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ザマァされた悪役令嬢の、Re:Re:リスタート  作者: 遥彼方
第一章:リスタート

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1 終わりと始まり※挿し絵あり

相内 充希さまより、バナーを頂きました。

挿絵(By みてみん)

手前が現在のイザベラとセス。

背景に過去のイザベラと麗子、そして裕助がいます。


素敵なバナーをありがとうございました!

「イザベラ・サンチェス。君との婚約を破棄する」


 冷たい声と目と共に告げられた一言。この一言でイザベラの人生は地に落ちた。

 抗議も弁明も聞き入れてもらえず、取りつく島もない王子に可憐で小動物のような女が寄り添っていた。

 それが、華やかな表舞台でイザベラの見た、最後の光景だった。


※※※※


 暗くて冷たくて、わびしくて、陰湿で、煌びやかな表舞台とはかけ離れた地下牢。


「ど、うして」


 辛うじて絞り出した声が陰湿な地下牢に響き、疑問の形を取る。


 麗子(れいこ)は思う。

 どうしてこんなところで、前世を思い出してしまったのだろう、と。


 体の下にあるのは硬く冷たい床。陽光は射さず、代わりの光源はわざと明度を落とされた魔具のみだ。


 白くきめの細かい肌。くるりとカールした長いまつ毛に縁どられた瞳。細く美麗な眉。形のいい唇。豊満な二つの果実に折れそうなほど細い腰、まろやかな臀部。

 かつては豪奢なドレスを纏っていた彼女の肢体には、ぼろ切れ同然のワンピース、首には、きらびやかな宝石の代わりに犬のような首輪。手足には金属の枷が嵌められ、床に打ち込んだ杭に繋がれていた。


 麗子だったころ、読んでいた小説に出てくる悪役令嬢イザベラ。

 今の麗子・・はそのイザベラだった。


「ううぅ……」


 だが何故、今このタイミングなのか。


 世の中に数ある悪役令嬢ものの物語なら、ある日前世の記憶が蘇り、破滅ルートを回避すべく奮闘するのに。

 すでに破滅ルート真っただ中で思い出したところで、どうしろというのか。

 もうどうしようもないではないか。


「……こんなことなら、目覚めたくなかった……」


 押し寄せる絶望感に、涙が一筋つう、と流れる。


 前世の麗子も美人だった。何人もの男に貢がせ、金がなくなれば容赦なく振った。そうして振った男の一人に刺されて死んだ。


 転生しても性根は変わらなかったらしい。イザベラは蝶よ花よと育てられ、贅沢三昧。我儘放題。思い通りになるのが当たり前。

 そんな時、ヒロインのアメリアが現れた。イザベラは、純朴そうな笑顔で幼少からの婚約者である王子に近付き奪ったアメリアを、当然のように疎んだ。

 ありとあらゆるコネと金を使い、アメリアを陥れようとした。ところが王子とアメリアの仲を引き裂くどころか、イザベラは激怒した王子に婚約解消をされた末、奴隷落ち。

 取り巻きの令嬢たちも、王子以外にキープしていた公爵家の子息も、全てがヒロインに寝返った。


「なんだ。壊れたと思ったが、まだ涙を流せるのかぁ。ひっくひひっひひ」


 耳から侵入してくる、ねっとりと気持ちの悪い声に麗子は震えた。のろのろと頭を上げ、自分を買った貴族の顔を見る。


「ひっ」


 その瞬間、息を飲んだ。


 神経質そうな貴族の顔に、黒い影が重なっている。その影は、酒好きのどうしようもないクズの、憎い、憎い麗子の父親。父親が麗子を殴る時、決まって見える黒い影と同じだったのだ。


