15 二人の選んだプレゼント
「うーん、予算が限られた買い物って、なかなか難しいものね」
セスと手を繋いだまま、通りを歩いていたイザベラは呟いた。
最初こそ駆け足だったものの、今はゆっくりと練り歩いている。
気になる店を見かける度に立ち止まり、いつのまにか歩調を落としていた。
ちらりと斜め前のセスを盗み見る。歩みに合わせてセスが柔らかな銀髪を揺らし、青い目を前方に向けていた。
男性独特の骨格を見せ始めた肩幅や手足。まだ少し丸みを残した輪郭。少年特有の、大人と子供の狭間の容姿。ドキドキする。
一番近くにいる存在なのに、常に一歩引いているセス。
そのセスが自分から手を伸ばして、イザベラを引っ張っている。こんなことは初めてだ。
護衛騎士と公爵令嬢ではなく、生徒同士。
この設定、最高かもしれない。
「アクセサリー屋はありますけど、どれもイミテーションの宝石もどきですね」
「イミテーションでも構わないわ」
だったら見てみようと、と店内に入る。
どう見てもイミテーションであったり、大した価値のない石が使われている。なのに値段は3000セーントから5000セーントというのが相場のようだ。
これならと思うものを手に取ってみるが、どれも5000セーントを超える。
「デザインのいいものを選ぶと結構高いのね」
「高いのか、エミリーが持たせてくれた5000セーントが安すぎるのか、分からないですね」
イザベラは青の石がはまったブローチを掲げてから、また戻した。ブローチは6500セーント。やはり買えない。
「安すぎる方でしょ? だってあのエミリーだもの」
諦めたように、両手のひらを上に向けて肩をすくめてみせる。
「確かに、エミリーさんだとそうかもしれないですね。大通りの真ん中で叫ぶような人ですから」
セスが、イザベラの手を引いてアクセサリー屋から出た。
「でしょう? 本当にエミリーったら。これじゃあ小さな子に渡すお小遣い程度。何にも買えやしないわ」
手を引かれて通りを歩きながらイザベラは唇を尖らせる。
どうやらこの世界でのパンの価値は、日本と同じくらいらしい。
パン一個が日本で約150円くらいとすると800セーントは日本円の約150円相当。樹脂やガラスなどの安いアクセサリーが1000円から3000円くらいだとすると、ここでは5300セーントから16000セーントくらいということになる。
まったく。こんな粗悪な品さえ買えないなんて。エミリーは何を考えているのやら。こういう所はやはり平民なのだと呆れる。
「そうですね。でも俺は、その方が良かった気がします」
「はぁ? どうしてそう思うの」
驚いて、セスの横顔に目をやった。セスは前方を見つめたまま、困ったように眉尻を下げている。
「だって、お嬢様は宝石だとか価値のある品物なんて見飽きていらっしゃるでしょう? 安物のアクセサリーなんて子供の玩具、いいえ、ガラクタにしか見えないのではないですか?」
ぎくり、と小さく肩を震わせ、イザベラは黙った。図星を突かれ、次の言葉が出てこない。
口には出さなかったものの、こう思っていた。
どれもこれも、まがい物のガラクタにしか見えない。こんなものを平民は欲しがるのか。なんておめでたい連中なのだろう。エミリーの頭がおめでたいのも納得だ、と。
そう、無意識に見下していた。
自分は、心のどこかでエミリーを馬鹿にしていたのだ。
その事実に愕然とした。
「あの中で少しましなものを選んだとしても、満足できるアクセサリーなんてなかったと思います。もちろん、アクセサリー以外でもです」
「そうね」
うつむき、ぎゅっとセスの手を握りしめる。
死を経験して、変わってみせると誓った。けれど本当に変わったのだろうか。
確かにエミリーとは仲良くなった。でもそれは、打算でエミリーを懐柔して味方につけただけ。それなのにエミリーという存在を心地よいと感じて、エミリーに好意を向けられるたびに自分が変われたような気になって。挙句の果てに、心のどこかで平民であるエミリーを馬鹿にしていた。
否。平民としてだけじゃない。
