26.リエム、お前は立派だ。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:紫苑の花束における魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
・狐さん:ギルド本部の代表取締役。
特別、ギルド本部直々に依頼を受けてから何か大きな変化が起きたわけではない。
結局のところ、俺達はギルド本部代表取締役――狐さんの指示を待つしか無いのである。
ダンジョンコアの暴走――それは確かに、一度起きてしまえば民間人を巻き込む大狂乱を巻き起こす可能性がある。早急に解決するべき案件であり、その鍵を握っているのがリエムとパーティをかつて組んでいたディファンだ。
俺としても冒険者を目指すきっかけとなった憧れの的であった存在であるが故に、看過することは出来なかった。
間違った行動をしようとしているのなら、正さなければならない。それが冒険者である、俺の責務だ。
しかし、結局のところ現状は受け身でしかない。
「……やっぱり、期待した以上の情報は出ないな」
今、俺は図書館でダンジョンについての情報を改めて探っていた。
静寂の音、とでも言うのだろうか。”音を立ててはいけない”と暗黙の了解で成り立つ空間の中、俺は眼前に積み重ねた本の数々とにらめっこを繰り広げる。
この世界には、魔素が大気中に存在する。
窒素が78%、酸素が21%、アルゴンや二酸化炭素が1%……と内訳されるように。割合で言えば些細なものであるが、魔素は確かに存在する。
この異世界における人類史上では、魔素は外敵から身を守るための手段として魔法が使われていたらしい。文明が発展した現世においては魔法の重要性は劣っている。だが冒険者にとって魔素――ひいては魔力量の有無というのは死活問題だ。
ただ、何も闇雲に魔素を取り込めば良いのかというとそうではない。個人によって、体内に取り込むことが出来る魔力量には限度がある。日常生活を送る上では一切問題ないのだが、高濃度の魔素を一度に曝露した場合”魔素中毒”を来すことだってある。
俺や、本来の力を発揮したリエムのような魔力量の多い人間は気にする必要は無い話だ。だが市民に取ってはその限りでは無く、魔素という存在の扱い方は気をつけなければならない、ということは念頭に置く必要がある。
実際に冒険者養成学校に在学している最中、一度だけ魔素中毒で搬送された同級生もいた。
そして、そんな魔素の結晶体とも言うべき存在が――ダンジョンコアである。
高濃度の魔素を含有した結晶体が、一定の許容量を超えた時に漏出するのが魔物だ。不定期な間隔で放たれる魔物だが、どういう訳か一定の知性を持って生まれる。腹立たしく、思い出したくもないが……冒険者の亡骸をインテリアにするロクでもないセンスを兼ね備えているくらいだ。
更にダンジョンコアは、世界各地――どこでも自然生成される可能性がある。つまり、本来住んでいた生活区域がダンジョン化し浸食する、と言った可能性も0ではない。
早期に発見することが出来れば、俺達でも対処可能なのだが――貯蔵される魔力量が膨大化した際にはその限りではない。
かつて貯留した魔力を抑えきれなくなったダンジョンコアの暴走が、1つの街を食らいつくしたという実例すらある。
「……」
考えれば考えるほど、自らが背負った責任の重さを実感する。
下手を打てば、街1ついとも容易く滅ぶ可能性のある話だ。そうならないように、俺達冒険者が居る。
ただいつ来るとも分からない不慮の事態を想定していても埒があかないというものだ。
ちらりと壁に立てかけられた時計に視線を送れば、リエムとの待ち合わせ時刻である12:00を迎えようとしていた。
――転生者というのは、そう珍しい話ではない。
脳裏を狐さんの言葉が過ぎった。
何気なく見ていた景色に意識を凝らしてみる。
木目を残した、ナチュラルな雰囲気を残した本棚に並ぶ、いくつもの書籍。魔法関連の内容を記載しているということに目を瞑れば、俺が転生するまで生きてきた日本とそう遜色のない世界だ。
「本当に、日本と変わらない世界だよな」
もしかすると、この世界の基幹は転生者が作っているのかもしれない。
そんな荒唐無稽な考えをしていた自分に思わず苦笑いを零しながら、俺は図書館を後にした。
☆
「なぁ、ブロンズ・ルーキーのお連れさんよぉ。魔法使い名乗ってて恥ずかしくねぇの?」
「……あ、えっと、その……」
待ち合わせ場所である民間ギルド前に来てみれば、いつかの日に見た光景の再現がされていた。
リエムを取り囲むのは、俺の知らない冒険者達だった。
威圧的な雰囲気を放つ、ゴテゴテした装飾の目立つ鎧を身に纏う者どもが、リエムを揶揄うように取り囲んでいる。
どうやら、知名度のある俺達に対する当てつけだろう。
不届き者の冒険者達は、噛ませ役にぴったりな外道染みた笑みを浮かべてリエムの髪を触る。
「アンタ黒髪でよく魔法使い名乗れるなぁ?情けねぇと思わねぇの?」
「バカだからそこまで頭回らねぇんだろ、ぎゃははっ!」
「とっとと冒険者辞めちまえばいいのによぉ。ブロンズ・ルーキーのお零れにあやかってないでさぁっ」
口々に、散々な言葉を浴びせている。
ふと、そんな時リエムが俺の存在に気付いたようだ。
彼女は縋るように俺に視線を向けて、冒険者達に気付かれないようにジェスチャーを送る。
隠した手で、冒険者達に向けて執拗に指を差す。
(な ん と か し て)
概ね、そんなことを伝えたいのだろう。
以前の何も知らない頃だったら、直ぐに割り入ったものだが……。
いや、お前の実力なら何とでも対処できるだろう?
