第八話 アカンサス
あれから数時間後。
俺達一行は特に休憩を取る事もなく歩き続けた。
メルさんは当然のように疲れた様子の欠片もなく、ラインさんは少し表情に疲労の色が見えたが、それよりも早く荷台の盗賊から情報を引き出したいのか、今も必死な表情で綱を引いている。
そして、俺の背にいるクレアはと言うと。
「くぅ~くぅ~」
小さく寝息を立て眠ってしまっている。
うん、疲労が貯まっていないはずないもんな。
子供のクレアは元より体力が大人より少ない。
加えて命の危機を味わったんだ。
肉体的にも精神的にも疲労は限界に近かったのだろう。
むしろ、今までよく頑張ったよほんと。
俺は出来るだけクレアを起こさないように上半身を余り動かさず歩いていく。これを見ていたメルさんとラインさんは言った。
「ふ、そうしていると仲のよう兄妹に見えるな。なあライン殿?」
「確かに。家族以外にクレアがここまで心を許すとは驚愕ですね。どうですかカンジ君、将来はアルジェント家に婿入りに来るというのは?」
え、婿入り?
つまり、俺がクレアと結婚するってこと?
う~ん、それは流石に年の差ありすぎかね。
いや、けど十歳差くらいなら別にいいのか?
そんな事を俺が考えていると先ほどまで穏やかな表情だったメルさんが突如として鬼の表情になり、ラインさんをギリッと睨んだ。
「ライン殿、カンジ君とクレアでは年が離れすぎていると思うが?」
「ん、その様子ではもしかして君も狙っているのですか? ですが君の場合はクレア以上に年の差が――と、そんな睨まないでください。怖くて震えてしまいます」
メルさんとラインさんの冗談交じりのやり取り。
俺は話半分で聞いていたので余り内容は頭に入ってこなかったが、何だか二人とも親しそうだな。初対面ではないのかね?
俺の疑問にメルさんがすぐに答えてくれる。
「君の考え通り私とライン殿は数十年以上の付き合いになる。私が駆け出しの頃からアルジェント商会に通っていた影響でね」
「懐かしいですね。あの頃のメルクリア殿はまだ少女と言っても過言でない年でした。正直、ここまで大成するとは思っていませんでしたよ。最も、父は一目見た瞬間から君が大成するのを見抜いていたようですが」
「くく、ガリウス殿か。確かにあの方の眼力は大したものだよ。流石はアルジェント商会をたった一代で街を代表するまで大きくしただけはある」
え、アルジェント商会ってそこまで大きな組織だったのか。
ていうか、一代でそこまでするってやばくね?
ガリウスさんって人は化けもんだな。
そうして俺が派手に驚いていると。
「最も、偉大過ぎる故に後を継いだライン殿は苦労したようだがね」
「はは、確かにその通りです。今は幾分かましにはなりましたが、後を継いだばかりの頃などは責任と緊張に耐えきれず、毎日のように嘔吐していましたね」
成程、俺は後を継ぐのって楽だと思ってたけど。
そう言った苦労も付きまとうわけか。
上に立つってのはやはり大変なんだな。
まあ、俺には一生縁のない話だと思うが。
――っと、そんな話をしている内に景色が大きく変わる。
視線の先に物凄く大きな壁が現れた。
え、もしかしてあれが目的地のアカンサスです?
正直、全く街には見えないんですが。
「くく、驚いているようだね?」
「いや、これ街には見えなくないです?」
「ふ、確かに一般的な街の形からは外れているね。とはいえ、この巨大な壁にも意味はある。昔、ここの街は大量の魔物に四方八方から攻められ大打撃を受けた事があるのさ。それを受けて当時作ったのが周囲を囲っている巨大な壁さ。この姿からアカンサスは城塞都市として名を馳せているのさ」
成程~、必要に応じて姿を変えたって事か。
納得納得。
にしても、本当に凄い迫力だわ。
まるでテレビなどで見た大昔の城のようだ。
別に城が好きってわけでもなかったが。
こうして実際に見るとすげ~ってなるな。
「ふむ。その様子だとカンジ君はアカンサスに来るのは初めてですか?」
俺の様子を見てラインさんがそう聞いて来る。
う~ん、これ何て答えたらいいか。
馬鹿正直に異世界から来たので初めてですって答えるか?
