50 意外な協力者?
「ごきげんよう、イザベラ様。セス様。あら。今日はいつもの侍女ではないのですね」
学園寮から校舎に向かう途中で、ばったりと出会ったマリエッタが、開口一番に首を傾げた。といっても、マリエッタとは毎朝ここで会うので、イザベラを待っているのだと思う。
「はじめまして。ジェイダと申します」
ジェイダが軽くスカートを掴み、綺麗に腰を折った。
「エミリーは昨日ちょっと頭を打ったから、今日一日安静にさせているの」
「ああ。また転んだか頭をぶつけたのですわね」
「正解ね」
驚くどころか平然と頷いたマリエッタに、イザベラは思わず苦笑する。付き合いの短いマリエッタにさえ、エミリーがドジな侍女というイメージは浸透しているらしい。
校舎の前でジェイダと別れ、教室に入る。するとアメリアとジェームス王子が談笑していた。
イザベラが来た途端、ぴりっとした空気が教室に走る。生徒たちがあちこちで何気なく話ながら、イザベラとジェームス王子に耳をそばだてているのが、独特の空気となって教室に満ちた。
まったくもう。
イザベラは内心で溜め息を吐いた。興味本位か同情か知らないけれど、イザベラはジェームス王子のことなんてどうでもいいというのに。周囲はそうはいかないらしい。
「イザベラ様。セス様。おはようございます」
そんな空気を吹き飛ばしたのは、アメリアだった。満面の笑みを浮かべて立ち上がると、イザベラに明るく挨拶してくる。
「おはよう、アメリア。おはようございます、殿下」
イザベラもことさらにっこりと挨拶を返した。もちろん、わざとだ。
思った通り、普通なら敵対の位置にある二人が親しく挨拶を交わしたことで、さあっと空気が緩む。まだチラチラとこちらを気にしているものの、肌を刺すような視線はなくなった。
「おはよう、イザベラ、セス。それでは愛しいアメリア。また後でね」
「はい、ジェームス様」
ジェームス王子がアメリアの手の甲に口づけを落とす。少しの間見つめ合って甘い空気を漂わせてから、イザベラたちの横をすり抜けていった。そのまま教室を出るかと思えば、セスの横を通る時に、ちらりと視線を流すとふっと小さく口元を緩めた。
イザベラは眉をひそめた。
なんとも含みのある笑みだ。馬鹿にしているという程ではないけれど、どこか上から笑っていた。
「セス?」
心配になって声をかければ、王子の消えた入り口に厳しい視線を送っていたセスが、微笑んだ。
「何でもありません」
「本当に?」
セスは自分が辛かったりしんどい時でも絶対に言わない。熱があるのに何も言わずにいて、急に倒れたこともある。
「大丈夫ですよ。殿下はお二人を悪いようにしませんから。ね?」
アメリアが無邪気にウィンクを寄越してくる。
「悪いようにって、どういうこと?」
さりげなく、探りを入れてみた。
ここのところの都合のいい進展が、どうも気持ち悪い。イザベラが疑り深いだけかもしれないが、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
あの事件以来、アメリアとは友人関係を築いている。しかしアメリアはヒロイン。物語と同じくヒロインの都合にいいように動くのだとしたら、悪役令嬢のイザベラは強制的に何かしらの断罪をされそうで怖い。
アメリアはどこまで知っているのだろう。
悪いようにしないとなると、ジェームスがイザベラを婚約破棄しないということになる。しかしアメリアは『お二人を』と言った。
『お二人』がイザベラとセスのことだとしたら、イザベラがセスを好きだということを知っていることになる。アメリアに言ったことはないのになぜだろう。まさか、誰が見てもバレバレなのだろうか。
「ふふ。実は私、あの事件の後、馬車の中で聞いてしまったんです」
「!」
イザベラは息を飲んだ。
馬車の中で、というのはあれだ。皆寝ていると思って、「セス。ありがとう、大好き」って言ったあれだ。まさか聞かれていたなんて。
「アメリア、馬車の中って何?」
近くにいたアメリアの友人のベリンダが、アメリアをつついた。
「ごめんね、内緒なの。イザベラ様のプライベートなことだから」
肩をすくめてアメリアがぺろりと舌を出す。
「お嬢様のプライベートなことですか?」
セスの眉根が寄った。まずい。
「なんでもないことよ。アメリア。少し話せる?」
「はい。セス様、ちょっとイザベラ様をお借りしますね」
にっこりと軽く手招きすると、アメリアはもう立ち上がっていた。戸惑うアメリアの友人や、セスたちに二人で手を振って、教室の外に出た。
早足で人通りのない校舎の裏手に回ると、アメリアに向き合った。
「アメリア、その」
「大丈夫ですよ、イザベラ様。私はイザベラ様とセス様を応援してますから!」
「ええっ?」
アメリアにがしっと両手を掴まれて、イザベラは目を白黒させた。
「だって私たち友達でしょう? それに、護衛騎士と令嬢の恋なんてロマンチックじゃないですか」
うっとりとイザベラの手を握ったアメリアが、瞳をきらめかせた。
「イザベラ様とセス様がくっつけば、お二人はハッピー。ジェームス様の婚約者は私だけになりますしね。ジェームス様も喜んでくれたんですよ」
「殿下が? まさかそれでセスに剣術大会の話が来たの?」
まさかあの王子にも知られていたなんて。しかも喜んでいた? あのジェームス王子が。
イザベラは本心の見せない王子のことを思い浮かべた。無駄にキラキラしい笑顔、上辺だけの甘い言葉で飾り立て、邪魔者は冷たく切り捨てる。
あの王子はイザベラの同類だ。単なる善意と思えない。何か裏があるのだろうか。
「大丈夫ですよ、イザベラ様。全部上手くいきますから」
胸を反らしたアメリアが、どん、と胸を叩いた。
彼女の行動は、どこまで計算なのだろう。それとも全て天然なのだろうか。よく分からない。
「もう。イザベラ様ったら、ジェームス様と同じですね。難しく考えすぎです」
伸びてきたアメリアの指先が、イザベラの眉間をつついた。
「殿下と……」
つつかれた眉間を押さえて、イザベラは頬をひきつらせた。ジェームスがイザベラと同類なのは認めているが、他人から言われると嬉しくない。
「ほらほら、力を抜いて下さい。綺麗なお顔にしわが出来ちゃいますよー」
無邪気に笑うアメリアの顔を見つめながら、イザベラは思った。
少し能天気だけど、まあ、悪い子ではないのよね、と。




