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日曜、遭遇。

「ルグ、なぁよぉ・・・・・・魔法はどうしたんだよぉ」

「うるさいですね。出来るなら・・・・・・もうやってますよ・・・・・・」

「結局できなかったのかよぉ、ルグぅ・・・・・・」

「・・・・・・」


 執拗にルグルグ言っているせいで、手のひらのうちで聖剣が怒りに震える。

剣の姿をしているとはいえ、一応自らの意思で動くことは可能だということは忘れてはならない。


「まぁさ、流石にからかいすぎたわ。それはごめん」

「え・・・・・・まぁはい・・・・・・。反省してるなら・・・・・・」

「反省してるならルグ呼びでいい???」

「そうは言ってません!」


 ルグはぴしゃりとそう言い放つと、力の抜けたため息を吐いた。


「そもそもですよ? ルグッてなんなんですか? この・・・・・・何となく言葉、というか音の切れ目は・・・・・・アールとグレイで分かれる感じするじゃないですか!」

「ああ、確かにな。だから逆張りしてんの。っていうか、アールて呼ぶのもグレイって呼ぶのも結局なんか変な感じがすんだよな。伸ばし棒が入ってっから呼びづらいんかな?」

「別にグレイには伸ばし棒無いじゃないですか。それに・・・・・・先輩はわたしのことアルって呼びますし。伸ばし棒がイヤなら省けばいいじゃないですか」

「アル・・・・・・か」


 確かめるようにその二音を口の中で転がす。

その響きは確かに日本人的な感性からしてもとても馴染んだ。

やはり呼び名は二文字か三文字くらいがちょうどいい・・・・・・説立証。


「アル、はなかなかしっくりくるな! ルグ!」

「だぁかぁらぁ・・・・・・!」

「そもそもそんなヤか? ルグって???」

「イヤですよ! ヤに決まってるじゃないですか!」

「ルーグ♡」

「無理無理無理無理、キショ。何こいつ? 死ねよ」

「は?」


 急に化けの皮はがれて口悪くなるな、こいつ。

ちょっとつつけばいろんな面を見せてくれるから、正直その点は面白い。

そう、だから面白い反応を返してくれるお前が悪いんだぞ。

ルグ呼びやめてほしけりゃ徹底的に無視しな。


 そうすりゃ飽きて辞めるから・・・・・・ということは言わずに、塀の影から塀の影へほぼ無い人の目をかいくぐりながら町内を探索する。

見慣れた街中には午前の柔らかい日差しが降り注ぎ、時折吹く風が街路樹の葉を撫でるように揺らしていた。


 日常には多くの闇は潜んでいる、とは言うが・・・・・・少なくとも俺の視界に広がっている世界は平和そのものだ。

明日訪れる月曜も、担当教師が怖い数学の授業も、言ってしまえば些細なことで、地球の存亡だとかそういうのに比べると取るに足らないことだ。

そういう矮小なことで頭を悩ませていられるのはある意味幸せなことなのかもしれない。


 ともかく、こういう代わり映えの無い日々の中に何かが隠れているなんて、水面下で何か大きな影がうごめいているなんてとても思えないのだ。

ルグに言わせれば、危機感を欠いているということだけど・・・・・・だって、そんなこと言ったって実感が湧かないものは湧かないのだ。


 だけどやっぱり、そんなものは錯覚に過ぎないと、教科書の説く諸行無常を知ることになる。


 最初に出会ったのがルグだったから、比較的友好的な異常だったから、気づけなかったのかもしれない。

だってルグなんて、話せば話すほど普通の女の子だ。

ほんとは昨日から、俺の視界でずっとおかしなことは起こっていたのに・・・・・・ただ何となく雰囲気で受け入れていた。

けれどももう愚鈍であれない。


 見開いた視界に映り込む、何か。

俺の知らない、何か。

知ってる街に影を落とす、知らない何か。

UMA。

動画や記事で見ていた、出来の悪い作り話が脳裏をよぎる。


「・・・・・・」


 陽炎のように揺らめいて、一定の姿を保たないそれのシルエットはどこかクモのように見える。

まるで真夏に見上げる星空のように、複雑な色合いと光の粒子を内包した黒。

頭胸腹の境目も分からないその生物は、八つの小さな目を細々と輝かせていた。


「・・・・・・」


 こんな場所で出会うはずないと、ずっとそう思っていた。

けれどそれは、目の前に当然のように現れた。


 クモの姿をした魔獣は、その針のように細い脚でのそのそとゆっくりこちらに歩み寄ってくる。

華奢に見えるが、その大きさは二メートルをゆうに超える。

細く気味の悪い影が、日を受けて俺に覆いかぶさった。


「・・・・・・ドリ・・・・・・!」

「・・・・・・ミドリ!」

「っは・・・・・・!」


 止まりかけていた思考が、ルグの声で呼び戻される。

身体が呼吸の仕方を思い出し、途端に背中から汗が噴き出した。


「っ、ミドリ! とりあえず逃げますよ!」

「あ、ああ・・・・・・」

「しっかりしてください!」


 動きの鈍い俺を、ルグは後方に引っ張っていく。

もつれそうになる脚を何とか踏み出して、俺は引っ張られる自分の腕に追いすがるように走った。


 俺たちが駆け出した瞬間、ゆっくりと動いていたクモは一瞬びくりと身を低くする。

そして、眼前に飛び出してきたご馳走を逃がしてなるものかと足音もなくカサカサとその細い脚で走り出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] クモを甘く見ると痛い目に遭う。果たしてどうなるのか……
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