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清和の王  作者: 才谷草太
出会い
5/53

那須与一という男

 与一が馬を取りに行った時、軍行は暫くの休息とした。

 皆が思い思いに馬を降り、休息を取っている中で、龍馬は弁慶と義経に設問をしていた。

 「エエがか…? そげに簡単に従軍を許してしもうても」

 至極当然の疑問である。勿論龍馬・剣一とて同じ状況にあり、素性の知れぬ輩も中には居る。寄せ集めと言ってしまっても良い部隊だ。そんな連中を次々に従軍させていては、いずれ内部崩壊にも繋がり兼ねない。しかも、この後に控える戦は、今や天下の政権を手中に収めようとする清盛を筆頭にした平家軍。小さな綻びが部隊の壊滅に直結する危険性は、大いにある。


 しかし、弁慶は答える。

 「旗色を見て離脱するならば、それを咎めるつもりは無い。敵方に就いた時は躊躇なく弓を引く」

 「刃向かう者は全て敵…っちゅう事かいな…」

 やれやれと溜息交じりに溢し、頭を掻く龍馬。

 「ほいたら、この中で反乱が起き、義経殿の首を取ろうっちゅう輩が出たら、どうするがか?」

 「その為に、拙僧が居るではないか…」

 然も当然という口調で龍馬を見つめる弁慶だが、その背後で剣一が口を開く。

 「裏切り者は斬る…、力により捩じ伏せる…これだから、恨みは渦を巻き戦は広がる」

 その言葉に、義経が反応した。

 「木下殿、何か妙案がおありか?」

 「…剣一、で結構です。義経殿は、出逢って間も無い私のお言葉をお聞き下さいますか?」

 その問い掛けに、義経と弁慶は言葉を失った。

 「信ずる、信じないは一方のみの感情ではありません。双方…つまり、御二方が疑念を少しでも抱く限り、この方々は御二方を信ずる事は無いでしょう」

 「信じて、裏切られたら如何致すか。志半ばで果てよと申されるか」

 弁慶の反論に、龍馬はクックと小さく笑いながら言う。

 「随分と小さい事を言うちょる。果てればそれが天命じゃと思えんかのぉ」


 その後、暫く無言が続き、龍馬は腕を組み空に舞う鳥を見上げている。


 「人の上に立つ…と言うのは、どうやらその様な事でしょう」

 剣一が目を閉じ、左腰に差した刀を鞘ごと抜き、弁慶の足元に置く。


 「義・仁・忠・礼・孝・信・智…。人を束ねる器を見せて頂きたい。今後、恐らく清盛軍と戦い抜く際には、各国を回り激戦が待っております。そして、各地を平定する上で、現地の者達を束ね、味方に就けなければなりません」

 「各地で…戦…?」

 弁慶はその言葉に戸惑いを見せた。

 「頼朝公と合流し、駿河方面で戦をした後…戦が終わると御思いか?」

 「いや…恐らくは清盛軍が攻勢へと出て来るでしょう」

 義経は理解している様だった。が、現時点ではそこまでも考えが及んでいない様子であり、右手を顎に付け考え込みだした。


 「何の為に兵を挙げ、何の為に戦うか…我々武士団は、その志を見ています。平家に不満を持つ者達が徒党を組み、集まっただけであれば、志無き大将へもその切っ先は向けられるでしょう」


 「先見の目……か。成る程」

 弁慶は感心したように龍馬を見る。

 「……剣一殿、軍師となっては頂けぬか?」

 義経の提案は、余りにも唐突であった。

 「坂本殿の仰られた通り、先見の目をお持ちの上に、人心にもお詳しい。我が軍に従軍して頂けるのであれば、宜しくお頼み申したい。無論、我も大将として貴公の言う成長をするつもりだ…如何か?」


 その唐突な依頼に、剣一は戸惑った。これが刻の意思なのか、それとも歯車が狂いだしたのか…どちらにしても、源氏の勝利に終わらなければ、歴史を変えてしまう。それ程の重役を担えるのか。

