20.手遅れの冒険者。
【登場人物】
・霧崎 掠:ブロンズ・ルーキー。
・リエム:紫苑の花束における魔法使い。
・レミィ:ギルド本部から派遣された職員。
紫苑の花束。
金色の髪を持つ戦士ディファンをリーダーに据え置いた、伝説の冒険者パーティだ。
人類未達の領域に足を踏み入れ、数々の任務を遂行してきた。そんな実力と実績を持つ彼らは、人々の尊敬対象であった。
当然、俺もその一人だ。かつて魔物の襲撃から命を救われたという恩義もあり、いつか彼らと共に任務をこなすことだけを夢見て努力してきた。
”紫苑の花束”の主軸となっていたメンバーは、戦士ディファンともう一人。
魔法使いリールだ。
当時齢にして11という、年端もいかぬ少女だった。
だが彼女は歴代の冒険者を凌ぐ魔力量を持ち合わせている証明である、薄紫色の髪を伸ばしている。それに加え、数多の最上位魔法を難なく会得して見せたことから”神童”の名を冠していた。
だが彼女は表舞台に出ることはなく、大人の事情によってその素性を隠されていた。
そんな二人を軸としたパーティだったが、6年前のある日。
”行方不明となった冒険者の捜索”という任務を遂行している最中に消息を絶った。
世間では「神隠し」などと噂され、それ以降話題に触れることさえタブーとされた。
俗にいうところの”SSS級冒険者パーティ”は、訳も分からないままにその姿を消した。
戦士ディファンも、魔法使いリールの行く末も……誰も知らない……
……はずだったんだ。
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「っ、く……ぁ……っ」
レミィが与えてくれた魔法の効力が薄れてきているのだろうか。筋肉が再び悲鳴を上げ始めた。
アキレス腱が今にも断ち切れてしまいそうなほどに激痛を生み出す。
はちきれんばかりに高鳴る胸の鼓動が、呼吸を激しくかき乱す。
だが、それでも歩みを止める訳には行かなかった。
いつの間にか、見慣れた人工物が並ぶ景色は背後に遠ざかっていた。
見えるのは、鬱蒼とした山林地帯だ。
「……ぅ、あ、リ……エム……っ」
こんなところで、彼女とさよならを告げるわけにはいかない。
傲慢で身勝手だった俺に、誰かと肩を並べて戦うことの意味を教えてくれたんだ。
独りよがりじゃ、何も解決できないことを教えてくれたんだ。
やがて、その人影は見えてきた。
漆黒の髪が、鍔広の帽子の隙間から揺れる。
鬱蒼とした森の中に溶け込むように、彼女は静かに歩みを進めていく。
「リ、エム……っ」
掠れた声で彼女の名前を呼ぶが、運悪く鳴り響く葉擦れ音に溶け込んだ。
声が、掻き消される。
嫌だった。
嫌だ。
だから、俺はもう何度目になるか分からない無茶をした。
——”身体能力向上”の魔法を、使用する。
「リエムっっっっ!!!!」
たった一度、彼女を呼び止める為だけに。
「っ……!?」
彼女は驚いた様子で、俺の方を振り返る。
それで限界を迎えたようだ。もう、まともに声なんて出せる状態じゃなくなってしまった。
「がっ、か……けふっ……ぁ……」
咳き込む力さえも失い、惨めに地面にへたる。
喉が灼けるように熱い。蝕むような激痛が、咽頭にまとわりつく。
「ばっ、馬鹿なんですかっ!?何してるんですかっ!?どうして、私を……私をっ!」
様々な感情が混ざり合った表情で、リエムは俺を睨む。
それは怒りなのか、悲しみなのか、切なさなのか。
強く、強く俺の両肩を掴みながらも屈むリエム。彼女の腕は、力なく小刻みに揺れていた。
「馬鹿ですよ、馬鹿、馬鹿……っ」
「……ぁ……」
何度……”馬鹿”と言われただろうな。
気づけば、リエムの瞳からは大粒の涙が零れていた。
「レミィさんから聞いたんでしょうっ!?昔の私が、どれほど傲慢で、酷い人間だったかをっ!今だってそうですっ!!私は、最低で、最悪の冒険者なんですっ!」
「……そ……ぁ」
そんなことはない。
そう伝えようとしたが、声が出せなかった。
言葉の代わりに俺は首を横に振り、彼女の言葉を否定する。
「もう私は冒険者である資格なんてないと思ってたんですっ……。だけど、霧崎さんの姿が……昔の私を見てるみたいで……っ」
「……」
「魔力を自分で封印して、素性を隠して……全部やり直して。何もかも過去を消し去ることが出来るって思ってました……」
「……っ」
「だけどっ……何も消えてなかった……過去は、どこまでもついて回るんですね……はは……」
リエムは涙で濡れた顔の上に、自嘲の笑みを重ねた。
彼女の言葉に、自分の胸中が重なる。
転生してこの世界に訪れた俺に付きまとったのも、過去だったから。
この霧崎 掠という名前は、俺が抱えた罪の証だった。
「もう、私のことなんて忘れた方が幸せですよ……私は、どこか遠いところに消えますから。人のいない世界でひっそりと身を隠すのが、皆の為なんです……」
「……ぉ……」
「私の為に、無茶する必要なんて無いんです……これ以上、自分を傷つける真似はしない、でください……」
それ以上は声にならなかった。
彼女は俺にもたれかかる形で身体を預け、静かに声を震わせて泣き始める。
リエムのほんのりと温かい体温が、俺に伝搬する。
少しでも触れれば、壊れてしまいそうなほどに儚いガラスのような身体だった。
「……」
そんな彼女の背中を、俺は優しくさする。
俺の手が触れた瞬間、リエムの身体はびくりと一度大きく跳ね上がった。
「っ、優しくしないで、くださいよっ……私は……っ」
「……」
突き放すような言葉とは裏腹に、彼女はより一層強く俺にしがみつく。
きっと、彼女も報われたかったのだろう。
ずっと自分の行動が報われないのは、辛かったはずだ。
「もう、手遅れなんですっ、私は……手遅れの冒険者。自分の才能にかまけて、他者を蔑ろにし続けたんです……っ」
彼女に言葉を掛けることは、今の俺には出来ない。
「……っ!」
だからその代わりに、彼女を強く抱き寄せた。
「っ、あ……ああああっ……!」
もう、それ以上は声にならなかった。
彼女は大粒の涙で俺の衣服を濡らしながら、大声で泣き叫ぶ。
続く




