21.俺にはお前の力が必要だ。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:紫苑の花束における魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
「……で、今度は”身体能力向上”の魔法を使って喉を壊したと。さすがにそこまで無茶できるのは芸術ですねぇ~」
「……」
レミィは厭味ったらしい笑みを浮かべて、そう皮肉たっぷりに言葉をぶつける。
返す言葉が無い。
というより、言葉を返せない……が正しいか。
結局身体の限界を迎えた俺は、再びギルドの療養施設へと連れ戻された。
気休め程度に”創傷治癒”を使ってはいるが、完全に治癒するまではかなりの時間を要するだろう。
病床に伏しているのをいいことに、レミィは俺に皮肉を浴びせる。
「期待の冒険者様がぁ~……ギルドにとってお払い箱のリールちゃんの為に無茶したなんてぇ、笑いすぎて涙が出ますよぅ」
「っ、霧崎さんを馬鹿にするのはやめてくださいっ!悪いのは私ですっ!」
そんなレミィを庇うように、リエムは身を乗り出してそう主張する。
まるで鷹が次なるターゲットを見つけたかのようだった。
レミィはジロリと冷ややかな視線で、リエムを睨む。
「ほぉー、自覚はあるんですねぇ?私としても結構リールちゃんには恨みがあるんですよぅ」
「恨み言ならいくらでも聞きますっ。私はそれだけのことをしてきましたから」
「開き直りですかぁー。まあ反省してるのは良いことですけどねぇ~」
そこでレミィは言葉を切り、静かな怒りの滲んだ表情を浮かべる。
「さすがにぃ……『喋り方がムカつくから追放』なんて言われたのは初めてでしたよぅ」
「ぶっ」
「霧崎さん~?」
いや笑う所ではないのは分かっているが……、不意打ちを食らったような気分だ。
「ぶっ、げふっ、こほんっ」
ちょうど喋れないのをいいことに、懸命に咳払いを重ねて誤魔化す。
そして、リエムもばつが悪そうに目を逸らしていた。
「ふっ、そ、それはすみませんっ」
「反省してないですよねぇ~?」
「ま、まさか……レミィさんが、ぎ、ギルド職員になってるなんて思わなかったです……びっくりしました……」
一番最初に俺達が出会った時のことを思い出しているのか、リエムはたどたどしくも言葉を紡ぐ。
なるほど、おどおどしていた理由の一つがそれか。
レミィに素性を見抜かれることが怖かったんだな。
「まあ、冒険者よりも職業としては安定してますからねぇ。冒険者上がりの職員って案外多いんですよぅ」
「はぁ……」
レミィは自慢げに胸を反らしながら、そう言った。
ちなみに反らすほどの胸はな「霧崎さん、変なこと考えてないですよねぇ~?」
……なんでもない。
「霧崎さん、そういう視線って結構わかりますからね」
「……」
リエムにも冷めた視線を向けられた。
女性2人に睨まれ、俺はすごすごと布団の中に包まってやり過ごす。
しばらく間をおいてから、レミィは話題の本筋に戻すように真剣な表情を作る。
「ただ、これだけは聞かないといけませんねぇ……。”紫苑の花束”に一体、何があったんですかぁ……?」
「……それは」
「ギルド屈指の実力者であるディファンさん、そして名実ともに最強の魔法使いであるリールちゃん……そんな2人が、どうして姿を消したのか。ギルド本部に勤める身として、聞かなければなりません」
その言葉に、リエムは唇をかみしめて俯いた。
刹那の逡巡の後、彼女は再び顔を上げる。
そこに見た表情には、決意に似たようなものを感じた。
「……分かりました。ただ”紫苑の花束”に居た頃の話が関係してますので、そこから始めますね」
「どういうことですぅ?」
レミィの質問に直接答えることはなく、リエムは静かに自らの過去について語り始めた。
☆
私が”神童”だって呼ばれていた頃ですね。
「こんな難しい魔法を簡単に習得するなんて……ありえない」
とか、いつも言われていました。
何かをすれば「すごい」とか「天才」とか囃し立てられて、調子に乗っていたのは事実です。
けれど、元々身寄りがいなくて、孤児だった私にあやかろうとする人も居ました。
「自分こそが本当の両親だ」なんて嘘をついて擦り寄ってくる人も多かったです。
そんな大人の汚い一面を見ていくうちに、徐々に他人が信用できないようになってきました。
「弱いから強い人間に擦り寄るしか出来ないだけだ」って思いこむようになっていました。
今になって思えば、ですが……そんな中で唯一信用できた人が、リーダーであるディファンです。
私を「神童」ではなく「リール」という一個人として、見てくれた人でした。
「お嬢」だなんておだてながらも、まるで娘のように扱ってくれました。そんな彼を、私も父のように慕っていました。
ですが、ディファンだけです。私が慕っていたのは。
「私の意見に従わないなら追放」
「指示したことが出来ない無能は要らないから追放」
などと、少しでも気に食わないことがあれば、どんなメンバーでも追放しました。
必死にディファンは「お前の力が必要だ」と引き留める言葉を掛けてくれていましたが、私が許しませんでした。
「この髪色の私に逆らうの?」なんて、言ってましたよ。
笑っちゃいますよね。
追放した冒険者の中には、磨けば光る人も多かったと思います。
……実際に、そうでした。
しばらくして、ある冒険者が頭角を現し始めます。
それはかつて、私が追放した冒険者の一人でした。
私がそれを知った時に抱いた感情は「怒り」でした。
どうしてそれを、私達の前で発揮しなかったんだ……って。
発揮させないようにしていたのは私なのに、虫のいい話ですよね……。
でも、当時の私は自分の利益しか考えていなくて。
「そんなすごい能力があるなんて知らなかった。戻っても良いから。光栄に思って」
……なんて、言い放った記憶があります。
ですが、偉そうな私の言葉なんて誰が聞くんでしょうね?
