表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第五章 伊勢惣奉行編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/60

第五十九話 単身赴任

第五章 伊勢惣奉行編 開幕

岐阜での論功行賞を終え、

芋粥秀政は、那古野へと戻った。


年の瀬が近い。


冷たい空気の中にも、どこか人心の緩む気配がある。

城下は年越しの支度に入り、

行き交う人々の足取りも、どこか軽かった。


だが――

秀政の胸中は、重い。



那古野城の門をくぐった瞬間だった。


「ちちさま!」


高い声とともに、

小さな影が二つ、勢いよく駆け寄ってくる。


お明とお蘭だった。


秀政は思わず膝を折り、

二人を同時に抱き寄せる。


「ただいま」


その短い一言に、

張り詰めていた何かが、ふっと緩んだ。


少し離れたところで、万丸が一礼する。


「義父上。

 奥で、昇進祝いの支度が整っております」


「……そうか。

 もう、耳に入っていたか」


小さく息を吐き、秀政は苦笑した。


「はぁ……まぁ、今日くらいは祝うか」


「??」


子どもたちに手を引かれ、

秀政は宴の間へと向かう。



そこには、すでに顔ぶれが揃っていた。


政成をはじめとする千種一族。

浅野清隆と忍衆。

村瀬兼良。

井口・竹内・佐治ら丹羽組。

さらに、元四代官の郡代たちまで顔を揃えている。


秀政が上座に座ると、

自然と場が静まった。


「まず、論功行賞の結果を伝える」


そう前置きし、秀政は一言で告げた。


「――無事、侍大将になった」


一拍。


「「「おめでとうございます!」」」


割れんばかりの声が上がる。


秀政は手を上げて制した。


「それと……新しい役目も、もらった」


今度は、政成が代表して問いかける。


「今度は、どのようなお役目でしょう?」


「那古野城代は据え置き。

 それに加えて――伊勢惣奉行を兼務せよ、とのことだ」


「伊勢惣奉行……?」


「伊勢の内政総責任者だ。

 軍権は滝川殿。

 行政権は、俺が握る」


一瞬の沈黙の後――

感嘆の声が上がった。


「それは……格別の信頼ですな。

 腕が鳴りますぞ」


「あぁ……」


秀政は頷きつつ、内心で苦く笑う。


(この者らは、

 一向一揆の“地獄”を知らん)


もし知っていれば、

こんな晴れやかな顔はできまい。


そこへ、お悠が静かに口を開いた。


「弥八様……

 本当に、どこまでも昇っていかれますね。

 昇り龍のようなお方にございます」


「ありがとう」


秀政は柔らかく笑う。


「少なくとも、国持ち大名にはなる。

 その時は――

 お前を、御台にする」


「……楽しみにしております」


秀政は、杯に手を付ける前に言った。


「宴の前に、人事を決めておきたい」


政成が、すっと姿勢を正す。


「はい」


「新しい土地だ。

 向こうに注力せねばならん」


一拍。


「――俺が、伊勢へ行く」


場の空気が、わずかに引き締まった。


「本当は、お悠も連れていきたい。

 一緒に居てもらいたい」


だが、視線を落とす。


「だが……四か月後にはお産だ。

 那古野の千種家で万全を期してくれ。

 政務からも、しばらく離れろ」


「……はい」


お悠は静かに頷いた。

その表情に、わずかな寂しさが滲む。


(寂しいのは、俺も同じだ。

 これが……単身赴任、というやつか)


「政成」


「は!」


「お前を、那古野城代代理とする。

 内政の一切を任せる。

 那古野と、お悠を頼む」


「必ず、お守りします」


「清隆」


「は!」


「本当は、お前も連れて行きたい。

 だが――

 那古野四千の兵を任せられるのは、お前しかいない」


「はっ!」


「那古野の軍権を任せる」


「井口、竹内、佐治。

 お前たちは清隆の副将として那古野に残れ。

 万丸たちを頼む」


「承知!」


「忍衆も清隆の指揮下に入れ。

 耀……お悠たちを頼む」


「はい」


「清隆。

 新たに忍を五名、伊勢へ回せ。

 俺が使う。

 伊勢で必要そうな特技を持つものを頼む」


「兄に伝えます」


「今回の伊勢行きは、内政が主だ」


秀政は続ける。


「南條利昌、荒木重直を伴う」


「桑名郡郡代は南條に任せる。


 東海道の要衝だ。


 桑名湊は、伊勢湾航路の中心。

 米・塩・材木・鉄・南蛮品など、

 物流の集積地でもある。


 重責だぞ?」


「お任せください!」


「荒木。

 員弁郡を任せる。

 北勢の“背骨”にあたる。

 山間勢力が多く、反乱の温床になりやすい。

 お前の治安実績を信頼している」


「必ず、安定させてみせます」


「村瀬」


「お前は用心棒だ。

 道場と剣豪隊は、

 しばし師範代に任せろ。

 俺に付いてこい」


(これから俺は地獄へ行く。

 鬼備前の力が必要だ)


「承知!」


「はぁ。

 ……伊勢に、政成もお悠もいないのが不安だ」


ぽつりと漏らす。


その言葉に、政成が胸を張った。


「千種家跡継ぎの松親を、

 お連れください」


「松親を?……確か十九になったか?」


(そういえば松親とは、あまり接してこなかった。

 千種の血を引いていれば優秀そうだが)


「はい」


珍しく厳しい目で政成が松親を見る。


「伊勢の仕置き程度、

 こなせねば、

 芋粥家の次代家老は務まりませぬ」


一瞬、松親の目が見開かれる。

だが、すぐに落ち着いた。


「ぜひ、お連れください。

 腕を振るいたく存じます」


「分かった。

 お前は俺の副将として、

 桑名、員弁以外の郡の郡代を兼務せよ。

 お前の信頼おける者を連れて行け。

 そいつらを郡奉行にして、

 実務は任せれば良い」


「はは!」


「よし!

 これで人事は決まりだ!」


秀政は声を張った。


「今日は昇進祝いだ!

 飲め!食え!」


「「はい!」」


場は一気に華やぐ。


だが――

晴れやかな表情とは裏腹に、

秀政の内心は荒れ模様だった。


(不安だ……不安だ不安だ。


 長島一向一揆。

 うまくやれるか?


 お悠も、政成も、清隆もいない……)


秀政は、杯を一気にあおった。


(単身赴任……

 ……いやじゃぁあ)


酒の苦味が、

胸の奥に染み渡った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
石山本願寺の反信長蜂起から本願寺派遣勢力、雑賀党、願証寺勢力、没落斎藤勢力が長島周辺で蜂起したのが始まりなわけだが、没落斎藤龍興はともかく、願証寺は本願寺の蜂起までは何回か衝突はあったものの住み分けは…
芋殿、秀吉、揃って苦難の時ですねえ、誼のある滝川と組めたのはいくらか幸運なところではあるか 軍は滝川主導として、芋殿は兵站と調略が主戦場かな……一向宗が入り込んでるうちは調略難しいだろうし、改宗させる…
投稿ありがとうございます。 私も経験がありますが単身赴任は寂しいものです。 家に戻った際に家族のありがたさを思い涙を落としました。 この時代での秀政では尚の事だと思います。 前回での暗殺の下りです…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