82 足りないのなら
アメリア、リアン、ジェームス。三人……といっていいのかは知らないが、便宜上そう呼ぶことにした三人の攻撃を捌きながら、セスは状況を好転させる機会を探っていた。
さきほどから、アメリアの爪をかいくぐればリアンの攻撃が。リアンの攻撃を捌けばジェームスの攻撃がくる。剣だけでなく足技や体術も駆使して躱し、反撃してはいるが膠着状態だ。
何度もアメリアの爪やリアンの拳を受け、床はボロボロ。足場も悪い。
アメリアの爪が正面からくる。
常人を超えている速度と威力ではあるが、それだけだ。技量の伴っていない彼女の攻撃は、単体では恐れるに足りなかった。
……動きが甘い。威力も大したことがない。軽く流せ。
過去の自分の経験が冷静に判断し、体が動く。剣の角度をわずかに変えた。力を流され、爪と共にアメリアの体も流れる。
このまま隙に剣を差し込みたいが、すぐさましゃがむ。頭の上をリアンの腕が通過した。
リアンの攻撃が空気を鳴らし、凄まじい風を起こす。セスの銀髪がたなびき、拳風に押される。
くそ。この体は小さくて軽い。心の中で悪態をつきながら、体が持っていかれないように足裏に力を入れた。
ヴァンパイア。馬鹿力と不死に近い再生能力が取り柄のモンスターだ。攻撃は重い。速い。しかしこれもまた、身体能力にあかせた力技だが。
これが侮れない。
「くっ」
間髪入れずに振り切らずに戻ってくる拳を、すれすれで避ける。全力で振り切りにいってから、途中での急制動。骨と筋肉への負荷は計り知れない動きだが、ヴァンパイアの身体能力が可能にする。
上下左右、息つく暇もなく攻撃が続く。掠っただけでも致命傷なそれを、セスは紙一重で避け続けた。直接触れてもいないのに皮膚が裂け、あちこちで血の花が咲いた。
さっさと隙を見つけないと体力を削られる。
普通なら攻撃する側の方が消耗が激しく先に根を上げるものだが、ヴァンパイア相手にそれは見込めない。そもそもリアンの攻撃を捌いている間にも。
……ジェームスが攻撃を仕掛けてくる。
肌が泡立つ。危険信号が身体中を巡る。セスは剣の腹に腕をクロスさせて、リアンの拳をわざと受けた。
聖女の加護があるだけで、身体強化の魔法のない腕では、ヴァンパイアの攻撃を受けきれないがそれでいい。
自分に力が足りないのなら、相手の力を利用しろ。
セスも前の自分も。いつだってそうしてきた。
元より自分は、豊富な魔力量を持っていなかったし、力だって並だった。剣の力量は並みよりあったが、それだけだ。剣も魔法も、天才と呼ばれたのは弟の方。
なのに勇者に選ばれたのは自分だった。
おかげで単なる王子から、王太子に押し上げられた。
なぜ自分が勇者に選ばれたのか。心底分からない。
世界なんてどうでもよかった。むしろ嫌いだった。息を吸うのも苦痛。壊れるのなら壊れてしまえばいい。
そう思っていたのに。聖女に出会った。
王命を拒めずに嫌々出た旅先で、訪れた村の娘。
彼女が世界に色をつけた。彼女を守りたいと思った。彼女のいる世界なら、救おうと思った。
なんだ。前の自分も今の自分も同じだな。
セスは思わず口角を上げた。そこへリアンの攻撃がくる。
「ぐうぅっ!」
腕がもげそうな衝撃に、骨がみしみしと嫌な音を立てる。筋肉が断裂する痛み。それらを無視してインパクトの瞬間、後ろに跳ぶ。
闇を纏い、空気と時間さえ斬って、ジェームスの剣が先ほどまでセスのいた場所に到達する。そこにはまだセスを殴ったリアンがいた。
リアンは味方に斬られ、ジェームスは味方を斬る状況。しかし互いに驚きも躊躇も停滞も生まず、ジェームスが剣を振りきる。
ザァアアアアアッ!
真っ二つになったリアンが黒い影となってノイズをまき散らし、消えた。
仲間意識はないのかと驚いたセスだが、もう一人の自分がそうだとうなずく。
やつらは人間とは在り方が違う。一応個で存在しているが、全の考え方なのだ。
自分個人の命というものを尊重しない。自分が死んだとしても、仲間の誰かが目的を果たせばいい。そういう考え。
セスは空中で回転して勢いを殺し、着地した。腕はじんじんするものの、折れてはいなさそうだ。
まずはリアンを撃破出来て怪我もなし。重畳だ。これで膠着から抜け出せる。
自身の状態を把握して安心したセスは、アメリアに意識を向けた。
……魔法!
アメリアの周りに魔力が渦巻いている。空気中に浮遊する魔力でも、大地や植物などが持っている魔力でもない。それらは希薄で使い物にならないからだ。
前の自分が一番驚いたのはそこだ。自分自身の魔力量が少ないよりも、世界を満たす魔力の少なさに驚いた。
これではかなりの魔力量がないと、魔法が使えない。魔法の時代にいた魔法使いがほぼ姿を消し、魔具の時代となったのは、このためだ。
……そうだ。だからあの時。お嬢様を助けに行っても守りきれなかった。
解錠の魔法が使えれば、地下牢の扉を壊さずにすんだ。魔法が使えないために、地下牢の扉を壊すのだって、普通にはいかなかったのだ。
ザザザザ。
耳障りな音が這い、アメリアを中心に黒い影が広がる。少々通常より禍々しいが、魔力だ。
「死になさい、勇者!」
魔力障壁は作れない。効果範囲から逃げようにも、ジェームスが邪魔な位置に回り込んでいる。魔力の少ないセスには、魔力耐性も期待出来ないだろう。
チラリと背後に意識をやれば、イザベラたちは結界の中。
今度こそ彼女を守る。
空気が重くなるほどの魔力を身体中でとらえ、セスは前方に意識を戻した。
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