表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/64

*11*ローザリカの旦那様

「僕の妻がこんな綺麗な人で嬉しいです」


 はるばるオチェアーノより仰々(ぎょうぎょう)しい大所帯の列を作りやって来た彼は、満面の笑みでそう言い放った。

 謁見の間での対面後、長い移動のため疲れているだろうと一先ずは来客用の寝室で休んでもらっていた。

 今は皆で夕食を囲み、食後のティータイムだった。


 ――えっと……


 リーリエはクリスティアンのペースに少々押され気味だった。周りの皆も困惑気味な顔をしている。

 けれど、彼は新妻のためにお世辞を言っている風ではなさそうだった。おそらく、自然体で飾り気のない人物なのだろう。彼の言葉に(いや)らしさは感じなかった。


 クリスティアンはローザリカより2歳年下で、本名「クリスティアン・トレ・ゾーン・カレルナン・オチェアーノ」という、とても長たらしい名だった。「オチェアーノ皇族のカレルナンの3番目の息子のクリスティアン」という意味なのだそうだ。

 彼の赤茶色の髪はサイドが少し外側にはねていて、猫っ毛のようで歩くたびにふわふわと揺れる。ぱっちりとした琥珀色の瞳は、リオンの碧い切れ長の瞳に比べると幾分か幼い印象を受けた。ローザリカは今日は高いヒールを履いている為、身長差はほとんどない。

 クリスティアンは上半身は濃緑色、下半身は真っ白な正装だった。両肩に肩章と飾緒があり、左胸にある勲章の証はリオンより2、3個多い。それは、彼がリオンより若くとも大国の皇子であるのだということを表しているようでもある。膝の辺りまである紅い外套(コート)は、今は外されていた。


 彼はローザリカの右斜め前、レオパルドの正面の位置に座っていた。


「あ、その……ありがとうございます。クリスティアン様」


 ローザリカは多少戸惑いはしたが、顔を赤らめ素直にお礼を言った。「綺麗」と言われて、嫌な気がする女性はいないだろう。


「いやだな、クリスティアンなんて他人行儀だ。”クリス”でいいよ。これから夫婦になるんだから。僕もローザリカって呼ぶからさ!」


 彼は、本当に嬉しそうに笑っている。


「あ、そうですわね……。ではクリス。これからよろしくお願い致します」


 ローザリカは、彼の瞳を見て微笑んだ。

 クリスティアンは、既に初日からこの家族の中に溶け込み始めていた。

 そもそもリーリエは、初対面の時から驚かされたのだ――――






――――「あなたが僕の妻ですか?」

「え……?」


 レオパルドを筆頭にした王家の者たちや、多くの兵士たちで溢れるこの謁見の間で、クリスティアンは始め、自分の妻をリーリエと勘違いしたのだ。

 リーリエの正面に立つ彼は、ニコニコしている。


「ち、違います! わたくしは従妹ですわ!!」

「そうでしたか……。残念だな、君とっても可愛いのに」

「えぇっ!?」


 リーリエは、あまりの驚きに呆気にとられた。それは周りの者たちも同様で、この部屋中に気まずげな雰囲気が流れる。その場は、王女の婚姻という高尚な空気も相まって、あまりにも静寂に包まれており、クリスティアンの声を部屋中に届かせる事は造作もなかった。ローザリカも、きまりが悪そうな顔をしている。

 いくら顔を知らなかったとはいえ、夫が妻を間違えるという嫌な滑り出しとなってしまったのだ。しかも、その相手へ「可愛い」などと言ってしまったら妻の立つ瀬がない。


「お前っ……!!」


 リーリエの右隣に立つリオンが、怒りのこもった瞳を彼へ向けた。いまにも彼に掴みかからんばかりの勢いだ。

 けれど、クリスティアンはあまり気にする風ではない。


「で、殿下っ!? なんてことを! み、皆様、申し訳ございません! 殿下が大変失礼を致しました!!」


 クリスティアンの側近であろう青年が慌ててお詫びをする。彼は初めリオンやレオパルドに向かって謝罪した後、ぐるりと360度回転しながら顔を青くして土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。


