54 夢のお姫様扱い
剣術大会当日がやってきた。
「わあ、ここで試合があるんですね!」
早くに会場に入ったアメリアは、ジェームス王子に話しかけながら、ぐるりと周りを見渡した。
大会が行われるのは、スポーツなどでも使われる楕円の会場だ。
会場の周りにはよく見えるよう、二階に観客席がぐるりと設けられている。アメリアの前世である夢香の知識に照らし合わせると、大きさは体育館くらいで、野球場や陸上競技場のような作りだった。
「そうだよ、アメリア。見ていて。必ず優勝する僕の姿を君にプレゼントするからね」
「はい」
甘いマスクに微笑みを浮かべたジェームス王子が、アメリアの手の甲にうやうやしく口づける。長い指が自分の手をスマートにさらい、形のいい唇が柔らかに触れた。芝居のようなジェームスのキスを、アメリアはうっとりと受け取る。
ああ、本当にジェームス王子はカッコいい。こんな素敵な人が自分の婚約者だなんて、なんて幸せなんだろう。
甘い幸せを噛みしめながら、いつもとはまた違ったジェームス王子を惚れ惚れと眺めた。
はあ、イケメンって何着ても似合うよね。
今日のジェームス王子は、いつも学園の制服や豪奢な衣服ではなくラフな格好だった。試合に決まった服装などはなく、動きやすいように白シャツに黒のズボンという簡易の出で立ちだ。そんなただのシャツとズボンという服装が、とても様になっているのもイケメンの特権だろう。
アメリア自身はジェームスにあつらえてもらった淡いピンクのドレスだ。ジェームスと婚約してから寮の部屋もジェームスの隣に移していて、専属の侍女がなんと3人もついている。今朝も彼女たちにドレスを着つけてもらい、髪を結われ、化粧だってしてもらった。
今も会場に用意されたものではなく、わざわざ運び入れたソファーにジェームスともども腰かけている。場所取りも先に護衛騎士がしていたので、スペースもゆったりとしていた。
夢のような待遇にアメリアは、ほう、と息を吐いた。
試合開始時間はもちろん、開会式が始まるまでもまだまだ時間はたっぷりある。そのためまだ選手も全員は揃っていない。観客にいたっては、数人がまばらに座っている程度しかいなかった。
この日は授業も休みで、教師や剣術大会に出ない生徒たちの観覧は自由だ。
試合に出ない観客は皆、二階の席なのだが、大会に出る選手と選手の関係者は、一階の観客席で見ることが出来る。
それを利用してイザベラたちも一階にいるのが視界に入った。
どうせ時間があるのだから、おしゃべりでもしてこよう。そう思い立った。
「ジェームス様。ちょっと友達に挨拶してきますね」
「……友達とは、イザベラかい? 本当に君とイザベラは友達なんだね」
イザベラたちの方を指さして断りを入れれば、溜め息交じりにジェームスが肩をすくめる。
「そうですよ。前にも言ったじゃないですか」
「ごめん、ごめん。なんだかまだ信じられなくてね」
ぷぅ、と頬を膨らませて抗議すると、ジェームスがアメリアの頬に触れてきた。
「心配なんだよ。イザベラが友達のふりをしているだけで、君に何かしやしないかと」
確かに心配なのも仕方がないのかもしれない。立場上アメリアはイザベラにとって厄介者の敵でしかなく、アメリアにとってイザベラは悪役令嬢で恋のライバル。本当なら散々嫌がらせを受ける筈だったのだから。
「大丈夫ですよ。そんなこと絶対にないですから」
アメリアはにっこりと笑うと、青い目を細めて頬を撫でるジェームスの手をそっと握った。
もしも何かされたとしても、アメリアはヒロインなんだから。どんなことだって都合よく動くから、絶対に大丈夫。
神様だってついているんだもの。だから安心して。心配しなくってもいいの。
口には出せないけれど、そんな思いをこめてジェームスの手をきゅっと握る。
大丈夫だってことが伝わったらいいのに。
そう心から思ったせいか、何かがアメリアの手からジェームスの手へと流れて行ったような気がした。
するとアメリアを見つめるジェームスが、一瞬ぴくっと眉間にしわを寄せてからうつむいた。
「そうだな。君を嫌うなんて有り得ない。まして、君に危害を加えるようなことな……ザ……て僕が許さ……ザザ……い」
「そうそう。ジェームス様ったら心配しすぎなんですよ」
下を向いて喋ったからか、少し聞き取りにくいところがあったが、言っている内容はなんとなくわかったので、アメリアはまあいいかと流す。
これこれ。この溺愛。愛されてるって気がして最高。
アメリアに危害を加えたら許さないだなんて、少しばかり溺愛が過ぎるけれど、ゲームのジェームスもそうだった。
彼のルートに入ると、甘い言葉とプレゼントの数々、ロマンチックなシチュエーションでお姫様気分が味わえたのだが、現実でもまさにそう。せっかくのそれを楽しまない手はない。
「開会式までまだまだ時間がある。僕は軽くウォーミングアップをしているから、今のうちに行っておいで」
「はい!」
顔を上げたジェームスが明るく笑ったので、アメリアは安心して手を離す。ジェームスの側に控えていた護衛の一人が手を上げた。
「念のため、私もアメリア様について行きましょう」
手を上げたのはエヴァンという護衛騎士だった。
「そうだな。頼んだ」
「そんな、私なんかに護衛だなんて」
鷹揚にうなずくジェームスに、アメリアは断ろうと手を横に振る。しかし本当はジェームスにお姫様扱いされ、これまた大事にされている優越感でいっぱいだった。
「駄目だよ、お姫様。前にさらわれたことを忘れたのかな」
「そうですよ、アメリア様。それにイザベラ様の護衛騎士であるセスは私の教え子でもあります。少し話したいのでご同行の許可を下さい」
予想通りにジェームスがいつもの過保護を発揮し、さらにエヴァンがアメリアに頭を下げた。彼はジェームスに命じられ、イザベラの護衛騎士に剣術の手ほどきもしていたらしいし、気になるのだろう。
「分かりました。それじゃあ、お願いしますね」
「はっ」
胸に手を当てて敬礼するエヴァンに、さらに気分をよくしたアメリアはジェームスに手を振ってイザベラたちの方に向かった。
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