34 誓いと誓い
皆さまのおかげで1000ポイント、ブクマ300越えました。
評価を入れて下さった方々、ブクマして下さった方々、本当にありがとうございます。
1000ポイントは私にとって大きな目標でしたので、すごく嬉しいです!
感謝をこめて、イザベラたちが次回、金曜日に軽い寸劇をやります。
その後、土曜日に定期更新です。
荷馬車の中で、イザベラは心地よい振動をぼうっと感じていた。
イザベラたちは行きと同じく、荷馬車に揺られている。といっても状況は全く違う。御者台に座るのは護衛騎士で、イザベラたちに細心の注意を払い、ゆっくりと進めてくれているおかげで揺れが少ない。
イザベラの両隣では、アメリアとエミリーが寝息を立てている。イザベラもぬくぬくと毛布に包まって寝転がっているのだが、目が冴えてしまっていた。
心も体も、とても疲れている。だけど眠れない。
イザベラは毛布の中でもぞもぞと動き、仰向けから横に方向を変えた。するとエミリーの幸せそうな寝顔が正面に来る。
「本当に良かった……」
ほんの少し顔色は蒼白いけれど傷は綺麗さっぱり治っていて、貧血などの症状もない。死にかけたのが嘘みたいだが、ワンピースは無残に裂けて赤黒く染まったままだ。
利用するために優しくした。馬鹿でチョロくて扱いやすい女だと思っていた。
それだけだったはずなのに。
すぐ抱きついてきて、ドジで危なっかしくて騒がしい。
お日様みたいな匂いがして、温かい。
そんなエミリーが自分をかばって死んでしまうかもしれないと思った時、セスを失くす時と同じくらい悲しくて、怒りが湧いた。死なせたくないと心から祈った。
イザベラの願いは、セスと一緒に幸せになること。だけどその時、エミリーが不幸せな顔をしていたら、嫌だ。
心に穴が開いて、きっと幸せになれない。
イザベラは、そばかすの浮いた頬を指で軽く突ついた。
「むにゃむにゃ……にゃにするんでふかぁ……」
眠っているエミリーがふにゃりと笑った。我知らず、イザベラの頬も緩む。
幸せにしたい人が増えちゃったわね。
エミリーの頬をつついた手を毛布に戻そうとして、ふと止める。そのまま自分の手の甲をじっと見つめた。
ここにセスの唇が……。
思い出して、かああっと頬が熱くなる。
ガーゴイルをあっという間に倒したセス。
オークの腕をあっさりと斬り飛ばしたセス。
イザベラの前でひざまずいたセス。
誇らしくて恰好よかった。嬉しくて愛しくて、エミリーと一緒に抱き締めたら、ほっとして、涙が止まらなくなって。そこまではいいけれど、鼻水まで出てきて。
とてもじゃないけどこんな顔見せられない。
そう思ったら、口から出てきたのは「馬鹿馬鹿」という非難。
なんて可愛げがないのだろう。本当はありがとうとか、すごいとか、格好よかったとか言いたかったのに。
せめて、と「信じていた」ことだけは伝えたら、セスの雰囲気が変わったのだ。空気がピンと張りつめて、青く光る瞳に射抜かれ、離せなくなった。
有無を言わせない声音の「手を出してください」に従うと、セスは。
「この身、この命、持てる力全てを賭けて、俺はこれから必ず貴女を幸せにすると誓います」
青い目をイザベラからひたと離さずに宣言して、口づけたのだ。
時が止まったかと思った。
手の甲に押し付けられた柔らかい感覚と微かな熱。プロポーズのような誓いの言葉。
胸がいっぱいになって、何も言えなくなって、言葉の代わりにぽろりと涙を流してしまった。セスは唇を離すと困ったように眉尻を下げて、優しく拭ってくれた。
どうしよう。思い出しただけで幸せだ。
勘違いかもしれない。都合のいい解釈かもしれない。それでも嬉しい。
あの瞬間だけは、セスの気持ちが自分のものだったから。好きって言ってくれたような気がしたから。
「セス」
小さく名を呼んで、そっと自分の手の甲に口づけた。セスの唇が触れた場所に。
「ありがとう。大好き」
いつかちゃんと好きって言う。セスにも言ってもらえるように努力するんだから。覚悟しなさいよね。
イザベラは再び誓う。
たとえセスが、イザベラを主人としか見てくれなくても。
――絶対に幸せにしてみせる、と。
****
イザベラがしっかりと寝入ったのと入れ替わりに、アメリアはゆっくりと身を起こすと、右手を大事そうに抱えて眠るイザベラを見つめる。そして口の端をきゅうっと吊り上げた。
「あの小娘が死にそうな時の、貴女の絶望に染まった顔。可愛かったわ」
無防備なイザベラに触れようと指先を伸ばすが、チリッと小さな白い光が走った。
「神の加護か。くくく。弱いな」
『神様』はアメリアのふりを止めて、嗤う。
とるに足らない光だ。このまま無視して、くびり殺すことも容易い。しかし今はそのときではないし、普通に殺すだけでは駄目だ。
「あのまま私に呑まれてしまえば良かったが。まあいい。すぐにまたお前の心を黒く染めてやろう」
軽い火傷を負った指をぺろりと舐める。赤く艶めかしい舌が指を通過すると、火傷の痕はなくなった。
シナリオ通り、アメリアを聖女、ジェームス王子を勇者として目覚めさせた。これでジェームス王子は堂々とアメリアとの婚約を公に出来る。
すでに王子はアメリアに落ちている。あの王子なら抜かりなく、自分が勇者でアメリアが聖女の再来というカードを使うだろう。
「後はまた、婚約破棄をしてどん底に突き落とせばいいだけだと思っていたが」
すうっと細めた目が、イザベラの右手に向く。そこには肉眼で見ることの出来ない、魂の誓いが刻まれている。
「セス・ウォード。またあやつが邪魔をするか」
どうしたものかと、アメリアの顎を撫でながら考え込んでいると。
――ねえ、神様。もう起きても大丈夫?
アメリアが騒ぎ始めた。
――ああ。もう大丈夫だから、代わろう。
ゆっくりとアメリアの意識の中へ沈んでいく。少しずつ深く。深く。匂いが、音が、手足の感覚が遠ざかり、視界がアメリアを通して見る映像へと切り替った。
さて。
アメリアの中から『神様』は考える。
『大好き』というイザベラの声色。どうやら前回のシナリオを外れ、王子ではなく、セスに惹かれているようだ。
リセットされたゲーム。今度はどうシナリオを崩してやろうか。
なあ? 神よ。
****
モンスターが出現し、魔王復活を予告したこと。ジェームス王子がモンスターを倒したこと。アメリアが聖女であったこと。
それらは瞬く間に広まった。
ジェームス王子が勇者の再来であり、アメリアが聖女の再来であることも。
その数か月後。
ジェームス王子とアメリアの婚約が発表された。
お読み下さりありがとうございます。
ここで一度一区切り。
一章が終わって、次回の御礼寸劇をはさみ、新章がスタートします。
これからもお付き合いいただけたら嬉しいです。
本作は、水曜日と土曜日の更新。
あなたの心に響きましたら、幸いです。




