22.俺は……正直、伝えるべきだと思う。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:紫苑の花束における魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
正直、早々に後悔している。
彼女をパーティに引き入れなければ良かった。
「……なあ、いい加減にしろよお前」
だが、彼女は断固として俺の要望を聞き入れない。
頑なに自らの望みの赴くままに行動する姿に、かつての大人しかった頃の名残を見つけることは出来なかった。
それでも、はっきりと伝えなければ。
「おい、リエム!そろそろ離れろ。暑苦しいんだよ」
「やだっ!!」
黒髪の魔法使いは俺にしがみついて離れない。
恍惚とした笑みを浮かべながら俺に抱き着いて、かれこれ30分は経っただろうか。
さすがに姿勢を維持することに疲れてきた。
というかリエムは疲れないのだろうか。
「そろそろ離れろよ、最初の面影はどこに行ったんだよ」
無理矢理彼女を引きはがそうと、そのか細い身体の隙間に自らの腕を差し込む。
「ど、け、よっ……!」
「んぐぐぐぐぐ……いやだぁっ……!」
「お前力強いなっ!?」
こんな華奢な身体のどこにそんな力があるのだろう。引き剝がすことは叶わず、結局俺はリエムの抱き枕になるしかなかった。
俺はようやく全身の痛みが引いてきて、ベッドから動けるようになった。
冒険者向けの療養施設という役割である以上、なるべく病床は空けておきたいのだろう。状態が回復したのを確認したレミィは「じゃ、明日には出てくださいねぇ」……と言われた。
つまり、俺の療養休暇は今日までと言う訳だ。
まさかその最後の一日をこんな形で使うとは思っていなかったが。
「なあ……いつまでこうしてるつもりだ?」
「今日は掠を堪能するって決めてるから」
「はあ……」
正式にリエムがパーティに加入することが決まってからというものの、彼女は俺を「掠」と下の名前で呼ぶようになった。
彼女なりに歩み寄ろうとしているのは伝わる。
それに正直、女の子に引っ付かれて悪い気はしない。
だが、こうも長時間この姿勢を維持していると、やれ足が痛いだの姿勢を変えたいだの、そんな本音が脳裏を過ぎる。だいたい15分くらい過ぎた辺りでそう思い始めた。
それに、ただ単に手の置き場に困る。
「ねえ、掠」
「ん?」
リエムは俺の両膝に身体を預けたまま、ちらりと視線だけを俺に向けた。
その声音にはどこか不安が滲んでいる……そんな印象を受ける。
「私……魔法使いリールが生きてること、ちゃんとギルドに報告しないとだよね」
「それは、そう……だな。レミィは今のところ何も言ってないみたいだが……」
「うん、レミィさんが黙ってくれてるからバレてないだけで。いつまでも”行方不明の冒険者”のままでいるのは良くないよね。私……ううん、私達にはきちんと説明する責任がある」
「……だな」
ただ、脳裏には一抹の不安もあった。
「ただ何も考え無しに、ありのままの事実を伝えるのは正しいのか?」と。
”紫苑の花束”の実体が世間に暴かれれば、当然バッシングもあるだろう。数多の冒険者を引き抜いたり追放したり、を繰り返したパーティとして。挙句、追放した冒険者が死に至る末路を辿ったというエピソードまで付いている。
追放された奴が調子に乗った結果、と結論付けるのは容易いが……。道を間違えないように教育を施すべきだった、という落ち度はあるのも事実だ。
リエムがずっと抱え込んできた後悔は、その落ち度に関係するものだった。
彼女は胸の奥に秘めたわだかまりを押し殺すように、更に強く俺に抱き着いた。
「掠がいるから、我慢できる。けどやっぱり、怖いなぁ……」
「俺は……正直、伝えるべきだと思う。ただ、これからどうしていきたいのか、ってところまで考えてから伝えるべきだ」
自らの意見を伝えると、リエムは抱き着いていた腕を緩めて顔を上げた。
「だよね。掠の言ってることは正しいよ。もう考えなしに、自分のワガママだけで何もかも決める訳にはいかないから」
「お前が今後、どうしていきたいか……それ次第だ」
「ありがとう。そう言えば、掠は冒険者になってしたいことはあるの?」
リエムは次に、俺にそう問いかけてきた。
俺はただ、冒険者になって多くの人々を救うこと……それだけを目標にしてきた。
”紫苑の花束”における彼らのような、立派な冒険者になりたい。と思って知識や技術を磨いてきた。
けれど、今はそれだけではない。
「俺さ、ほとんど誰かと関わったことが無いんだ。だから他人との関わり方もロクに分からない」
「そっかぁ、掠って堅物ぽいもんね」
