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旅立ち

 ↵


 長い長い至福の時間。

 戦闘に関するすべての事象が無限に研ぎ澄まされていく。思考は蒸発し、ただ純粋な閃光と破壊のやりとりだけが脳髄を駆け抜けていく。

 俺はついにロックフェイスと一体になった。

 もう誰にも、俺を止めることはできない。

 もし止めることができるものがいるとしたら、燃料切れと、ナノメタル切れと、自動修復機能のパンクと、弾切れくらいのものだ。


 少し前から、燃料を節約しはじめた。砲口を向けられた瞬間に自動的にステップブーストを噴射()かすのは妥当な戦い方ではあった。だが、わざわざステップを踏むまでもなく避けられると気づいた。一定以上の距離があれば、加減速と蛇行でタイミングをずらすだけで事足りる。

 ライフル砲の反動制御も切った。機体制御回路には、カウンター噴射などによって発砲時の衝撃を相殺し、自動的にもとの体勢を維持しようとする機能がある。だがこれが意外と計算能力や推進剤やENといった戦闘リソースを喰うので、思い切ってオフにした。すると撃った瞬間、機体が反動で回転するようになった。これはこれで格好良いので嬉しい誤算だ。しかもこの動きは次の敵へ照準移動させるエネルギーに転用できる。構えて狙うのではなく、流れるように置く。これからは剛ではなく柔の時代だ。

 自動修復機能も部分的にオフにして、貴重な修復用ナノメタルを温存している。特に脚先の関節駆動系は修復を切り捨て、ただの「鈍器」として扱うことにした。おかげで心置きなく敵を蹴り飛ばしたり、踏み台にしたりできる。反動を利用した移動でブーストも節約できるので、まさに一石二鳥だ。

 ちなみに俺の主武装である両腕のライフル砲二丁のうち、片方には銃剣ならぬ銃斧がついていたのだが、重過ぎたのでわざと被弾(かす)らせて強制パージした。野盗が強引に溶接したものなのでスマートに着脱できなかった。個人的には気に入っていたのだが、残念ながらこの戦いにはついてこれなかったようだ。

 深刻なのは全身の推進器(ブースター)。焼き溶ける寸前だ。特に仕事量が多いメインブースターと追加ブースターは悲鳴を上げている。だが姿勢制御用ブースターも同じくらい酷い──こちらでステップブーストを使用するのは本来推奨されていないからだ。最優先で自動修復させているが、それでも追いつかなくなってきている。

 弾薬は、あと1万発を切った。こっちの砲身もオーバーヒート気味だ。僚機のダンもかなり削ってくれたはずだが、最後までもつだろうか。実は敵の残数をうまく把握できていない。機体カメラ表面に、至近距離で破壊した敵の溶けた装甲を浴びてしまい、鮮明な映像が見えなくなったのだ。今は主に、ライフル砲の同軸上にマウントされているスコープ型の照準センサーと、俺自身の勘だけで、感覚して戦っている状態だ。広域スキャンをかければ数は分かるが、貴重なENは目の前の敵の相手をするために使いたい。


 レーザーチャージの気配に向けて、ドリフトターンするロックフェイスの腕をそえ、砲撃。反動でさらに回転する腕を次の気配にあわせ、砲撃。そして、さらに次の気配へ……

 ──なんだ、この気配は?


『おいジェイ、休憩の時間だとよ』

「休憩?」

『なんだよ通信聞いてなかったのか? 腰抜けどもが勝ち馬に乗ってきたんだよ、ようやくな』

「……は?」


 ……レーザー砲の気配が、おかしい。チャージの気配はしているのに、照準波(ロックオン)がこちらに来ない。砲口が俺を向いていない。

 別の気配がある。マーダーたちは、そちらに気を取られている。

 俺は足を止めた。頭部カメラアイシールドに突き刺さっていた装甲片を抜き、へばりついていた金属を拭って、視覚を回復させた。

 鮮明になった映像に映し出されたのは、二十機以上の戦闘用アーマーが、土煙を上げて真正面から派手に撃ち放っている姿だった。

 殺人機械(マーダー)たちは、すっかりそちらに気を取られている。まだ大きめの襲撃程度といえる数は残っているが、俺たちの周囲には、動く敵は一機も残っていなかった。


「……は?」

『おいおい援軍を誤射したりするなよ?』

「……は?」

『残り物はくれてやれ。報酬金の心配はいらねえぞ、据え置きだ。奴らはただの野良ディグアウト扱いだからな……あー、こりゃもう任せていいな』

「……は?」

『しっかし疲れたぜ。夢でも見てる気分だ。オレたち2機だけでどれだけ仕留めた? 帰ったら一杯やらないか。ジジイのコレクションからくすねて一緒に……』


 さっきまで、あんなにいっしょだったのに。

 もう隣に(キミ)はいない。

 戦い(しあわせ)は終わってしまった。


 ↵


 俺たちは、あの異常な規模の大襲撃を撃退することに成功した。俺とダンが頑張りすぎた結果、あの絶望的な「地平線隠し(ホライゾン)」は、ただの「ちょっと規模の大きい、よくある襲撃」にランクダウンしたのだ。

 ふつうの群れのふつうの襲撃……すると、命を大事にするふつうのドライバが対応しにやって来た。


 彼らはギルドからの救援要請を一度は拒否したディグアウターたちだ。だが、それは危険度の高すぎる自殺任務を拒否しただけであって、薄情者というわけではなかったらしい。住民たちの避難を手助けするために、様子を伺って街の近くまで来ていたのだ。

