45 口より剣で
「なあ、坊主。お前、本当にこのままでいいのか」
学園寮からセスを連れ出したエヴァンは、大人しくついてくるセスに切り出した。勿論、学園の外れに差し掛かり周囲に人がいなくなったのを確認済みだ。
「このままとは、どういうことですか」
質問の意味が通じなかったようで、セスが首を傾げて聞いてくる。
「爵位をもらってイザベラ嬢と添い遂げる。それでいいのかってことだ」
「……」
セスが足を止めた。警戒の色をたたえた目で、じっとエヴァンを見てくる。
当たり前だろう。知り合ったばかりのエヴァンを、昨日今日で信じるなど無理な話だ。
「坊主。俺たち護衛騎士はな。お前に命を救って貰ったんだよ」
オークを倒したのは王子だ。しかしガーゴイルを倒したのはセスで、オークもセスの助けが入らなければ危なかった。
「もしもあの時坊主がいなければ、殿下はモンスターに勝てず、俺たちもろとも殺されていた。たとえモンスターに殺されなくても、殿下を守れなければ首が飛ぶ。坊主は護衛騎士たちの命の恩人だ」
モンスターとの戦いで無事に勝利できたのは、王子の力ではなくセスの力だと、あの戦いに加わっていた護衛騎士たちは分かっている。しかし都合のいい事実だけを誇張し、王子の功績にしなければならなかったのは、正直心苦しかった。
「殿下に忠誠を誓って身を立てている以上、逆らうことは出来ないけどな。それに納得しているかどうかは別だ」
私情を殺して王子に従ったが、腑に落ちてはいなかった。
「俺たちは、出来るだけ坊主の味方になってやりたいと思っている。だから本音を話せよ。坊主はイザベラ嬢をどう思っている?」
命の借りは命で返す。建前の騎士道ではなく、戦場を共にする者たちの、暗黙のルールだ。エヴァンは、場合によっては王子を裏切ることも覚悟していた。
「……」
返ってきたのは硬い表情と無言。だろうと思った。
エヴァンはニッと口の端を吊り上げた。
「分かった。じゃあ勝負だ、坊主。俺が勝ったら本音を教えてもらう。負けたら余計なことは聞かない」
口で語るよりも剣で語った方が早い。
腰に差していた剣を置き、背負っていた木剣を出して片方をセスに放った。
「本音も何もありませんから、勝負には乗れません」
「だったら俺に勝ってみせろ!」
セスが反射で木剣を受け取るなり、仕掛けた。踏み込みと同時に体重をかけて振り下ろす。木剣をセスが受けるが。
「!」
インパクトの瞬間、わずかに角度を変えて木剣を押し上げ、体ごと弾き飛ばした。飛ばされたセスがすぐさま地面を踏みしめ、体勢を立て直そうとしたところへ、一歩前進。殺気と共に左肩と左足をくい、と動かした。
殺気に釣られたセスが木剣を防御に回す。その間にエヴァンは右に軸を移し、木剣を胴めがけて振り抜いた。
「ぐっ」
木剣が胴の真ん中を打つ。セスの体が、大きく後方に飛んだ。地面に足から着地し、二、三回転して木剣を構え直す。
「わざと後ろに跳んだか」
派手に吹っ飛ばされたように見えるが、後ろに跳ぶことで衝撃を逃がしている。
「とっさの判断力、反射速度、どちらも悪くない。悪くないが」
実を言えばエヴァンがセスに剣術について教える必要はない。決勝まで上がらなければ困るが、モンスターを倒したあの動きなら、今のままでも学園に在籍する生徒程度に負けはしないだろう。
だがそれは生徒相手の話だ。
「経験と膂力が足りないな、坊主」
セスに向けた木剣の先をゆらりと動かし、エヴァンは目を細めた。
数十分後。
「どうだ、坊主。降参かー?」
木剣を肩に担いだエヴァンは、地面に転がって荒い息を吐いているセスに声をかけた。
喋る気力がないのか無視をしているのか。答えないので、わざとらしく大股を開いてしゃがみ、木剣を持たない左手をひらひらと動かしてやる。セスの眉間に力が入った。
「おっと」
ぶん。苦し紛れに振ったセスの木剣が空を切る。
「クソッ」
悔しそうに悪態をついて、セスが仰向けに寝転んだ。
体力と一緒に思考力も落ちるものだ。お陰で大分素直になってきた。
セスの木剣を鼻先すれすれでかわしたエヴァンは白い歯を見せた。
「よし、坊主。飯でも食いに行くか!」
「……はぁ?」
あと少し足を伸ばせば商業施設街だ。エヴァンはセスの脇の下に手を入れ、ひょいと肩に担ぎあげる。
「ちょっと! 離して下さい」
「なんだよ、飯くらい付き合えよ。寂しいだろー。ああ、あと敗者に拒否権なんてないからな」
「勝負なんて受けてないんだから、勝ち負けなんてない」
「おーそうか。じゃあ俺は剣術指南でお前の師匠。師匠の言う事は絶対な」
「ああ、クソ!」
「飴も買ってやるから機嫌直せよ」
「そんなもんで機嫌直すか! 子供扱いするな!」
「わはははは!」
本気で怒っている砕けた口調に満足して、エヴァンは笑い声を上げた。
「明日から毎日勝負な。またこうやって担がれたくなかったら、俺に一本くらい入れろよー」
流石に肩から下ろしてやり、本当に飴を買ってやると、ぶちぶちと文句を言った。
「いらないって言ったのに」
「ははは。今食いたくなかったら持って帰ってイザベラ嬢と分けろ」
「お嬢様も俺もそんな年じゃありませんよ」
プイッとそっぽを向いたセスの頭をぐりぐりと撫でる。
「だから子ども扱いするなって!」
「そういうことを言っている間は子供だぞー」
怒って叩きにきたのをさっと避けると、セスの顔がさらに仏頂面になった。
「坊主。坊主がイザベラ嬢と一緒になりたくないなら、サンチェス公爵の命令に従えばいい。逆に、イザベラ嬢のことが好きなら、殿下の思惑に乗ればいい。どっちにしたって味方になってやるから」
「……」
「坊主もイザベラ嬢も子供だ。もっと大人を頼れ。甘えろ。な?」
からかう口調をやめて本音を伝えると、目を合わせない長い長い沈黙の末、ボソッと低く呟いた、
「……殿下の回し者の癖に」
「そうだな」
ぽんぽんとセスの頭を叩いたが、今度は振り払われなかった。
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