「悪いと思っていますよ。そんなに怒らなくてもいいでしょう?」

「なっ……ふざけるなっ!!」


 リオンとクリスティアンの態度は、あまりにも対照的だった。

 リオンは右手に握り拳を作っているが、クリスティアンは両手を広げて「何をそんなに怒っているの?」と言いたげだ。


「……まぁ落ち着けリオン」


 それまで成り行きを見守っていたレオパルドが、息子を制した。

 彼は、三段ほど高い場所で鎮座している。


「っ……しかし!!」

「落ち着けと言っておるのだ」

「くっ……」


 尚も食い下がろうとするリオンだったが、それを国王としての凄み(ちから)で抑え込んだ。


「このくらいで頭に血が上るようではまだまだだな。もっと精進することだ、リオン」

「……。はい、申し訳ございませんでした……」


 リオンは、それまでの勢いを一気に(しぼ)ませて、両手は軽く握ったまま下を向いてしまった。


 ――お兄様大丈夫かしら……。


 リーリエは、父に叱責されて落ち込む兄を何度も見ているので、兄が心配だった。

 レオパルドはリーリエに対しては優しい父であるが、リオンに対しては次期国王という重すぎる責任を課しているため、時に厳しい振る舞いをする。


「クリスティアン殿。息子が失礼をしたな」

「いいえ。僕の方こそ申し訳ございませんでした。先に心得違いをしてしまったのはこちらですから」


 レオパルドはクリスティアンへと視線を向ける。


「だが……」


 その場にいた護衛騎士や兵士たちは、思わずぞくりと背中を震わせる。

  

「この子らの父、伯父として、もし貴殿がこの子らを傷付けるような事があったら……」


 彼の碧い瞳は、冷たく鋭い刃のようだった。



「私はお前を許さない」



 それは、まぎれもなく「国王」の()であった。


「はい。心得ておきましょう」


 クリスティアンは、微かに笑みをたたながら右手を胸に当て敬礼した。

 そして、レオパルドは瞳を閉じ「ふー……」と一呼吸おく。


「ここに()るのが貴殿の妻、ローザリカだ」


 右手をスッと上げながら告げる。彼女はレオパルドのすぐ右側にいた。

 そこには、いつもの彼の()があった。

 

 ローザリカは、それまでの成り行きを心配そうに見ていたため、突然クリスティアンと目が合ってしまいドキリと心臓がはねる。


「あ、あの……ローザリカと申します。宜しくお願い致しますわ」


 彼女は、スカートの裾を軽く持ちながら右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を軽く曲げ深々とおじぎをした。


「あなたが僕の妻でしたか! それは大変失礼を致しました。あなたもとっても綺麗な人ですね! 僕は幸せ者です」


 クリスティアンは、ニコニコと笑いながらローザリカの正面に立つ。


「では、そちらの美しいあなたの手へと口付けしてもよろしいでしょうか?」


 そう言いながら、彼は右手を差し出そうとした。


「あっ……その……」


 けれど、ローザリカは狼狽(うろた)えたまま右手を胸に添え、それを躊躇する。


「あれ? お嫌ですか?」

「いいえ! そんな事はございませんわ!」


 彼女は頭を大きく左右に振り、即座に否定した。



「クリスティアン殿」



 突然、クリスティアンの右側からレオパルドの声がした。


「はい……?」


 彼は、妻への挨拶を中断されてしまい怪訝に思いながらも、王へと耳を傾けた。


「ローザリカは、あまり男に免疫がないのだ。この城にはたくさんの兵士(おとこ)たちがいるが、彼らはそのような対象ではないからな。本日は初対面でもあるし、慣れてからでも遅くはないのではないか?」


 「ああ……」そういう事かと、彼は合点がいった。


「そうですね。ローザリカ嬢があまりに美しいので、つい早まってしまいました。それは、またの機会にという事で」


 クリスティアンは、再びローザリカへと視線を戻す。


「では改めて。どうぞこれから宜しく」


 彼は、とても嬉しそうに笑みを湛えた。


「あっ、ええ。わたしこそ宜しくお願いしますわ。オチェアーノの第三皇子妃として、精一杯務めを果たしたく存じます」


 ローザリカは、彼が笑って挨拶してくれたことでホッとした。そして、改めて彼の妻として生きて行こうと(おもい)を固める。

 心の奥底に沈んでいるしこりには、見て見ぬふりをして……――




――「お兄様、先程はありがとうございました。クリスティアン様に怒って頂いて嬉しかったですわ」


 無事に謁見の間での初対面を終えた彼らは、夕食まで休憩を取る事となった。クリスティアンは休みなく対面と相成(あいな)った為、彼への配慮でもある。


「ん……? ああ、いや別に……」

「お兄様は、お夕食までどうなさるのですか?」

「さあ、どうだろう……。自分の部屋で休んでいるかな。今日は執務もないしな」

「そうですか……」


 リーリエは、リオンから「とても良い天気だ。庭園へ散歩でも行こうか」とでも言われて誘われることを期待していた。このような良い天気の日には、今まで何度かそういう事があったのだ。

