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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第四章 城代編(譜代足軽大将格)

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第五十六話 矢合戦

阿坂城包囲陣、その一角。


粗末だが人払いされた小屋で、

小さな軍議が開かれていた。


主座にいるのは――

木下軍の大将代理、竹中半兵衛。


本来なら、秀吉が座るべき位置だ。

だが今、その席は空いている。


その事実が、

この軍議の重さを物語っていた。



秀政は、半兵衛の正面に座り、

その背後には村瀬兼良、火野正種、佐治政勝が控えている。


三人とも、ただの供回りではない。

今日、この場に呼ばれた理由を理解している顔だった。


「では――」


秀政は、地図を床に広げた。


「阿坂城攻略における、我らの役目を説明する」


半兵衛は、腕を組み、黙って頷いた。



「我らが狙うのは、城ではない」


秀政は、地図上の櫓を指で叩く。


「敵の“武威”――

 弓名人、大宮景連」


半兵衛の目が、わずかに細くなる。


「景連を討つところまでが、我らの仕事だ」


「……ほう」


半兵衛は、声を漏らした。


「城攻めでも、夜襲でもなく、

 “象徴を斬る”と」


「そうだ」


秀政は、淡々と続ける。


「半兵衛殿が言われた通り、

 景連がいる限り、

 阿坂城は降らん。


 弓の名人が、

 城と兵の誇りになっている」


半兵衛は、深く頷いた。


「だから、武威を潰す」


秀政の声は、静かだが揺るがない。


秀政は、火野と佐治を手で示した。


「火野は狙撃手だ。

 三十間まで近づければ、

 大宮景連を一撃で討つ」


「佐治は囮。

 五十間から堂々と名乗りを上げ、

 弓で撃ち合う」


半兵衛は、思わず息を吐いた。


「……囮が、命懸けですな」


「承知の上だ」


秀政は即答した。


「村瀬は護衛。

 飛んでくる矢は、全て斬り落とす」


一拍。


「その間に、火野が忍び寄る」


半兵衛は、しばらく黙って地図を見つめ――

やがて、静かに笑った。


「……実に、面白い」


心底からの感嘆だった。


「武を、武で誘い出し、

 武で断つ。


 しかも、正面からだ」


半兵衛は顔を上げる。


「普通の将では、

 思いつきもせぬし、

 仮に思いついても、

 実行できませぬ」


だが、秀政は首を振った。


「まだ話は終わらん」


そして、はっきりと言った。


「大宮景連を討った後は――」


半兵衛の眉が、わずかに動く。


「半兵衛殿の番だ」


秀政は、真っ直ぐに半兵衛を見据えた。


「景連を討ち取った後、

 必ず大宮入道長春を調略してくれ」


「……阿坂城を、調略で開城させよと?」


「あぁ」


秀政は頷く。


「いつでもお前たちを鉄砲が狙っている。

 景連さえも一撃で葬る。

 そう思わされたら大宮も、

 降らざるを得ませんな。」


半兵衛が楽しそうに答えた。


「そして阿坂城調略は、

 秀吉の功にしてほしい」


半兵衛は、思わず問い返した。


「……芋粥殿。

 それでよいのですか?


 景連を討った功も?」


「もちろんだ」


秀政は、迷いなく言った。


「景連を討ったのも、

 “秀吉の手の者”で構わん」


小屋の空気が、一瞬止まった。


「……功は、要らぬと?」


半兵衛の声は、静かだが鋭い。


「要らん、秀吉は重傷を負いながらも

 阿坂城を開城させた。

 この事実が奴に箔をつける。

 俺の功よりも、そっちが大事だ」


半兵衛が、ふっと笑う。


「ふふ。本当に読めないお方だ。

 不気味すぎて、決して敵には、

 回したくない」


「知将と名高い半兵衛殿に、

 そこまで褒められると、

 悪い気はしないな。


 だがな、

 俺は半兵衛殿の足元にも及ばんよ」


半兵衛が驚きと呆れの中間のような顔をした。


「ご謙遜も嫌味に聞こえては、

 よろしくありませんよ?」


半兵衛が苦笑いする。


(半兵衛は俺を買いかぶりすぎだ)