 そこで俺達が大群の数を減らし、危険度が下がったのをみて、彼らは判断を切り替えたのだった。避難させるよりも、迎撃して殲滅してしまったほうが話が早いと。それに、人助けよりもハンティングのほうが金になる。


 彼らはいわゆる援軍としてやってきたのであって、俺の至福の邪魔をしにきたわけではない。そういうことだった。

 頭ではわかっている。だが心は理解してくれない。

 あのあと、俺は意識を失った。

 泥のような暗闇の中。俺は、現実では苦労して抑え込んだ衝動を――俺の獲物を横取りした「お邪魔虫」のアーマーどもを、まとめて相手にしてぶっ壊してやりたいという欲望を、好きなだけ解放した。アーマー同士の、一対多数戦闘だ。夢の中のロックフェイスは、重力からも物理法則からも解き放たれ、羽毛のように軽やかだった。邪魔者たちを、片っ端からスクラップに変えていく。EN無限ルールのようにメチャクチャな動き。いつのまにかライフルはレーザーガトリングに変わっていた。いかにも夢の中というふわふわとした戦いだったが、これはこれでなかなか楽しかった。


 ↵


 目が覚めたとき、ホバータンカー船はすでに街から旅立っていて、俺は無骨な船室で寝ているところだった。額にひやりとする感触があり、手を伸ばすと、キューブルーマが張り付いていた。俺が目覚めたのを感知したらしく、すぐにリンピアたちがドカドカと部屋に入ってきた。

 聞けば、目的地方向へむかう地殻流動(ストリーム)に乗るために、すぐに出発する必要があったらしい。準備はあらかた済ませていたので、トラブルなく出発できたようだ。

 知り合いになった者たちに別れの挨拶ができなかったが、まあいい。生きていればいつかまた会える、ということにする。それに、顔見知りの何割かは同乗している。

 元ジャンク街は、崩れた街と大量のマーダーの残骸を回収する場所として賑わい、街として再興するだろう。脅威として押し寄せた機械の群れが、街に莫大な富をもたらすことになったわけだ。

 俺にとっての、この世界での最初の街……その姿を取り戻すことを期待したい。


 ↵


 目が覚めた翌日、もう少しゆっくり休んでいようという頃、俺を訪ねてきた者がいた。

 ギルドの受付嬢だった。


「というわけで、塔での一件に加え、先の防衛実績……これらはもはやF級の枠に収まりません。ギルドは貴方の実績を再認定し、『B級』ライセンスを発行いたしました。昇格、おめでとうございます」


 昇格報告だけは本人と直接顔をあわせるのがポリシーですので、とのことだった。

 報酬金の確認も行った。キッチリ満額、2億(エナ)。その他、細々としたボーナス。

 すごい。これならなんだって買える。赤兎(セキト)のようなスーパー機体だって……いや、買えるか? 前世日本の感覚でおよそ二億円。戦闘機や戦車って二億では無理だよな? 十億、もしかして百億? 発掘品は時価ばかりなのでなんとも言えないが。でも良いジェネレータやブースターならなんとかなるか。ワクワクする。なに買おう。これから向かう都市は品揃え豊富だそうなので、楽しみだ。

 

 ホクホク気分で、用の済んだ受付嬢を見送るために部屋を出た。

 タンカーの甲板は積載荷物と乗船者たちでひしめいていた。この巨大船には現在もとの乗組員だけでなく、俺のような仲間や移住希望者が乗っている。まだ居場所が決まりきっていないので、手荷物やコンテナが雑然と積み上がっていてカオスだ。あとで仕切って整理させよう。これから長く過ごす場所なので綺麗にしてほしい。


 ところで、受付嬢はどうやって帰るのだろうか? そもそも、航行中のこの船にどうやって来た?


「……結局、お気づきになりませんでしたね」クスリといたずらっぽく微笑まれる。「当方は、経済円滑化システム。こう見えて『システム』を冠するものの末席です。人間ではないので、ご心配いただかなくて大丈夫ですよ」

 

 驚いておもわず気配を探る。……かすかに分かった。たしかに人間とは違う。ほとんど同じせいで、逆に疑う気にならなかった。


「せっかくなので……お聞きしてよろしいですか、ジェイ様? 貴方は職業斡旋所にいるときからずっと、独立傭兵を自称されていましたね。なぜですか?」

「格好いいからだ。あと自称じゃない真実だ」

「フフ。そうですね。傭兵……良いですよね」


 ドキッ。そんなこと言ってくれるヒト、初めて。

 受付嬢はフワリと宙に浮き、銀色に輝いた。さすがに明確に感じ取れる。転移に似た複雑で高度な気配だ。


「当方は、経済円滑化システム。ですが正式名称は……私の(ふる)い本当の名前は、傭兵仲介支援システムと申します。独立傭兵ジェイ、いつかあなたが私を正規利用してくださることを、心よりお待ちしています」


 彼女の姿は銀色に溶け、その残滓もすぐに蒸発して消え去った。

 誰もいなくなった空を、荒野の乾いた風が吹き抜けていった。



 ↵ 第二章 自称傭兵 完↵

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「あれ(敵の襲撃)は俺のものだ、俺だけのものだ!」
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