 どっと、前世で刻み込まれた恐怖が甦ってくる。


「嫌、怒鳴らないで、殴らないで、お父さん。いい子にするから。口答えしないから。許して」


 両手で自分の体を抱えると、じゃらり、手足の枷が音を立てた。そのままカチャカチャと絶えず鳴る。体中が震えて、止まらない。歯の根も合わず、鎖と共に不協和音を奏でた。


 怯えた麗子の様子に、黒い影の下で貴族の目と口がにぃっと弧を描いた。この貴族は怯えれば怯えるほど、泣き叫べば泣き叫ぶほど喜ぶ。


「いいぞ、いいぞ。いい反応だぁ。これでまだ遊べるなっ!」


 貴族の声に、ノイズが混じる。それも父親と同じだった。


 ドボッ。腹が鈍く重い音を立てて、貴族の足が麗子の腹にめり込む。反射で体がくの字に折れ曲がった。


「ゴブッ……」


 マグマのような塊が胃のふに生まれ、腹からせりあがってきた灼熱が喉を焼く。


 意志に反し、体がビクビクと痙攣を始める。すると蹴られた時の強烈な痛みはふわふわと溶けていき、地下牢の陰惨な景色も白く光っているように感じ始めた。

 男の不快な笑い声も聞こえなくなり、キーンとした耳鳴りに変わる。音も景色も遠くなって、白色に塗りつぶされていく。気持ちがいい。


 ああ、死ぬんだ。


 心底、ほっとした。これで地獄が終わる。


 ゴガッ!


 心地よい浮遊感に思考がまどろみかけたその時、地下牢の壁が爆発した。立てた音よりもずっとささやかな穴を人影が通り抜けてくる。

 

 爆発を受け、床に転んだ貴族の男が顔を上げ喚いた。


「なんだ、貴様。こんな事をして……がっ」


 言葉の途中で人影に殴られ、口から血泡をだらだらと溢し、白目を剝いて倒れた。


「イザベラお嬢様」


 暗い地下牢に響くのは、聞き覚えのある、穏やかで優しい声。


「セ……ス?」


 信じられない気持ちで、イザベラの護衛騎士の名を呼んだ。地下牢を照らす魔具の頼りない光の下でも、柔らかに輝く銀髪。青空のような瞳。


「そうです。セスです。貴女を助けに来ました」


 名を呼ばれたセスが微笑んだ。嬉しそうなその笑みが、ノイズと影を追いやる。心と体を縛っていた恐怖がゆるゆると溶けていく。

 セスが麗子の手足の鎖を剣で叩き壊し、背負った。


「……ッ」


 背負うために引き上げられた途端、脳天に突き抜けるような痛みが襲った。


「申し訳ありません。少しだけ我慢してください」


 苦痛に音の形を取れない悲鳴を上げる麗子を、気遣うようにセスが背負い直して走り出す。


「助けに来るのが遅くなって、すみません。助け出すための準備に時間がかかってしまいました」


 麗子は自分を背負って逃げる男の肩に、顔を埋めた。硬くて広い肩。自分をしっかりと包んで支える力強い腕。どれも男という生き物のものだ。


 男は嫌いだ。男という男が、父親と同じに思えた。

 クズで、ゴミで、凶暴で、馬鹿で、汚い存在。


 ――だけどこの背中は不快じゃない。


 揺れる男の背で、麗子は温かく湿っていく衣服をぎゅっと掴んだ。


 人々に虐げられ、ボロボロになっていた母子を拾ったのはイザベラの気紛れでしかない。なのにイザベラを命の恩人だとセスは慕った。イザベラはセスの忠誠を当然のように、受けとってきたけれど。

 命をかけて助けに来るほどのものであったのだろうか。


「お前は、馬鹿、ね」


 助けたこと自体、哀れな子供に恩を売れば思い通りに動く駒になる。そんな不純な動機。

 現にイザベラはセスを便利な物として扱った。それなのに。


 セスが階段を駆け上がる。地下から屋敷の一階に出て、何かをまたいだ。見渡せば、屋敷の護衛があちこちに倒れている。


 それらに目もくれず、セスがあちこちに転がる護衛たちの間を縫って、屋敷の外へ飛び出した。

本作をお読み下さりありがとうございます。


本日は4話更新します。

6時、7時、12時、20時前後の投稿予定です。


本作があなたの心に響きますように。

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