「だが、半兵衛殿なら調略できるだろう?」


「そこまで言われては、

 この竹中半兵衛――


 この知、

 全てを使わずにはおれませぬ」


顔を上げ、静かに宣言する。


「必ずや、阿坂城を開城させましょう」


秀政は、軽く頷いた。


「頼む」


そして、後ろに控える三人へと視線を移す。


「――では、我らは狩りに出る」


火野が、重銃を握り直す。


佐治が、弓の弦を確かめる。


村瀬は、無言で刀の位置を整えた。


城を落とす戦ではない。

武を誇る者を、武で討つ戦だ。


阿坂城の櫓では、

弓名人・大宮景連が、

自らの矜持に疑いを持っていなかった。


この直後――

静かな矢合戦が、始まる。



火野は鎧を脱いで、目立たぬ軽装に着替えた。

ゆっくりと森の中へ入っていく。


いつしか、どこにいるかもわからなくなった。


(あいつは忍びにもなれそうだな)


「そろそろだ。火野が見つかる前に、

 注意をこちらに引くぞ。

 佐治、出来るか?」


佐治は深呼吸すると、

敵の櫓が良く見える、

少し開けたところに立った。


そして大声で名乗りを上げた。


「やぁ、やぁ――

 我こそは佐治兵九郎政勝である。

 此度初陣にて、大功を挙げんと欲す!


 大宮景連殿、いざ弓勝負、

 矢合戦を所望する!」


阿坂城にも届くであろう音量で名乗りを上げたが、

全く反応がない。


当たり前だ。小童の戯言とでも思われている。


「佐治、やれ」


佐治は矢をつがえると、大きく引き絞り放った。


放物線を描き、五十間先の櫓に突き刺さる。


「おぉ、あんなところまで、よぉ、飛ばしたな」


秀政は感心するが、佐治の顔は緊張で強張っている。


しばらくして大声の返礼が返る。


「やぁ、やぁ――

 その名、確かに聞き届けたぞ、佐治兵九郎政勝!

 我こそは南伊勢の弓名人、大宮景連!

 弓の道三十年、若造の挑み、逃げはせぬ!

 いざ、矢合戦、受けて立つ!」


「おぉ、返って来た」


両軍の陣から割れんばかりの鬨の声が挙がる。


(はは……こいつら、こういうのが好きだよな)


再び、佐治が矢を抜いて引き絞り、全力で放った。


放物線を描き、再び櫓の傍に突き立った。


織田方から声が上がる。


双方の喧騒の中、風を切り、

一本の矢が三間ほど手前に突き立った。


阿坂城から大きな声が上がる。


佐治がまた引き絞る。


佐治の矢は櫓を越えて飛んでいった。


「ち、外したか」


だがその強腕に織田側が騒ぎ立てた。


再び、阿坂城から矢が一本飛来した。


距離は正しい。二間ほど左に突き立った。


(さすが大宮、近づいてきておる)


佐治の息が荒い。


深呼吸して、気持ちを落ち着かせると

矢を引き絞り、狙いを定めて放った。


再び櫓に突き刺さる。大宮景連からも見える位置だ。


「若いのによくやる」


景連は矢を引き絞り、しっかりと狙いを定めた。


「これで終いじゃ、楽しめたぞ、小僧」


景連の放った矢は真っすぐに佐治に向かった。


佐治の目から見ても、吸い込まれるように、自身に向かって

進んでくる。


動けなかった。


やられる!


そう思った時、

居合い抜きした村瀬の孫六兼元が、

矢を真っ二つに引き裂いた。


「うあぁ……村瀬殿……

 助かり申した」


両陣営から大声が上がる。


思わず大宮も叫んだ。


「そこなる武者よ。

 矢合戦に割り込むは無粋なれど、

 その技あっぱれである!


 次も止められると思うなよ!」


村瀬はその挑発に乗らない。

ゆっくりと刀を鞘にしまい、

居合の構えを見せる。


佐治が再び矢を引き絞り狙って放った。


櫓に当たる。

こちらも少しずつ近づいている。


佐治に焦りの表情が見える。


景連が矢を構える。

引き絞り、しっかりと狙った。


「見事よ、小童。

 今度こそ終いじゃ」


強く引き絞り、今にも放たんとする。

両軍が沸き立った。


ズドンッ!


