20 三対一
地面すれすれの位置を駆けながら、セスは敵を見据えた。
相手は三人。
筋肉だるまの男が斧。スキンヘッドの男は剣。小太りの男は短剣。いずれも武器を持っている。どいつもニヤニヤと油断しきった表情と、隙だらけのたたずまい。
一対一なら特に脅威でも何でもないが、三対一、それも体格差があるということがどういうことか、セスはよく知っていた。そしてそういった相手をどう負かすかも。
――先手必勝。相手がこちらに対応する前に無力化する。
それには、三人のうち誰を最初にするか。
マリエッタの腕を掴んでいるのは筋肉だるまの男。マリエッタの身の安全を考えれば、この男から狙う方がいい。が、立ち位置はスキンヘッドの男の方が手前だ。
「ガキが、いっちょ前に騎士ごっこかァッ? 舐めてんじゃねぇぞァッ」
後少しで間合いに入る、というところでスキンヘッドの男が、上から叩き落すように剣を振り下ろす。
見え見えで脇の空いた大ぶりを、セスは右に半歩踏み出してかわした。
ゴォッ。男の剣が耳元を通過。
同時に、間合いに到達する。
男の剣が先ほどまでいた地面を叩くのを尻目に、低い位置のまま剣を振り抜いた。
「があああああっ」
剣を取り落とし、斬られた足を押さえて男が地面に転がった。その横をすり抜けマリエッタを拘束している筋肉だるまに向かう。
「野郎ッ」
筋肉だるまがマリエッタを突き飛ばし、腰の斧に手を伸ばした。遅い。
右から左へ重心移動の後、上へ伸びあがるように一閃。斧の柄を掴もうとした手を斬った。
「ひっひぃいいいぃっ」
見た目に反した情けない悲鳴を上げて、筋肉だるまが斧を取り落とす。
「このおっ!」
上げた剣を返し、振り下ろそうとしたところへ、横合いから小太りの男が向かってきた。
横に振り回しただけの短剣を、体を沈めてかわす。空振りで体が泳ぎ、太った腹がセスの目の前に差し出された。
「シッ」
剣で斬るには距離が近すぎる。セスは剣の束で目の前の腹を殴った。
めきっ。あばらを何本かへし折った手応えと、鈍い音が響く。
「ふざけんなよ、このガキャアッ」
「っ!」
小太りの男が、体をくの字に曲げて悶絶しているのを見届ける前に、足を掴まれる。
堪えきれず引き倒された。最初に足を斬ったスキンヘッドの男だ。
血走った目で上から殴りかかってくる。男の体の下に潜り込んだ形になったセスは、顎をめがけて下から拳を突きあげた。
「かっ」
下から顎を打たれ、スキンヘッドの男が体をふらつかせる。男の下から体を抜きながら、頸動脈に手刀をたたき込んだ。
これでスキンヘッドの男は気絶。筋肉だるまは両手の腱を斬っておいたからもう斧を握れない。残るは。
小太りの男があばらの折れた腹を抑え、よろよろと逃げようとしていた。セスは筋肉だるまの腰から斧を抜くと、刃を自分の方に向けて投げた。
狙い通りに斧の刃ではない斧頭の部分が小太りの男の後頭部に当たる。つぶれたカエルのような声を上げて、男が地面に倒れた。
最後に念を入れて、手を抑えて呻いている筋肉だるまの背後に回り、締め落とした。
「マリエッタ様」
「はいぃっ」
三人ともぴくりとも動かない事を確認してからマリエッタに声をかける。
地面にへたり込んでいるマリエッタが、体ごと跳ね上がった。構わずに左手を差し出す。
「お怪我は? 立てますか?」
守るよりも敵の無力化優先の戦い方をしておいて白々しいが、表面上は気遣うふりをした。
こうしておけば、悪漢から助け出した恩を売れる。イザベラがマリエッタの頬を叩いたことも不問になるかもしれない。
「な、ないですわ」
「ならよかったです」
セスの意識は目の前のマリエッタよりも、倉庫に待機しているイザベラの方にいっていた。
熱のない言葉を返し、おずおずと差し出されたマリエッタの手を引っ張り上げて立たせると、倉庫に足を向けた。
「お嬢様、もう大丈夫ですよ」
倉庫に近付きながら声をかけるが返事がない。
嫌な予感がして倉庫の中に入り、目を凝らす。いない。
「イザベラ様! エミリーさん!」
元々使われていないのか、物が置かれていない倉庫だ。隠れる場所もほとんどない。何よりも。
