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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第四章 城代編(譜代足軽大将格)

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第五十一話 溝

第五十一話 溝


第三次伊勢侵攻は、

突発的なものではなかった。


発端は、第二次伊勢侵攻の後始末にある。


滝川左近一益の攻勢に屈し、

いったんは織田方に降った北畠具教の弟――

木造具政。


永禄十一年五月。

具政は、正式に木造城ごと織田に寝返った。


それは、

北畠家にとって、決定的な裏切りだった。


伊勢国司・北畠具教は激怒し、

自ら兵を率いて木造城を包囲する。


もはや内紛ではない。

公家大名・北畠家の威信を賭けた、

織田への抗議であり、挑発だった。


これを見過ごせば、

「織田は、家臣を守れぬ」と喧伝される。


――信長が、黙っているはずがなかった。


木造城救援の名目で、

織田信長は大軍を動かす決断を下す。


動員兵力、五万。

公称では、七万。


伊勢侵攻は、

もはや局地戦ではなく、

信長自らが総大将となる

一大遠征へと姿を変えた。


芋粥秀政の名も、

その動員名簿にあった。


とはいえ、

実際の出陣には時間がかかる。


兵を集め、

物資を揃え、

道を通す。


準備を含めれば、

三か月は見ておく必要があった。


その“準備”の最前線で、

汗を流していたのが――

千種政成と、木曾与英である。



夏を前に、

伊勢北勢はすでに蒸し暑さを帯びていた。


街道整備の本部は、

第二次侵攻で織田に屈した長野氏の居城――

長野城。


ここを拠点に、

北勢一帯の道路網が、

塗り替えられつつあった。


「与英、表道はどうだ?」


汗を拭いながら、

政成が問いかける。


「表道につきましては、

 すでに道筋は策定済みです」


与英は、広げた地図を指でなぞった。


「北勢四十八家の人足、

 百姓を総動員し、

 工事は進んでおります」


「七月末までには、

 五万でも七万でも通れる街道が、

 仕上がりましょう」


政成は、満足そうに頷く。


「よい。そのまま進めよ。

 では――裏道は?」


「はい。こちらも問題ありません」


与英の口調は、どこか軽い。


「孫六の威力は絶大ですな。

 人も、情報も、

 泉が湧くように集まってきます」


「はっはっは、それは結構」


政成は、思わず笑った。


「おかげで、

 最適な道筋と工法も固まりました」


「四十八家のみならず、

 長野様、関様からも

 工夫を多数出していただいております」


「こちらも、八月頭までには」


「それも良い」


政成は、声を引き締めた。


「阿坂城が、反したそうだ」


与英が顔を上げる。


「この裏道を通り、

 木下秀吉様が、

 再び阿坂城攻めを行われる」


「この道があるか否かで、

 秀吉様の戦果が変わる」


「秀吉様ですか……」


与英が苦笑する。


「殿のことです。

 最優先にせよと仰いそうですな」


「ああ」


政成は頷いた。


「だが、表道も同じく重要だ」


「我らが遅れれば、

 木造城が落ちる」


「はっ!」


与英は即座に頭を下げた。


「これだけ工夫がおります。

 必ず、間に合わせましょう!」



その折だった。


急ぎ足で、

一人の若者が城に現れた。


千種松親。

政成の次男であり、

千種家の世継ぎである。


「父上!」


「……ん?

 松親ではないか」


政成は目を細めた。


「どうした。

 ただ事ではあるまいな」


「めでたくもあり……

 不吉でもあります」


松親は、言葉を選ぶように続けた。


「そのため、

 私が直接、参りました」


「ふむ。

 こちらへ来い」


政成は与英に視線を投げる。


「与英、工事は抜かりなく進めよ」


「は!」


二人は、人目のない部屋へと移った。


扉を閉め、

周囲に人がいないことを確かめてから、

松親は小声で切り出す。


「……姉上が、ご懐妊なさいました」


政成の目が、わずかに見開かれる。


「お悠が、か」


そして、すぐに表情を緩めた。


「それは、めでたい。

 次こそは――男子を」


「はい」


だが、松親の声は沈んでいた。


「ですが……

 最早、男子を得ても、

 手遅れなのです」


政成は、すぐに悟った。


「……万丸、か」


「はい」


松親は頷く。


「万丸殿は、

 織田家重臣・丹羽様の血筋」


「うむ」


「それに――

 大殿より〝長”の偏諱を賜る約束もあります」


一拍。


「今更、嫡男が生まれたとして、

 それを反故にできますでしょうか」


政成は、深く息を吐いた。


「……できぬ」


だが、すぐに言葉を継ぐ。


「しかし、やらねばならぬ。

 もし男子が生まれたなら、必ずな」


政成の瞳の奥に強い意志が宿った。


「秀政様とお悠の若子様こそ、

 芋粥の当主に相応しい」


松親が顔を上げて続けた。


「それこそが――

 我ら千種氏、

 そして千種屋の繁栄にも繋がりますな」


「……難しいぞ」


政成は、低く呟いた。


「はい」


松親も、静かに応じる。


「さすがに父上でも、

 暗殺などの物騒な真似は、

 なさいますまい」


「ああ、もちろんだ」


政成は即答した。


「我らは、

 刀を佩いても商人よ。


 血なまぐさいことはせぬ」


そして、少しだけ苦い顔をする。


「それに……

 万丸は可愛いお明の婿だ。

 本来なら、愛でてやらねばならん」


「では――

 もし若子様がお生まれなされたら

 いかがなさいますか?」


政成は、しばし考え込んだ。


「生まれ来る芋粥の若子様を

 嫡男として、申し分なく教育せよ」


ゆっくりと、だが明確に言った。


「そして、我らが後ろ盾として、

 徹底的に、過剰ともいえるほど、

 若子様を固める。金を注ぎ込め。

 悪いが万丸は二の次じゃ」


「……」


「どちらが当主に相応しいか――

 大殿と、秀政様に、

 利を示して認めさせるしかない。


 これが、商人の戦い方だ」


「……はい」


松親は、深く頭を下げた。


政成は、ふと遠くを見る。


「こうなると……

 お悠には悪いが。


 また姫の方が、

 よいのかもしれんな」


松親が、わずかに眉をひそめる。


「お気の弱い。

 芋粥の男子あってこそ、

 千種です。

 丹羽に乗っ取られてなるものですか!」


「……そうだな」


政成は、小さく頷いた。


「この話、

 誰にも言うな。


 特に――

 井口に悟らせるな」


「承知しました」


その夜、

芋粥家に、

誰にも見えぬ溝が、

初めて刻まれた。


血のために。

家のために。


まだ、誰も

それが溝だとは、

気づいていなかった。

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― 新着の感想 ―
現代人から見て奥様美人認識だけど、戦国時代の奥様は不細工認識ってことは…長女を蔑ろにする可能性も無きにしもあらずで芋粥の血筋が途絶える可能性もある訳で男が望まれる理由ですなー
楽しく拝読させて頂いております。 非常に難しい問題ですよね。 但し千種家のやろうとしてるのは主家にも大名家にも政治的反乱と取られかねない節も出るんですよね⋯ この件を上手く纏めれそうなのは奥方かもし…
まあ太閤秀吉もそうだったからねえ
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