84 どうやって対抗するの?
結界が消え、モンスターたちがなだれ込んでくるのと同時に、イザベラの中で光がうねった。イザベラはそのうねりに意識を向け、祈る。
大丈夫。エヴァンとジェイダならなんとかしてくれる。だから二人に力を。二人が死なないように。戦えるように。加護を。
うねっていた光が身もだえするように動きを速め、そして飛び出した。二手に分かれ、エヴァンとジェイダに吸い込まれる。
「うおおお」
雄たけびを上げたエヴァンが、巨大ムカデの一撃を剣で受ける。
頭だけでもエヴァンの肩幅ほど。体長はエヴァンの背丈の三倍はある。
それほどの大きさのムカデが勢いをつけて突進してくれば、到底受け止めきれるはずがない。剣は折れ、腕が砕けるどころか、下手をすれば全身を押しつぶされるが。
「これが加護の力ですか、イザベラ嬢」
イザベラに聞くというよりも確かめるように呟いたのは、巨大ムカデの攻撃を受け止めてにやりと笑うエヴァンだ。
「ええと、加護でどんな感じになるのかは分からないけど、多分そうよ」
加護を与えたことはあっても、与えられたことは皆無。なのでなんとも曖昧な返事しかできないが仕方ない。
あれだけ大きなムカデの突進を止めたのだから、力が上がっているのだろう。剣も折れずエヴァン本人もぴんぴんしているように見えるから、武器の威力や耐久度、体の防御力なども上がっているのかもしれない。
それでもギリギリのようだ。笑んだエヴァンのこめかみには青筋が浮かび、ムカデの毒牙を止めている剣や腕は、ぶるぶると震えていた。
「ただの人間がぁあぁあっ」
剣をがっちりと噛んでいる巨大ムカデが唸った。押されたエヴァンの剣が少し下がる。このままでは押し切られる。しかも横合いから、別のモンスターが大口を開けていた。
ダン、ダアン。二つの閃光と共に、二発の銃声が響いた。
「その、ただの人間にやられるのはあなたたちです」
ムカデの頭とモンスターの頭。共に真ん中を正確に撃ち抜き、拳銃を構えたジェイダが冷たく微笑んだ。長い黒のロングスカートの裾がひらめき、一瞬覗いた白い脚を隠す。
ザァッというノイズを散らして、モンスターが消えた。巨大ムカデは銃弾一発では仕留めきれなかったようで、呆然とした一言を宙に放った。
「馬鹿な」
エヴァンが力の抜けたムカデの顎ごと振り上げ。無防備にさらされた腹部に剣を振り下ろした。
ザアアアッ。
ムカデの体が黒い影に変わり、ノイズと共に砕けて消える。即座に足でステップを踏み、後退。ムカデの後ろからやってきていた、一つ目の巨人の鉄槌をかわして回転。腕を斬り飛ばした。間髪入れずに巨人の頭蓋にジェイダの弾が命中。黒い影に変わる。
「いい腕ですね、ジェイダ嬢」
「賞賛は後で聞きます。前!」
ちらりと視線を寄越して口笛を吹いたエヴァンにジェイダが注意を促す。
エヴァンの前から鎧が迫っていた。中に入っているべき人の姿の見えない鎧が。
「死ね!」
がらんどうの鎧が剣を振る。それをエヴァンが受け流した。
重く鈍い音を響かせて、エヴァンと鎧の剣舞が始まった。
「ふえええええ、エヴァン様ファイトですぅ」
「くそ、負けるなよ若造! お前が負けたら俺たちが危ないんだからな」
イザベラにしがみつくエミリー、身を寄せ合うトレバーとダイアナは、エヴァンの奮闘を応援するしかない。
たとえこの三人に加護を与えたところで、おそらく五十歩百歩だからだ。
とにかく、エヴァンとジェイダには無事に加護がかかった。油断は出来ないけれど、ひとまずおいておこう。それよりも。
「セス……!」
アメリアが魔法を使おうとしている……!
息苦しささえ感じるほどの濃密な魔力がアメリアを中心に渦巻いていた。
過去を思い出したイザベラは肌で知っている。これほどの魔力を使って発動する魔法は、恐ろしい威力になるだろう。それこそ、王の間ごと吹き飛ばされる。
「セスは魔法が使えないのに! どうやって魔法に対抗するの!?」
イザベラから血の気が引いた。
セスは勇者だ。過去も今も。しかし今のセスは体に魔力を持っていない。
そもそも現在の人間は魔力を持っていないのだ。持っていても微量で、王宮が抱えている魔法使いでさえ、子供だましのような魔法しか使えない。
過去のイザベラ――聖女は聖魔法で攻撃可能だったが、今のイザベラも現代の人間の例に漏れず、魔力が全くなかった。
「おい、若造、踏ん張れ! 死んでも負けるな!」
「エヴァン様、死なないで勝ってくださいますですぅ」
「ジェイダ、こっちも、あ、あっちも撃って!」
そうしてイザベラが青くなっている間にも、三者三様の励ましだか願望だかが飛んでいた。
鎧の力量は互角か、ややエヴァンに分があるかというところ。ただし一対一の場合である。
剣を。爪を。牙を。それぞれの武器を携え、斬り結ぶエヴァンと鎧へとモンスターたちが迫る。仲間の鎧に当たるなど考慮されていない。鎧ごとエヴァンを殺そうとしている。
そのモンスターたちのエヴァンへの攻撃を阻止するのは、ジェイダだ。六発をモンスターの牽制、足止めもしくは体のどこかにお見舞いする。六発撃ち終われば速やかに給弾。
エヴァンが前衛、ジェイダは後衛。二人は鮮やかに連携して剣と拳銃をモンスターにたたき込み、黒い影に還していくが。
「ひえぇぇっ、こっち来ないでくださいですーっ」
それでも二人を越えて、モンスターがイザベラたちの方にやってきた。
「きゃああ、来ないで。あなた!! 何とかしてください」
「む、無茶を言うな! おい、若造! ジェイダ! 何とかしろ!」
ダイアナとトレバーが無理な注文をつけるが、エヴァンとジェイダは手一杯。
「この、来るなら来なさい!」
「イザベラ! やめなさい、危ないわ」
「なにもしなくても危ないのよ、お母様!」
イザベラは護身用の短剣を抜いて構えた。両手で柄を持ち、足を開いて踏ん張る。しかしその足も、剣を持つ手も情けなく震えた。眼球がじわりと潤む。
こんなに小さな短剣なのに重い。敵が迫ってくるというのは、こんなにも怖い。セスはいつも軽々と剣を扱って、恐怖をねじ伏せて戦っているのか。
「それでもあきらめないんだからっ」
吹けば飛ぶような抵抗でも、やらないで諦めるよりはずっといい。
涙のにじむ視界に、小さな、それこそ親指ほどの影が三つよぎった。
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