とか船でいなかったくらいだし!


「正直何のことかまったく分からないし、テオデリックがやってることは無意味だと俺も思うけどね」

「それは言ってやんなよ」

「でも、それくらい本気でその子のことが欲しいのなら、奪えばいい。力づくでもね」


 ハンスはソファの肘置きで頬杖をつきながらそう言う。

 相変わらず口元は笑っているのに、目はまったく笑っていない。

 けど、一瞬だけ若葉色の目の奥が妖しく光ったような気がした。


「あーっはっはっはっは! まーさかハンスがそんなこと言うなんてね」

「いっそのこと清々しいな」


 それまで黙ってハンスの言葉を聞いていたアサドが、勢いよく吹き出した。なんだかとても愉快そうだ。それにつられてカリムも呆れ声で呟く。

 テオとフリードは絶句状態だ。


「まぁ、話を聞く限りじゃ婚約者フィアンセがいるにもかかわらず、別の男をたぶらして、わざわざ金を用意させようとするような女にしか思えないけどね」

「あんた黙れ!」

「それは……」


 ハンスの戯れ言に、私は全否定する。

だけどテオも同じように否定するのかと思えば、すっかり意気消沈してしまっている。


「でも確かにハンスの言うとおり、あんまりよく意味の分かってない僕たちからすれば、そういうように思えなくもないよね……」


 なんて、追い打ちをかけるようにフリードも若干申し訳なさそうにそう言う。

そんなの高校の時から見ている私からすれば絶対違うと思う。

 だけど確かにそうなのかもしれない。正直よく分からない。だっていくらお兄さんのためったって援交なんてしているし、今も何かを隠しているようでもあったし。


「俺は騙されていたのか……?」


 再びソファに倒れ込むと、テオは力なくそう言った。

 テオからしてみれば尚更なのかもしれない。

 あんなにあからさまアプローチをかけてて、こんなにも努力して、なのにこんな結末で。



「そういうのって、理由もなく隠すものなのかな?」



 すると、徐にアサドが口を開いた。

 見れば普段通りの愉快そうな笑みを浮かべている。


「テオのことが鬱陶しかったら真っ先に婚約者のことを言うだろうし、テオのことを騙すつもりならそのお金を返したりしないんじゃないの?」


 その言葉にハッとしたようにテオが私の腕を掴んできた。

 見ればまだ酔い酔いなはずなのに、かなり真剣な顔をしていた。


「なぁ梅乃。お前の兄はお前にエンコウを強いたりするか?」

「――は?」


 それは改めて聞くようなことか?


「あ、あのさ、援交ってつまり、売春みたいなことだよ? そんなのするわけないじゃん」


 というか、改めて口に出すと、ますますもってそういうのを空がやっていることがおかしいのだけれど。

 テオは額にしわを寄せると、神妙に「そうだよな、しないよな」と呟いた。



「……そうだよな、俺はなんて愚かなんだ。言葉よりも明確なものがあったというのに」



 と、さっきまで落ち込んでいたのはどこへやら、酒酔いの顔は治らないものの、少しずつ表情が明るくなってきた。


「どこかおかしいと思っていたんだ。婚約者がいるというのにあいつ、まったく幸せそうじゃない。いつもどこか寂しそうなんだ。そりゃあそうだよな、エンコウを強いるようなヤツが婚約者なら」


 そしてテオは勢いよくソファから立ち上がった。



「そんなヤツが婚約者なら、俺が奪ってやるまでだ……!」



 手に拳を握り、目にはいつもの力強さを取り戻して、太く芯の通った声で言った。

 言っていることは言っていることなのだけれど、どことなく威厳のようなものを感じたのは気のせいだろうか。


「どうでもいいけどテオ、やる気を取り戻したところでそんな酒まみれの姿じゃかっこつかないから、シャワー浴びるなり仮眠とるなりしてきなよ」

「む……その通りだな。計画も立てないといけないしな」


 そして決め台詞と吐いたところでフリードに鼻折られる憐れなテオ。

 言われるままにテオは自室へと戻っていった。



「悩むだけ悩んで結局自己解決って、こっちは意味が分からないままだね」

「クスクス……まぁ、まさかハンスがそんなこと言うとは思わなかったけれどね」


 テオが去っていった後を眺めながら、フリードが呆れ声でそう言えば、この一連の流れを面白そうに見ていたアサドがハンスに話を振る。

 するとハンスは意味ありげに口角を持ち上げる。


「そうかい? 俺だって欲しいものは必ず手に入れるよ。何としてもね」


 そしてちらりとこちらを一瞥する。

 私はそれに気がつかないようにそれとなく視線を逸らす。


 っていうかそんなことよりも、さっきテオが言っていたことが気になる。

 空に援交を強いていたのは婚約者――つまり従兄ってことなんだよね?

 それって一体……。


「――梅乃」

「ん?」


 頭を整理しようとしたところでカリムに呼ばれる。

 今の流れをほとんど黙って聞いていたカリムだったけれど、何故か他の人たちと違って真剣そうな表情をしていた。


「どうしたの?」

「お前最近また忘れがちだから言っておくが、指輪は絶対着けておけよ」





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