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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第四章 城代編(譜代足軽大将格)

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第五十話 当主の血

芋粥家の軍議は、滞りなく終わった。


各々が役目を受け取り、

短い挨拶を交わしながら、

奥の間を退出していく。


畳に残るのは、

まだ温の残る空気と、

これから動き出す五万の軍勢の重みだけだった。


やがて――

政成が、そっと秀政の側へ歩み寄る。


声は低く、周囲に聞こえぬように。


「殿」


「どうした、政成」


「実際の伊勢出陣は、

 もう少し先になりましょうな」


秀政は頷いた。


「信長様の大遠征だ。

 準備に時間がかかるのは分かっている」


「はい。

 ――ですが」


政成は、一拍置いた。


「それがしは、先に伊勢へ入ります」


「……ん?」


秀政が眉を動かす。


「南伊勢へ向けて、

 道を整えておきます」


「街道か」


「左様です」


政成は、淡々と続けた。


「五万という大軍が動くには、

 道が要ります。

 飯より先に、道が要る」


秀政は、腕を組んだ。


「それは分かるが……

 まだ命は正式には下っておらんぞ」


「だからこそ、でございます」


政成の口調は変わらないが、

言葉には確かな芯があった。


「他が動き始めてから動くのでは、

 遅ぉございます。

 特に我らは兵站が役目」


「物事には順序があり、

 我らが遅れれば、

 全てが遅れることに繋がります」


秀政は、思わず小さく笑った。


「相変わらずだな、義父殿。

 ……よく分かっておる」


「恐れ入ります」


政成は一礼し、

そして、少しだけ声を落とした。


「それで……

 一つ、腹案がございましてな」


「腹案?」


「百貫の孫六の打刀を、

 この政成にも頂きたく存じます」


「……刀?

 義父殿はいつのに剣を覚えた?」


思わず聞き返す。


「いえ、私は殿と同じく、

 全く振りませんよ。」


政成は、平然とした顔で言った。


「鞘に、抱き沢潟を刻み、

 立派に拵え直します」


「伊勢の仕事は、伊勢の者にやらせるのが一番。

 そのための“印”でございます」


秀政は、すぐに察した。


「……鬼備前、か」


政成が、照れくさそうに、

わずかに口元を緩める。


「左様で」


(個人的には、

 この黒歴史を使うのは、

 正直、気が引けるが……)


秀政の脳裏に、

お悠の言葉が浮かぶ。


――使えるものは、使いなさいませ。

きっとこう言うに違いない。


「構わぬ」


短く、そう答えた。


「ありがとうございます」


そのやり取りに、

今まで黙っていたお悠が、静かに口を挟んだ。


「父上」


「お悠、どうした?」


「伊勢へ行かれるのでしたら、

 木曾を与力にお連れ下さい」


政成が、少しだけ目を見開く。


「木曾与英を、か?」


「はい」


お悠は、はっきりと言った。


「あの者は、道の“脈”を見るのが得意です。

 地形、土、流れ――

 目に見えぬ繋がりを読む力があります」


自信を持って、拳を握る。


「そして、その知見は深い」


「……よろしいのですかな?」


「幸い、尾張の道は、

 しばらくは十分に回ります。

 それに――」


お悠は一度、言葉を切った。


「今は、伊勢に人が要ります」


政成は、秀政を見る。


「殿、よろしいかな?」


「もちろんだ」


即答だった。


(政成と与英が行けば、

 失敗する絵が浮かばん)


政成は、小さく息を吐き、

そして、少し楽しそうに続けた。


「どうせなら、

 事前に二本、通しておきましょう」


「二本?」


「はい」


政成は、畳の上に指で線を引く。


「一本は、表道」


揺るぎない瞳で秀政を見つめる。


「美濃、関、桑名、北勢、大河内を通る道。


 五万の大軍すら通れる、

 立派な街道。

 新しき橋、休憩所、兵站拠点を整えます」


秀政が、思わず唸る。


「……本気だな。

 一向一揆や賊の心配は?」


「えぇ。

 木曽がいれば、上手くやれます」


政成は、にやりと笑った。


「もう一本は、裏道」


畳の上に指で別の線を引く。


「山間を抜ける道です。


 兵站の分散、

 敵の目を欺くための道、

 別動隊の投入、

 国衆からの支援路として使います」


政成は、少しだけ考えてから続けた。


「美濃と伊勢を繋ぐ――

 八風峠を、整備いたします」


「そ、そうか……」


(さっき聞いたばかりで、

 もうそこまで具体化したのか……)


秀政は、正直な感想を漏らした。


「やる気があって、よいな」


政成は、肩をすくめる。


「いや、元々こういうことを考えるのは、

 童の頃から好きでしてな」


口角が緩やかに上がる。


「果たして、見せまするぞ」


秀政は、深く頷いた。


「頼んだぞ、義父殿」


(……良い家臣団を持った)