という本音が隠しきれず、俺はじっと彼女の行動を見届けることにした。
俺が傍観者を決め込んでいる間にも、リエムを取り囲む冒険者達は執拗に彼女をなじり続ける。
やれ「無能がしゃしゃり出て恥ずかしいと思わないのか」だの「場違いが偉そうにするな」だの、リエムが言い返さないのをいいことに散々な言葉を浴びせていた。
(おい、リエム。そろそろやり返して良いんだぞ)
どれだけの言葉を浴びせられようとも、彼女はじっと歯を食いしばってその場に立ち尽くしていた。
……どうしてだ。
そこまで考えた時、ハッとした。
幾度となく冒険者からの言葉をじっと耐え続ける彼女の姿に、感銘を覚え始める。
まさかとは思うが。
彼女は自らの過去を悔い、気丈に「黒髪の魔法使い」として生きようと決めているのだろうか。
いや、きっと、そうに違いない。
(リエム、お前は立派だ)
だとしたら、俺もブロンズ・ルーキーとして彼女の助けに入るべきだろう。
黒髪の無力な冒険者を演じ続ける、元高名な魔法使い。紫苑の花束のリールを救うことが出来るのは、俺だけだ。
その為に、俺は静かに目を閉じて”アイテムボックス”にアクセス。そこからクマの着ぐるみをイメージする。
自らの素性を隠し、リエムの窮地を救う為に。全身を着ぐるみの姿に――。
「普通に助けてよバカっ!」
「いってぇ!?」
いつの間にか俺の背後に回り込んでいたリエムが、何の躊躇いも無く俺の尻に蹴りを入れた。
想像していなかった痛みによろめいて地面に手を突く。そんな俺を足蹴にした彼女は、じろりと冷ややかな視線で俺を見下ろす。
「いつになったら格好良く助けてくれるかなって待ってたのに!いつになっても来ないし!なんでクマの着ぐるみなの、もういいってそれ!」
「は、はぁ?俺はお前なら何とか出来るだろ、って思ってたからさ」
「あー分かってない。分かってない。論外だよ期待の新人冒険者さん」
「やめろその呼び名」
わざとらしいまでに大きく首を横に振ったリエムは、そのまま言葉をまくし立てる。
「あのね、私は格好良く、颯爽と哀れでか弱い女の子を助けるヒーローとしての君を待っていたの。”お嬢さん、どうぞこちらへ”くらい言えないの?」
「狐さんとか言いそうだなその言葉」
「今は君に言っているんだけどなぁー????」
リエムは明らかに不機嫌そうな口調で俺を踏みつける。
突如として眼前から姿を消し、俺の背後へと瞬間移動していたリエム。彼女を取り囲んでいた冒険者達は狼狽えていた。
「……俺達、あいつを取り囲んでたよな?」
「幻覚……?」
「てか何だあれ。クマの着ぐるみ虐めてるの訳が分からねぇ……」
傍から見れば、クマの着ぐるみを踏みつけて罵詈雑言を浴びせる黒髪の魔法使いという構図。
明らかに異質な状況と感じ取った冒険者達が、各々引きつった笑みを浮かべて後ろずさるのが見える。意味不明な状況に脳が追いついておらず、目の前に広がる状況を拒絶しようとしているのだというのは容易に想像出来た。
だが、俺を踏みつけるリエムの暴走は止まらない。
「はーやれやれ。乙女心を理解できないかぁ掠は。こぉんな可愛い女の子が弱っているというのにただ見届けるだけなんて男の風上にも置けないよ」
「お前キャラ違うぞ」
「何言ってるか分かんない。そもそもこんな着ぐるみ被ってるから声くぐもって聞こえにくいんだよ。取っちゃえ」
「あっ」
リエムはそう言って、何の躊躇も無く俺の姿を隠していた着ぐるみの頭部を外した。
周囲にその存在を示すのは、ブロンズ・ルーキーの象徴とも言えるブロンズヘア。
俺達を遠巻きに見ていた、先ほどまでリエムを揶揄っていた冒険者達の表情が引きつっていく。
「……ブロンズ・ルーキーにそんな趣味が」
「やべぇ、近づいちゃいけない奴だ」
「俺、何も見てません。何も……」
「あ、おい。誤解だ。おい」
今、この場で彼等の誤解を解かないと大変なことになる。
スパークするが如く瞬く間に加速する思考の末に辿り着いた結論に、頬の引きつるのが分かる。
俺は慌てて彼等を引き留めようとした。
だが、俺が手を伸ばすのにつれて彼等も同様に距離を取る。
まるで反発する磁石のように、彼等と距離を縮めることは出来なかった。
「俺達は何も見てません!では!!」
「あっ!待て!おい!!待てって!!」
半ば悲鳴の如き叫び声が、喉から漏れた。
俺の願いも虚しく、霧崎 掠の奇行を見届けた冒険者達はその場から瞬く間に姿を消した。
「……おい、リエム。お前のせいだからな」
「乙女心を理解できない掠への天罰」
「……はぁ」
全力で恨みを込めてリエムを睨むが彼女は一体何処吹く風と言ったところだろうか。我関せずと言った表情で飄々とそっぽを向き、明後日の方向を見ていた。
しばらくして「ブロンズ・ルーキーはパーティの女の子になじられる趣味がある変態」という噂が届くようになった。
元々知名度があるだけに、本当にどうでもいい噂ばかり直ぐに広がる。ろくでもない話だ。
続く




