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清和の王  作者: 才谷草太
熊野軍略
48/53

頼朝との再会

 熊野から戻り二日の後、義盛・龍馬・巴の三人は再び京を発った。目的地は鎌倉の頼朝。三人とも直接の面識はあり、龍馬と義盛は黄瀬川で、巴は捕虜として鎌倉に護送された折に。巴にとってみれば、あまり戻りたくない場所なのだろう。行くとなったその日より、義盛にずっと文句を言い通しである。

 それは京を出立してからの道中も続いていた。


 「何故、私も着いていかなくてはならぬのだ」

 長旅という事も、その他の理由もあり男装をしている巴は、義盛の襟を掴んで文句を言っている。その姿は身長差から、まるで弟が兄に我侭を言っている様にも見える。

 「この先の俺達の策には、お前の存在が必要なんだ」

 「私はお前を倒すために居るのだ。決して活かすために居るのではない」

 そう言う巴の目には既に敵対心は薄れ、ただ建前としてそう言っているのは明白であった。

 「巴殿、おまんの良人おっとが、他人に討たれてもエエがか?」

 龍馬は二人の後ろから、両手を頭の後ろに組んで笑顔で言う。

 「良い訳が無いであろう!」

 ギラっとした目で振り返り睨み付ける。そもそも、今回鎌倉へ戻る理由をしっかりと聞かされていない巴は、何の為に行動を共にするのかが分かっていない。無論、必要が無いと言われようが着いていくつもりだったのだろうが…。


 そんな微妙な空気のまま、六月下旬、それも末に鎌倉に入った。


 鎌倉では武士達が若干慌ただしくなっており、それに伴い殺気すらも纏う者も出始めている。


 「…太宰府遠征が近いようですね」

 「まっこと、その様じゃの。まだそれ程本格化しちょらんが、軍事行動の準備に入っちょる」

 鎌倉の町外れに来たところで、龍馬と義盛は町に漂う空気を敏感に感じ取った。田畑を耕す者が軒先に武器を揃えていたり、木陰でたむろする者達は鋭い視線を投げかけてくる。

 「嫌な空気だな…。まるで敵地だ」

 巴がその注がれる眼光に対し、負けじと睨み返す。その姿を見ると改めて『巴御前』であると認識させられてしまう。

 「巴、思い違いをするな。ここは我ら源氏の中枢だ」

 「分かっておる…。だが、こうも明白に敵意を向けられては素直に歩けぬ」

 当然だろう。あらゆる場所から敵意を向けられていては、それに呑み込まれるか反発するか、普通はどちらかしかできない。この場にいる義盛や龍馬は、単身で同じような状況に置かれた事が多々有り、その空気を呑み込み敢えて無視ができる胆力を知らず知らずに身に付けている。最も、龍馬は元々胆力がズバ抜けてはいるが。


 暫く進むと、武家屋敷が立ち並ぶ一角へと辿り着いた。建物自体は質素ではあるが、敷地に塀や垣根を作っており立派に見える。流石は武家の国と言うだけあって、立ち並ぶ武家屋敷は壮観である。そして中庭から聞こえる気合の篭った声も、戦時近しと感じさせる。それは京の空気とは違い、どちらかと言うと幕末の長州の空気に近かった。どこか懐かしそうに深呼吸する龍馬を背後に感じ、自らも深呼吸をした。あの高杉晋作達が奇兵隊を組織していた頃の空気そのものだった。ただ巴だけはソワソワと落ち着きが無くなって来ている。

 彼女は鎌倉での暮らしが嫌になり、脱走した訳なのだから仕方がない。無論、義盛も龍馬もそこは理解しており、巴の背後を歩く龍馬は、巴の背中をポンと叩く。

 「なんだ?」

 不意に叩かれた背中に巴は振り返り聞く。

 「肩の力を抜くがじゃ。おまんは義盛殿の女房になったがやろ?堂々としたらエエがじゃ」

 「堂々としておる! コソコソとはしておらぬだろう!」

 不安な気持ちを見抜かれた巴は、グッと胸を張り言い返す。


 その直後だった。彼らの正面から突然に声を掛けられる。


 「義盛殿? 義盛殿ではござらぬか!?」


 鎌倉に顔見知りが居るとは思っていない一行は、即座に身構えた。正面に居るのは三人、その中の一人が義盛に気づきこちらを見ている。

 「誰じゃ? …どこかで見た覚えがあるがやの」

 龍馬は近眼のため、細い目を更に細めて前方を見る。義盛も、確かにどこかで見た顔である事は分かるが、どういう訳か名前も出て来ない。巴は当然顔見知りですら無い感覚で、義盛の背中に隠れ、龍馬は義盛の隣に立つ。

