27 追いかけられる恐怖
「あいつらが向こうを探している間に、ゆっくり移動しましょうです。大丈夫。あんなに大きな音を自分たちで立てていたら、私たちが移動する音になんて気づきませんでございますですよ」
真っ白な顔色でアメリアとイザベラを抱えたまま、エミリーがふん、と鼻息を吐き出し胸を張る。イザベラの体に回している手は震えているのに、得意げなドヤ顔だ。
「エ、エミリーに言われなくても分かっているわよっ」
「それでこそ、お嬢様でございますです」
素直に感謝を伝えられず、憎まれ口とふくれっ面でエミリーを押し返して、イザベラは腰を上げた。
柄にもなく怖がったことが恥ずかしくて情けない。普段はドジばかりのエミリーに諭されてむずむずする。
今は無理だけど、無事に帰ったらちゃんと、ありがとうと言おう。
「話はまとまりましたね。早く逃げましょう」
既に準備万端でイザベラたちを待っていたアメリアに頷き、彼女に続く。
「あまり街道から離れないように行くわよ。遭難してはいけないし、セスが助けにくるなら街道からくるはずよ」
エミリーのおかげで冷静な思考が戻ってきた。三人は見つからないように、中腰で茂みの間を進んだ。
「きゅうーう、じゅザザぅぅぅぅぅぅうザザうう!! おい、十数え終わったぞォッ……ザザザ……ッ!」
「出てこいィッ! ふざけるなよ、クソ女あぁあああザザザザザザッ」
ついに数え終わった男たちの怒り狂う声に追い立てられ、イザベラたちの足が速まった。
「ひぇぇ、もう数え終わったでございますです」
「エミリーさん、落ち着いて、ゆっくり、急ぎましょう」
「矛盾してるけど、その通りだわ。アメリア」
出来ることならなりふり構わず走りたい。けれどそれだと見つかってしまう。
「ザザッ……ざけんなよォ……金が手に入らザザ……じゃねぇかァッ、金、金、金、金金金金金ェッ!!金…………」
「クソ女ども……許さ……ザザ……ぇ……許さ、許、許、許許許許許…………」
ただ怒鳴っていた男たちの声が、どんどん低く小さくなっていく。しかも壊れたおもちゃのように、同じ言葉を繰り返し始めた。
「な、なななな、なんか様子がおかしいでございますです、お嬢様」
「おかしいっていうか、ヤバそうです。早く、早く逃げないと」
どうやらノイズが聞こえていなくとも、男たちの様子が異様だと感じたらしい。エミリーたちが顔を引きつらせた。
さらに足を速めようとするが、腰をかがめているせいでつんのめるようになる。なりふり構っていられないと、つんのめった時は手も使った。
ほとんど四つん這いの状態で男たちから少しでも距離を取ろうと走る。
「金金…………」
「……許…………」
男たちの声が、急に止んだ。しん、と静まり返ってノイズさえ消える。その静けさが不気味で怖い。
「何? どうして静かになったの?」
今動いたら音を聞きつけられる。そんな恐怖でイザベラたちは足を止めた。三人で寄り添い、息を殺す。
茂みの向こうにいうる男たちは相変わらず静かで……いや、うんともすんとも言わなくなったものの、微かな音がし始めた。
メキョ……メキ……。
バキッ……グキ……。
待って。あの音ってどう考えても乙女ゲームの世界で聞くようなのじゃないんだけど。
ホラー展開のルートなんてなかったわよね?
イザベラの背中をつうっと、冷たい汗が流れた。
「何の音? 一体何が起こっているの」
そっと絞り出した声は震えていて、自分でも聞き取りづらいほど。だけどそれはきっと、音量を抑えているからだとか関係ない。
ああ、ホラー映画の登場人物はこういう気持ちなのだろうか。振り返ってはいけない、確かめてはいけない気がするのに、振り返らずには、確かめずにはいられない。
イザベラはそうっと茂みをかき分けた。僅かな隙間から街道を覗く。と、そこにいたのは男二人ではなく、二体の異形だった。
「何あれ、まさか」
「何ですか? ……ひっ」
「あ、ああああ、あれって、も、ももも」
同じように好奇心に勝てなかったアメリアが小さく息を飲み、エミリーがあわあわと口に手を当てた。
「もも、モンスター? みたいでございますです」
「馬鹿ね、そんなわけが……」
モンスターは魔法の時代に滅びた存在。いるはずがない。それがこの世界の住人であるイザベラの常識だ。
しかしイザベラは、エミリーの言葉を否定しかけて、止めた。
イザベラではなく麗子の知識として、この世界にモンスターはいるからだ。しかし。
いるけれど、現れるのはこのタイミングではないはずだった。
ばさり。石で出来た異形が翼を広げた。
「…………そこかぁ?」
ズン。重そうな地響きを立てて、異形がイザベラたちの目の前に着地した。
「きゃあっ」
「ひゃあああっ」
「わっ」
異形が巻き起こした突風が、髪とスカートをあおる。身を守ろうと、腕で顔と頭を覆った。風がおさまってから恐る恐る目を開け、腕を下ろすと三人の前に異形がいた。
「見ィつけたァ」
にぃ、と鋭い牙を持つ口を吊り上げる異形は、やはりモンスターだった。
肌も目も、背中に生える羽のない翼も。全てが石で出来ている。
体は人に近い。頭部に髪はなく、代わりに角が生えていた。異様に発達した筋肉と鋭い爪、牙を持った姿は悪魔を思わせる。
「ガーゴイル」
目の前の異形を見上げ、名称を呟いた。ゲームや小説ではおなじみの動く悪魔像の怪物。さらには街道の後方。乗り捨てた荷馬車の方から、こちらに向かってくる巨体が見えた。豚のような頭部を持つ醜い大男で、オークというモンスターだ。
この二種類のモンスターには、覚えがある。それはファンタジー小説に多く登場するからではなく、『ローズコネクト』で発生するアメリアの聖女覚醒イベントで登場するモンスターだったからだった。
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