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サイレン

 天気と地殻変動の予報データを読みに、仮設ギルド事務所へと足を運んだ。そこは荒野の中に無理やり設置された、簡素な空き地だ。そんな場所で、貴重な木製のテーブルを独占している一人の老人がいた。

 昼間だというのに、すでに空の酒瓶が三本。楽しそうに酔っている風でもなく、ただムスッとした顔で、茶褐色の液体を胃に流し込み続けている。

 ときおり遠く、かつて街があった方向を見つめては、深く重い溜息を吐き出す。

 暇そうな爺さんだな思って目の端で見ていると、


「てめえか。疫病神のぽっと出野郎ってのは」


 いきなり、刺すような声が飛んできた。

 不機嫌な人間の相手をすると、こっちまで不機嫌が伝染るから嫌なのだが。

 俺が立ち止まると、老人は濁った瞳で俺を射抜いた。


「ジジイの話相手ぐらいしやがれ。こちとらてめえのせいで、人生をかけて作り上げた街が台無しになったんだ。オレの気次第じゃ、てめえの素性を根掘り葉掘り再調査して、丸裸にして晒してやることもできるんだぞ?」


 事情通な爺さんのようだ。 

 ……どこかで見覚えがある。深く刻まれた皺と、頑固そうな口元。そうだ、第一警備隊を率いていたあの横柄な男にそっくりだ。あいつを数十年熟成させて、偏屈にしたような顔。


「オラ、てめえも飲め」


 コップを突きつけられる。それちゃんと洗ってるやつ?

 酒は嗜む程度なんだけどなあ。仕事で飲んでいた酒がいつも不味くて、嫌な記憶ばかりだ。

 ……だが、最近はリンピアのおかげで、好きになりつつある。

 タダ酒なら断る理由もない。ちょうど暇はある。それにこの爺さんの「再調査」という言葉は、七つのコアを持つ男にとってあまり聞き捨てならない。

 適当な木箱を持ってきて、爺さんの向かいに腰を下ろすことにした。


 ↵


 爺さんは偉い人だった。過去形だが。

 ジャンク街を束ねる4派閥──その一派のトップ。そして、ジャンク街そのものを創設した最古参の一人だった。第一警備隊長の親戚だという予想も当たっていた。祖父らしい。有力者たちはとっくにそれぞれのツテで別の都市へ去ったはずだが、この爺さんだけは、未だにここに残っているようだ。

 酔っているのに話が上手かった。人を率いて生きてきたカリスマらしきものを感じる。


「ようやく都市連合に正式に認めさせられるって時にヨォ、てめえが来た2ヶ月前頃から変なことばっか起こりやがって。挙げ句にゃ綺麗サッパリ穴の中だ。オレの作った街だぞ? ……あそこは、オレの青春だったんだ」

 

 その眼差しの先は、かつて大岩がそびえ立ち、そのふもとに活気ある街が広がっていた場所。今はもう、巨大な穴と瓦礫しか残っていない虚無。

 青春か。俺の青春はアセンブル・コアだった。毎年のように新作や派生作品が発売され、世界中が熱狂していたあの頃。未熟な腕前で理不尽な強敵に挑み、指先を震わせた興奮。対戦相手に困ることなどなかった闘争の日々。

 ……満ち足りた時代はいつのまにか過ぎ去り、ある日気づいたとき手元に残っているのは、あまりにも薄い残滓だけ。

 老人の見つめる『穴』が、俺にも見えた気がした。


「だからこそ、最期まで見届ける必要があるんだよ……」

「……最期?」


 不吉なことを言い出した。


「もう、二ヶ月だ……」老人は、震える指で空になった四本目の瓶をコツンと叩いた。「例年なら、かつての月の満ち欠けと同じ周期で、殺人機械(ガラクタ)どもの群れがこの土地をなぞる。一月に一度の定期襲撃……それが奴らの習性だ。だというのに、この二ヶ月、一匹の偵察機すら見てねえ」 


 あまりに重々しく言うので、俺は喉元まで運びかけていたコップの手を止めた。


「……たまたま、あっちも引っ越したんじゃないか?」

「奴らは必ず来る。間があいたときには、そのぶんデカいのがまとめて来る。今までは大岩の自動砲台があったから、ただの稼ぎ時だった。だが今、ソレは無ぇ」


 それは……まずいんじゃないか?


