第8話
その後、彼が何度、私を求め、私がそれに応えたのか、私は正確には思い出せない。
でも、正直に言って、私の方が、彼に先に泣きついたのは確かだ。
「もう、休ませて。本当にお願いだから」
と。
彼は、私の願いに応じて、休んでくれ、その後、私と彼は朝まで添い寝した。
翌朝、彼は去る間際に、また6日後の19時に来ることを約束した後、私に言い遺した。
「何とか君を助ける方法を考えてみる。君自身も考えてみてくれ」
私は1週間近く、いろいろと考えたが、どうにもこの世界から抜け出せる方法が思い付けなかった。
何しろ、マリー姐さんを始めとするユニオン・コルスの手は長い。
私の頭では、どうにも思いつかなかった。
6日後、約束通りに現れた彼は、表向きはいつも通りに私にお金を出して、私にベッドへ誘われた。
だが、本当に彼が言いたいことは別にあった。
部屋に入った彼は、私が服を脱ごうとするのを押し止めて言った。
「その前に話したいことがあるんだ」
「実は、妻が身籠っていた。もう少ししたら、産まれるらしい。先日の手紙の内容からするとね。本当は1月前には分かる筈だったのだが、手紙を載せた船が沈められていてね。父、といっても妻の父に叱られた。妻の妊娠中に街娼と遊ぶとは何事だ、もう、街娼に逢うな、とね」
彼は辛そうに言った。
「えっ」
私は驚愕した。
そんな、彼とはもう逢えないのか。
「それで、父と話し合った。せめて、彼女を苦界から救い出してほしい、と頼みこんだら、嫌味のように言った。その女が、海兵隊の雑役婦になるのなら、雇ってやるとね。3Dの、きつくて汚くて危険な職場だが、それくらいしか、僕には君を助ける手段を思いつけない。どんなものだろうか」
「いいわ。それくらい。あなたの傍にいけるのなら」
彼の言葉に、私は即答したが、彼は昏い顔のままだ。
どうしたのだろうか。
「父は、更に言った。その女と僕が二度と逢わないと言うのが、雇う条件だ。その女とは完全に縁を切れ、とね。わしの娘を大事にしろ、と叱りつけられたよ。もし、僕とその女が逢っているのが分かったら、その女を追い出すと言っている」
「そんな」
彼の言葉に、私は絶句した。
傍に行けるのに、二度と逢えないなんて、辛すぎる。
彼と私は、顔を見合わせて、暫く考え込んだが、どちらからともなく声に出して言っていた。
「それしかない(わね)」
実際、日本海兵隊の駐屯地にまで、ユニオン・コルスの手が伸びるとは私には思えない。
それに、手を伸ばしたとして、リスクを考えると、海兵隊の下にいる私に手を出そうにも出せない筈だ。
そして、1年も経てば、ユニオン・コルスも諦めるだろう。
後はお互いに生き延びてさえいれば、また、状況も変わる筈だ。
この女殺し、私は、あらためて彼の顔を見ながら内心で言った。
ああ、彼が独身で、私が街娼に堕ちる前の時代に逢えれば良かったのに。
今の彼は妻がいて、私は街娼に堕ちた後だ。
それなのに、彼の妻のお蔭で、私は街娼を抜けることができるなんて。
何て皮肉な話だろうか。
その後、私と彼は、お互いに少しでも長くと求めあった。
でも、また、私の方が先に音を上げてしまった。
この女殺し、アンタの方が本当に魔物だよ、疲れ切った私は内心で笑いながら毒づいた後で、朝まで彼の横で添い寝をした。
「それでは、また6日後のいつもの時間に」
彼は微笑みながら言って、私の部屋から出て行き、私はそれを見送った。
彼は信義を守る筈だ。
だって、サムライの一員だもの。
私は、そう確信して、6日間、待ち続けることにした。
6日後、彼は車に乗ってきた。
車には2人の兵も乗っていた。
驚く私を尻目に、彼は平然と言った。
「マリー姐さんのところに行こうか」
文中に3Dという言葉が出てきますが、現代日本で言うところの3K(汚い、危険、きつい)を、英語で言った場合に、3Dとなるとのことなので、ここではそう書きました。
本来から言えば、フランス語で書くべきなのですが、私のフランス語は、さっぱりなので、英語で勘弁してください(日本語で3Kと書くと、もっと私的には違和感がありますし。)
ご感想をお待ちしています。




