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第6話

 そうは言っても、簡単に決断ができる話ではない。

 数日、逡巡して考えている内に、マリー姐さんへの上納金を収める日が来てしまった。

 これを無視すると、街頭に事実上、私は立てなくなってしまう。


 マリー姐さんの縄張りで立つ街娼は、マリー姐さんに上納金を収めることで、マリー姐さんにケツ持ちをしてもらっている。

 裏返せば、マリー姐さんに上納金を支払わなければ、その街娼は様々な妨害行為を受けてしまうのだ。

 慌てて、私は彼から貰った金の一部を握りしめて、マリー姐さんの下へ向かった。


「ふざけるんじゃないよ。払うべきものを払わないんなら、街頭に立つのを止めるんだね」

 私がマリー姐さんの所に行き、先客がいるとのことで、マリー姐さんの部屋の前で立って待っていると、ドア越しに、マリー姐さんの怒声が聞こえてきた。

 相手は誰なのか、私が気にしている内に、ドアの向こうから、私の知人の街娼、サラが飛び出してきた。

 私が誰か気が付くと、サラは私に哀願してきた。

「2時間後に、あなたの所に行くから、相談に乗って」

 私は取りあえず、黙って肯くことにした。


「全く、ふざけるんじゃないよ。上納金を待ってくれ、何て。他の街娼に示しがつかないよ」

 私が、その後すぐに、マリー姐さんの部屋に入ると、まだ、マリー姐さんは怒っていた。

 マリー姐さんに、私が上納金を差し出すと、マリー姐さんは怒りが多少は解けたようだが、完全に解けていなかったようで、私に嫌味を言った。

「へえ、あの男から、貰うものは貰っているようだね。そういえば、あの男のモノは、さぞ立派なのだろうね。何しろ、あんたが他の男に手を出さなくなっちまった」

 くっ、くっ、とマリー姐さんは笑った。

「シシリアンの男10人が、あの男にかかっては形無しだ。あの男、サムライ、畏るべしだね」


 私は、この公然たる嘲弄に黙って耐えるしかなかった。

 本音としては、私はともかく、彼を侮辱するな、とマリー姐さんを怒りたかった。

 だが、マリー姐さんと私では画然たる立場の違いがある。

 腹の底では怒りを溜めつつ、私は黙って頭を下げ、マリー姐さんの下を去って、帰宅することにした。


 マリー姐さんは私に追い打ちを掛けた。

「サラを助けるんじゃないよ。あの女、上納金を払えない、何て、何を考えているんだ」

 マリー姐さんは、サラのことを、まだ怒っている。

 私は、その時は、そう思っただけだった。


 帰宅して1時間余り後、サラは約束の時間通りに、私の下へ来た。

 サラは、いきなり、私にしがみつき、涙を流して哀願した。

「頼むよ。上納金分だけでいいんだ。恵んでおくれ」

 貸してくれ、ではなく、恵んでおくれ、サラは余程、困っているようだ。

「高利貸しに金を全部取られちまった。子どもの薬代どころか、食費も全くないんだよ」

 サラは、泣き出した。


 私は、サラが街娼になった事情を思い起こした。

 今年で30何歳になるサラは、大戦前までは、普通の主婦として生活をしていた。

 だが、大戦勃発に伴う総動員で、夫が兵士として招集され、戦死したことから、運命が暗転した。

 慌てて、働いたが、10歳にならない子ども2人を抱えてはままならず、生活費を高利貸しに借りて糊口をしのごうとしたが、そんなものすぐに破たんする。

 悪いことに、こどもが病気にかかり、薬代もいるようになった。

 高利貸しに紹介され、マリー姐さんの下の街娼に、サラは身を持ち崩したと言う訳だ。


「上納金を収めなかったら、街頭に立てない。そうなったら、本当に高利貸しに、収入の無くなった私はどこかへ売りとばされちまう。あいつには、ユニオン・コルスの息が掛かっているんだ。本当なんだよ。助けておくれよ」

 サラは私にしがみついて、泣き喚いた。

 

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