まるでゴミでも見るような目で、追放した件の彼は……軽蔑の言葉を言い放ちました。
今でも覚えていますよ。
「お前の元で冒険者やるくらいなら死んだ方がマシ」
……と。
腹を立ててディファンに愚痴を零しましたが、彼にも「さすがに自業自得だ」と諭されましたね。
実力がある人について行きたい、って思うはずではないのか。
明らかに不服そうな顔色をしているのを見透かされたのでしょう。ディファンは困ったような笑みを浮かべて、私に語り掛けました。
「他人に寄り添えない内は、強くはなれないぞ」
当時の私には、言葉の意味が全く理解できませんでした。
……いえ、当時ではないですね。今でもです。
寄り添う、というのは何か……今でもずっと、考えています。
追放した後に成り上がった件の彼……ですが。
しばらくして、彼を含めた冒険者パーティが行方不明となったという報告が上がりました。そして、間もないうちに捜索という名目で依頼が出されました。
当時の私は「助けて恩義を売れば、戻ってくれるはず」という浅はかな目的でそれを引き受けました。
まあ、結果として……対象の彼らは見つけることが出来ましたね。
死体として。
彼らの実績では、そこまで難しいクエストではなかったはずです。
ですが、霧崎さんには以前言った通り「優れた冒険者であっても、たった石ころ1つに蹴躓くような些細なことで命をおとすことだってある」んです。
そんな些細なことで、全滅したのでしょう。
リーダーであるディファンは、茫然とした表情を浮かべていました。
元々責任感の強かった彼は、私をまるで目の敵にして睨みました。
「リール、お前のせいだ。お前の身勝手が、彼らを死に追いやった」……と。
ですが、言葉の真意を理解できなかった私は、苛立って反論しました。
「意味が分からない。勝手に死んだのはこいつらだよね、私は一切関係ない!そもそも止めなかったディファンも悪い」
私は自らの行動を正当化しようとしていました。
ですが、彼は亡骸を憐れむような目で触れながら、言葉を続けました。
「お前がもっと仲間を大切にしていれば、彼らは今も肩を並べて戦っていたはずだ。お前が軽率な考えで追放したから、彼らは死んだ」
その言葉は今でも、私の心の奥底に刺さっています。
ディファンはもう一度彼らを弔うように頭を下げてから、私の前から姿を消しました。
私も自らの行動が結果として、彼らを死なせたという現実を受け入れることが出来ませんでした。
☆
「これが”紫苑の花束”の末路です。元を辿れば、全て私のせいなんです。私が、もっと……皆に、寄り添っていれば……」
リエムは何度も首を横に振る。その度に瞳から零れた涙が床を濡らしていく。
「……そう、ですかぁ……」
レミィもどう言葉を返せばいいのか分からないのだろう。
天井を見上げながら、大きく息を吐いた。
その間にも、リエムは暗い表情で言葉を続ける。
「も、う……誰にも……”魔法使いリール”だってバレたくなかっ、た……ん、です……っ。だから、黒髪へと姿を変えて『魔力の乏しい魔法使い』として生まれ変わろうとしました……ごめんなさい、ごめんなさい……」
言葉に、嗚咽が混ざり合う。
誰に向けての贖罪の言葉なのだろう。
自らが追放した冒険者に向けてなのか。
かつて追放した冒険者であるレミィに向けてなのか。
それとも素性を隠して近づいた俺に向けてなのか。
恐らくはそのいずれもなのだろう。
「……リエム」
思ったよりも、すんなりと声が出た。
痛む身体を堪えて体を起こし、俺は優しく彼女の名を呼ぶ。
それから膝の上に置かれた小さな手へと、静かに自分のそれを重ねた。
「……っ」
「確かに、許されないんだろうな。過去は消えないし、どれだけ経っても付きまとう」
「……そう、ですね。私は罪から逃げようとしていたんです。逃げたかったんです」
「だろうな……確かに、もう手遅れとなったものもある。だけど、まだ取り返せるものもある」
「なにを、根拠に……」
リエムの声音が震えている。
俺はちらりとレミィへと視線を送ってから、話を続けた。
「俺も、レミィも居るからな。いつでも俺達を頼ってくれれば良い」
「私は何もいってませんがぁ……てかまーた呼び捨てですかぁ?」
レミィは不服そうに口を尖らせるが、本心から拒んでいる訳ではないようだ。
「もう今更だよ。一度関わった以上、放っては置けないだろ。ディファンさんのこともあるしな」
「はぁー、出ましたよ霧崎さんの責任感。めぇーんどくさいですねぇ……」
「……って訳だ。どうせパーティメンバーも必要なんだ、手を組んでくれると助かるんだが」
そう言ってリエムと視線を合わせる。すると彼女は顔を赤らめながらも、困ったような視線を向ける。
「……え、私で、良いんですか?面倒なことに、巻き込まれるかもしれないんですよっ?」
「俺だけ面倒なことに巻き込まれないよりマシだ」
「なんですかそれ」
リエムは肩を竦め、呆れたように笑った。
俺は真剣な表情を作って、リエムにパーティ加入の依頼を出す。
「リエム。俺にはお前の実力が必要だ。パーティに入ってくれるか?出来れば敬語もやめてくれると助かるが……」
「え、あ……っ」
すると、リエムは逡巡したように視線を左右させる。
それから間を置いて、満面の笑みで頷いた。
頬を伝った涙は、既に乾いていた。
「うん……うんっ!!」
続く