いや、それはないな。
いきなりそんな事を言われてもラインさんも困るわ。
さて、どうしようかね~。
「ライン殿、カンジ君は今まで人里から離れて山奥で暮らしていたのでこういった大きな街に来るのは初めてなのさ」
メルさんの言葉にラインさんは成程と頷く。
とりあえず、異世界の事は隠していく方針ね。
了解了解っと~。
「メルさんの言う通り山奥で暮らしていたもので、これだけ大きな建造物をみるのが初めてなんですよ。それで興奮してしまったというわけです」
俺の言葉にラインさんはそういうことでしたかと頷く。
う~ん、騙してる気がして悪い気がするが。
……まあ仕方ないね。
「さて、着いたぞ二人とも」
そんな事を考えている内に俺達はアカンサスへ到着した。
おお、間近で見ると迫力がダンチだな。
目の前に立っているだけで圧倒される。
そうして俺が驚いていると、おそらく門番さんだろうか、小さな槍を持って鎧を着ている男性がラインさんに近づき。
「これはライン様、お帰りになられて……ってその馬車、もしかして道中で何かあったのでしょうか!?」
「ええ、実は帰り道で盗賊に襲撃を受けてしまいまして。雇っていた護衛の方々が全滅してしまい、この二人に助けられたというわけです」
ラインさんの言葉を受け門番さんは俺達を見る。
門番さんはメルさんを見て成程、メルクリア様がと頷き、次に俺を見て誰だこの人はという目つきで俺に言った。
「メルクリア様と……。すいません、名前を聞いても?」
「俺の名前はカンジです。よろしくお願いします」
「カンジさんですね。私の名前はベイル。アカンサスの門番の仕事に付いております。此方こそよろしくお願いしますね」
そう言ってベイルさんは頭を下げたので俺も頭を下げる。
うん、物腰が柔らかい人だな。
門番ってもっと荒っぽい人が多いと思ってたけど、イメージ変わるわ~。
「さて、それではライン様、一刻も早くお通ししたいところなのですが、その前に規則ですので荷台の確認を行っても大丈夫でしょうか?」
「ええ、構いませんよ。ただ、迅速にお願いします」
「勿論です。では、拝見させて頂きます」
そう断りを入れベイルさんは荷台を覗き込む。
そして縄で縛られた盗賊達を見てこいつらがと小さく呟いた。
「拝見させて頂きました。ライン様、一刻も早くこの事件が解決する事を祈っております。では、皆さまお入りください」
ベイルさんにラインさんはありがとうと告げ俺達はアカンサスの中へ入っていき、すぐにメルさんが俺とラインさんに言葉を告げる。
「さて、それでは私はアクアに今回の調査の結果について話をしてくるとする。本当はカンジ君も連れていこうと思っていたのだがね」
メルさんは俺の背で眠ったままのクレアを見て無理そうだなと苦笑いしている。
この結果、俺とメルさんは後で合流する事になり、俺はとりあえずクレアを送り届けるためにラインさんと共にアルジェント家に向かう事に。
そして、メルさんが俺にラインさんと行動するように言った理由はクレア関係だけでなく、真剣な様子で俺に告げる。
「もし、奴らがライン殿とクレアの殺害を諦めていなかったとすれば、街中でも襲撃が行われる可能性は十分ある。もし、アルジェント商会に帰るまでの道のりで襲撃を受けたら、君が二人を守れ」
ああ、確かに可能性はあるな~。
「もし襲撃を受けた場合は相手を殺してしまっても構わん。基本的に街中での戦闘は禁止されているが、正当防衛の場合は罪には問われん」
それだけ言い残しメルさんは去っていった。
しかし、クレアを背負ったままの俺に無茶を言う。
まあ、信頼してくれていると受けとっておくか。
「さて、それじゃ行きましょうか……ってどうかしましたか?」
俺は荷台で俯いたままのラインさんに声を掛ける。
何やら落ち込んでいるようだけど……。
「カンジ君、我々の事情に君を巻き込んでしまって済まない」
ああ、メルさんと俺の会話を聞いていたのか。
でもそんな気にする事はないのにな~。
どうせ乗りかかった船だし。
けど、やっぱいい人だわ。
でもどうしよう。
こういう人って気にしなくていいって言っても気にするんだよな。
仕方ない、あの手でいくか。
「ラインさん、もし良ければですが俺がここに住み始めて何か困った事があれば助けになってもらえれば有りがたいです。ほら、俺って山奥で暮らしていたので分からない事ばかりだと思いますので。それで今回の件は相殺って事で」
「――分かりました。もしカンジ君に何か困った事があればアルジェント商会を総動員してその対処に当たる事を約束いたします」
気を使って頂き感謝します。
ラインさんはそう俺に告げた。
てかラインさん、物凄くやる気に満ちた顔してるんだが。
あ~、もう少し軽い頼みにすればよかったかも。
少しだけ後悔しながら俺達はアルジェント家に向かって歩き出した。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
少しでも小説が面白い、続きが読んでみたいと思って頂けたなら、ブックマークを付けて貰えたり下の【☆☆☆☆☆】で評価ポイントを付けて貰えると嬉しいです!