内心「うるさいな」と思ったが、口には出さずにそのまま話を続ける。
「リエムを探し出すことが出来たのは、助けた冒険者が教えてくれたからなんだ。黒髪の魔法使いを見かけた、ってな」
「……あっ、そうだったんだ」
「誰かを助けることで繋がる縁ってあるんだ、って思ったよ。俺が手に入れた知識や技術が、新しい縁を紡ぐことが出来るのなら……それを広げていきたい」
前世ではできなかったことだった。
知識や技術を、自分の目的の為だけに使っていたから。
転生してから気づくことになるとは思わなかった。
「掠、最初に会った頃とは別人みたい。自分が絶対に正しいんだ!みたいな雰囲気が抜けたなぁ」
「だとしたらお前のおかげだよ。リエムと出会ってなかったら、こうはならなかった」
「んへへ、嬉しいこと言ってくれるなぁ……」
リエムはふやけた笑みを浮かべながら、俺の胸に顔を埋めた。
それから、トーンを落として顔を隠したまま、思いの丈を打ち明ける。
「……私ね、ずっと考えてるんだ。魔法使いリールとしての姿はあんまり表に出したくない、って。また、持ち合わせた魔力に任せてやらかしてしまいそうで、怖いから……」
「でも、そうはならないだろ」
「うん……でも不安だよ。いつか、きっと、ってぐるぐると怖いのが巡ってる。過去の偉そうな自分がね、今の私を嘲笑うの。どうせそんな取り繕っても無駄なのに。どうせまた偉そうな自分に戻るんだから……って」
きっと、彼女にとって大きな心の傷なのだろう。
傲慢で、偉そうなことを言って、また他人に見捨てられることが怖い。また、自分の言葉のせいで他人が命を落とすことになるのが怖い。
一度背負ってしまった過去と言う名前の荷物は、解決するまで下ろすことが出来ないのだ。
だから、せめて。
一緒に荷物を背負うんだ。
「大丈夫だ、俺がいる」
「……ありがと」
そう言って、リエムは強く抱きついた。
「……あのぉ、イチャつくなら早く出て行ってくれませんかねぇ?」
「い、いちゃ……!?」
俺は困惑した声で入り口に視線を送る。
いつから居たのだろう。
扉の前に立ったレミィは、大きなため息を吐きながら俺達を三白眼で睨んでいた。
「ずぅーっと様子見てましたがねぇ、リールちゃん……随分と霧崎さんにゾッコンになっちゃいましたねぇ?」
「ふふんっ」
「褒めてないですよぅ……まあ、良いですがねぇ……」
そこでレミィは言葉を切り、姿勢を正した。
「私としては別に霧崎さんがだーれと付き合おうが構いませんがぁ……リールちゃんはやめて欲しいですねぇ」
「……それは、私怨か……?」
「私怨ですよぅ」
目元に掛かった銀髪を払いながら、レミィは話を切り替えるように声のトーンを落とす。
「で、話を聞いてたんですがねぇ……私としてはレミィちゃんの素性を公にするのは、まだ早いと思うんですよねぇ」
「……まだ早い?どういうことだ?」
「ちょーっと気になることがありましてぇ……今回の魔物の襲撃の後でですねぇ、ひっそりダンジョン内を調査してたんですねぇ?」
すると、レミィはスーツのポケットからあるものを取り出す。
それはチャック付きポリ袋に保存された、一本の長髪だった。
……金色の、髪だ。
「……っ!?」
俺には、思い当たる金髪と言えば1人しかいない。
リエムも同じ意見だったのだろう。目を丸くして、怯えたような表情で後ろずさる。
「う、うそ……っ。それは……」
「ダンジョンコアがあった場所付近にこんなのが落ちてたんですよぅ。一体どういうことでしょうねぇ~……あ、さすがにこれはギルド本部で情報共有してますよぅ」
レミィは見せびらかすようにポリ袋を揺らしながら、ちらりと俺達に視線を送る。
「……そこで、ですねぇ。ちょっとお二人には内密に仕事をお願いしたいんですねぇ」
「おい、嘘だろ」
思考が理解を拒絶する。
結びつかない。
結びつけたくない。
ダンジョンコアの暴走と、金髪の彼が繋がっているなんて。
けれど。
一度起こってしまった変化。
一度知ってしまった現実。
それらは二度と戻らない。
取り返しがつかない。
「……掠。今ならまだ、知らないふり……出来るよね……?」
リエムは不安げな視線を浮かべ、両手を身体の前で組んでいた。
時々指を組んでは開き……と言う動作を何度も繰り返す。
「俺は、俺は……っ」
気づいた時には、何もかもが取り返しがつかなくなっていた。
「金髪で、かつダンジョン奥までたどり着くことの出来る実力者……果たして、どんな冒険者なんでしょうねぇ。知りませんかぁ?元”紫苑の花束”の魔法使いリールちゃんっ?」
わざと、レミィはリエムをそう呼んだ。
一度知ってしまった事実に、知らないふりは出来ない。
俺達は、もう逃げることの出来ない……手遅れの冒険者、だった。
続く




