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*15*王子様とお姫様

「うわーすっごく綺麗だね!」


 クリスティアンは、目の前に広がる美しい庭園を見て感嘆している。

 

「喜んで頂けているようで良かったですわ」


 リーリエたちは、庭園の中央に位置する東屋にいた。

 彼女は、胸元にレースがあしらわれている薄黄色のドレスという装いだ。

 いつもは数人の侍女が伴う場合が多いが、今回はクリスティアンとローザリカ夫妻の事を考え、ミリアだけでやって来ていた。


 本日も、昨日と同様に朗らかな陽気で、従姉の夫をこの目映いほどの(その)へと案内するには絶好の日和であった。

 それはピンクや黄色の芍薬(しゃくやく)であったり、白や紫の釣鐘草(カンパニュラ)であったりと、花々たちが美しさを競い合うように咲き誇っている。


「ふふっ。わたしたちもお気に入りなのよ。ねえ、リーリエ?」

「ええ。よくお姉様とこちらでお茶を楽しんでいるのですわ」


 ローザリカは、今日はよく好んで着ている深紅のドレスに身を包んでいた。

 

「クリスティアン様は、どちらが宜しいでしょうか?」

「では、ダージリンをお願いします」

「かしこまりました」


 彼らの傍で控えているミリアが、クリスティアンへと紅茶(ダージリン)檸檬皮(レモンピール)入りのマドレーヌを用意した。

 クリスティアンの濃緑色の正装からは、肩章と飾緒、勲章は外されており、それだけで幾分か幼い印象を受けた。また、見た目よりかは薄手のようで、昨日の会食時には外されていた紅い外套を羽織っている。


「とてもおいしいよ。ありがとう」


 紅茶を一口含み、彼はミリアへとにこりと笑って礼を述べる。


「いいえ、とんでもございません! 勿体ないお言葉ですわ!」


 彼女は両手をバタバタと振りかざし謙遜してはいるが、少し頬を赤らめ嬉しそうだ。


「ふふっ、ミリアったら嬉しそうね。お顔が赤くなっているわ」

「リーリエ様、からかわないで下さいませ」

「くすっ。でも本当よ。こんなに可愛らしい皇子から笑顔を向けられたら、顔を赤くしてしまうのも無理はないわ」

「もう、ローザリカ様まで……」


 ミリアは、ぷうっと頬を膨らませた。


「ははっ、皆仲良いんだね! なんだか、ローザリカを連れて行ってしまうのが悪いくらいだ」

「クリス様……」


 リーリエは、初対面が最悪だったのでどうなる事かと思っていたが、彼の人柄を理解するにつれ、気付けば自分も気を許していた。始めは、大国の皇子というだけで高慢な人物なのではないかと、勝手に想像していたところがあったのだ。

 けれど、本当の彼はしっかりと感謝の意を示す事が出来る人だった。


「いいえ、クリス。陛下に言われたわけではなくて、わたしがあなたの妻になると決めたのよ。もちろん生まれてからずっと育ってきた(ここ)から離れるのは寂しいけれど、王女として生を受けた以上は避けては通れない事だわ。それがアルダンの国内であるか、国外であるかの違いなだけよ」

「ローザリカ……。うん、僕もローザリカの夫になれて嬉しいよ」


 二人は、お互いの瞳を見つめて微笑み合っている。


 ――なんだか、良い雰囲気ですわ。

 

 ちらりとミリアの方を窺う。すると、彼女と目が合ってしまい、ぱちりとウインクされた。ミリアも同じ思いを抱いたようだ。


 クリスティアンはふわふわとした赤茶色の髪に紅い外套、ローザリカは美しい深紅の唇と(あで)やかなドレス、そして、彼らの背後には色鮮やかな美しい花々たち……。そこは、まるで一枚の絵画だった。

 二人から放たれる”(あか)”が、彼らの存在感を十分すぎるほど引き立たせていた。それは思わず見惚れてしまうほどの眩さだった。


 ――昔、お兄様とお姉様と一緒に読んだ絵本の中の王子様とお姫様のようですわ……。






――――「……そして、王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしましたとさ」

 

 (つや)やかな金の髪を背中ほどまで伸ばした少女が、一冊の絵本を手に微笑んでいる。

 そこには、白馬に乗った王子様がお姫様を横抱きにしていて、とても幸せそうな表情が描かれていた。彼らの周りには無数の薔薇が咲き誇っていて、思わずうっとりと魅入ってしまう。


「わぁ、すてきですわ! わたくしもおひめさまになりたいですわ!」

「リーリエは、もうお姫様だろう?」


 温かみのあるライトブラウンの髪の幼い少女と、輝くような金の髪の少年が傍で寄り添っている。


「ふふっ、そうよ。リーリエは、この国のお姫様よ」

「わたくしがおひめさま!? やったぁ!! じゃあね、おうじさまはお兄さま!!」

「オレが王子様……?」


 ライトブラウンの少女を囲って、穏やかな時が流れている。


「そうね。リオンが王子様で、リーリエがお姫様ね」

「じゃあローズは?」

「わたくしが、かんがえますわ! えっとね……」


 幼い少女は、「うーんと……」と暫し頭を捻る。


「えっと……あっ! ままはは!!」

「まま、はは……?」

「ぷっ! ローズが継母(ままはは)って」

「もうリーリエったら!」


 金の髪の少女は、可愛らしく頬をぷくっと膨らませた。


「だって、お姉さまってなんだかお母さまみたいなんですもの。やさしくって、あったかくって……」

「ふふっ、そうね。継母だってお姫様たちの家族だものね。家族だったらいつまでも一緒にいられるものね」

「はい! わたくしたちいつまでもかぞくですわ!!」

「オレたちは、いつまでも一緒……」

「ええ。リオンとリーリエは、わたしの大事な王子様とお姫様よ」


 そして少女たちは、いつものように笑い合う。

 この時が、永遠だと信じて……。


 それは、彼女たちの大切な記憶(おもいで)――――






 リーリエは幼き日の記憶を想い起こし、目頭が熱くなってしまった。

 いつまでも一緒にいられると思っていた家族が離れて行ってしまう。幼い頃には想像すらしていなかった現実が、もうすぐそこまで来ている。


 ――こんなところで泣いたらだめだわ……。こんなに幸せそうに見えるお二人の前で……。


 涙が零れてしまいそうになるのをグッと堪える。


「あの、クリス様? とても綺麗に薔薇の咲いている所がございますのよ。宜しければ、ご案内致しますわ」

「え? ああ、是非お願いしたいな!」


 このままだと泣き出してしまいそうだったので、庭園の特に美しい場所を案内する事を提案した。クリスティアンは、それにうまく乗ってくれたので助かった。

 それに、絵本の中の王子様とお姫様の周りに咲き誇っていた薔薇が、目の前の二人にぴったりだと思ったからだ。


「では、お姉様も行きましょう」

「え、ええ……」

「お姉様……?」


 けれど、どうしてか歯切れの悪い返事をされてしまった。


「どうか致しましたか? あっ、もしかして、ご体調が……!?」

「いいえ、大丈夫よ。わたしも行くわ」

「……?」


 クリスティアンがいるため、幾らか小さめに声を掛けた。

 だが、それは杞憂だったようだ。彼女の顔色は、いつものように血色の良い白さで、息遣いも荒々しいものでは無かった。


「そうですか……。もしご体調が優れないようでしたら、直ぐに教えて下さいね?」

「ええ、わかったわ。ありがとう、リーリエ」








次回へ続きます。

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