79 茶番劇
王の間はやはり、豪華絢爛だった。
金の燭台には煌々とした灯りが、室内を照らしている。床は磨き上げられた大理石。白い壁にはたった一つで小さな屋敷が買えそうな、金の額縁に入った絵画がいくつも飾られている。
分かっていたけれど、黒い影ばかりだ。
冷たい床に膝を着いたイザベラは唾を飲み込んだ。隣には同じように膝を着き、首を垂れるセス。その隣にはジェームス王子がいる。後ろにはトレバーとダイアナ、エミリーたちが続く。
イザベラたちの正面には一段高くなった場所に椅子が二脚設置され、王と王妃が座っていた。といっても、イザベラから見れば人の形をした黒い影である。
王と王妃の後ろに立つ衛兵も、斜め前方に立つ大臣も。左右に控える家臣全てが黒い。中には人が持つシルエットと異なる者もいた。
「そなたらを呼んだのは他でもない。先日王太子を弑した魔王。憎き魔王退治を命ずるためだ」
王が口を開いた。イザベラたちを除くとこの場にいるのは仲間だけなのに、茶番を演じるらしい。
「我が兄を殺害した憎き敵。必ずや魔王アメリアを倒し、国の平穏を守ってみせましょう」
セスの隣のジェームスが、一歩前に出て宣言する。白銀の鎧とマントに身を包んだジェームスは、おとぎ話の勇者そのものに見えた。
「ちっ。どうやら殺すのが目的ではないらしいな」
小さく舌打ちしたトレバーが低く押し殺した声で囁いた。
トレバーの話と黒い影ばかりの現状から、この場にいるものたちはジェームスを含め全てモンスター。魔王の仲間だ。彼らがその気になれば力と数に押し切られ、イザベラたちなど簡単に殺されるはず。
それを警戒してセスはずっと臨戦態勢を取っている。もちろん、エヴァンやジェイダを始め、イザベラとエミリーだって心の準備だけしか出来ないけれど、自分なりに戦うつもりでいる。
それなのに始まった茶番だ。
「仕留めそこなった時を考えているのならまだいいが。目的は洗脳か、飼い殺しか?」
「待っているだけかもしれませんよ」
トレバーにエヴァンが囁き返した。
「魔王をか」
「さて。魔王なのか眷属なのかどちらか分かりませんが、アメリアを、ですね」
アメリアとジェームス。セスはジェームスが魔王だと言い、ずっとジェームスを敵視しているが、どちらが魔王でどちらが眷属なのかはまだ確定していない。
「待っていたのが正解だ」
ぼそぼそと交わしていたやり取りに割り込んできたのは、全て聞いていたらしいジェームスだ。肩越しにこちらを見た彼は、ニヤリと口角を上げた。
「来た。またせたね。そろそろ始めようか」
「ええ。そうしましょう」
ジェームスの呼びかけに応えたのは、イザベラではなく背後からの女の声だった。王の間と回廊を隔てる白と金の扉から、翼を生やしたアメリアとリアンが入ってくる。
「勇者よ、魔王を倒せ!」
「御意」
ジェームスが立ち上がり、抜き放った剣を構える。切っ先が向かうはアメリア。
剣を抜き、着いていた膝を上げる。膝を上げた足で床を蹴り、前に飛び出す。それらの動作を瞬時にやり遂げたセスが、ジェームスに並び、追い越した。
――魔王が滅びた後、魔王の眷属たちは全て消え去った――
その一節が本当に正しいとは限らない。もし消えなかった場合。ジェームスを殺せば、セスは勇者である王子殺害の犯人になってしまうがアメリアなら殺しても責を問われることはない。
だからまずアメリアを倒す。それがイザベラたちの最適解で、セスはそう動いている。
アメリアをジェームスより先に倒す。そのために。
お願い。セスに加護を。
イザベラは祈った。モンスター相手に加護も何もなしに挑めば、セスが危ない。聖女の力が必要だ。どうやって聖女の力を使うのかは分かっていないが、いつも無我夢中で祈っていた気がする。
体内に光が灯った。光がどんどん輝きを増し、力がうねるのが分かる。しかし。
どうして外に出ないの。
溢れるほどの力があるのに、一向に外へ出せない。怒りがより光を強くし、体が熱くなっていく。なのにこもったまま。
今までどうしていた? ずっと自分が聖女だなんて思っていなかった。小説では聖女はアメリアだったから。だけど小説のように力を発揮できないアメリアに触って……。
まさか、アメリアに触らないと発動しない?
イザベラは焦った。その間にもセスがジェームスより先にアメリアに到達。剣が翻る。アメリアの有り得ないほど長く伸びた爪がセスの剣を受け止め、金属音が鳴る。
「くぅ」
セスの顔が歪む。後ろに弾かれたのか、たたらを踏んだ。そこへアメリアの爪が伸びる。のけ反って躱すセス。剣の攻防はよく分からないが、多分ギリギリだ。早く加護を与えないと。
でもどうやって。アメリアに触るなんて無理だ。それでもやるしかない。
やるならセスに気をとられている今。イザベラはそうっと前に足を踏み出した。
「危ないでございますですよ、お嬢様」
「あ」
エミリーにぽん、とではなく、がしっと肩を掴まれた。
途端に堰を切ったように白い光が溢れる。
「ふぇええええぇっ、眩しいでございますです」
イザベラの肩を離したエミリーがぎゅっと両目を瞑った。王の間にどよめきが走る。見れば、ジェームスをはじめモンスターたちが皆顔を歪めていた。
「娘。お前」
ジェームスの青い目が、憎々し気にエミリーに向かった。王も王妃も立ち上がっている。
「どうされました」
エヴァンとジェイダがイザベラとエミリーを守るように位置を取る。
「エミリー、ありがと」
「ふえ? 何がでございますですか」
「私にもよく分からないけど、とにかくありがとう」
おそらく光が見えると言っていたことと関係あるのだろう。エミリーがイザベラに触ったおかげで、力を使えた。アメリアに触るのと同じ効力が出たのだ。
そのことにジェームスたちも気付いたから、殺気を向けられている。
――アメリア、リアン、ジェームス対、セス。
――イザベラ、エミリー、エヴァン、ジェイダ、おまけにトレバーとダイアナ対、王と王妃を含め他全員。
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