 そんな三人を見て、男はガクッと肩を落とす。見て分かるほどに落ち込んでいる。


 「はぁ…其の方等、我を忘れておるのか…一の谷で共に戦ったであろう…」

 「…範頼殿…?」

 ようやく義盛は思い出した。共に戦ったとは言え、戦略により別々に攻め立てていたのだから時間を共に過ごした事は短い。その上、何故か影の薄い男だった。

 「思い出して頂けたか」

 ようやく止まっていた時間を取り戻したかのように、安堵と呆れの表情を浮かべて歩み寄ってくる。

 「今日は如何なされた? 九郎殿も共に参られたのか?」

 「いえ、今回はこの三名で…」

 「そうでござったか。京からの旅で疲れもあろう。我が屋敷で疲れを取って行かぬか?」

 範頼の言葉に、龍馬と義盛は顔を見合わせた。その二人の間には拒絶する視線が合った。

 「否、範頼殿は先の戦に合わせての準備もありましょう。我々もただ旅をしに参った訳でもありませぬ故、頼朝殿に早々にお目通しさせて頂けねば」

 義盛はそう言うと頭を下げてその場を去ろうとする。が、更に呼び止める範頼。

 「待たれよ。頼朝殿の屋敷を知っておるのか?今御主等だけで行ったとて、直ぐにお会いになられる程のお方では御座らぬ」

 最もである。相手は源家総大将であり、今や武家の棟梁にまで上り詰めている人物。義経同伴

であればまだしも、一介の武士相手に時間を割く様な時期ではない。何せ、この後に軍事遠征が控えているのだ。だが、義盛には自信があった。ただ…屋敷の場所は確かに分からない。


 「龍さん、頼朝公の屋敷の場所…分かります?」

 「分かる筈が無いじゃろ」

 「ですよね…」

 「そうでござろう、ならば儂が…」

 「我は知っておるが?」

 範頼の言葉を遮るように、巴が義盛の背後から言葉を発する。

 「何だ、その為に連れて来たのでは無いのか??」

 不機嫌そうに義盛の前に出てきた巴が、下から義盛の顔を見上げて睨み付ける。完全に範頼を蚊帳の外に置いてしまっている。確かに巴は鎌倉で過ごした時期もあり、頼朝の屋敷に行っていた事もある。だからと行って案内をさせるつもりは無かったのだ。巴本人としては思い出したくない事であったはずなのだから。

 「範頼殿、申し訳ないが案内して頂けますか?」

 義盛の言葉に、項垂れていた範頼の表情が一変、明るく微笑んだ。

 「お…おう。任せなされ」

 対照的に巴はぶすっと膨れ、義盛の肩を殴る。気の強い巴ならではの行動ではあるが、男装している事もあり範頼には異様に見えたようだ。美しい青年がヤキモチを妬いてるように見えるのだから当然である。

 「ささ、参ろうか」

 見なかったことにする、という選択肢を採用したのか、その場からさっさと移動しようとする範頼。その空気を読んだ龍馬は、大きく笑いながら範頼の背中を追いかけて歩く。完全に女として見ていた義盛はそれが分からず、龍馬の後を追いかける。範頼は共の二人を連れ、頼朝の屋敷へと向かって行った。



 しばらく武家屋敷の続く通りを歩くと、水路を渡った所に立派な門構えの屋敷へと辿り着いた。明らかに他の屋敷とは違い、水路と高い塀に囲まれている。だが門番などは姿が見えず、門は解放されたままになっている。その門を潜り、表から範頼が声を上げる。

 「殿! お客人にござります!」

 その声は屋敷の中ではなく、庭に向けられていた。慌てた一行は庭に視線を向けると、弓を携えた頼朝が的に向かって集中していた。どうやらこちらの言葉は届いていないようだ。流石は部門の出と言うべきだろうか。

 静寂に包まれた後、ピュウと風を裂く音が響くと、木製の的に矢が刺さる音も響いた。が、与一野腕前を知る三人には、何とも平凡な腕前に見えて仕方がない。

 「如何した、範頼…? その方らは…」

 範頼の背後に立つ男たちを見て、頼朝は目を細める。

 「お久しぶりに御座います、殿」

 義盛はそう言いながら頭を下げると、龍馬と巴も頭を下げる。最も巴だけはずっと伏し目がちにしているのだが。

 「確か、九郎の郎党…」

 何故このような所に来ているのか、瞬時に頭を回転させるが呼んだ理由も無く、怪訝そうに睨み付ける。

 「何をしに参った。京守護の役は如何したのだ」

 強い口調で言いながら、弓を範頼に渡して屋敷に入る。

 「京守護に於いては九郎義経殿とその家臣、武蔵坊弁慶殿が中心となり、頼朝公の代理として務めております」

 「ほう、我が代理と申すか。では其の方らは何故その役を投げ打ちここに参ったのだ」

 入口で振り返り、三人を睨み付ける頼朝。眼光は鋭いが殺気を帯びている訳ではない。

 「西国軍行に関し、少しばかり耳にお届けしたい議がございます」

 「其の方等もか…成らぬ。九郎は京を動かさぬぞ」

 「心得ております。院との駆け引きもあり、京を出すこと叶わぬ理は、九郎殿含め心得ております」

 その言葉に、頼朝はぐっと体を引いた。今まで睨んでいた目付きも、少し和らぎつつも問い掛ける。

 「駆け引きと申すか」

 「九郎殿は京にとって利用し易きお方成りて、その御名のみで京を安全に保てる程の噂も広がっております故。それを強引に軍行に加えてしまえば、院との関係性が危ぶまれる事に成りましょう。しかしながら、それは平家一門にとっても同じ事。義経が動けば決起するとしても、動かざれば策ありとしてその動きも慎重となる」


 頼朝はその言葉を聞き、ゆっくりと考え込む。義盛もそれ以上の言葉は発さず、頼朝の反応を待っている。


 「其の方…今も九郎の軍師か」

 「はっ」

 義盛は頭を下げる。

 「良いだろう。上がれ…話を聞こう」

 頼朝はニヤリと口角を上げて不敵に笑う。範頼は完全に置いて話が進んでいる様を見て、スゴスゴと庭へと弓を仕舞に向かった。

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