表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ザマァされた悪役令嬢の、Re:Re:リスタート  作者: 遥彼方
第二章 :Re:リスタート

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

71/95

70 どちらを選んでも

 アメリアが聖女を騙る偽物で、イザベラが聖女。


 冗談じゃない、とイザベラは思った。それではジェームスの婚約者として不動になってしまうではないか。


 しかも。


「ザザザさあ、僕の可愛いイザベラ……ザザザッ……こっちにザザザザザァァッ」


 当のジェームスはこの状態だ。


 黒い影に塗りつぶされ、絶え間ないノイズを従えたジェームスが片手を差しのべる。ノイズで不明瞭なはずなのに、意味はしっかりとこちらに通った。濃い影に隠され、口元だけが笑っていた。


「ザザザッさあ……僕の手を取ってザザザザザァアア」


 無理。怖い。

 心の中でぶんぶんと首を横に振る。


 これ絶対手を取ったら駄目なやつ。今のジェームスは、ラスボス的な何かな気が、びしばしとする。こんなジェームスの婚約者なんて、バッドエンドまっしぐらだ。


 かといって、手を取らなっかったらどうなるだろう。それこそあの手この手で死刑、奴隷落ち、地下牢投獄、自殺のルートに追い込まれるのではないか。

 そもそもジェームス王子がイザベラを本当に欲するなら。イザベラがどんなに抵抗しようと無意味だ。父トレバーはイザベラの意思など無視して進めるだろうし、セスともきっと引き離される。


 それは嫌だ。


 イザベラは自分を支えてくれるセスの腕をぎゅっと握った。支えるというより、イザベラを抱きしめているセスが、答えるように、手に力をこめてくれる。

 その温もりと力強さが嬉しい。

 離れたくない。もっと近づきたいくらいなのに。


 差し出されたジェームスの手を見る。他の人には王子様が手を差し出している麗しい光景なのだろうが。イザベラの目には、真っ黒な影そのもののような手が自分に向かって伸びている。手を取った瞬間甘い毒を流されて、闇に引きずり込まれる。そんな気がする。


「そう。イザベラ様。貴女のせいなのね……ザザ……貴女のせいで、ジェームス様は私を見てくれないんだわ」


 ぽつり。うつむくアメリアが呟いた。


 アメリアからもノイズ……!


 イザベラはひゅっと息を飲んだ。アメリアにも黒い影が不気味にこびりついている。その影がじわじわと面積を増し、アメリアを包んでいく。


「ザザッ……酷いわ、イザベラ様。私は貴女を応援してたのに。友達だって思ってたのに。裏切る……ザザ……んて」


 アメリアの頭部を覆う黒い影が左右で盛り上がり、長く伸びた。背中にも二つの盛り上がりが出来、大きく左右に伸びていく。身に着けていた淡いピンクのドレスは黒色に変化した。


「許さない。許さない。ザザッ……許さない許さない許さない許さないザザザザ」


 バサリ。大きな羽音がした。羽毛のない翼がアメリアの背中に生えていた。頭には二本の角。

 頭に角、背中にこうもりのような翼。これではまるで……。


「魔王」


 まさかという思いを、ジェームスが断言した。会場に残っていた人々がざわつく。


 アメリアが魔王。そんな、馬鹿な。小説の魔王は黒髪赤目の男性だったのに。


「私からジェームス様を取るなんて。ジェームス様は私のものよ。私だけの王子様なんだから……!」


 うつむいていたアメリアが顔を上げた。同時に上げた腕がイザベラに向く。手のひらに恐ろしい魔力が集う。


 目が合った。

 その瞳に渦巻くのは、嫉妬。怒り。憎悪。そして。

 悲しみ。


「ジェームス様、どうして」


 伸ばしたアメリアの手から、血が吹き上がる。その手はイザベラから、アメリアを斬ったジェームスへと向きを変えて伸ばされた。

 伸ばしても届かない距離を。すがるように。


「……ザザどうしてもこうしてもない、魔王……ザザザザザザッ」


 アメリアを斬ったジェームスからは、恐ろしいほどの威圧感を持った黒い影と、耳を塞ぎたくなるほどのノイズがしている。

 前世の父親よりも、自分を買った貴族よりも。今まで見てきた黒い影よりもずっと濃い闇。引きずりこまれそうな底のない深淵だ。


「僕は勇者だ。ザザッ……魔王。ザザザ……お前を倒す存在」


 ジェームスが微笑んだ。触れれば皮膚に貼りつくほどの冷たい笑み。


 あのジェームスが。アメリアにこんな態度を取るなんて。

 こんなの、ジェームスじゃない。ノイズに乗っ取られた何かだ。


 ジェームスがアメリアを聖女だから大切にしていただけなんてことはない。やり直す前も、今も。ジェームスがアメリアを見る目、アメリアに向ける顔、態度は特別だった。王子という肩書や身分、打算、そういった上辺と関係なく、アメリアを愛していた。だからこそ、前世のイザベラはアメリアに嫉妬したのだ。


