*17*それぞれの紅
この小説はルビを多く振ってあるのですが、それはこの物語の世界観を表すためにわざと振ってある仕様です。見づらいかもしれませんが、ご理解下さいませ。
「ふー……」
彼は執務を一段落させ、目の前の愛用机へと両肘を乗せている。その手は額へと添えられており、垂れてきてしまいそうな頭を支えていた。
その重厚的な執務机には、真っ白な羽があしらわれた筆が備えられており、山積みにされた書類はきっちりと一纏めにされている。
「はぁ……」
リオンは、再びため息をつく。
木造ではあるが、背もたれから座面部へと柔らかな生地がしつらえてある椅子へと腰掛けていた。それは、レオパルドの物よりかはいくらか質素ではあるが、それでも十分豪奢な装飾が施されている。
リオンは、彼の見慣れた執務室にいた。
当然、レオパルドやアレクシスと共に執務を行うこともあるが、常はこの部屋で一人職務をこなしている。気が散るのが嫌なので、クライドは部屋の外で待機させていた。
そこの大仰な本棚には、いくつもの書物が備えられ、様々な骨董の美術品が飾り立てられている。朗らかな陽が窓から射しており、煌びやかな金の燭台に乗せられた蝋燭に火は灯されていない。
リオンはおもむろに顔を上げ、正面のある場所をじっと眺めた。
そして立ちあがり、そこへ向かう――
目の前にあるのは、一枚の絵画。
そこには、幼い3人の少年と少女が描かれている。ライトブラウンの髪の少女の両隣りには、金の髪の少年と少女が楽しそうに笑っている。
「ふっ……」
リオンは郷愁的な気持ちになって、思わず笑みを溢した。
――あの頃は皆、心から笑えていた気がするな。
何も知らなかった、あの頃。
周りの者たちが、自分を「殿下」と呼んで甲斐甲斐しく世話を焼いていたのはわかっていたし、欲しい物は直ぐに手に入った。
それが普通だった。
けれど、それはリーリエやローザリカだって同じだ。
だから、知らなかった。
自分が、この国の「王太子」で「次期国王」だなんて……知らなかった……。
『オレたちは、いつまでも一緒……』
あの頃は、ずっと一緒だと思ってた。
オレたちは、大切な家族だから。
もう、誰かが欠けてしまうのは嫌だから……。
「母上……」
リオンは、母の姿を心に映す。
けれど、幼すぎたその記憶は、おぼろげでしか思い出せない。
母上がいたら、満たしてくれたのか?
母上がいれば、この心を包んでくれるのか……?
「ふっ、馬鹿馬鹿しい……」
リオンは、自嘲気味に笑った。
――今まで何度そんな事を考えてきた?考えたところで、現実は何一つ変わらないんだ。
「あの時、そうだったら……」「あの時、そうしていれば……」
そんな夢物語を何度すれば気が済むんだ――――
リオンは目を閉じ、三度「ふー……」と息をついた。
そして、窓際へ足を向ける。
城の3階にあるこの部屋は、庭園を見渡せる位置にあった。
気にしたくないのに、気にしてしまう……。
見たくないのに、見てしまう……。
そんな相反する心が、リオンの中でひしめき合う。
「なっ……」
リオンが見たのは、二つの”紅”だった。それは、リオンの大切な”紅”と同じ色をしていた。
そして、そこはローザリカを「薔薇」と名付けた思い出の場所だった。
「何で……」
ぎりっ
「……っ……」
リオンは、右手で胸を鷲掴みした。
胸の上に大きな鉛を乗せられたみたいだ。
苦しくて、哀しくて……。
誰かに傍に居てほしい……支えてほしい……。
そして、最も傍に居てほしい「彼女」の姿を映す。
ローズ……。
おまえにとってそこは、どうでもいい場所なのか?
オレにとってそこは、オレたち二人だけの大切な場所なのに……。
オレの大事な記憶まで、クリスティアンに奪われてしまうのか……?
それに、そこは――――
「アイツ、やっぱり……」
ローザリカが、ミリアに付き添われ去って行く。
――また無理をしたんだ……。
オレが、支えてやりたかった。
オレがローズの傍に居て、ローズがオレの傍に居てくれて……。
いつか、そんな日が来るんじゃないかって無駄な悪足掻きまでしたさ。
けれど結局、悪足掻きは悪足掻きでしかなかった。
オレは「王子」で、アイツは「王女」。
それが現実……。
それに――――
「ローズが、それを望むのか……?」
『いやあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!』
「また、あの時のように”拒絶”されるかもしれないのに……?」
リオンは窓際の壁に背を預け、自分自身へ問い掛けた。
けれど、それに応える者は、どこにもいない。
「もし、またローズに拒絶されたら……?」
リオンは、ソレを想像する。
そして、ぞくりと身が震えるような恐怖を感じる。
「オレはもう……立てない……」
体中の力が抜けて、ずるりと足元から崩れていく。
ぺたりと床に座り込んで、さらさらな金の髪で顔を隠してしまう。
ローズが去って行った後、オレはどうなってしまうのだろうか……?
わからない。
母上……。
母上ならば、その答えを教えてくれたのだろうか……――――