 江戸末期の様に、歴史に深く介入すればどうなってしまうのか…これが此処に居る宿命なのか。


 「今すぐに、御答えはできません…。暫く、考えさせては頂けませんか」


 剣一には、それが精一杯の返答だった。


 「我を、従うに値する者かを見極める…、と言うのですね? 分かりました」

 義経はそう言うと、剣一に対し頭を下げた。そして、その様子を後方に居る武士団も見つめていた。言葉は聞こえずとも、大将が一人の男に頭を下げ、且つ笑顔で居る。更には剣一も頭を下げ、礼を尽くす。そして、龍馬と弁慶も互いに頭を下げる。


 那須の高原に、爽やかな風が吹き抜ける。





 「お待たせいたしました!」

 遠くから馬に跨った与一が、大声で叫びながら戻って来た。そして、義経の少し手前で馬を止め下馬し、そこから走り寄って来る。

 「遅くなり申し訳ございません。少々馬が離れておりました故…」

 「与一、其の方の弓の腕前は、先んじて見せて頂いたが…改めて我らに見せてはくれぬか?」

 義経は、多少被り気味に願い出た。更に続け、

 「今後、お主に背後を委ねる事も多々あろう…。腕を信じれるかどうか、我が目で知っておきたい」

 大将の背後を任せられるのは誉である。しかし、出逢ったばかりの者をそこまで信ずるとは、大丈夫なのか…それは与一本人も疑念を抱いた。

 「我が…大将殿の背後を…で、ございますか?」

 「思い違いをするな。大将は我が兄頼朝公である。更には御君(天皇)である」

 義経は声を張り、言った。その言葉は背後で休息を取る者達へも聞こえていた。


 「義・忠の元、智を集結し、清盛軍を討つ事こそ我らが天命と心得よ。私欲に溺れ、戦場で秩序を乱した行いは一切禁ずる。隣の者を助け、背後の者を守り、私利を考える事を禁ずる」


 義経はそう言い放ち、剣一を見る。

 「信ずる事から生まれる絆を、絶やす事無く」

 その言葉を、与一は噛み締める様に自らも呟き出した。


 「家督を継げず、戦で名を上げたいだけであれば、従軍は許せぬ。大義を見出し、自らの忠を尽くせる者となる為に、我と共に有れ」

 「御意に御座います!」

 与一は更に頭を下げ、ゆっくりと立ち上がりながら背中に負った弓を取り、腰に付けた矢を二本取り出す。

 「我が弓法、御覧あれ」

 与一はそう言うと、天空を狙い真上に一本の矢を放つ。その速度は速く、風を裂く音を纏いながら舞い上がる。風に負ける事無く、垂直に放たれた強い矢は、次第に力を失い風に流され出し、落下へと変わって来る。並の者ではそこまで打ち上げる事すら困難であろう。

 澄み渡った那須の青空の元、遥か天空に上った矢は、風に煽られて流されて行く。


 しかし、与一は既に二本目の矢を構えており、落下を始めた矢に向かい、ピュウと音を立てて放つ。

 一本目の矢が風に流されているのを見、上空の風の状態を読み、二本目を放ったのだ。


 野党の中からどよめきが起こる。


 空から戻った一本目の矢が、二つに折られていた。


 「矢を射抜いた…と言うのか…」

 弁慶は信じられぬ、という表情で、低く声を出した。

 「ほほぉ…面白い事をする男が、また一人出て来たのぉ」

 龍馬は大きな体を、ピョンピョン弾ませながら、落ちて来た矢の元へと走って行く。

 「風を読み、動きを読めば当てられぬ物は御座いません。ただ一人を除いては…」

 義経に向かい、再び頭を下げる与一は、チラリと剣一を横眼で見る。


 「私を射抜くなんて事、今後は止めて下さいね…」

 剣一は苦笑いをしながら与一を見る。そして、義経・弁慶はその様を見て、愉快そうに笑う。

 「剣と弓の神が集い、更には風雲を呼ぶ龍が戯れなさるか」

 「八幡大菩薩の縁…心強くありますね」



 その頃、龍馬は折れた矢を拾い、野党の中へと混じり談笑を始めていた。


 「どこに居ても、あの人は溶け込むのが上手いな」

 剣一は笑みを溢しながらも、龍馬のその性格こそ今後の源氏に取って最大の武器になる事を確信した。

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