 そんな風に人に思われるアメリアが嫉ましく。

 そんな風に人を愛せたジェームスが妬ましくて。


 アメリアを引きずり下ろし、自分がその位置につこうとした。そして失敗して、奴隷に落ちた。

 イザベラに敵意を向け、変貌した今のアメリアのように。


「ジェームス様」


 斬られたアメリアは、手を伸ばしたままだった。攻撃するでもなくただ、ジェームスの名を呼んで。まとわりつく黒い影の隙間から、透明な涙を一滴こぼした。涙は、通った場所だけ黒い影を一瞬消し去って落ちる。


「……ア……メリア」


 血塗れの剣を握ったジェームスが、ノイズなしにアメリアの名を呼んだ。氷が剥がれ、泣きそうな表情が彼の顔をかすめる。


「ザザザザ……死ね、魔王」


 かすめた表情はまばたきの間に凍り、ジェームスが剣を振り上げた。今度は手のひらだけでなく、アメリアの中心を斬る角度に剣が閃く。

 その剣がアメリアをとらえる直前、黒い翼を生やした人物が、アメリアをさらった。


「リアン!?」


 アメリアをジェームスの剣からさらったのはリアンだった。彼の背中からはアメリアと同じような黒い翼が生えていて、空中に浮き上がっていた。翼はゆるやかにしか動いていない。翼そのものではなく魔法で飛んでいるのだ。


 アメリアを横抱きにしたリアンが、目を細めた。にぃ、と上がった口元からは鋭い牙が覗く。


「お迎えに上がりました、魔王様。貴女様はまだ目覚めたばかり。今日のところは撤退しましょう」


 一段と大きく翼を広げたかと思うと、一気に高度を上げた。轟音と共に会場の天井に穴が開き、そこから飛び去ってしまう。


「逃がしたか」


 ジェームスがぐるりと辺りを見渡した。


「安心するといい。脅威は撃退した! 今回は逃がしたが必ずこの僕が魔王を滅ぼす!」


 床と天井に大穴が開いた会場に残った人間たちに高らかに宣言する。おおっと上がった歓声に、満足そうに応えてから、イザベラに向き直った。


「さあ、イザベラ」


 再度、手を差し出すジェームス。選択肢は二つ。この手を取るか。取らないか。

 イザベラは。


「いいえ、殿下。私は殿下の婚約者には戻れません」


 パン。

 会場内に乾いた音が響く。


 ジェームスの手を叩き、はっきりと拒絶した。


 アメリアはジェームスに攻撃出来た。ジェームスはアメリアに致命傷を負わせることが出来た。

 なのに二人はそれをしなかった。


 まだこの二人は、元に戻れる可能性を持っている。

 あの時。アメリアの涙は、ジェームスのあの表情は本物だと思うから。


 自分は悪役令嬢。

 ジェームスの手を取るのも、取らないのも同じく危険だというのなら、自分の感情に従って行動してやる。


 前のイザベラは、身分や肩書を超えて想い合う二人に嫉妬した。嫉妬のあまり奴隷に落ちるほどの憎悪に身を焦がした。

 イザベラにそうまでさせた二人が。その二人がこんな風に敵対するなんて我慢がならない。許せない。


「殿下。私が貴方の本当を取り戻して差し上げます」


 底冷えのする笑みを貼り付けたジェームスに、イザベラは艶やかな笑みで宣言した。

お読み下さりありがとうございます。


本作は、毎週水曜日の更新。

あなたの心に響きましたら、幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] わぁぁ! 一気に読んでしまった! すごかったです。緊張感のある場面が続き、ドキドキしました。 なんとアメリアが……!!! どうなっていくのかーーー!!! また読みにきまーーす!!(ドキドキ…
[良い点] うわあああああぁあああ、ごめんなさい、久しぶりに読んでいます! この部分、めっちゃ良いです!! 好きあってたはずのジェームスとアメリアが、ノイズのせいで敵対…… 一瞬見せるジェームスの泣き…
[良い点] おお、イザベラの覚悟が決まった回ですね!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