胸の奥に、

静かな確信が生まれる。


芋粥家は、

もう一人の才に支えられる家ではない。


血が巡り、

役割が噛み合い、

意思が連なり始めている。


それが――

家が一つの生き物になりつつある。



その夜。


娘たちが眠りについた後、

秀政は縁側に腰を下ろし、

酒を片手に月を眺めていた。


夜気は涼しく、

昼の熱を静かに冷ましていく。


杯を傾ける音だけが、

庭に落ちる。


そこへ、

お悠が新たな徳利を手に現れた。


「弥八様」


「おう、お悠か。

 共に飲むか?」


「いえ……ですが、

 お酌は致します」


「そうか」


お悠が徳利を向け、

秀政は杯を差し出す。


お悠は、いつもより静かだった。


「万丸殿……

 良い子ですね」


「そうか?」


「はい。

 明や蘭も、

 兄が出来たように懐いています」


秀政は、少しだけ口元を緩めた。


「それなら良かった。

 丹羽殿から預かった、大事な子だ」


一拍。


「それに……

 明と一緒になった後は、

 この芋粥を背負ってもらわねばならん」


「……はい」


お悠の返事は、

どこか歯切れが悪かった。


秀政は、杯を置く。


「どうした?

 浮かぬ顔をしておる」


しばし沈黙。


やがて、お悠は意を決したように口を開いた。


「……弥八様」


「ん?」


「側室を……

 お持ちになりませぬか?」


秀政は、思わず眉をひそめた。


「は?

 何を言い出す」


お悠は答えない。


「なぜだ?

 なぜ、側室が必要なのだ」


お悠は、膝の上で指を重ねる。


「……私は、

 男子おのこを生んでおりません」


「それが、どうした」


秀政は即答した。


「可愛い娘を、

 二人も生んでくれたではないか」


「万丸殿を否定しているわけではありません」


お悠は、静かに続ける。


「ですが……

 男子を生まねば――


 弥八様の血脈が、

 ここで絶えます」


秀政は、言葉の意味を測るように、

一度、夜空を見上げた。


「……言っている意味が分からん」


「いくら明の婿とはいえ、

 万丸殿は丹羽様の血。


 芋粥家は、ここで

 丹羽様の血に上書きされます」


悲しそうに、

お悠は言葉を吐き出した。


「芋粥家の正統は、

 ここで絶えるのです」


俯いたまま、一拍置く。


「だから……

 側室に、男子を」


秀政は、深く息を吸った。


「やめよ」


声は、低かったが強かった。


「お悠は頭が良い。

 だが、この点に関しては、

 頭が固い」


お悠が顔を上げる。


「血に、

 男系も女系もない」


秀政は、はっきりと言った。


「俺の血は、

 紛れもなく明に流れておる」


しっかりとお悠の目を見つめた。


「そして――

 万丸と明の子に、

 確かに繋がる。


 それは俺の孫だ。

 俺の血だ。

 違うか?」


「……。

 家を存続させるためには養子を取るも

 致し方ありませぬ。


 娘が居て、血を残せる分、

 芋粥家は、ましかもしれません。


 ですが、世間はそれを正統とは見ません」


秀政は呆れたように首を振る。


「俺の正統は、

 ここで絶対に途絶えぬ。

 安心せよ。


 世の中が何と言おうが、

 明の子は俺の正統だ」


お悠は、言葉を失っていた。


「俺の妻は、

 お前だけだ」


静かに、しかし揺るぎなく。


「また、同じ話をしたら――

 次は、本気で怒るぞ」


「……弥八様」


秀政は、

言葉を重ねる代わりに、

そっとお悠を抱き寄せた。


「そんな無駄なことを考える暇があったら


 那古野を、

 もっと良い城にすることを考えよ」


「……」


「俺は、

 その方が助かる」


お悠は、

しばらく黙っていたが――


やがて、小さく頷いた。


「……はい」



それから、しばらくして。


お悠の懐妊が、明らかになった。


芋粥家に、

新たな命が芽吹いたことを、

そして、

この子が芋粥家にかつてない、

大嵐を引き起こすことを――

まだ誰も知らぬ頃の話である。

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― 新着の感想 ―
嫡男誕生前提で返信されておりますが、実は裏をかいて姫誕生とかありますか? そして、運命の悪戯か、秀次に見初められて、あるいは秀吉に強制されて、最期は巻き込まれて。 鬼と化す?!
藤堂高虎と藤堂高吉の話ですね。これ。
男の子が生まれて継承問題発生なのか、秀吉絡みなのか、続きが楽しみ。
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