 それに、あまり見る機会の少ない彼の正装姿が、格好よくて素敵だったからというのが正直な気持ちだった。

 リーリエは名残惜しさを感じながらも、素直に彼の言葉に従う。


「わかりましたわ。では、またお夕食の時に」

「ああ、また後でな」


 そう言って、リオンは入口へ向かおうとした。


「あっ! 待ってくださいよ、リオン様!! またあなたは勝手に行かれてしまうんですから……」


 少し離れた所から、クライドの声がした。


「ああ、いたのか」

「ずっとおりましたでしょう。またリオン様にはハラハラさせられてしまいましたよ。オチェアーノの皇子に喧嘩を売るなんて!」

「まだ売ってはいないだろう。父上に止めてもらったからな」

「ええ。あの時の陛下の()は、俺も思わずちびりそうになりました。あれは虎でも殺せるんじゃないでしょうかね?」

「……。いくら父上でも虎は無理だろう。父上も人間だぞ」

「いや、ですからものの例えですよ。俺だってさすがに陛下が眼力だけで虎を殺せるとは思っていませんって!」

「まあ、武器は使ったらしいが熊を倒した事はあるらしいからな」

「えぇ!? そうなんですか! あんなでっかい(もの)を!?」


「ふふっ」


「ん?」

「ん?」


 リオンとクライドは、二人同時に笑い声の主を見下ろした。


「どうしたリーリエ?」


 リーリエは、口元に手を当てて笑いを堪えていた。


「お兄様とクライドって本当に仲が良ろしいですわね。羨ましいくらいですわ」


「え?」

「え?」


 彼らは、二人同時にお互いを見る。


「そうか?」

「いや、もちろん護衛騎士たるもの主との信頼関係は重要だと思ってはおりますが、リーリエ様に羨ましいと言われるとは思いませんでした」

「そうさ。どれだけ私がリーリエを可愛がっていると思っているんだ」

「本当ですよ。クリスティアン皇子が滞在している間くらいは、慎んで下さいね!」

「……。そんなのわかっているさ……」

「あっ……!」


 直後、クライドは「やばいっ」という顔をした。それから、リオンは急に勢いを無くしてしまったのだ。


「……? お兄様どうかなさいましたか?」

「あっリオン様、そろそろ戻りましょうか! お疲れでしょう?」


 クライドは入口の方向へと手をかざし、リオンへと退室を促した。

 

「……ああ、そうだな。ではな、リーリエ」

「リーリエ様、またお夕食の時にお会いしましょう!」

「あ、ええ……。また後で」


 リーリエは、不自然な兄の様子に多少の訝しさを感じはしたが、笑顔で二人を見送った。


 ――お父様の事でお元気が無さそうでしたけれど、クライドがいて下さって良かったわ。


 彼女は、いつの間にか兄を元気付けてくれているクライドの存在に感謝した。



「リーリエ様」

「あ、ミリア」


 後ろの方で声がした為、振り向いた先にミリアがいた。


「またクライドが何か可笑(おか)しなことを言っていたのではないですか?」

「ふふっ。可笑しなことと言われれば、そうとうも言えますわね。とても楽しかったですわよ」


 リーリエは先程の二人の会話を思い出し、「くすっ」と笑い声を漏らしてしまう。


「全くクライドったら。後で私からきつく言っておきますね」


 ミリアは腰に両手を当てて、「もう」とため息をついた。


「いいのよ、ミリア。わたくしもクライドには、とても助かっているんですもの」

「……? 助かる? 何がですか?」

「ふふっ。内緒ですわ」


 いたずらっ子のように、唇に人差し指を添えて笑った。


「では、わたくしもお部屋でお休みしますわ。少し寝不足でもありますし」

「リーリエ様……」


 ミリアは、彼女の気持ちを(おもんばか)った。


「では、後で軽食をお持ち致します。少しは何か胃に入れませんとお体に良くありません。トーストなどの軽い物でしたら、お夕食前でも大丈夫でしょう」

「あ、そうね。お願いするわ。ありがとう、ミリア」


 リーリエは、彼女の優しさに感謝する。それに、ちょうどお腹が減ってきた頃合いだった。


「では参りましょうか、リーリエ様」

「ええ」


 

 彼らは、十人十色の(おもい)で”旦那様”との謁見を終えた――――





 


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