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ザマァされた悪役令嬢の、Re:Re:リスタート  作者: 遥彼方
Re:Re:リスタート

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80/95

おまけの番外編 言葉にはしない

コヤギ芽衣さまからFAを頂きました。

とても可愛らしくて素敵なFAに合わせ、ちょっと番外編です。


といっても、まだイザベラがセスへの気持ちを自覚する前なので、甘くないのですが。

 イザベラが最悪の結末を迎え、リスタートするよりずっと前。クラーク学園に入学して間もない。我儘放題、悪役令嬢のイザベラであった頃。


 ティーカップを口に運んだイザベラは、一口飲むなり顔をしかめた。

 好みの濃さじゃない。蒸らしが足りない。


 バシャン。


「不味い! よくこんなものを出せたわね!」


 一秒後。侍女の顔目掛けてお茶をぶっかけた。


「も、申し訳ございません」


 頭からびしょ濡れになった侍女が、床に手をついて謝る。それがまたイライラする。

 もし謝らなくてもイラつく。謝ってもイラつく。何もかもが気に入らない。


 だってこの侍女がこうやって謝っているのは、イザベラが怖いから。イザベラの機嫌を損ねたことで両親に怒られ、解雇されるのが嫌だから。


 悪いと思っての事じゃない。


 形だけの人間は信用出来ない。けれどイザベラの周りには形だけの人間だらけだった。


「もう。謝罪なんていいからさっさとそこを片付けて、出ていって! 目障りよ。やっぱりお前じゃ駄目ね。セスを呼んできて、セスを」


 セスだけだ。失敗した時、本当に悪いと思って謝るのは。


「ですがお嬢様。旦那様がセスの同行を許されたのは、護衛騎士としてです。お嬢様はもう十二歳になられます。異性であるセスが、いつまでも身の回りのお世話をするのは……」


「はあ? お前、私に口答えするの? 何様のつもり!」


 イザベラの声に、イラつきだけでなく怒気がこもる。


「申し訳ありません」


 もう一度頭を下げた侍女が、慌ただしく部屋を出て行った。

 パタンと扉が閉まる音がした後。静寂が部屋を満たす。


 その静寂がイザベラの心を逆なでした。音のない空白を埋めるように怒りがとぐろを巻く。


「ああもう、ムカつく」


 イザベラは側にあったクッションを、ぼすんと殴った。


 こういう時はセスのお茶を飲むに限る。セスの淹れてくれたお茶の香りを胸いっぱいに吸い込んで、しようがないですねという声を聞けば、鬱々とした怒りも柔らかくなだめられる。

 それで無理なら、怒りをぶつけてしまうのもいいかもしれない。セスなら受け止めるし、イザベラの元を去ったりしない。

 なんてことを考えながら待つ。


 数秒。一分。2分。


「遅いっ」


 やけに遅い。


「何やってるのよ、セスのバカ!」


 しびれを切らしたイザベラは部屋から出た。


 部屋の外は学園の廊下だ。ざっと目を走らせたが、セスの姿が見えない。セスの癖に。


 また別の怒りを膨らませ、イザベラは隣の部屋に向かった。廊下に敷かれた毛足の長い絨毯を踏みしめるのに、音が立たないのが忌々しい。


「セス!」


 隣の部屋。セスの部屋のドアを開けた。いない。


「どこ?」


 侍女の姿も見えない。


 この階はイザベラが貸し切っている。こんなことが出来るのは王族であるジェームス王子か自分くらいなもの。本来なら誇らしいそれが、心細さと不安の原因となってイザベラに押し寄せてきた。


 一人は苦手だった。


 ただ一人。誰もいない部屋で膝を抱えていなければならない時間が。誰かが帰ってきたらきたで、恐怖が待っているのに、それでも待たずにはいられない。その時間が、狂おしいくらいに嫌い。


「変なの」


 イザベラは呟いた。別に一人だからといって、何が起こるわけじゃない。誰かを待っているわけじゃない。もし誰かが来たって、公爵令嬢の自分に恐怖を与える存在なんていない。そもそも膝を抱えて誰かを待ったことなんてなかったのに。

 なのにどうしてこんなに。心をかきむしられるんだろう。


「もう、セスが悪いんだから」


 早く側に来ないのが悪い。声を聞かせてくれないのがいけない。全部全部、セスが悪い。


 廊下にいるイザベラの耳に、微かな声が届いた。


 声がしてきた方は、侍女の部屋の方だ。セスの部屋とは反対の方向にある。


「もうダメ。酷い。もうお嬢様には付き合いきれないわ。こんなにびしょびしょにされて。それでも私は謝ったのに。お茶だって熱かったのよ」


 すすり泣きと、囁くようなか細い女の声。さっきお茶をかけた侍女のものだろう。静かなお陰で、なんとか聞き取れた。


「火傷はしませんでしたか」

「したかもしれないわ」


 心配そうなセスの声。


 自分以外の女を心配するなんて!