「人口が減ったらもう来ないんじゃ? マーダーは小さな(コロニー)なら無視するんだろう?」

()()は、街ができる前からのもんだ。そもそも、大岩が自動砲台で築いたガラクタの山が、街のできた理由の1つでもある」

「大岩が消えて、ターゲットを見失う可能性は?」

「最初の頃は欺瞞工作も試した。が、一度も通用しなかった。奴らはプログラムされた習性に従って、かならずこの土地にたどり着く」


 老人は重い腰をあげて体を反転させ、できたばかりの、小さく雑然とした町を見渡した。


「せき止めた水と同じだ。流れを止めれば止めるほど、決壊した時の威力は跳ね上がる。……静寂が長引けば長引くほど、次にやってくる群れの規模は、想像を絶するほど巨大なものになる。それこそ、こんな残りカスの街なんて、跡形もなく呑み込むほどの……」


 風が吹き抜け、仮設テントの布がバタバタと乾いた音を立てた。


「受付嬢さん。……今の、聞いたか?」


 もはや酔っぱらいの戯言とは思えない。たまらず粗末なカウンターへ向かうと、受付嬢は平静な眼差しを返した。その手元ではホロパッドが目まぐるしい速度で明滅している。


「はい。ついさきほど御大老からお話を受け、事実確認を行っておりました」ホロパッドがよく見えるように拡大される。「ギルドの公式な討伐履歴だけでは不透明でしたが……過去数十年分の解体屋と買取屋のキャッシュフロー、および残骸の流通量を照らし合わせると、明確な相関が認められました。御大老の懸念、大規模襲撃の可能性は、統計的に無視できない閾値に達しています」


 ホロパッドがさらに拡大され、巨大な地図が空中に現れる。かつての大岩を中心としたこの一帯の版図だ。


「さらに現在、近隣の(コロニー)や移動中の商隊へ安否確認を実行中ですが……」地図の上に、毒々しい赤色で点滅するエリアが次々と浮かび上がる。「未回答の地域が急増しています。採掘村4箇所からの定期信号が途絶して24時間経過。商業旅団からの本日の定時連絡なし」

「……返事がないのは、まずいよな?」

「はい。物理的な通信障害の報告もありません。つまり、『返答できる者が存在しない』という可能性が極めて高いです」


 そのとき空から甲高い音がして、鳥のようなものが横切った。小型の飛行ドローンだ。すこし遅れて、衝撃と爆発音が届く。墜落。

 ──断末魔のようなデータ通信の気配。


連絡機(ツバメ)が届きました。破損情報を修復。映像を再生します」


 ホロモニターが光り輝く。最初は何かのノイズ映像かと思った。だが違う──これはレーザー砲撃だ。暴風雨のような光熱兵器の乱射。それはカメラを飲み込み、あっというまに映像は終わった。


「推測される戦力規模――大都市の防衛機能を飽和させるに足る殺人機械(マーダー)の大群。こちらに移動中です。1級非常警戒を発報します」


 つい先日聞いたばかりの警報サイレンが鳴り響いた。本来ビル屋上にあったはずの巨大な音響装置が、仮設ギルドのすぐ横の地面に転がされたまま咆哮を上げている。至近距離から叩きつけられる轟音。鼓膜が破れるほどにうるさい。

 うるさいが、静かだ。

 ギルドに、ほかの人間がひとりもいない。

 それも当然だ。上等なアーマーを持つドライバたちは、早々と有力者たちに引き抜かれて他の都市へ去った。残ったディグアウターもジャンク街跡地からの宝探しを一段落して、別の街へ売却に出ている。俺たちも明日にはここを発つ予定だった。今この町にいるのは、作業用アーマー程度しか持たない、貧弱な人間たちだけ。

 仮設ギルドの前を、小さな子供がすこしだけ心細そうに親の名前を呼び、パタパタと走り過ぎる。


「近隣のディグアウターへ救援要請……要請拒否。要請拒否。要請拒否。戦力差による危険度を考慮して、規定に基づき、信用度スコア減点を免除……」


 粗末なカウンターの中で、ホロパッドだけを手にした受付嬢が淡々と言う。他のギルド事務員もいない。かつてあった紙の書類の山は、ホロパッドにうまく馴染めない利用者たちのためのもの。今や彼女独りが、薄っぺらな情報機器を撫で続けるばかりだ。


「終わりってのは、こういうもんか。ショボイな」


 年老いた男が空を見上げた。もはやそこには、何の感情も残っていないように見えた。


「《勝手に終わってるんじゃねえよ》」鳴り響くサイレンの中、確実に耳に届くように、通信で告げる。「俺がいるからには、そうはならない。依頼しろよ──ここはギルドで、俺はディグアウターだ」


 酒に濁った皺だらけの目が、はじめて俺をまっすぐ見た気がした。


「俺は独立傭兵ジェイ──依頼達成率100%、顧客満足度100%。新進気鋭のF級ディグアウター、独立傭兵ジェイだ」


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ヒューっ大規模侵略クエストだぁ!
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