セスは倉庫の床に落ちていたものを拾う。イザベラと二人でプレゼントしあった、ペンダントだった。革紐が切れている。
床の埃がかすかに踏み荒らされた跡を作っている。イザベラたちと思われる小さめの足跡と、男の大きな足跡が複数。加えて、落ちていたペンダント。
血痕はないから、殺されたり怪我はさせられていない。
かといって自分の意思で何処かへ行ったとは考えられない。何者かがイザベラたちを連れ去ったのだ。
「くそっ」
落ちていたペンダント握りしめ、セスはもう一度倉庫内を見渡した。もう一つの出入り口、裏口らしきものがあった。倉庫の入り口から出入りした気配はなかったから、この裏口から連れ去ったのだろう。
裏口の扉を開け放つ。
扉の向こうは、同じような薄暗い路地が伸びていて、いくつかの脇道が見える。人影はなく、イザベラとエミリーはおろか、アメリアさえ見当たらない。
セスは駆け出して脇道の一つを覗き込んだ。やはりいない。順番に見ていったが、どの脇道にも誰もいなかった。追いかけたいが、どの道を行ったのかが分からない。
失態だ。いくらマリエッタを助けるためとはいえ、大事な主人から離れるべきじゃなかった。
「ま、待って。こんなところに置いていかないで」
歯噛みしていると、後ろからマリエッタが追いついてきた。
彼女の姿を見て、ふとある可能性が思い当たった。
三人を倒すことに意識をとられたとはいえ、イザベラの声も不審な物音もしなかった。そんな暇もなくあっさりと捕らえられたということだ。それは随分と手際がよくないだろうか。
もし意図的に襲われ、護衛騎士と引き離したのだとしたら。
「マリエッタ嬢、まさか先程の暴漢と面識などありませんよね?」
「な、何を言っているの。そんなこと、あるわけがありませんわ」
震える声と、落ち着かなさげに動く指。腹芸が得意でないセスでも分かる動揺にやっぱりと思う。
「あるんですね」
セスは剣を抜き、マリエッタに近付いた。ぐっと眉間に力が入り、目が据わった。びくっと大きく体を震わせ、じりじりと後ろに下がっていく彼女をゆっくりと追う。
「違いますわ、そんなつもりじゃ……ご、ごめんなさい」
目に涙をため、マリエッタがふるふると首を横に振る。
「泣こうが謝られようが関係ない! お嬢様を何処へやった!」
「ごめんなさいぃっ」
怒りを堪えきれずに怒鳴ると、本格的に泣きだしてしまった。しまった、逆効果だったかという後悔と、こうしている間にイザベラに何かあったらという焦りでイライラする。
「私は辺境伯令嬢ですのよ。偉いのです、敬愛されるべきなのです、同じ高みにある貴族同士だけが友人であるべきなのです。平民たちなどとは違うのです。平民などとは……」
「まだそんなことを言っているのか」
イザベラがあんなに真剣に『堕ちないで』と言ったのに。女だろうが辺境伯令嬢だろうが殴ってやろうかと半分本気で考えていると、マリエッタが顔を上げた。
「悔しかったのですわ。殿下もイザベラ様も、アメリアの肩を持つばかり。殿下はともかく、イザベラ様は私と同じと思っていましたのに。エミリーなんて小娘まで可愛がって、私のことを煙たがるなんて。悔しくて、悔しくて」
勝手なことを、という怒声は喉の奥に詰まった。マリエッタのそれは嫉妬だ。イザベラに相手にされないことからの。
その感情はセスにとってとても身近で、つい先ほど黒い影に付け込まれたものでもある。
「そんなイザベラ様なんて大嫌いですわ! 嫌いなイザベラ様なんて、酷い目に合えばいいのですって思ってしまったの」
ごめんなさい、と呟くと、わあわあと大声を上げて本格的に泣き始めた。
「本当に悪いと思っているなら、お嬢様の居所を教えて下さい。俺に言うのではなく、直接お嬢様に謝って下さい」
少し頭が冷えて、敬語を戻す。顔も声も硬いのは変えられなかったけれど、聞く姿勢が見えたのか、マリエッタがぽつぽつと語り始めた。
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