おっちょこちょいのエミリーが失敗する度に呆れ、しようのない子だと自分より下に見ていた。その癖、エミリーが向けてくれる愛情だけを享受していた。
なんて醜いのだろう。
変わるための努力をしている、変わったつもりになって。
何も、変わっていない。
断罪されたあの時の自分と。
男をだまし、手玉にとっていた前世の自分と同じ。
醜い自分のままだ。
「イザベラ」
名を呼ばれて顔を上げると、柔らかな青い視線にぶつかった。口元を緩く上げたセスが、あっちの方向を指さす。
「あれ、食べてみません?」
指の方向を追うと、店先で串に刺した肉を焼いている。煙と共に香ばしい匂いが通りにも漂っていた。肉を焼く店主から客が直接肉の串を受け取り、金を渡している。肉を手に入れた客は、その場で肉にかじりついていた。
「あれを……?」
急にどうしてこんな事を言い出したのだろう。イザベラは戸惑った。
イザベラは皿に盛っていない料理など食べたことがない。しかし現代の日本に生きていた麗子は抵抗がない。
買ってすぐ道でぱくつくのは行儀が悪いが、縁日の串焼きのようで……実のところ夢だった。
祭りの縁日。麗子は両親に連れて行ってもらったことなどなく、友人と行った事もなかった。大人になり家を飛び出してから自由に行けるようになっても、一人で行く気にはなれず。かといって貢がせていた男と行くのも嫌だったのだ。
だから興味のないふりをして、いつも横目で手を繋いで食べ歩いている親子連れやカップルを眺めていた。
「それと、あっち。あれも美味しそうじゃないですか?」
セスが今度は向こうを指さす。そちらは丸っこい何かを上げていた。漂ってくる匂いは甘くて、多分お菓子だ。ドーナツのようなものだろうか。
「予算としては余裕がないですから、どっちも買って分け合いましょうよ」
戸惑うイザベラにセスがにこにこと続ける。
「今の俺たち、単なる同級生でしょう? だから買い食いしません? 俺一度やってみたかったんです」
「……でも、プレゼントは……」
エミリーの出したテストはどうするのだろう。言いよどんでいると、セスの一言が遮った。
「思い出」
「え?」
意味を測りかね、イザベラはまばたきをした。
「形に残るものだけが贈り物とは限りませんよ。思い出だって、プレゼントです。お嬢様と二人で身分関係なくいられるなんて、今だけですから。普通の同級生みたいに買い食いして、街を歩く。そんな思い出を俺にくれませんか?」
緩い笑みを浮かべたまま、セスの静かな熱を孕んだ青い目がイザベラを見据えていた。
「俺だけじゃない、お嬢様も。本当に欲しいのは、形のないものでしょう。違いますか」
青い瞳に映った少女の目が、揺れる。繋いだ手に、柔らかく力が加わった。温かい。
「旦那さまや奥様から価値のある宝石、高級なドレスを贈られても、お嬢様はいつも寂しそうでした。プレゼントとメッセージカードを置いて、窓の外を見て溜め息を吐いておられました」
どうして、セスはいつもこんな風に。
「だから俺、アクセサリーとか物じゃなくて、楽しい思い出をあげたいなって」
イザベラの心の、脆い部分を暴いてしまうのだろう。
嬉しいような、泣いてしまいたいような。
そんな気持ちが零れ落ちてしまわないように、イザベラはぎゅっと口を結んだ。
「駄目、ですか?」
今にも泣きそうなイザベラに不安になったのだろう。急に笑顔をひっこめて、恐る恐る聞いてきた。
「駄目じゃないわ」
掠れる声を振り絞り、ふるふると首を振る。それからイザベラは口角を上げた。
「エミリーに自慢しなくちゃ、ね。楽しかったわ、どう、いいでしょう? 最高のプレゼントでしょって」
セスが一瞬青い目を開き、すぐに破顔した。
「はい! お嬢様」
嬉しそうに首を縦に振ったセスに、イザベラが照れ隠しに釘を刺す。
「それと、お嬢様じゃなくて、イザベラ!」
「あ、はい! ……イザベラ」
セスも照れくさくなったのか、はにかんだ笑みでイザベラの名を呼び直した。
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