第四話 出会い
「やったか!? ざまあみろ魔人め!」
「いやいや、やられていませんって。というか、いきなり何なんですかあなたは。普通の人間なら死んでるところですよ?」
男の斬撃を硬化した脂肪で防ぎ俺は言った。
しかし、男は俺の言葉など聞こえていないようで。
「な、なんだその腕は! やはり貴様、人間ではないな!」
ああ、駄目だなこの人。
間違いなく人の話を聞かないタイプだ。
こういう人は厄介なんだよな~。
「俺は普通の人間なんですけどねっと!」
とりあえず距離を取るか。
そう考え脂肪を纏った腕を振るって男を後方へ吹き飛ばす。
あれ、思ったより軽いなこの人。
「ぐう、何て力だ。僕を軽く吹き飛ばすとは。だが負けんぞ! 僕は今ここで貴様を倒して街の平和を取り戻し、出世街道に復帰するんだ!!」
う~ん、明らかに後者が本音だよね。
悲しい事に顔から欲がダダ漏れなんだよね。
しかし、何で俺はこの人にここまで敵意を向けられるのか。
魔人ってのか関係してるのかね~。
「いくぞ魔人、お前は僕の獲物だ!」
そうして気合いを入れ男は俺に斬りかかってくるが。
正直、遅い、遅すぎる。
魔物と幾度も戦った俺には止まって見える。
俺は男の攻撃を余裕を持って捌いていく。
これで男が勝てない事を悟り諦めてくれれば一番なのだが。
しかし、俺の希望を裏切り、男は馬鹿だった。
「くそ、中々やるじゃないか! しかし、正義は最後に必ず勝つのだ!」
この人、よく欲に溺れたそんな顔で正義なんて言えるな。
しかし、諦めないなこの人~。
本当は足など攻撃して動きを止めてもいいのだが。
こういう人って下手に怪我させるとめんどそうなんだよな。
仕方ない、怪我をさせずに動けなくするか。
「【脂肪の罠】」
男との交戦の合間に男の足元付近に脂肪を潜ませる。
そして、男が脂肪を踏んだ瞬間、脂肪で男の両足を捉えた。
粘着、そして硬化。
はい、終わりっと。
「う、動けない! 何をしたんだ貴様!」
「暴れても無駄ですよ。硬化もしてあるので相当な衝撃を与えないと逃げることはできませんので。まぁ安心してください。傷付けるつもりはないので」
「くっ、僕を捉えてどうするつもりだ! ここで殺すつもりか!?」
「ああ、あなた本当に話を聞きませんね~。さて、どうしたものか」
こういう輩は本当に厄介だ。
もうめんどいからこのまま放置していくか。
駄目だな。俺の脂肪が勿体ない。
なら、ここで殺していくか?
駄目だ。下手したら俺が犯罪者になる。
でも、これ正当防衛成立しそうじゃね?
まあこの世界に正当防衛あるのかは知らんけど。
「くそっ! 貴様、僕にこんな事をして隊長が黙ってると思うなよ!」
「……ん、隊長?」
男の言葉を聞いて俺はある事を思い出した。
そうだ、俺は【脂肪認識】で捉えた気配がこいつの者だと思い込んでいたが、それは有りえないのではないか?