 カッと頭に血が上った。


 セスはイザベラのものだ。イザベラのためにいて。イザベラのために生きていて。イザベラの命令だけを聞いて。イザベラだけを見ている。


「信じられないわ。あの性悪女。お茶が不味いだなんて難癖よ。私を苛めて喜んでるのよ。ほんと、歪んでる。あんな性格ブス。いくら見た目が良くたって、あれじゃ殿下もいつか愛想を尽かすわ」


 余計なお世話よ。

 つかつかと歩みを進め、ドアノブに手をかける。


「セスだって、お嬢様のお気に入りなのに振り回されてるじゃない。夜中でも呼びつけられて。あれしろこれしろってうるさいし。機嫌が悪かったらすぐ怒るし。我儘で偉そうで付き合いきれない。ねぇ。セスも本当はお嬢様のこと、嫌いなんでしょ」


 そのまま勢いよくドアを開こうとして、イザベラはぴたりと動きを止めた。


 嫌われたって構わない。イザベラは公爵令嬢。嫌われたって、皆従う。思い通りに命じられる。

 だから嫌われたって平気だ。


「私はもうごめんよ。侍女を辞めるわ。セスは可哀想。拾われた孤児じゃ逃げられない、逆らえないわよね。同情するわ」


 可哀想。


 そんなの、当たり前だろう。拾った恩で縛っているだけなのだから、言われなくても分かっている。

 なのに。心が痛い。


「思ってませんよ」

「……」

「もう行っていいですか。お嬢様が待ちくたびれていますから」

「あ、そう。お好きにどうぞ」


 イザベラはそっとドアノブから手を離した。踵を返し、駆け足で部屋に戻る。大急ぎで部屋に飛び込み、ソファーに座った。

 走ったから息が荒い。足をソファーの上に上げ、膝を抱えて丸くなった。


 コンコン。


 ノックが響く。返事をしないでいると、しばらくしてドアが開いた。


「失礼します」

「遅い!」


 自身の膝に額をつけて、イザベラは怒鳴った。


 こんな風に文句を言いたいんじゃないのに。

 違う。遅いと怒るのは当たり前だ。イザベラはセスの主人。どんなに怒っても許されるのだから。


「お待たせして申し訳ありません。すぐ片付けてお茶を淹れ直しますね」


 床を拭く気配がしてから、足音が移動する。お茶の注がれる微かな音の後、陶器が小さく奏でる。


「お待たせしました」

「もう要らない。下げて」

「……かしこまりました」


 また陶器が鳴る。ティーカップが盆に戻され、セスの気配が遠ざかろうとする。


「ねえ、セス」


 気配が背後で止まった。


「私に拾われて、後悔してる?」

「いいえ。俺はお嬢様に拾われて幸せです」

「……」


 イザベラはゆっくり顔を上げた。セスは後ろにいるから、顔は見えない。


挿絵(By みてみん)


「やっぱり飲むわ。それ頂戴」

「はい」


 ふわりと柔らかい返事と、再度置かれるティーカップ。漂う香り。ほんのりと立ち上る湯気。


 ありがとう。ずっとずっと、側にいて。


 言葉には絶対にしない気持ちは、お茶と一緒に胃の腑に沁み込んだ。


 セスの淹れたお茶は、やっぱり美味しかった。

ここまでお読み下さり、本当にありがとうございます。

皆さまのお陰で1500ポイントを突破いたしました。

一応悪役令嬢ものであるものの、かなり変則的でらしくない作品ですが、こうして読んで下さる読者の皆様がいることがとてもありがたく、励みになっています。


感謝です。

よいお年を!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前話、父親の目の前でピシャリということが出来ましたね! 大きく成長したなと思う瞬間でした! そして、イラストを使った短編まで書き上げていただき、ありがとうございました! リスタートする前…
2020/12/31 13:33 退会済み
管理
[良い点] イザベラの複雑な心理が伝わってきました。 セスは優しいですね。 ピリピリした冒頭からラストはふんわり。 可愛いFAと相まって素敵な読後感でした。 [一言] 今年も大変お世話になりました。 …
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