52 それぞれの関係
ジェイダのいる生活にもすっかりと慣れてきた。
毎日授業が終わればセスはエヴァンと剣の鍛練。イザベラはそんなセスの鍛練を見学する。それが日課になった。
最初の頃、セスはイザベラに見られるのを嫌がった。エヴァンに手玉に取られるばかりの打ち合いなど特にだ。
仕方がないのでこっそりと覗いていたら、あっさりとエヴァンにバレた。それでも彼はわざと知らないふりをして一週間ほど放置してから、セスにニヤニヤと教えた。もちろん、セスは怒った。
「何で教えてくれなかったんですか!」
「んん? そりゃあ、教えたら面白くないからに決まってるだろ」
「チッ」
セスが舌打ちした!
普段なら絶対にしないセスの行為に、イザベラは目を瞬かせた。
剣術の稽古を見るのも、頑張っているセスの姿が見えて楽しいのだが、こういったセスの一面を見たいというのもあった。エヴァンといる時のセスは、イザベラに見せたことのない面を見せるからだ。
「お嬢様に恰好悪いとこなんて見せたくなかったんだろ? 分かるぜ」
「それを分かっててわざと見せたんだろ!」
わははと笑うエヴァンに、セスが腹立ちまぎれに木剣を振るう。見越していたエヴァンが、セスの攻撃を弾いた。
弾いてから間髪を入れず、エヴァンが突きを放つ。それを跳んで避けることなく、片足の膝の力を抜いてかわしたセスが、反対の足に重心を滑らせる。
「たまに弱い所を見せるのも、女にモテる秘訣だぜ」
「うるさい。俺はエヴァンみたいに節操なくモテたくない!」
そのままエヴァンの懐に踏み込み、縦に一閃。
「うぉっと」
同じく膝を抜いて反撃に移ろうとしたエヴァンだが、軸足で体を回したセスの剣が先に動いた。
「とっ、うおっ、とっ」
そのままカンカンと木剣のぶつかる音がリズミカルに響き始めた。
こんな風に突っかかるセスをエヴァンが笑っていなす。それが二人の当たり前になった。
結局、セスの手足が言う事を聞かなくなるまで打ち合いが続き、終わってへたり込んだセスに見学の許可をもらった。
セスは何かしら理由をつけて断ろうと足掻いたが、イザベラのお願いには弱い。最終的には折れた。
そうして一ケ月以上が過ぎ、イザベラは今日もセスとエヴァンの鍛練を見ている。柔軟から始まり走り込み、腕立てなどの筋トレ、素振りの後、木剣による打ち合いをする。
この木剣の打ち合いが一番見ごたえがあり、かつ見学のイザベラにとって一番苦手なものでもあった。
「ああ、心臓に悪い」
イザベラは握った手を汗で湿らせながら、二人の動きを目で追った。木剣といっても当たればかなり痛いだろうし、青あざが出来る。打ちどころが悪ければ死ぬ可能性だってある。
現にセスは何度もあちこちに痛そうなあざを作っていた。最近はあまりなくなったが、それでもやっぱり心配だ。
「見ていられないでございますですぅ」
イザベラの少し後方で顔の前に手を広げたエミリーが、大きく開いた指の隙間からばっちりと二人を見ていた。
「言っていることとやっていることが違いますよ、エミリー」
打ち合いを見るのに必死で、ツッコむ余裕のないイザベラに代わって、ジェイダの落ち着いた声が指摘した。
「だって、見なかったら見なかったで心配じゃないですか」
「だったら堂々と見ればいいでしょう。本当に、無駄な動きが多いですね、貴女は」
立って見ているイザベラとは違い、ジェイダは木陰に座って布に刺繍を施している。ただ稽古を見ているだけだと時間が勿体ないと、その場で出来る針仕事をいつもやっているのだ。
「お二人ともすれすれで木剣振り回してるから、怖くて見てられないんです」
「全く。仕様のない」
涙目のエミリーにジェイダが溜め息を吐く。
「あちらの心配はイザベラ様に任せて、貴女はやることをやってしまいなさい」
「やってるですが、進みませんです」
しゅんとしたエミリーが持っている教本に目を落とす。エミリーは針仕事をするジェイダの横で勉強をしたり、同じように刺繍や編み物などをするのが日課だった。
「当り前でしょう。ただでさえあちこちに気が移る貴女が、何かをしながら勉強するなんて器用なこと出来るわけがないのです。先に戻っていればいいものを」
「それはそれで落ち着かないでございますです」
「なんて非効率な」
小さく頭を横に振ったジェイダが、眉間にしわを寄せてエミリーの持っている教本に手を伸ばした。
「ここからここまでの範囲を剣の鍛練が終わるまでに終わらせなさい。出来なければまたイザベラ様のお世話を休ませます」
「ふえぇぇえ」
「情けない声を出しても無駄です。貴方はその気になれば集中力もあるのです。そのせいで他がおろそかになって体をぶつけたり失敗もするようですが」
「えへへ」
「喜ぶ暇があればさっさと取り掛かる!」
「はいぃっ」
毒舌の裏側に愛情を隠しているジェイダと、おっちょこちょいと素朴が服を着て歩くエミリー。
この二人もまた、何だかんだと師弟のような関係で上手くやっていた。
そうしてみっちりと打ち合った後、休憩をはさむ。
イザベラは地面に座ったというよりもへたり込むセスに駆け寄った。
「はい、セス」
「ありがとうございます」
なんだか運動部のマネージャーみたいだ。そんなことをちらりと思いつつ水で濡らしたタオルを差し出すと、セスが息を整えながら背筋を伸ばした。最初は申し訳ありませんと恐縮していたセスだったが、段々と素直に受け取るようになってきた。
首筋を拭いただけで、ふう、とセスが息を吐いて動きを止めた。シャツの張り付いた背中を見て、イザベラにふっと悪戯心が湧く。
「背中の汗、拭いてあげようか?」
「えっ」
体を寄せて上目遣いにのぞき込むと、セスがびくっとのけ反った。
「い、いい、いいえ! 大丈夫です。自分で拭きますから!」
勢いよく首と手を横に振ってから距離をとり、慌てて背中にタオルを突っ込んで拭き始めた。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」
面白くなくて、ぷぅ、と頬を膨らませた。「守る」と誓って手の甲にキスまでしてくれた癖に、イザベラの方からこうやってアピールすると逃げてしまう。
むくれてセスから視線を外すと、エヴァンが木陰に座るジェイダの隣に腰を下ろしていた。汗に濡れたシャツをパタパタと動かして風を送っている。
すると刺繍に目を落としたままのジェイダが、無言でタオルをエヴァンに渡した。しばらくしてジェイダの唇が動いた。
声は聞こえない。距離があるのもあるが、こちらに聞かれたくないのかジェイダの声が小さい。
ジェイダの隣のエミリーなら聞こえているはずだが、エミリーは今度こそ教本に没頭していて、隣を全く気にしている様子がなかった。
ジェイダがエヴァンと話す時。エヴァンと二人、いつも小声でぼそぼそとやっている。エヴァンも普段イザベラたちと話している時のように大きくわははと笑わず、苦笑したり微笑んだりしていた。