何故なら、この男は弱すぎる。
【脂肪認識】の揺れは相当なものだった。
決してこの男程度の強さではああはならない。
つまり、感じた気配はこの男のものではなく……。
「そこまでにしておけグレイブ。私は待機命令を出したつもりだったのだが勘違いだったか? 最も、今の貴様は動くことも出来んようだがな」
俺は反射的に声がした方向に目を向ける。
声の主は、女性だった。
美しい銀の長髪をそのまま後ろに流している。
見惚れる程の美人、スタイルも抜群。
そんな人物を前に俺は寒気と脂肪の揺れが止まらなかった。
「そんな!? 折角魔人を見つけたのに待機なんてしていられませんよ! ここでこの魔人を倒せば街が平和に――」
「ふ、心にもない事を言うな。グレイブ、お前は手柄が欲しいだけだろ? それに、そこの彼が魔人という証拠がどこにある?」
「そんなの見れば分かるでしょ!? あの男の異形の腕を!」
「ふむ、確かに珍しくはあるな」
グレイブという男の言い分を聞き、隊長と呼ばれている女性が俺を見る。
やめてくれ、これ以上俺の脂肪を揺らさないでくれ。
そう考え必死に俺は言った。
「失礼しました。余り詳しくは話せませんが、この腕の状態は俺のスキルによるものです。今から元に戻しますので」
俺は腕の脂肪を元に戻し太った状態へ戻る。
グレイブと呼ばれる男はそれを呆然と見つめ、女性は面白いと小さく呟く。
「成程。これは珍しい物を見れた。察するに、脂肪を操作するスキルか。くく、やはり珍しいスキルを見ると心が躍る」
「う、嘘だ! 隊長、あいつは嘘を言っています!」
「グレイブ、少し黙っていろ」
「――ひっ」
女性のたった一言で、俺がいくら言っても取り合ってくれなかったグレイブという男は顔から血の気を亡くしブルブルと震えだした。
「お前も知っているだろう。魔人はここまで流暢に人間語を話せない。それに、魔人は人間の敵だ。もしそこの彼が魔人だというならお前はとうの昔に殺されているはずだ。お前にはその程度の事も分からんのか?」
女性の言葉にグレイブは完全に沈黙した。
ようやく俺が人間だと納得してくれたのかね。
ふ~。一安心だな。
そう考え俺はグレイブを束縛を解いてしまった。
「……魔人、お前は魔人なんだ」
グレイブがゆっくり立ち上がり腰の剣に手をかける。
え~。まだ反省してないのかこいつ……。
「……俺は出世するんだ。お前を殺して、俺は!!」
狂気に満ちた顔でグレイブは俺に剣を振り上げる。
俺はこうなってしまってはと思い片手に脂肪を集め反撃の準備をするが、俺が手を出す必要はなかったようで、俺の目の前を閃光が走った。
「命令違反に加え民間人への殺人未遂。許せるべきものではない」
女性が言葉を言い終える前にカチッと音がして、次に瞬間、俺の目の前にグレイブの生首がコロコロと転がって来た。
(……居合か? それにしても速過ぎる)
俺の目では殆ど動きが捉え切れなかった。
神速、と言ってもいい速度かもしれない。
間違いなく俺が遭遇した中で最強の生物。
今までの話から敵ではないと分かっているはずなのに体が震える。
とはいえ、助けてもらった事には変わりないので。
「あの、助けてくれてありがとうございます。それと、グレイブという男を殺してしまってあなたは大丈夫なんですか?」
殺人罪とか大丈夫なんかね。
そう思って質問してみると女性は首を振り。
「ああ、心配は不要さ。その男が君に行った事を考えれば死罪は免れなかった。私はアクアから部下の始末を任されているからね。それより、君はもしかして私が放った剣閃の動きが見えていたのかな?」
ん、剣閃?
ああ、さっきの居合の事か。
「え~、ほんの僅かに動きを追えた程度、ですかね」
あれだけ魔物と戦ったのにまだまだ弱いな~と思い答えたのだが、女性は俺の返答を聞いて物凄く嬉しそうに笑い始めた。
「くく、自分がどれほどに常識はずれな事を言っているか君は分かっていないな。君はその年で私の剣閃を目で僅かでも追えた。それがどれだけ異常な事か」
「う~ん、それ褒められてます?」
「勿論。褒めているし感心もしているさ。なんせ私の剣閃を初見で追えた者など殆どいなかったからね。少々興奮してしまっているよ」
ほ~。なるほどね。
その話が本当なら今の俺は結構強いんじゃないか。
鍛錬の為に魔物を狩り続けたお陰かね。
あれ、でもおかしくないか?
「あの、どうして俺が初見だと分かったんです?」
「ん、それは簡単だ。君はこの世界に来たばかりなのだろう? そんな君が私の技を知っているはずはないからね」
……ちょっと待ってくれ。
俺がこの世界に来たばかり?
そんな言葉は出てくるって事はつまり。
「貴方は、俺が異世界の人間だと気付いて」
「やはり正解なんだね。正直、半信半疑だったんだが」
そう言って女性はニヤリと笑った。
おいおい、カマを掛けられたって事かよ!?
いやそれでも、半信半疑って事は疑いは持ってたって事だ。
なぜ出会ったばかりの女性がそんな疑いを持てるんだ?