その音はその場の喧騒にかき消された。

矢を放つ瞬間に鉄砲が放たれた。


景連の頭が殴られたかのように横にぶれる。


放たれた矢はへなへなと五間ほどの地に落ちた。


周りの兵は何が起きたかよくわからない。


弓を構えたまま、景連は倒れ、櫓から城壁の外に落ちた。


頭を撃ち抜かれて即死だった。


「佐治の矢が景連を射抜いたぞ!!」


(景連の放つ番だ。そんなわけがあるかい!)


内心で自分に突っ込みながらも秀政が叫んだ。


織田軍から壮絶な勝鬨が上がる。


阿坂城の兵たちは大混乱だ。


その隙に火野は再び目立たぬように、その場を離れた。



佐治は力が抜ける。


「はぁ、勝てた。

 村瀬殿、ありがとうございました。

 さすが新陰流です」


その一言を聞いて、秀政が思い出したかのように

村瀬に近づいた。


「おぉ、そうだそうだ。

 まさか、本当に当てにくるとは、

 全く思いもよらなかった。

 村瀬、ようやったな。

 肝を冷やしたぞ」


村瀬も笑いながら答える。


「はい、わしも肝を冷やしました。

 神仏の加護とはこのことです」


そこまで聞いて、佐治が恐る恐る問い返した。


「肝?神仏の加護?」


「ん?もう終いだと思ったが、

 上手くいった。

 よかったよかった」


平然と村瀬が答える。


「終い……だと?」


「あの者の矢を斬り落とすなど、

 二十試しても一度当てたら、

 神業ぞ。


 そもそもあの距離、

 わしの出番はないはずだった。


 まさか、

 あそこまで狙いが正確とはな……。

 景連、真の弓名人よ」


「はぁ?」


「二十に一つの神業が、

 最初に出てきてよかったな?

 佐治殿、おぬしは運が良い。


 いや、わしにもっと感謝せぇ」


「おい、待て!

 造作もないと言ったではないか!

 あれは見栄か?


 もし……、

 あの矢を止められなかったら、

 どうするつもりだった?」


佐治が猛抗議する。


「ん?

 どうにもならんぞ?


 止められなければ、

 それは仕方がない。


 墓参りぐらいはしようと、

 考えておった」


村瀬は平然と答える。


「おい!ふざけるな!」


さすがに秀政が割って入る。


「喧嘩は後にしろ。

 お前の名は伊勢に轟いた。


 それで十分だろう。


 勢州一の弓名人、佐治兵九郎」


(自称だけど……な?)


「お、俺が勢州一?!」


そこへ火野も戻る。


「火野、ご苦労だった。

 あとで褒美をやる。

 お前の実力、とくと見せてもらった」


「いえ、三十間なら造作もありません」


火野も労い、秀政たちはその場を後にする。


「我らは行くぞ。


 火野、お前は尾張に戻れ。

 鉄砲指南を続けてくれ。

 お前のような鉄砲撃ちは、

 喉から手が出るほど欲しい。

 いくらでも作り出せ」


「承知。

 そういえば、殿。

 松之助殿より、

 此度は十貫とお伝えするようにと」


「ぷふっ」


思わず唾を吐き出す。

松之助……さすがだ。


「わ、分かった。お悠に請求してくれ。

 愛知郡の軍費より出させる」


「は!

 ではそれがしは失礼仕る」


火野は鎧を着込むと、

先んじて馬で尾張に帰った。


「佐治、お前も尾張に戻れ。

 勢州一の弓名人の手柄話を万丸にも

 伝えてやれ」


「はは!」


「村瀬。

 我らは急ぎ信長様の元に戻るぞ」


「は!」


去り際、竹中半兵衛が見送りに出てきた。


「約束は果たしたぞ、後は頼んだ」


半兵衛はしっかりと秀政を見据えた。


「お見事にござる。

 後はお任せくだされ」


これで良い。

この戦で秀吉は功と名を手に入れる。

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― 新着の感想 ―
将来秀吉に付けで四十万石増やしてもらいましょうね。 命のお値段と武功と利子でw
投稿ありがとうございます。 これは⋯ 秀政、秀吉、半兵衛が信長から呼び出しを受けての四者会談(尋問)が始まりそうな気がしなくもないです⋯ 以前書かれていた部分で気になった部分がありましたので、確認…
大宮景連は、弓と剣の猛者二人揃えないと倒せない弓の名手として名を残すだろうな (半兵衛なら死んだ英雄の名声を徹底的に利用するために盛大に喧伝する) *後年に誰かの手記により、更に銃+騙し討ちが必要だっ…
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