「ああ、それは簡単だ。私はこう見えて昔の古文書を見るのが趣味の一つでね。この世界では君のような存在は落人と呼ばれるのだが、落人の特徴として変わった服装という記述があったのだよ。それで疑いを持ったというわけさ」
ああ、変わった服装ね。
今の俺の服装は黒いジャンバーに黒のズボン。
どちらもピチピチ。
対して、女性の服装は漫画で見るような騎士服。
う~ん、これは確かに疑われるわな!
「実際のところ、生きている内に落人に会えるなんて思っていなかったがね。なんせ君の前に落人が現れたのは今より数百年前だ。私のように古文書を漁っている人間でなければ、君が落人であると見抜ける人間はいないだろう」
っと、ここからが本題だ。
女性は先程まで浮かべていた笑みを一旦収め、真面目な顔で俺にある提案を。
「おそらく君はこの世界に来たばかりで分からない事ばかりだろ? そこで、特別に私がこれからの君の生活をサポートしてあげよう」
え、それまじ?
女性の素晴らしい提案に俺の脂肪が喜びで震える。
けど、待てよ。
こんな美味い話を簡単に受けていいのか?
何か裏があるのではないか?
人を騙す人には見えないが余りに都合のいい提案にそう疑ってしまう。
「くく、安心するといい。何も無償で手助けするつもりではない。君の生活をサポートする代わりに、私の頼みを二つ聞いて欲しいんだ」
「あなたが俺に頼み、ですか。それは一体」
「まず一つ目だが、君が住んでいた世界の事を教えてほしい」
「俺の世界のことですか。貴方はそれを知ってどうするつもりです?」
「ああ、安心してくれ。何も金儲けや兵器などを作ろうとは思っていない。単純に興味があるのだよ違う世界についてね」
うん、まあそうだよね。
一応、聞いてみただけってやつだ。
だって金儲けとか全く考えなさそうだもんな~。
「分かりました。では二つ目の願いは?」
「ああ、二つ目は簡単だ。もし君がこの世界で生活して今より更に強く成長した暁には、私と一対一で戦ってほしいんだ!」
ああ、やっぱりね~。
実は、この願いは予想していた。
だってこの人、剣閃の時の話からずっと興奮してるんだもん。
折角の美人なのに鼻息も荒いし。
こんなん、嫌でも分かっちまうよ。
ああ、嫌だな~この人と戦うとか……。
俺の脂肪が無惨に斬られる未来しか見えん。
けど、この世界の生活をサポートしてくれるのは魅力的だし。
それに俺が強くなるを待っててくれるとも言っている。
この提案、受けた方が無難だよな。
「その提案、有りがたく受けさせて頂きます」
俺の言葉に女性は満足した様子で頷く。
「よし、では早速この森を出るとするか。このような場所では落ち着いて話も出来ないからな。まずはこの先にあるアカンサスという街を目指そう。この世界についてや君の世界についての話をするのはそれからだな」
「分かりました。っと、その前にお互い自己紹介をしませんか?」
この流れなら俺とこの女性は長い付き合いになる。
それなのにお互いの名前すら分からないでは不便だからな。
「おっと、忘れていたよ。私の名前はメルクリア・ロマンス。まあ、長いのでメルとでも呼んでくれて構わんよ」
「分かりましたメルさん。では、俺の名前は斎藤莞爾です」
「ほう、サイトウカンジ、珍しい名前だな。流石は異世界出身。サイトウが名前でカンジが家名でいいのかな?」
「いえ、反対ですね。カンジが名前でサイトウが家名になります」
俺の言葉にメルさんは顎に手を当てふ~むと唸る。
そして俺のある注意を促した。
「そうか。ではカンジ君、君が家名を持っている事実はしばらく隠していた方がいいだろう。君の世界ではどうであったか知らんが、この世界では家名を持っているのは貴族だけでね。変に目を付けられる可能性がある」
なるほど、それは危険だな。
どの世界でも貴族ってのは厄介なのがいる。
俺のオタク知識がそう言っている。
ん、てことはメルさんも貴族ってことか。
道理で興奮したりしている中でも妙な上品さを感じるわけだ。
しかし、異世界にきてすぐ凄い人と知り合ってしまったな。
これはきっと運がいいのだろう。多分ね。
「分かりました。これからはカンジと名乗る事にします」
「それが無難だろうな。さて、今度こそ出発するとしようか。歩きながらになるが私がこの森に来た理由についてでも話して行こう」
そう言って歩き出すメルさんの後を俺は付いていくのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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